プロローグ
どうも、はじめまして。
ClownCrownです。気軽に、『道化』とお呼びください。
この作品が、私の初の投稿となります。誤字脱字、矛盾点等がありましたら、ご報告ください。
感想も待っていますので、書いて頂けると嬉しいです。
おそらく、作者が狂喜乱舞します。
殴打音と共に、拳が頬に直撃した。日の差さない日陰。校舎から死角になった場所で、一之瀬鑑は地面に倒れ込んだ。
「おらァッ! 立てよぉ、一之瀬ェ」
耳障りな濁声が、鈍痛と共に耳朶を打つ。倒れた衝撃で着けていた眼鏡は地面に転がり、口の中には鉄の味が広がった。
「どうしたァ、軽いスキンシップだろッ!」
「ゲフォッ……!?」
無防備な腹に蹴りを入れられ、肺から空気が押し出される。
走る痛みにむせ返りながら、鑑は自分を見下す三人組の男子生徒、同じクラスの樋口、武井、倉坂を睨んだ。
「ア゛ア゛!? んだよ、その目はァ! このきめぇヲタクがッ、俺様に反抗的な目を向けてんじゃねェッ!! ムカつくんだよッ!!」
鑑の視線が気に障ったのか、グループのリーダー格である樋口は、さっきよりも更に声を荒立ててまるでサッカーボールを蹴るように、何度も鑑を蹴りつける。そして、苦しむ鑑の胸倉を掴んで持ち上げ、殴る、殴る、殴る。
まさに一方的な暴力。取り巻きの二人はそれをニヤニヤと見ている。
「おい、樋口ぃ。今日はこのぐらいにしとこうぜ? そろそろ昼飯食わないと、休み時間なくなるしよぉ?」
時計を確認しながら、武井が肩で息をして目を吊り上げている樋口に声を掛けた。
その言葉に、樋口も不満そうにしながらも不承不承頷く。
「チィッ! そうだな。おい、一之瀬! 今日はこのぐらいにしてやっから感謝しろよォ!」
最後に舌打ちをしながらそう言い残すと、ペッと地面に唾を吐き、樋口は連れ二人を引き連れて去っていく。
誰もいなくなった校舎裏で、鑑は惨めな思いを噛み締めながら眼鏡を拾い、掛け直した。
「クソ……ッ」
零れた呟きは、校舎の影に溶けていった。
弁当片手に、鑑は階段を上る。
殴られた頬も、蹴られた腹も痛いが、いつものことと言えばいつものことだ。最初の頃は即保健室行きだったが、今では誠に不本意ながら体も頑丈になり、保健室のお世話になることもなくなった。
理不尽な暴力に憤りや悔しさはあるが、それよりも今は、呼び出しを喰らったせいで待たせてしまっている友人達への申し訳なさが先にたった。
樋口たちに殴られている時間が思いのほか長引いた為、昼休みも半ばを過ぎてしまっていた。
溜息を吐きながらも、鑑は三階屋上テラスに辿り着く。
広い庭園の一番奥に四人、輪になって座っている友人達の姿を確認し、急いでそちらに向かう。
「すまん、遅くなった!」
「あっ…! もう、遅いよ鑑君っ!」
鑑が謝罪の言葉と共に駆け寄ると、一番最初に反応したのは栗色の長髪の少女、姫咲千代だった。
彼女は鑑に背を向けて座っていたが、振り返って泥まみれ擦り傷だらけの鑑の姿を確認するなり目を見開く。
「って、酷い怪我だよ!? また、やられたの!?」
「ん? ああ…、まぁな。 見た目ほど大した怪我じゃないし、大丈夫だ。」
「でも……」
「気にすんなって。」
鑑は何でもなさそうに言って、千代の隣に腰を下ろす。
千代が心配そうな視線を向けてくるが気にせず弁当の包みを開いた。
「やれやれ……鑑。せめて、保健室には行ってきた方が良かったんじゃないか?」
鑑が弁当を食べ始めると、小学校からの親友である駿が、苦笑いしながら言ってきた。便乗するように、涼香も雪乃もそれぞれ心配の言葉を掛けてくる。
「そうだよ、かがみん! 傷にばい菌入るよ!」
「全く、涼香と駿さんの言うとおりですよ。」
それぞれ弁当を食べる手を止めて鑑に視線を向けてくる。
千代は心配そうに、駿は呆れた感じに、涼香は頬を僅かに膨らませて、雪乃は真っ直ぐに。
「水道で流してきたし、大丈夫だって。いつものこったろ。」
鑑は、それらの視線にふいっと目を逸らしながら言う。
――こいつらにあまり迷惑を掛けたくはない。
その様子に三人は顔を見合わせる。
「でもその傷は流石に…ねぇ? かがみん、強がりは駄目だよ? 」
「そうですよ。涼香さんの言うとおりです。それに、いつものこと、で納得できる訳ありません。そもそもあの不良、樋口さんでしたか? 彼が、鑑さんに暴力を振るっている時点でおかしいのですっ。私達の気持ちも分かってくださいっ」
心配そうに眉を寄せる涼香。
ジト目でこちらを見据える雪乃。雪乃は、いつもより言葉に棘があるというか……大変ご立腹のようだ。
まあ、今回はいつにも増して外傷が酷いからなぁ。
「そうだぞ、鑑。お前なりの理由があるのも分かるが、そろそろ樋口たちの話を先生方にだな……」
「ま、その辺の話はまた後でな。」
父親みたいなことを言うな、駿の奴。
心配してくれるのは素直にありがたい。しかし、やることは変わらない。
「いつもそうやって…」
皆が向けてくる視線に俺は知らんとばかりに無言を貫き、この話はここまでだと示した。
「鑑君の、馬鹿……」
千代の小さな呟きは、俺の耳には届かなかった。
◆
四階空き教室。
ズゾゾゾゾゾ……!
残り少ないジュースをストローで吸ったとき特有の嫌な音が響く。
窓から見える光景に、音を鳴らした張本人の樋口一哉は、ふつふつと腹の底に黒いものが煮えてくるのを感じた。
視線の先では、先程連れ二人とリンチした一之瀬が、この学校の超有名人達の輪の中で弁当を食っている。
それが、無性に気に入らない。
「なんで、いつもあいつがァ…」
誰もが憧れるこの学園の有名人達。
運よく自分と同じクラスにいる学園の三大美少女、《白雪姫》で知られる白石涼香、東城雪乃、姫咲千代。そして、クラスは違うがこの学年の男子の頂点に立つといわれる《貴公子》の御神駿。
あの四人の中にいつもいる一之瀬が、むしゃくしゃするほど気に食わない。
特に、姫咲と一緒にいるのを見掛けると、黒いものを押さえられなかった。
中身の無くなった紙パックのジュースを握りつぶす。
俺は、この学校で誰も逆らえない絶対者なのに。
俺こそがあの人たちと釣り合うのに。
俺が持っていないものを、釣り合ってもいない一之瀬は当然のように持っていやがる。
それが、どうしようもなく妬ましかった。
「放課後も殴んなきゃ気が済まねぇなァ」
武井と倉坂の馬鹿話を適当に聞き流しながら、一哉は口角を上げた。
◆
放課後。
ホームルーム終了と共に、一気にクラス内が騒がしくなる。
部活に向かおうとする者、雑談し始める者など皆様々に行動を開始する。
そんな中、鑑は通学鞄に帰りの用意を済ませ、早めに帰宅しようと教室後ろの扉へと向かう。
帰宅部の俺は、特にやることも無いのでそそくさと下校するのが常なのである。樋口たちに絡まれる前に帰りたいというのも理由の一つだ。しかも、今日は可愛い我が妹の誕生日。帰って豪華な料理の準備をしなければならないのだ。
駿や千代達も部活が終わったら祝いに来てくれるらしいので、その分も準備しなくてはならないため、中々に大変なことになりそうである。
「おい、一之瀬ェ。ちょっと面かせや」
と、教室から出ようとする鑑は、最早聞き慣れた濁声とともに行く手を遮られる。
樋口だ。
クラス内の騒がしさがスッと治まる。
「なんだよ。何か用か?」
鑑は立ちはだかる樋口を真っ直ぐに見据える。
殴られた場所がズキッと痛むが、無視だ。
「おう、昼の話の続きをよォ。しようと思ったんだ。付き合ってくんねェか?」
まだ殴り足りないのか。鑑は呆れて心の中で溜息を吐いた。
ことあるごとに殴ってくるのはいつも通りといえばそうだが、今日はもう殴られるのはご免被りたかった。
大切な誕生日を祝うのに、これ以上怪我を負いたくないのだ。
「悪いな。ちょっと用事があるから明日にしないか?」
「あ゛あ゛? お前、口答えする気かァ?」
面倒くさいな。
しかし、困った。如何したものだろうか。逆らいたいのは山々だが、樋口相手は少々問題があるのだ。
なんせ、雪乃に言わせるところのこの不良は、この一葉学園の理事長の息子なのだ。理事長は一人息子の樋口にとても甘く、大抵のお願いは聞いてしまうらしい。万が一、樋口に逆らって退学処分になりでもしたら堪ったものではない。
「樋口君、鑑君は用事があるって言ってるんだし、今日は止めて上げたら?」
鑑が如何にして切り抜けようか考えていると、そこにまだ残っていたらしい千代がやって来た。
どうやら助け舟を出してくれるらしい。
「そうは言っても、姫咲ィ。こっちは大事な話なンだがなァ?」
千代の言葉に樋口はそう返して、一瞬俺に目線を向けると嗜虐的な笑みを僅かに覗かせる。
よくもまぁ、抜けぬけと言う奴だ。ただ殴って憂さを晴らしたいだけだろ。
クラスの連中みんな知ってるぞ、お前の暴力性。だから、誰もこいつに逆らわないし、関わろうとしないわけだが……。
千代は、そんな樋口にどうしてもと手を合わせ、お願いをするようなジェスチャーをする。
「そこは私に免じてさ。お願いだから、ね?」
「でもよォ……」
「駄目、かな?」
「!? ち、仕方ねェ……覚えてろよォ鑑ィ」
小首を傾げてお願いする千代に、樋口は目を僅かに見開き顔を赤らめると、鑑を一度憎々しげに睨み、舌打ちと共に引き下がる。
最後に鑑にだけ聞こえるように小声で言ってから、鑑に肩をぶつけて教室の窓側に屯している武井たちのところに歩いて行った。
「ふう……。何とか切り抜けられたね、鑑君。」
「…ああ、助かった。ありがとう、千代。」
安堵の息を吐き、こちらに笑いかけてくる千代に素直に感謝の言葉を述べる。
樋口の奴はどうも千代の言葉に弱いのだ。多分、千代に気があるのだろうけど、今回はそのおかげで助かった。
というか、千代の奴、それを分かった上でやってたのか? 末恐ろしいな、これがクラスカーストトップの実力ってやつか。
「え? えへへ。うん、どういたしまして。」
鑑の言葉に、千代が嬉しそうにはにかんだ。……全く、良い笑顔しやがって。
そこに、パタパタと二つの足音が近づいてくる。
「ちーちゃん! かがみ~ん!」
「大丈夫ですか、鑑さん、千代っ。千代は、勝手に飛び出すからハラハラしましたよっ。」
「えへへ、ゴメン。雪乃ちゃん。」
現れたのは涼香と雪乃だった。
どうやら、三人でいたところに鑑と樋口の騒ぎが飛び込んできて、堪らず千代が二人を置いて飛び出してきたということらしい。
「もう千代は、いくらあの不良に鑑さんが困らされていたとしても、一人でいくなんて危ないでしょうっ。唯でさえ、あの男は面倒なのですからっ。気を付けてください…」
「あぅぅ…ゴメンてばぁ…」
言葉のボリュームを押さえながらも千代に詰め寄る雪乃。
まぁ、相手は暴力を平気で人に振るうような奴だしな。更には、千代に下卑た視線を向けていることもあるし、雪乃が千代を心配するのも分かる。
「ま、雪乃。この話はそれくらいにしようぜ。俺も千代に助けられたのは感謝してるし、何事も無かったんだからそれで良いだろ。というか、樋口のやつが千代に手を上げようとしたら、あいつ殴ってでも阻止するから心配しなくていいぞ。千代も、今回みたいなことは次、気を付ければ良い話だしな。」
鑑は、怪我が無いか心配して寄ってきた涼香の頭をなんとなく撫でながら、宥めるように雪乃に言葉を投げる。
言葉通り、鑑は自分に振るわれる暴力は許容するが、親友達に振るわれる暴力に黙っているつもりはないのだ。今、樋口に反抗しないのは、あくまでそうした方が上手くいくからであって、泣き寝入りというわけじゃない。だから、樋口たちが万が一にも千代たちに手を出そうとするなら、退学でも何でも受け入れて、奴をとことんまでぶん殴る気でいるのである。
「ですけど……。もう、仕方ないですね…。」
そんな鑑の決意を感じ取ったのか、雪乃が鑑に振り返り、渋々千代から身を離す。
「さて、じゃあ俺はそろそろ帰るとするか。」
「そうですね。日和ちゃんの誕生日会楽しみにしてますよ。」
「うんうん! 部活終わったら、駿ちゃん連れてかがみんの家に直ぐ行くねー!」
「ふふ。それじゃあ、日和ちゃんによろしくね、鑑君。」
「ああ、それじゃあまた。」
三人に手を振り、背を向けて再び扉に向かおうとした。
――その時、世界が脈動した。
何の予兆も、異変もなかった。
ただ唐突に訪れた耳鳴りにも似た無音の中で、不自然に響く心臓の鼓動のような鳴動と共に空間が水面の如く揺れる。
一瞬の混乱の後、目が眩むような強烈な光と立ち眩みが鑑達を襲った。
「なんだ……!?」
明滅するように不自然に視界が暗くなる。その視界の中で、教室内が輝く方陣に青白く照らし出されていた。
足元がグラつき、まるで地面が崩壊していくように平衡感覚を保てない。
(なんだこれ……。一体何が…?)
床が迫ってくる。ドサッという音と共に衝撃が体を叩いた。
視界が暗転し、体感覚が麻痺していく。
どうやら自分は倒れたらしいと何処か他人事のように思った。
(ああ、クソ…。今日は日和の誕生日だってのに……。突然、一体なんだってんだ……!)
そんな中で脳裏に可愛い妹の姿を思い浮かび、千代たちの姿も浮かんでは消え、まるで走馬灯のようだった。
(……畜生、訳が分からん…。俺は、死ぬ、のか? 千代たちは一体どうなった…)
視覚や聴覚、嗅覚や触覚までももう完全に機能していない。鑑以外がどうなったのか全く分からない。
思考がまとまらない。意識も長く持ちそうになかった。
(なんだよ、これ……)
最後にそう心の中で呟く。
『汝は死したもの、死するもの全ての王。』
意識が切れる間際、不思議な声が響いた……気がした。
◆
「ん……。」
冷気が頬を撫ぜ、鑑は途切れていた意識を覚醒させた。
覚醒と同時、背中と頭に固い感触が伝わってきて、今の自分が倒れている状態であることに気がつく。
ズキズキと痛む頭を押さえながら上体を起こし、眼鏡を掛けなおす。そして、一体何があったのかと目を開いた。何度か瞬きをして焦点を合わせると、視界に広がる光景に絶句した。
(石造りの部屋? それに、なんだよこの状況……。俺、倒れたんじゃ…?)
周囲を軽く見回してみれば、ここが広い部屋の中だというのが分かる。足元には先程の鑑同様に床に倒れ伏しているクラスメイトの姿と、千代たち三人の姿、そして床に描かれた幾何学模様の円陣――俗に魔法陣と呼ばれるもの――を確認することが出来た。
そこから視線を上げれば、壁には金糸の刺繍で描かれた国章みたいな物が並び、高い位置に設けられた窓からは神秘的な日光が差し込んでいる。まるでこの場は何かの儀式をする祭壇的なものなのではと思うほどだった。
(祭壇? 魔法陣? おい、まさかこれって……っ!)
不可解な状況や体験、不自然な場所、それらを総合して鑑がある一つの結論に達した瞬間、一人の少女が、視界に収まった。
ワンピース風のドレスを着て、従者らしい二人の老人を連れたその少女は、間違ってもクラスメイトではない。
その美しさに、鑑は一瞬時を止めた。
蜂蜜のような黄色をした緩くウェーブのかかった金の長髪に、絹のような白い肌。パッチリと愛らしい藍色の瞳は、彼女の純粋さを表すような光を湛えている。
友人である千代たちに負けずとも劣らない、見紛う事無き美少女がそこにはいた。
そう、それはまるで――
鑑が僅かに瞠目するなか、他のクラスメイト達も目を覚まし始める。すると、それを待っていたかのように、少女は口を開いた。
「勇者様方、召喚に応じてくださったことを大変嬉しく思います。」
少女は従者と共に膝を折り、まるで祈るように手を組む。
「私はこのエルシア王国の第一王女、ティアリス・フラム・エルシオン。今、この国は滅亡の危機に瀕しています。どうか、貴方様方のその御力で我らをお救いください。」
――鑑の好きな、アニメやゲームでよくあるような展開だった。
(い、異世界召喚!? だとっ!!?)