猛獣の樹海〈始〉
遅れてしまって変申し訳ありませんでしたっ!
ここから本編がスタートします。
それにしても、う~ん…。上手く文章が書けませんね…。
拙い文章かもしれませんが、どうかご容赦ください。
最初に感じたのは、豊かな土の匂いと柔らかい草の感触だった。
「んっ……。」
身じろぎを一つして、鑑はゆっくり目を開く。
鑑自身が倒れ伏しているからだろうか、垂直になった地面が視界に映る。
そして、そんな中まず視界に入ったのは、天を貫かんばかりに聳える巨木と鬱蒼と生い茂る緑だった。
苔生した大地から天高く木々が伸び、その葉の隙間から光が僅かに差し込んでいる。地面には先がクルリと丸まった不思議な植物や白い花弁を星形に開いた綺麗な花が咲いていた。
(とりあえず、海底とか岩の中に転移するなんて最悪の展開にはならなかったみたいだな……。)
ホッと胸を撫で下ろし、「よっこいせ」と身体を起こす。
膝についた土をパンパンと払おうとして、
「うわっ…、今見ると俺の身体ボロボロだな……。」
現在の自分の身体の惨状を知った。
擦り傷、打撲痕、裂傷に噛み傷……と実に多彩で、結構な流血の後が見られる。
「血の凝固の具合からして、まだそこまで時間は経ってないっぽいが……。」
鑑は傷跡からそう判断すると、さてどうしたものかと考え込む。
このまま傷を放置しておくと、後々病原菌が増殖して大変な事になりそうだ。
今は、【痛覚遮断】の恩恵で痛みを無視してなんとか活動できているが、流石に身体がおしゃかになってしまっては動ける物も動けない。
それまでに、せめて水で傷口を清めるか、薬草採取をして傷の手当をしなくてはならない。
幸いにも、ここは木々生い茂る森の中だ。きっと、水源も何処かにあるだろうし、目当ての薬草も生えているはずだ。
そして何より、それらに次いで現状必要なものと言えば、やはり拠点だろう。
どれだけの日数この森の中に居ることになるか分からない以上、風雨を防げて休息の取れる場所は確実に必要になる。
と、いう訳で。今後の方針としては、取り敢えず水源と薬草、それから拠点の確保かな。
そうと決まれば、早速行動せねばなるまい。
「っとと、その前に止血しとかねぇとな。」
危ない危ない。気が急いで、危うく止血するのを忘れるところだった。
流石にこのまま流血しっぱなしでは、貧血を通り越して失血死してしまうだろう。それに、日が暮れれば、流血と気温の低下によって体温が著しい低下し、凍死してしまうかもしれない。
鑑は、服の袖を引き千切り、傷の中で一際目立つ裂傷に強く巻きつけていく。
これで、大幅に流血は抑えられるはずだ。
「よし、大体こんなもんで良いだろ。さてと……。」
鑑は巻いた服の切れ端をポンと軽く叩くと、ざっと辺りを見回した。
視界には、見たことも無い鳥や木々を這い回る不思議な模様の蜥蜴、四方八方何処までも広がる大樹が映っている。
鑑はそれを確認すると、無造作に地面に落ちた一本の木の枝を拾い上げ、
「どの方角に行こうかなー、っと。」
地面に立てると、そんなことを呟きながら枝を放した。
当然、木の枝は重力に引かれて地面にコテンと倒れ、ある方角を指し示す。
「あっちか。」
その方向を確認すると、鑑は意気揚々と歩き始めた。
◆
どれだけ歩いたか。
太い木の根を跨ぎ、断層の壁を乗り越え、慣れない森――最早、樹海って規模だ――の獣道を歩き回っていると、鑑は一つの小さな泉を見つけた。
「おぉ…っ!! やっと見つけたっ!」
泉に近づくと、コンコンと清水が湧いているのが分かる。
水質は、濁りも澱みもなく綺麗なもので、飲み水としてこれ以上適した物は無いだろう。
鑑は、試しに両手で水を掬って口元まで持っていき、一気に飲み干す。
生きるか死ぬかの死線を越え、その後も長時間歩き続けたため、流石に喉がカラッカラに渇いていたのである。
喉元を流れていく冷水が、鑑の渇きを癒していく。
「ぅんっ…く。ぷはぁ~、生き返るぅ。」
現代日本でもあまり味わえないような、純粋に美味い水だった。
鑑は、少しばかり感動を覚えながら、濡れた口元を拭う。
「これなら、傷口を濯ぐのにも良さそうだな。」
勿論、後々薬草で消毒したりしないといけないのは変わらないが、今はこれで十分だ。
鑑は、傷口を丁寧に水で洗い清めていく。
「…と、こんなもんか。いやぁ、【痛覚遮断】あって本当に良かったなぁ…。」
この能力には、そういえば結構助けられている。
樋口との闘いの時もそうだし、あの迷宮での〈魔物の狂葬曲〉のときだってそうだ。今だって、こんなに酷い怪我をしてるのに動けるのは【痛覚遮断】のおかげだ。
(最弱つっても、ミラには助けられてばかりだな……)
自分の使い魔である腐人を思いだす。
見た目はちょっとエグイが、彼女の心根はとても真っ直ぐで素直なのだ。
樋口の使役していたあの黒山羊の悪魔を地に転がした合気道だって、鑑が教えたことをミラがひたすらに繰り返し、努力した末に体得したものなのである。
そのひたむきな姿に、結構鑑は救われていたのだ。
「一応、ミラも召喚しとくか。」
何だか無性にミラに礼を言いたくなって、鑑はミラを召喚することにした。
「【召喚】」
魔力を少し消費して、呪文を唱える。
紋章から、黒い靄が発生する。
『(はい。御呼びでしょうか)』
闇色の靄から、見慣れた腐乱体がその姿を現す。
最早慣れた腐臭が辺りに漂った。
ミラは、ぎこちなく一礼して鑑の凄惨な姿を見ると――
『(ご主人様っ!? 一体どうなされたのですかっ!?)』
樋口と闘った後の傷を見たティアリスみたいに、あたふたし始めた。
まぁ、見た目腐乱死体が、ぎこちなくワタワタしてるってのは傍目から見て相当シュールな光景だが……。
「あぁ、これは気にしなくて良い。ちょっと、いろいろあってな。」
そんなミラに、鑑は掻い摘んで状況を説明する。
迷宮で起こった〈魔物の狂葬曲〉のこと、そこから逃げる為に【不測転移】を利用して現在に至ることなど、何故今こんな状況になっているのかを簡単にまとめて話す。
それらを聞き終えると、ミラは納得したように数度頷き、急にしゅんっと肩を落としてしまった。
『(そのようなことが…。申し訳ございません、ご主人様。私が、使い魔として情けないばかりに…。もっと強ければ、ご主人様の代わりに傷を受け、敵と闘う事もできたはずなのに…。)』
あぁ、そうか。
確かに、迷宮で鑑はミラを召喚して〈魔物の狂葬曲〉と応戦しなかった。それは偏に、ミラのVITとAGIの低さによる所が大きい。
もしもミラのVITが、千代達の使い魔レベルで高かったとしたら、鑑はきっとそれに頼っていたであろうし、AGIが高ければ、一緒に闘いながら逃走する道もあったかもしれない。
だが……。
「そんなことを気にする必要はないぞ、ミラ。まぁ、何ていうかな…。俺は今お前の能力に大いに助けられてるわけだし、今までも結構救われてる。だから、お前がそんな過ぎたこと気にする必要は、これっぽちだって無い。」
『(ですが……。)』
「――どうしても気にするんだったら、そうだな…。次、俺が理不尽な危機に陥ったときに、奮闘できるくらい強くなれ。そのために、お前の悔しさは取って置け。これは命令だぞ、ミラ?」
そう言って、鑑はミラにニッと笑みを向ける。
そうだ。ミラが責任を感じる必要なんて無い。
最弱だと知ってて、ミラを使い魔にしたのは鑑自身なのだから。
今は弱かったとしても、ただただ前を向いて強くなっていってくれれば、それだけで良い。
『(ご主人様…、ありがとう、ございます……っ!)』
ミラが、感極まったように声を詰まらせる。
その姿を、鑑は微笑ましそうに見て、直ぐに顔を真剣な表情に戻した。
「ところで、早速ミラに頼みたいことがあるんだが、いいか?」
『(はい、何なりと。)』
「【生命感知】で周囲の状況を調べてくれないか?」
鑑はミラに能力の行使を頼む。
本来なら、鑑も借り受ければ使用可能だが、現在【痛覚遮断】を借りている為に他の能力を使用できないのだ。
今までは、運よく獣や魔物に遭遇せずに此処まで来れた。
しかし、今になって考えると、見知らぬ樹海で中々にリスキーなことをしていたと思う。
今の状態で魔物と闘ったら、碌に戦闘も出来ずに餌になるだけだというのに。
きっと、転移による昏倒の影響で思考能力が鈍っていたのだろう。
『(畏まりました。)』
鑑の言葉に、ミラは一も二も無く頷く。
『(では…【生命感知】)』
能力名を呟いて、ミラは少しの間黙り込む。
風がざわざわと森の葉を揺らす音だけが場を満たす。
しばらくすると、静寂を破り、ミラが口を開いた。
『(……分かりました。まず、周囲一帯には生命反応が多数見受けられます。しかも、この生命反応の大きさから察するに、高位の魔物である可能性が高いです。その中の一つが、南西方向からこの水場を目指しているようですが……。)』
その報告は、結構深刻なものであった。
「その反応、この泉にどれ位で到着するっ?」
『(…約三分、といった所でしょうか。)』
思ったより時間が無いな……。
「隠れるしかないか…。ミラ、一度送還するぞ?」
『(ご主人様の仰せのままに。)』
「【送還】」
折角召喚したが、直ぐにミラを送還することになってしまった。
だが、召喚したままでは、ミラの放つ強烈な腐乱臭で直ぐにバレてしまうだろう。
鑑は、ミラを送還すると、急いで隠れる場所を探した。
しかし、丁度良く潜り込んで身を隠せそうな所が見当たらない。
樹を登ろうにも、枝が鑑の身長より遥か高くにあるため、手が届かず登ることができない。
(時間も残り少ないし……仕方が無い。)
ミラは、反応は南西方向からやってくると言っていた。
だから、鑑はその反対側、泉から見て北東に生えた太い樹の影に隠れることにした。
影に身を潜めて、ジッと息を殺す。
そして、それはミラの言葉通りやって来た。
まず最初に地が震える感覚を覚えた。
次にノシノシッと重い足音と木の枝が圧し折られるような嫌な音が聞こえてきた。
「GYARURURUUU……!!」
ゾワリと肌が粟立つような、恐ろしい獣の唸り声が聞こえた。
鑑は、震える足腰を如何にか抑えて、樹の陰から僅かに顔を覗かせて様子を窺う。
そこに居たのは、巨大な猛獣だった。
今鑑が隠れている樹の幹程もある太い前肢と後肢の四足歩行。
その見た目は、狼のソレに似ているが、大きさが全く違う。全長は大体十メートル前後といったところか。灰色の毛皮で覆われ、頭部には一本の凶悪な角が生えているのが見えた。
(一角狼かよっ!? しかも、なんだあの大きさッ!?)
図書館で魔獣図鑑を読んでいたときに載っていた魔物だ。
B級の魔物、一角狼。その脅威度は、成獣でB+からAの間という恐ろしいものだ。
しかも、あの一角狼、通常の成獣よりも遥かにデカイ。
確か、普通の成獣は全長六メートル位だったはずだ。あの大きさともなると、どれだけ脅威度が跳ね上がるのか分かったものではない。
「クッソ、どうしてこうなったっ…!」
太い樹の幹に背中をつけ、息を出来る限り殺しながら鑑は小声でそう呟いた。
遠目で見る限り、あの一角狼はまだ此方に気付いていない。
若干、ミラが残した腐臭に首を傾げているが、それのお蔭で鑑の血の臭いが上手い具合に掻き消されているらしい。
一角狼は、首を傾げながらも泉で水を飲み始める。
そんな中、鑑は心臓の鼓動が早まるのを止めることが出来ないでいた。
圧倒的までのあの威容を目の前にして、鑑は心臓を握りつぶされそうなほどの恐怖を覚えたのだ。
(こんなもん、どうしろってんだよッ!?)
ミラは言っていた。
『周囲一帯には生命反応が多数見受けられます。しかも、この生命反応の大きさから察するに、高位の魔物である可能性が高いです』と。
周囲一帯に、あの一角狼と同等かそれ以上の化け物がいるというのか。
今までの運の良さのツケを払わされるように、鑑の眼前に圧倒的絶望が振って沸いた。
死が蔓延る樹海の中で、鑑の生死を賭けた冒険が幕を開けるのであった。
誤字脱字・矛盾点等がございましたら、是非ご報告ください。
また、感想も心よりお待ちしております。
次回予告:次回から、鑑の地獄のサバイバルスタート!
鑑は猛獣の樹海でどのように生き残るのかッ!?