腐卵の真価II〜それぞれの道〜
ステータス表記を数値からアルファベット評価に変更しました。
それに伴い、『最弱の始まり』『腐卵の真価』のステータスと説明をアルファベット評価版に書き換えましたので、是非ご確認ください。
コロンッと足下に転がった【腐卵】を鑑は暫く呆然と見つめていたが、ハッと我に返りそれを拾い上げた。
「一体、今何が起きたんだ……?」
先程の現象を思いだす。迸る黒い光、浮遊する【腐卵】、光の粒子に分解されて吸収される子狼……。
鑑は、此処が危険地帯であることも忘れ、思考の海に沈んでいく。
(テンプレで考えるなら、眠っていた力の覚醒イベントだが、この異世界でそう都合よく行くものか? 仮に覚醒だったとして、この最悪でくそったれな状況から脱出する糸口になる可能性は? ……駄目だ、情報が足りなさ過ぎる)
鑑は、自身が保有する知識を総動員して先程の現象についてあれこれ考察していくが、如何せん先程の現象についての情報が不足しすぎている為、『何らかの力が覚醒した可能性がある』ことくらいしか判断できない。
現象の中心にあった【腐卵】を矯めつ眇めつ観察してみるが、特段何かが変わった様子も無い。
(……仕方ない。この問題は先送りだな。現状、何も判断できないし、変化があるまで待つしか打つ手が無い。それよりも、今は狩りをして食料を確保すべきか)
鑑は、幾ら考えても埒が明かないので考えることを放棄し、目先の目標に意識を切り替えることにした。
そして、再び獲物を探して歩き出し、何歩か歩いた後にふと足を止める。
(…割れやすい卵を持って探索するのは、面倒だな。現状を打破できるかもしれないという可能性がある以上、割るわけにもいかないし……。そうだ、確か召喚された日、部屋へ着くまでは割らないように紋章にミラの卵を収納してたっけか。卵の状態でもミラを収納できたんだし、俺の能力で創った【腐卵】なら収納できるかも。試しにやってみるか)
【送還】と同じ要領で、【腐卵】に対して「紋章に戻れ」と念じてみる。
すると、ミラを【送還】するときと同じように、【腐卵】が黒い靄に分解され、紋章に吸い込まれていく。
(よし、上手くいったな。これからは腐卵を作り置きしておいて、いざって時に直ぐ出せるように収納しておくのも手かもな)
靄が全部紋章に吸い込まれるのを確認し、気を取り直して再度歩き始めようとすると、
ピコーン!
「……ん?」
レトロなゲームで聞きなれたような、異世界においては場違いとも言える電子音が頭の中に響いた。
『【死者の紋章】のオリジン、その全過程の行使を確認しました。これにより、【死者の紋章】の能力詳細が閲覧可能になります。能力の詳細を確認をする場合は、ステータスウィンドウの能力欄に【死者の紋章】が追加されていますので、そちらをお確かめください』
「……どこから突っ込んで良いのか分からん。」
電子音に次いで、機械的な音声で詳細をアナウンスされた鑑は、「まったく、現実になったファンタジーでシステムアナウンスがあるとか、予想はしてたが違和感が半端ないな…」と呟きながら、自身のステータスウィンドウを開いた。
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名前:カガミ イチノセ
種族:人族
Lv:43
称号:勇者 最弱 怪物殺し
性別:男
MP:C+
STR:D+
VIT:D
AGI:D+
INT:C+(闇)
能力:【異世界語翻訳】【闇魔法】【植物知識】【初級薬学】【初級魔法学】【初級魔獣学】【魔力操作:Lv2】【身体強化:Lv2】【剣術:Lv3】【拳闘術:Lv3】【死者の紋章】
《裂傷》《疲労状態》
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そういえば、久々に鑑は自身のステータスを見たかもしれない。いつもは、ミラのステータスにばかりに気を遣っているから自身のステータスを見る機会などそうなかった。以前見たときより、遥かにレベルが上がっているが、それは〈魔物の狂葬曲〉や突撃牛との交戦が大きいだろう。〈魔物の狂葬曲〉のときに殺した魔物の数を正確に覚えてはいないが、相当の数を殺したはずだから、この大幅なレベル上昇も納得できなくは無い。
また、この世界のレベルアップの概念が『レベルアップ=経験値の積み重ね』であれど『経験値≠魔物を殺すこと』ではないのも要因の一つだろう。
例えば、同レベルで実力が拮抗している者同士を闘わせると双方に経験値が貯まったりするし、反対にレベル差が開いているもの同士で闘うとレベルが低いものに多く経験値が貯まったりするのだ。
経験値とは、つまり経験の質なのである。
そのため、鑑のレベルが思った以上に上昇していたのは、まさに死線を越えたことが原因の一つであると考えることが出来る。生死を賭けて迷宮から脱出した経緯を思えば、当然の結果に思えるだろう。
「アナウンス通り、本当に追加されてるな……。」
ステータスウィンドウ上の能力欄に追加された【死者の紋章】をタップし、言われたとおりに詳細を確認してみる。
そして、目に飛び込んできた情報を前に、鑑は目を剥いた。
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【死者の紋章】
勇者の中でも、死者を従える資質が高い者に刻まれる紋章。刻まれた者は死者を統べる力を持つ。
唯一の力:【腐卵生成】
【腐卵生成】詳細
1.生成 … 腐卵を生み出す。
2.眷属 … 死んだ生物に腐卵を近づけることで、その生物を基礎とした死者の卵を作製できる。
3.融合 … 作製した卵同士を掛け合わせることができる。
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「なんだ、これは……」
あまりに異質な力だった。周囲の人間や鑑自身が認識していた【腐卵生成】の能力とあまりにも隔絶している。ただ腐卵を生み出すだけのネタ能力、その認識が一気に瓦解する。
まさしく"反則能力"と言っても良いほどに強力な能力ではないか。
殺せば殺しただけ、鑑は仲間を増やすことが出来るのだから。それも、死を恐れない死者の軍勢である。
更に言えば、死骸さえあれば眷属化できるのだから幾らでも使い潰すこともできるし、《融合》によって眷属の強化も出来るのだから恐ろしい。
「おいおい、オンゲーだったらゲームバランス崩壊も良いとこだぞ……。こんなもん、下手したら他の勇者達よりよっぽどチートじゃねぇか……」
勇者は、一人につき一体の使徒が付く。鑑の場合はそれがミラであるが、この【腐卵生成】の能力を考慮すれば、強化次第で鑑一人で使徒に並ぶ死者を何体も保有できるということだ。
あくまでも個の能力が優れた勇者の使徒に対して、鑑はそれに準ずるか並ぶ力を持った軍勢を作り上げることが出来るわけである。
確かに、死者は弱い。それは、ミラを見ていれば嫌でも分かることだ。しかし、位階の高い死者は、時にドラゴンより恐ろしいのだ。
夜の支配者と名高い吸血鬼や魔導を極めたリッチなど、上位の死者の伝説は事欠かない。
「俺の異世界ライフは育成ゲームに掛かってるわけだ。」
レア度、スペックその他諸々が最低ランクの死者の軍勢を、掛け合わせ、訓練し、最高の軍団に育て上げる。それが、鑑が生き残る為の道だった。
「やってやろうじゃねぇか。生憎、育成ゲームは大の得意なんだ。」
そう言って、鑑はギラリと双眸を光らせる。
不死の軍勢が世界を慄かせるのは、これよりもう少し先の話である。
◆
場所は変わって、エルシア王国王城。
〈魔物の狂葬曲〉という想定外の事態の発生によって、王女ティアリス含む勇者達一行は迷宮から帰還していた。
勇者達の顔は一様に暗く、まるでお通夜のような状態であった。それと云うのも、先に述べた異常事態によって地球で同級生だった生徒ーー鑑の消息が不明であるという事実がそうさせているのだ。
確かに、彼らにとって鑑は特段深い関わりもないし、この世界で鑑は戦力外の足手まといだ。とはいえ、同級生として共に過ごし、同じようにこの世界に召喚された仲間である。身近な人物が消息不明、最悪は死んでいるかもしれないともなれば、彼らが悲しみと不安の海に沈むのも無理はない。
ましてや彼らは、安心安全な日本という温室で育ったのだ。戦いの果てに死という結果があると知ってはいても、死に対する意識は極めて希薄であった。楽観的であったと言ってもいい。魔法やステータスといったものが存在するゲーム染みたこの世界に召喚され、どこか浮かれていた彼らは、鑑が消息を絶って初めて“死”というものを身近に感じたのである。
『次は自分が死ぬのではないか?』『今隣にいる奴が、明日には死んでしまうんじゃないか?』そんな後向きな考えが彼らの顔に暗い影を落としているのだ。
そんな中にありながら一人、千代は窓から覗く蒼空を見上げていた。
その鳶色の瞳には、周囲に漂う暗い雰囲気とは対照的な確かな光が灯っている。
「千代、そろそろ謁見の時間よ。」
「うん、分かった。ありがとう、雪乃ちゃん。すぐ行くね。」
そう言うと、千代はもう一度だけ空を見上げて、あの罠部屋に残った痕跡を思い返す。
鑑が生きる為に足掻き、戦った痕跡を。
(鑑くん、待ってて。直ぐに助けに行くから。今度こそ私が…――)
――私が、守るから。どんな脅威も跳ね除けて、君を。
鑑が死んでいるかもしれないなんてことは、既に千代の頭の中には無い。ただ、鑑の生存を信じ、一瞬でも早く鑑に会いたいという気持ちで一杯だった。
(そのためには、強くならなくちゃ)
新たな決意を胸にしまって、窓から差し込む日差しを背に、千代は雪乃の後を追った。
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