第九話
夢に向かって。
――このままでは二人が殺されるかもしれない。
ハジメはそう確信したが、目の前には勇者憲兵団の者達がいる。余計な事を迂闊に話すわけにはいかない。
ルーシン母子を助けに行きたいと、ハジメは思ったが、そんな訳にもいかない。ハジメはまだ三歳だ。
前世の記憶が残っているため、三歳だという自覚はハジメにほとんど無いが、やはり三歳児であることに変わりはない。
"ニルヴァーナ"は"帝都ヴァルバンス"で最も北の区域。ハジメが一人で行くにはあまりに厳しい、年齢という事情も出てくる。
ハジメが両親に『助けに行きたい』と、頼んだところで"ニルヴァーナ"へ向かうのは無理だろう。
勇者憲兵団の話を聞く限り、ルーシンとパインを助けるのは"どれほどか"は分からないが確実に危険が付きまとう。
ハレルヤがそんな危険を冒すようなマネを許してくれるはずが無い。
「……少し長話が過ぎたんだなぁ」
「そうだな……帰りますぜ」
勇者憲兵団たちは揃ってガタッと椅子を引き、そして立ち上がる。ルーシン母子が死んでしまうかも知れないと言っておきながら、涼しげに持参の椅子をたたむ二人の姿は、尊き命をとても粗末に扱っているようで、ハジメの目にはとても残酷に映る。この二人は、人としてあるべき何かが欠けているとハジメに思わせていた。
ハレルヤはというと本来、一国一城の主であるカレジが勇者憲兵団たちと相対し、口論しなければならなかったにも関わらず、カレジにはそれがまるで出来なかった。カレジに代わり、ずっと気を張って戦っていたハレルヤは、まだ勇者憲兵団が家の中にいることを忘れ、椅子に座ると背もたれにぐったりと体を預けた。
「では、失礼……」
ハジメ一家は誰一人、勇者憲兵団の二人に返事をすることも振り返ることもせず、ただ動かず、出て行くのを待った。
扉が閉まる音が聞こえるまでの僅かな時間が、三人には息苦しくて堪らない。
勇者憲兵団の二人が扉へ向かっていく。神経が研ぎ澄まされコツコツと響く足音が段々と小さくなっていくのが手に取る様に分かった。自分達から距離が離れていくにつれ、荒くなっていたカレジの呼吸が穏やかになっていた。
バタンッ! と勇者憲兵団の二人組みが家を後にする音が聞こえた。
瞬間、カレジの口から「ふぅ~」ため息が漏れると、それに合わせる様にハレルヤも「ハァ~」と、ため息を吐く。
冬場だというのに家の中では両親が汗だくになっていた。
カレジとハレルヤが付かれきっているのは、ハジメもよく理解出来ていた。それに、畑仕事よりも疲れただろうとも思っていた。だが、憔悴しているのはハジメも同じ。
両親が疲れているのなら息子は話しかけるべきではないが、三人揃って疲れ切っているのなら立場は同じだと、ハジメがおかしな理屈をこねた。それはハジメの精神的な疲労がピークに達していたからに他ならない。
ぐったりとしたハジメが、クタクタのカレジとヘトヘトのハレルヤに向かって口を開いた。
「父さん……母さん……」
疲弊は限界点を越えている筈だったのだが、カレジとハレルヤはハジメの言葉を聞くと勢い良く振り向いた。
そして両親はハジメを目を見つめた。それだけ、それだけでハジメが何を言いたいのかを、カレジとハレルヤはすぐに理解する事ができていた。
息子の意図を感じ取ったカレジはクッと顔を引き締め、息子の想いに応えるべくハジメの肩に手を置く。
それからハジメに伝えた。
「ルーシンさんとパインちゃんはきっと"勇者反対同盟"の仲間だって勘違いされてる!! 父さんが許す!! ハジメも男だ!! 助けに行って来い!! 父さんも付いてってやる!!」
ハジメが「……うん」と小さく頷いた。そして自分の体が震えていることに気が付いた。
前世のハジメは、決して父に認めて貰えることなど一度も無かった。でも、今は違う。カレジの息子として、男として、勇気ある人間として父親に認めてもらえている。
ハジメはカレジの言葉が嬉しかったのだ。
ハジメの顔がハレルヤの方へ向く。
カレジからの言葉で沸いた喜びはつかの間のモノでしかないと、ハレルヤの顔を見た瞬間にハジメが思う。
ハジメの顔から喜びの表情が消える。
原因は怒りの形相を浮かべるハレルヤであった。
ハジメが反射的にそうなってしまったのは、何も恐ろしい顔をした母に脅えたからではない、ハレルヤの口から次に出るであろう言葉が簡単に予測できたからである。
「ダメよ!! 二人を助けに行くなんて!!!!」
(やっぱり……)
「ハレルヤ……ハジメが決断しようとしてるんだ……俺もいる!!」
「あなたが居るからなんになるって言うの? ハジメはまだ三歳なのよ!!」
「危ない事はさせない!! 小さくたって男だ!! 強い意志があるならやれる!! 出来るだけの事をやらせてやろう!!」
カレジの想いは息子を立派な男にしたい、ハジメには逞しい男になって欲しい。その為には命を掛けた決断も必要だと、そう判断したからこそハジメに行け!! という言葉を贈った。
しかし、ハレルヤの想いは違っていた。息子を危ない目に遭わせたくない、平穏な生活を送って欲しい。健康で安定した幸せを掴み取って欲しい、というもの。
父であるカレジと、母であるハレルヤの言葉には対立する二つ想いがあった。違う意見が二人を椅子から立ち上がらせる。
その後は、いつもと全く同じように口論になる、原因は勇者にするべきか否か、つまりハジメのせいで両親が血相を変えて喧嘩になっていた。
「どうしてあなたは、いつもそうなの!!!!」
「男にはやらなくちゃいけない時がある!!!!」
「ハジメはまだ子供なのよ!!!!」
そこへハジメが――
「父さん……母さん……止めてよ!!」
と、両親の喧嘩を見かねて仲裁に入った。
まだ幼いハジメが甲高い声を響かせながら、大声を張り上げ口喧嘩をする両親に近づいていくが、カレジもハレルヤも息子が近づく気配すら感じ取れず、差し詰め状態。ハジメの甲高い声も二人の耳には届いていない。
だが、激しく口論する両親をこのまま放って置く訳にもいかない、カレジとハレルヤの口喧嘩は、今にも殴り合いの喧嘩に発展しそうになっているのだから、激昂する二人の隙間に割って入った、ハジメの小さな体が小刻みに震え、唇は紫色に変色していた。
ハジメは三歳児、その体は一メートルにも満たない。カレジの身長は一八〇センチ、ハレルヤの身長も一六九センチと一般の(日本の)平均身長と比べて大分大きい。ハジメが震えて唇が変色する理由は何となく分かるだろう。
恐ろしい。
まるで巨人に見える両親の元へ一歩、また一歩と近づきハジメが激論に激論を重ね、顔を真っ赤にして怒鳴りあう赤鬼のような父と母の間合いの中に辿り着く。ハジメは雀の涙ほどしかない勇気を懸命に搾り出しカレジとハレルヤの仲裁をする。
だが、カレジがハジメを右手で押し退けると、次はハレルヤの金切り声が家の中に轟いた。
「ハジメ!! あっちへ行ってなさい!!」
ハレルヤの言葉は。いや、母の言葉は痛みを伴うことがある。ハジメはよく知っている、どんなに強い絆で結ばれた親子であっても一定の線を越えてしまえば、親が子を殺す、子が親を殺す。そんなことがある。
厳しい環境を乗り越えてこそ絆は強まるが、温室でぬくぬくと育ち、肥大しただけの絆ほど切れやすいものは無い。
ハジメが今、両親の姿を見て心の痛め、涙を流してしまっているのは前世と同じく弱々しく膨らんだ絆を実感したから。しかしこれはハジメの心が壊れていない証拠でもある。心が正常に作動し人間らしい感情がきちんと宿っているから両親の喧嘩に心を痛め、自分達家族の絆の脆さに気がついていた。
激しい言葉でカレジの精神を抉るハレルヤへ、ハジメからこんな言葉が送られた――取り返しがつかなくなる前に。
「母さん!! 僕行かないよ!! ルーシンさんもパインちゃんも助けない!! 二人はどうなったっていいよ!!」
この"絵本世界"に産まれ落ちて三年。ハジメが初めて前世と同じ痛みを感じた。
ハジメが両親に向けて言い放った台詞は、カレジとハレルヤの喧嘩を止めるための口実であり、大好きな人たちを見捨てる言葉であると同時に、二人の喧嘩を聞いて見て傷ついてしまった自分自身へ塗った痛み止めであった。しかし、この時のハジメはそんな風には思わなかった。
ハジメが思ったのは『これが親孝行なんだ』という正当化。そうしなければ、心が壊れてしまいそうだった。――イイヤ、正しく言おうハジメは逃げたのだ。
ハジメが放った言葉の真意はどうあれ、両親の激しい口論は息子の一言で収まりはしなかったが、ひとまず止まった。
ハジメの勇者になることを諦めたとも取れる言葉を聞きいたカレジは、ムッとした顔で椅子に座り直すと、目を瞑り無視を決め込み黙ってしまう。ハレルヤは口を閉じたカレジを見捨てたように目もくれず、それに今まで私憤はどこえやら、表情を一変させ満面の笑みでしゃがみ込み、ハジメの小さな体を抱きしめる。
「……ハジメ、あなたはとってもいい子なんだから、危ない事をする必要はないの……ずっと母さんのところにいて頂戴」
「う、うん……分かったよ……母さん……」
ハレルヤの抱擁とその言葉に、何かおぞましいものを感じハジメの小さな体から力が抜ける。
心の奥底まで何やらとても恐ろしい愛情が注がれるようで、ハジメは母親の愛情に吐き気を催した。
(き、気持ち悪い……)
だが、今のハジメにはそれが何なのかを知る術がない。確かめる権利もハジメは両親から与えられていないのだ。
「母さんはハジメを絶対離さない! ずっと一緒にいようね……」
母は何より息子が大事、それが母親というモノだということくらい、ハジメは頭で理解は出来ている。
しかし、母の愛とは海より深いもの。
だから母の愛は深海と同じ、とても冷たくあまりに暗く、そして何より重い。
ハレルヤの声が、母の愛がハジメの心を侵食していた。
ただ、ハレルヤの、母の愛情はとても恐ろしいとハジメに思わせている反面。途轍もない母の愛情を受け喜びの感情を抱いていることに、ハジメはまるで理解していなかった。
だから、今もハジメは気持ちの悪いままハレルヤの腕の中にいる。
勇者憲兵団が去り、ようやく訪れた安寧は、すぐ居心地の悪いものになった、それが終われば冥府に引きずり込むような母の鎖に縛られハジメは、の時間が止まる。
その意味を知っているハジメからしてみれば、居心地の悪い両親の喧嘩の方がまだ良かったかもしれない。時間が止まる、それは物理的な時の停止ではない、精神的な時が異常をきたすこと、すなわち、成長することが出来なくなってしまうことを意味する。
前世で引きこもり、十数年間の間精神時間を故障させ停止させてきたハジメにとって、それがどれほどの苦しみを伴うか、痛いほどよく分かっている。
うつろな瞳でハレルヤを見つめたハジメが静かに口を開く。
「母さん……部屋に戻るよ……」
「今日は母さんと一緒に寝ようか?」
ハレルヤが優しくハジメの頭を撫で笑顔で話しかけていた。
「……う、うん」
ハジメは怯えた表情でハレルヤから目線を逸らした。
だが、ハレルヤは息子が送った"レッドサイン"に気づく事は無く。そのままハレルヤがハジメの手を繋ぐと、二人揃って寝室へと向かう。途中でハジメが時計をチラッと見た。
時計の針は午後の九時を回っている。
勇者憲兵団との話は四時間近くに及んでいた事をハジメは、ここで知った。
これだけの時間、話し合いとはいえ勇者憲兵団と戦ってきたのだからハレルヤが疲れているのは馬鹿でも分かるだろう、そしてカレジも相当疲れているだからこそ、両親が息子のためにと思い言い争ったのもハジメは重々承知している。
はずなのだが、カレジが寝室にやって来る気配を一切見せなかったことで、ハジメが不安に襲われる、両親が元通り仲良くなってくれなかったからではない、ハレルヤと共に同じ部屋にいなければならない事が、何より恐かった。
『偽りの仮面夫婦を演じてくれていてくれて構わない、だから、父さん一緒にいて……』、これがハレルヤと一緒に寝室へ入った刹那、ハジメの頭に浮かんだことだった。
いつもハジメは寝室の入口側、つまり、入ってすぐの場所からベットに潜り込むのだが、この時ばかりは遠回りして入口から奥の場所からベットに這入った。
ハレルヤと一緒にベットに潜り込みたくなかった。出来るだけ離れたかった。
ハジメが一人でベットの布団に潜り込んだ後のこと。ハジメは布団から顔を出し天井を見つめ、いつもの様に目を瞑り寝たふりをした。
ハジメの横で身体を休める前。寝た振りをしていたハジメを観察するようにしっとりと見つめる。
当然ハジメはハレルヤの視線に気付いた。そしてハレルヤから身を守るように、ハジメは自分の頭の上に布団を被せ徹底して母を拒絶した。
ハジメが被った布団の上から――
「おやすみ、ハジメ……」
とても優しいのだが、何故かゾッとするようなハレルヤの声。
それから一時間、二時間、三時間が経過した頃。まだ眠れていないハジメの横でハレルヤが幸せそうに眠りについている。
ハジメが小さな声で「おしっこ」と呟いた。ということは眠っていないつもりだったハジメは夢の中にいた。
だが、ハジメはそんなことを気にしていられる余裕はないほど、尿意におそわれていた。
ハジメはトイレに行くため、ソッとベットから抜け出した。
ハレルヤを起こさぬよう静かに。
その時――ハジメが着ている服の裾が木製ベットの留め金に引っかかる。
「……ぅ」
僅かにハジメから声が漏れた。
ハジメが音を立てないよう慎重にハレルヤの方へと振り向くと、母は寝息を立てスヤスヤと眠っており、目覚める様子は無かった。
ハジメはホッとため息を吐きたいところだが、ハレルヤに目を覚まされては堪らない。
とてもじゃないがハジメは、ハレルヤに抵抗も対抗する力は無い。判りやすく言うとハレルヤが起こすヒステリーにハジメは到底敵わないのだ。
ハレルヤが目を覚ましていないのを確認し、ホッと一安心したハジメは部屋を抜け出しトイレのある外へと向かった。
家の外へ一歩足を踏み出し外に出ると、街灯の一つも設置されていない閑散とした田舎の村。
真っ暗だった。
ハジメは自宅の左側へと砂利道の上で白い息を吐きながら歩き、刺すようなつめたい空気を払拭するため腕を擦る。そして空を見上げていた。
「……月が綺麗だな」
この言葉がポツリとハジメの口から出たことに意味も理由も無い。何となく言っただけ。別にいう必要もないがこの表現が一番適しているだろう。
だが、どんな些細な事にも原因はある。
原因は何だろう。
それは"母の愛という病"に参ってしまっていたからだ。ハジメは少しでも気持ちを楽にさせたかった。
だから今、ハジメは自分の気持ちを癒そうと銀色の月が昇る夜空を見上げ、数多の星を数えている。
「ハジメ……」
と、何者かに声をかけられた。
突然、名前を呼ばれハジメは驚き背筋が凍る。
誰? とハジメが思い、ビクビクしながら声の主へ振り向く、するとそこに居たのは両腕を腰に当てながら笑顔で立っているカレジの姿があった。
「父さん……」
「……ハジメ……お前も便所か?」
ハレルヤが追って来たのだと思っていたハジメは拍子抜け、表情を緩め『……うん』と間抜けた返事をする。
無言のまま立小便をするカレジとハジメ。トイレとは言ったが、ハジメ家のような貧乏家にトイレなど無い、用をたす時はいつも野ションである。
ハジメとカレジは出すものを出し、用を済まして、しまう物をきちんとしまう。
銀色の月と星が輝く空の下。田んぼからゲコゲコとかえるの合唱がうるさい辺ぴな田舎の草むらで、ハジメがカレジと向かい合うと意を決し、本音を話した。
「父さん……」
「何だ?」
「僕……勇者になりたいんだ……」
カレジが聞いたのはハジメの決意。ハジメの言葉を聞いいたカレジは満面の笑顔を作り息子の肩にポンと手を置いた。
「そうか、勇者になりたいかぁ~」
「でも、ルーシンさんもパインちゃんも助けにいけないような僕に勇者に何てなれっこないよね……」
「そんな事は無いぞ!! 勇者になりたい!! こんな時代に親父に向かって勇者になりたいって告白するのは、勇気がある証拠だ!!」
ハジメはこの時、自信を失ってしまっていた。
そこにカレジの言葉で、ハジメの自信が湧き出す。父親に褒めて貰ったことがハジメにはすごく嬉しかった。カレジの言葉は自分を奮い立たせるための原動力にもなるとハジメが思った。
途端。カレジが言った言葉の効力は長く続くことはなく消えて以降と慰していた。
そしてカレジに貰った原動力の効果は完全に無効化してしまった。
その原因は、言う間でもなくハレルヤの存在である。ハジメの脳裏に母の"強烈な勇者への猛反論"を脳裏を過ぎったからだ。それが、カレジがくれた想いを、ハジメの心の外へと追いやってしまっていた。
ハジメが助けを求めるように、カレジに向かって弱々しい声を出す。
「……父さん」
ハジメの精神が止まっている。ハジメには前世からなりたかった夢がある。その為にはどんなことだってやれると信じていた。
それほどやる気がある。
でもハジメから力が出ない。
それは、部屋に引きこもっていた前世のハジメと同じ状態だった。成長が止まるおぞましい現象が今も尚、継続されていた。
そう実感すると、ハジメは自分が透明になっていくような感覚に襲われた。そして、鬱病患者さながらだった前世の思考が頭の中で廻られる。
『僕の様な人間は生きてる価値がない、みんなそう思ってる、だから、死ななくちゃいけない』――黙って息子を見つめていたカレジの前で、ハジメはハッとした顔で首を振る。
「んっ? どうした、ハジメ?」
カレジの声は、ハレルヤと激論を繰り広げていた時とはまるで違い、とても優しい。カレジの声を聞きハジメは父に対し申し訳ない感情を抱く――
(僕が考えるのは母さんのことばかりで、父さんのことは二の次三の次になる、挙句、母さんへの想いの葛藤の末は今、憎しみ交じりの感情が明らかに上回っている、それなのに、やっぱり母さんが大好きなんだよ)
ハジメはカレジから"体ごと"背けていた。後ろを向いている。
息子のみっともない姿をカレジは微笑みながら、勇気の言葉をハジメに託す。
「ハジメ!! 二人を助けに行け!! お前には勇気という力がある!!」
不意打ちの如く放ったカレジの言葉に、父に背を向けたままハジメは大きく息を吸う。
カレジに振り向いたハジメが仰天した顔で訊く。
「な、何言ってんの?」
「何でもいいさ! ハジメ、お前は男だ!! 冒険の一つや二つやってみろ。まだ小さいから父さんもついてくがな!!」
「つ、ついて来るの?」
「父さんはな、ハジメが可愛いんだ! 可愛くて仕方が無い!! ハジメが危ない目に遭うかと思うと恐ろしくて夜も眠れないんだ」
ハジメが不思議そうな顔に切り替え、カレジを見上げて尋ねた。
「……夜も寝れない位恐ろしいのに、何で許してくれるの?」
「許す理由か?」
「うん」
「父さんはな、カレジって名前なんだがなぁ、ちなみに勇気って意味だ……こんな名前を両親に付けて貰ったのにすごく弱虫で、泣いてばかりで、諦めては逃げ出してを繰り返してきた……根性なしだ」
「と、父さんが?」
「あぁ~そうだ……」
ハジメはカレジをとても勇気がある男だとずっと思っていた。だから、カレジの告白はハジメにとってとても意外なものだった。
「ハジメ……ハジメの名前の由来はな……何度失敗しても一からやり直せる、勇気ある男になって欲しい……そう願って付けた名前なんだ……」
カレジはハジメの名前の由来を、とても嬉しそうな顔で語った。
「父さんもハジメが生まれてから、ずっと息子の見本になれるよう死ぬ気で頑張ってきたつもりだったが、それでも母さんに頭が上がらない……情けないだろ?」
照れ臭そうに笑い自分で後頭部を擦るカレジを見て、ハジメが首を振る。
「そんな事ないよ!! 自分の情けないところを息子に話せる父さんの事……ぼ、ぼ、僕は尊敬してる!!!!」
ハジメが照れ臭そうに言った。息子の想いを聞くと、カレジはまた嬉しそうに微笑む。
「そうか、ハジメは立派な勇者だな、父さんに勇気をくれた……」
「父さんだって僕に勇気をくれたよ……」
照れ臭そうな二人、親父と息子、男同士の会話。
お互い顔を見られず目を背けあうカレジとハジメ――恥ずかしい。
二人の間に流れる沈黙が父と息子の間に絆はあると、カレジとハジメに"認識"させた。
「ハジメ!! 強くなれ!! 男ならカッコよく生きてみろ!!」
「はい!!」
カレジから贈られたエールを受け取り、気持ちが壊れそうになっていた、さっきまでのハジメと違い、力強く返事をしていた。
「そして、いつか……父さんが足元にも及ばないくらい、でかい男になってくれ!!」
カレジの想いにハジメの心が温まる。
ハジメの眼には強い光が宿り力がみなぎるようで子供ながらに勇ましい。
カレジは息子の勇姿を黙視しながら、ため息を吐く。
「ふぅ~」
カレジは意を決したように口を開き、息子に試練を言い渡す。
「ハジメ!! "魔法"を覚えろ!!」
(魔法!?)
ハジメの心が弾んだ。
三十歳まで童貞を貫けば魔法使いになれる。
そんな都市伝説があった。
それは前世での話。
でも、ここは絵本の世界。
前世とは違う不思議な世界だ。
ずっと憧れてきた力。
それが魔法だ。
そして、魔法は勇者になるための"必須条件"。
やっぱり勇者は、魔法が使える方がいい。
カレジが示してくれた勇者への道。
それはハジメの夢への第一歩だった。
ご愛読ありがとうございます。