悪魔の謀略〈後〉
遅れて申し訳ありません。
急いで書き上げたので多少文が雑になっていると思いますが、後々修正いたしますのでご了承ください。
コツンコツンッ……と、足音が反響する。
ヒカリゴケで僅かばかり明るい洞窟の中は、思ったより湿っぽく、空気は少し冷んやりとしていた。
鑑達は隊列を組み、ゆっくりと洞窟内を進んでいく。
雪乃を前衛、涼香を中衛に置き、鑑と千代そしてティアリスは後衛という編成だ。
先行して迷宮に潜ったクラスメイトの姿は見当たらず、この暗闇にいるのは今の所この五人だけだった。
ここまでくるのに何度か分かれ道や十字路があったため、皆良い感じにばらけたのだろう。
洞窟に入って、どれくらい経ったか。
鑑は、後方からざっと班の様子を確認する。
前衛では、雪乃が紅い翼の妖精、戦乙女とともに前方を警戒している。
中衛の涼香は、敵が出てこなくて暇なのか、召喚した氷牙白狼の毛皮をモフモフと堪能して暇を潰していた。
鑑と同じく後衛の千代は、肩に乗っかっている翡翠色のスライムをプニプニと弄りながらご満悦の表情をしている。
ティアリスは、一人探索用の地図を作成していて、分かりやすく正確な地図を羊皮紙に描いていた。
(そろそろ、魔物が出てきても良いと思うんだけどなぁ…)
なかなか魔物が出てこなくて、鑑達は暇を持て余していた。
「……そういえば。なんでこの迷宮は『狡猾』っていう名前なんだ?」
鑑は、後方を警戒しながら、なんとなくティアリスに尋ねる。
「ああ、それはですね。」
鑑の言葉に、ティアリスはにこやかに答えてくれた。
「この迷宮は、主に小鬼や大鼠といった低級の魔物が生息していて、低レベル冒険者や騎士の訓練場所として重宝されています。ですが、一つだけ厄介な【特性】があるのです。」
「特性…?」
「はい。迷宮と呼ばれる場所には、その迷宮にしかない【特性】と呼ばれる不思議な力があります。この迷宮には【罠】という特性があるので、『狡猾』などと呼ばれているんですよ。」
「へ~、そうなのか。教えてくれてありがとな。」
「い、いえ。カガミ様の疑問を解決できたのなら私としても嬉しいですから、気にしないでください。」
鑑が礼を言うと、ティアリスは僅かに頬を染め、口早にそう言って、いそいそと地図作成に戻ってしまった。
それにしても、罠とは嫌な特性だな。
きっと、洞窟の中なのに落とし穴があったり、魔物が大量に出現する小部屋があったりするんだろう。
「皆さん、敵が来ましたよッ!」
鑑とティアリスが話していると、前方にいる雪乃から警告が入った。
目を凝らすと、緑褐色の肌をした小学生くらいの魔物が三体程、暗闇からヌッと姿を現す。
猫背のように前傾姿勢で、それぞれ手には木で出来た粗悪な棍棒を持っていた。
鼻は大きく平坦で、耳は僅かに尖っている。
彼らは、黄色く濁った目をギョロギョロと動かし、ギザギザの牙が覗く口から涎を垂らしながら意味不明に喚き散らす。
「グギャギャ、グゲッグゲッ!!」
「ギャギギ、グゲガッグゲ!!」
「ギャヒヒ、グギギャッ!!」
ファンタジーで定番中の定番の魔物。
そう、それは正しく小鬼だった。
「やっとおでましかぁ~、おそ~いっ!!」
涼香が心底待ち飽きていた、とでも言わんばかりの声を上げる。
班全体が、臨戦態勢を取った。
「いきなさい、ルヴィ!」
『YES』
まず、前衛の雪乃が先行して攻撃を仕掛ける。
雪乃の戦乙女、ルヴィはその紅翼をはためかせ、真紅の光となって一体の小鬼を襲う。
『【炎付与】』
ルヴィは、短く魔法を唱えると、手にしていた騎士剣に炎を宿らせる。
「グギャッ!? ギャギギィィッ!??」
燃え盛る真紅の閃光が奔る度に、小鬼は切り裂かれて鮮血を散らし、肉の焦げる嫌な臭いが発生する。
「よ~し私も! やっちゃえ~、シロちゃん!!」
『ヴァウッ!』
雪乃に次いで、涼香が元気良く氷牙白狼のシロに命令を出す。
シロは威勢よく吼えると、ググッと身を屈め、一瞬でその姿を掻き消した。
「グゲェィィッッ!!?」
そして、次の瞬間には二体目の小鬼の首元に深々と噛み付き、噴き出す血を端から赤い氷に変えていき、小鬼を凍らせていく。
「むむ、すずちゃん達張り切ってるね。私も良いところ見せないと、ヒスイ【形状変化】!!」
千代も、涼香たちに負けじとスライムのヒスイに能力の使用を命じる。
ヒスイはプルプルと震えると、何とも俊敏な動きで、呆然と仲間が蹂躙されているのを見ている三体目の小鬼に襲い掛かった。
ヒスイはゼリー状の身体の形状を変化させると、小鬼の身体を素早く拘束して自由を奪う。
そして、ついでとばかりに身体の一部を槍のように尖らせると、ガスガスッと小鬼の身体を刺し貫き、それからパックリと身体の中に取り込んで消化してしまった。
ものの十数秒もしない内に、三体の小鬼が無力化されてしまった。
一体目は、焼け焦げた肉片に。
二体目は、粉々の深紅の氷に。
三体目は、跡形も無く。
文字通り、一瞬で殲滅された。
「おおう……。」
「凄まじい、ですね…。」
鑑とティアリスは、その圧倒的までの戦闘力に唖然とするしかなかった。
――これが、勇者トップ3か……。
そんな二人の様子に、涼香は誇らしげにVサインで、雪乃は余裕の笑みで、千代は照れたように頬を掻いて答えるのだった。
◆
それから、鑑達の班は、順調に魔物を倒し、迷宮を探索して行った。
千代たちに協力してもらい、鑑もパートナーであるミラのレベルも上げることができたのは僥倖だった。
途中、落とし穴の罠に涼香が落ちそうになったり、天井から虫が落ちてくる嫌がらせ的な罠にかかったりもしたが、概ね好調だったと言えよう。
そうして、迷宮に入ってから十数時間歩き続け、今鑑達は四方形の部屋で休息を取っていた。
ここは、冒険者の間では〈安息地〉と呼ばれるエリアで、この小部屋の中には魔物が出現せず、また入ってくることが無いという有り難い空間だ。
今頃、他の班も何処かの〈安息地〉で休息を取っていることだろう。
「ふぃ~、歩くの疲れたぁ…。」
うつ伏せにしたシロを背もたれ代わりに、足を放り出して座る涼香がそう漏らす。
「…そうですね、ほぼ一日中歩き回っていましたから。」
雪乃も壁に身を預け、少々グッタリした声で答えた。
その隣では、スライムを胸に抱えて横になっている千代の姿がある。
「それでは皆さん、お疲れのようですから今日の所はこの〈安息地〉で休みましょう。」
ティアリスがそう言って、今日はここでキャンプをすることになった。
:
:
:
翌朝、同じように迷宮探索を開始する。
昨日の時点で、この班の勇者全員のレベルが15まで上がっていたので、今日はレベル25を目標にしようということになっていた。
昨日一日一緒に迷宮を探索し、さらには寝食を共にしたことでティアリスとすっかり仲良くなった千代達が、談笑しているのを眺めながら、鑑は妙な違和感を感じていた。
(なにか、おかしい…?)
迷宮の中は、耳に痛いくらいの静寂に包まれていた。
静かなのも、ヒカリゴケが淡く発光して洞窟の中を照らしているのも昨日となんら変わらないはずなのに、何故だか不思議と胸騒ぎがした。
そんなときだ――
「前方から、敵多数! 〈魔物の狂葬曲〉です!! 皆さん、臨戦態勢を取ってください!」
雪乃が敵影発見の警告をする。と、同時に――
「後方からも敵がいっぱい来てるッ! 挟み撃ちにされちゃったみたいッ!?」
――千代からも衝撃的な報告がなされた。
「「「ッ!!?」」」
班全体に緊張が走る。
前方から迫る敵影、後方からの敵影、どちらも雑魚に変わりは無いが、数が圧倒的に違いすぎた。
今いる通路は直線的で脇道が無く、逃げ場は何処にも無い状態だった。
「クッ…! 仕方ありませんッ! このまま前方の大群をどうにか蹴散らし、退路を確保。その後、状況に応じて殲滅か離脱、という作戦で行きますッ!!」
雪乃が、切羽詰った声で作戦を立案する。
雪乃の案が最善に思われるので、誰も反対せず、無言で賛成した。
「…では、行きますッ!!」
雪乃の宣言と同時に、鑑達は前方の魔物の大群に突っ込んでいく。
そこから先は、まるで地獄のようだった。
ルヴィが炎の騎士剣を振り回せば、群がる魔物が血を撒き散らして炎上する。
シロが咆えれば無数の氷塊が魔物の頭蓋を叩き割り、またその鋭い一噛みで絶命に追い込んだ。
ヒスイが全身を槍のように尖らせて射出すれば、魔物は成すすべも無く貫かれて物言わぬ骸と化した。
それでも、魔物の勢いは止まらない。
場はまさに乱戦状態。殺し殺される死の宴。
鑑が、千代が、雪乃が、涼香が、ティアリスが、渡された護身用の武器を全力で振り回して、ひたすらに異形の魔物を切り捨てて道を切り開いていく。
魔物の骸がそこら中に転がり、鉄臭い血の臭いが洞窟の中に蔓延した。
屍山血河、そこかしこで魔物の苦痛の鳴き声や絶叫が上がり、絶望と題のつく音楽が奏でられている。
手に伝わってくる命を奪う感触と、耳に残る断末魔の怨嗟を振り切って、鑑達はひたすらに走った。
「…皆さんッ!! 後…もう、少しですッ!!!」
雪乃が叫ぶ。
もう少しで、切り抜けられる。鑑達に希望の光が差し込んだ。
しかし、
「か、鑑君ッ!!?」
唐突に発生した圧倒的物量の濁流に、鑑と千代達は分断されてしまった。
後方の群れが、合流してしまったのだ。
「千代ッ!! チィ、クッソ、がぁ…!!」
鑑は必死で剣を振るう。だが、血糊で切れ味の鈍った剣は一撃で魔物を仕留められない。
それじゃあ、とミラから能力【剛力】を借り受けて腕力で捻り潰す。
それでも、魔物の壁は崩せない。
魔物の爪が鑑の服を引き裂き、肉を抉った。
魔物の棍棒が、鑑の腕を殴った。
魔物の突進が、鑑の腹を直撃した。
「グぅッ…ッ!」
灼熱にも似た激痛が、脳天まで貫くように走る。
鑑は、痛みで如何にかなりそうな思考を無理やり繋ぎ合わせ、ミラから借りている能力を【痛覚遮断】に変更する。
群がる魔物を蹴飛ばし、殴り飛ばす。
退路なし。
進路なし。
待つのは、絶対的な死のみ。
(諦めて、やるもん、かよッ!!)
拉げた眼鏡を掛けなおし、鑑は獰猛に笑った。
妹の下に、駿の下に、そして千代達の下に必ず生きて帰ってやる。
「オオオオオオォォォッッ!!!」
生まれて初めて、鑑は咆えた。
【痛覚遮断】で痛みは無視し、悲鳴を上げる身体に鞭を打つ。
ギシギシと軋む骨と、裂けていくような筋肉の叫びが耳元でガンガンと警鐘を鳴らしている。
しかし、それすら無視だ。今は、そんなものはどうでも良い。
(千代達の側に行くのは、もう無理だ。千代たちと俺を隔てる壁は、さっきの前方にいた魔物の壁より恐らくは厚いだろう。なら、道は一つしかないッ。)
魔物の群れに逆らうように、鑑は駆けた。
魔法を放ち、剣を振るい、拳を血で濡らしながら。
(この直線通路に入って少しした所に、ひとつ【罠部屋】があったはずだッ。確か、その部屋の罠は、【不測転移】!! それを使えば、運が良ければ生きて帰れる!)
盛大な博打。
本物の命を賭けた、一世一代の大勝負だ。
鑑は、死に物狂いで敵を掻き分け、薙ぎ払って、【罠部屋】に辿り着く。
襲い来る魔物の顎門を退け、凶爪を躱し、扉を蹴破った。
〈安息地〉のような四方形の部屋に入ると、真ん中には白い魔法陣が描かれている。
ふと、一瞬足が止まる。
もし、ここで運が悪かったら、鑑は死ぬ。
海底とか、岩の中に転移なんてしたら、最悪だ。
しかし、ここで踏みとどまっていても、直ぐに追いかけてきた魔物に飲み込まれて死ぬだろう。
(ええいッ、ままよッ!!)
迷いを振りきり、鑑は勢い良く方陣の中に飛び込んだ。
鑑の視界を、白い光が包みこんだ―――
誤字脱字、矛盾点等がございましたらお気軽にご報告ください。
また、感想があれば是非お願いいたします。
作者が喜び庭駆け回り、ブリッジしながら臍で茶を沸かします。
次回、悪魔の謀略〈裏〉に続く…かも?
※作者のノリです。続かないかもしれません。