第八話
勇者憲兵団vsハジメ一家。
十六勇師団から事情聴取を受けた後、ハジメ一家は用意されたホテルのあった帝都ヴァルバンスの中心地区ヴァルバンスに向かった。
その後、そこから北の魔法地区ニルヴァーナへ移送され、カンタービットという病院で、カウンセリングを受けた。
そして現在ハジメ一家は、揃ってロットン村へと帰って来ることが出来た。
それから、何事も無く七ヶ月の月日が経った。
≪一九〇一年の一月一日≫
ハジメ三歳の誕生日である元旦。
現在ルーシンの母子は、帝都ヴァルバンスの魔法地区"ニルヴァーナ"で休養中。ハジメ一家は、それだけを知らされていた。
この日"あの一件"の詳細が記された書類と共に"飛空挺事故"の報告をしたいと、勇者憲兵団を名乗る二人組みがハジメ一家の元へ訪れた。
二人の全身を包むのは、光沢のある黒皮のコートのような制服の裏には、赤色で三重の円を描いたエンブレムが記された。
間違いなく勇者憲兵団の制服だが、ハッキリ言って勇者憲兵団とは思えない風貌の二人組みだった。
一人は赤い髪のチャラついた優男。もう一人はスキンヘッドのイカつい男。
スキンヘッドの男が図々しくカレジに近づくと、顔を寄せ尋ねた。
「お邪魔していいですかい?」
仮にも勇者憲兵団と名乗る連中を無碍にも出来ず、カレジが家の中へ招きいれる。
「……ど、どうぞ」
ハジメの実家は全部で十畳ほどの広さ、赤土のレンガで出来た民家。
中世ヨーロッパ風の貧乏臭いリビングの奥に汚い寝室があるだけで、他は何もないのだが、勇者憲兵団二人組みは、この家の事を調べていた。
証拠に二人の左手には持参した椅子が握られており、ハジメの家に椅子が三つしかない事を知っている。
勇者憲兵団の二人組みがズカズカと、遠慮する様子もなく、図々しく家の中に入ってきた。
そして、ハジメ一家南にある入口から見て東側。父がいつも座る椅子を退かし、ハジメとハレルヤが座る西側にカレジの椅子を加えると、テーブル左側に椅子が三つ並ぶ。
勇者憲兵団の二人組みは、いつもハジメが積み木遊びをしている東側に持参した椅子を置き腰を下ろした。
「ヨイッショ!」
気だるそうにスキンヘッド男が右側の椅子に座る。すると、赤髪男はその左側に椅子に座った。
ハジメは家主たちが立っているのに、何て図々しいんだと思った。
まだ三歳と幼いハジメは、『席を外せ』と言われると思い、邪魔にならないよう外に足を向けると、赤髪男に声をかけられた。
「事故の真相を報告をしたいんだなぁ~、ちっちゃい丸坊主の子もどうぞなんだなぁ……」
意外にも同席を許され、ハジメは自分で自分の顔を指さした。
「ぼ、僕もですか?」
「君にも一応、聞いてもらいたいんだなぁ~」
ハジメは事故の当事者という事で、"飛空挺事故"の話し合いの場に着く事を許された。
ルーシンとパインの事が気になっていたハジメには好都合だった。
だが、常識的に考えるなら、三歳になったばかりの子供は外すのが普通だろう。
三歳児の話を聞いたところで参考にはならないし、トラウマを呼び起こさせない為の配慮くらいするのが勇者憲兵団の。と、いうより大人の常識というものである。
それに椅子を持参している。それは長時間話をするためであった。そうなると、三歳児にかかる精神的負荷は計り知れないほどの重圧が掛かってしまう。
だからこそ――何かある。とハジメは思った。
勇者憲兵団、二人の威圧的な態度は、被害者家族を相手にしているとは思えないほど誠意が無い。
これらが"事故の真相を報告したい"という言葉は"偽り"なんだと、ハジメに実感させる。
十分な実感が、『この話の裏には"何か"並々ならぬ事情が隠されている』と、ハジメに思わせ、両親も同様に思う。
三人揃って、勇者憲兵団の二人に警戒していた。
当然だろう。この勇者憲兵団の二人は名前すら名乗っていない。
ことを荒立てない為、カレジはそのことに関して何も言わなかった。そしてハレルヤはイヤイヤではあったが、いつも食事を作る調理場側に足を運ぶと、お茶を茶碗に注ぐ。
「どうぞ」
勇者憲兵団の二人にお茶を差し出した後、ハジメとカレジ、自分の分も用意しテーブルの上に置いて、無表情のまま椅子に座った。
勇者憲兵団と対面するように奥から順番にカレジ、ハレルヤ、ハジメの順で座った。
この間も赤髪男とスキンヘッド男はハジメ達が警戒していることなど気に留める様子は無かった。リラックスしたまま、出されたお茶をすすっている。
赤髪男がお茶を飲み終え、この場にいる全員が席に着く。
と、スキンヘッド男がカレジとハレルヤに事故の書類をポンと投げて差し出す。
背もたれに背中を預けながら赤髪男が口を開いた。
「今回の"飛空挺事故"は本当にお気の毒だったんだなぁ~」
心の篭もっていない赤髪男の言葉。
カレジとハレルヤの警戒心が更に高まり、両親の目つきが鋭くなった。
スキンヘッド男がカレジに向かってしゃべり出す。
「こちらが"飛空挺事故"の全容ですぜ……目を通して下せぇ……」
イカツいスキンヘッド男の顔を見てカレジは、物怖じしてしまい、書類に目を通せないでいる。
スキンヘッド男と書類の間を、視線を泳がせていたカレジが――
「我々一家が、ようやく落ち着いてきた時にこんなものを見せられても……」
オドオドしながらではあったがよくやく、口を開いた。
そこへ畳み掛けるように――
「しかしですねぇ~"飛空挺事故"の"被害者"であるあなた方に知らせるのは、私達の"義務"なんですぜ……」
スキンヘッド男は"飛空挺事故の話"を威圧した態度で押し通そうとする。
「……はぁ~」
ハジメ一家は事件が発生し終結を迎えてからしばらくの期間、三人それぞれ、前向きに考える事が出来た。
しかし、その後に表れた精神的なダメージがハジメ達親子を苦しめていた。
PTSD――≪心的外傷ストレス障害≫
事件発生後に精神科医に告げられた精神疾患である。
本当に勇者憲兵団が飛空挺事故に関しての説明に来たのなら"PTSD"の事は確実に伝わっている。
だが、勇者憲兵団の二人組みは、お構い無しに話を始めた。
無愛想にも程というのはあるのだが、二人の男は自分達の行為が無神経であると分かった上で話を進めている。というより、被害者家族である、ハジメ達のことを何も考えていないのだろう。
勇者憲兵団の二人に悪びれた様子は一切無かった。
「話を進めていいかなぁ~」
少なくとも、この二人はこんな状況に慣れている、被害者とは言え一方的に話をしないと話すが進まず、状況が滞ってしまい事故の解決へと結びつけるのが難しくなるのだろう、と、そう思わなければハジメは二人の態度に納得が出来なかった。それほど、この勇者憲兵団二人の態度が悪かった。
一方カレジとハレルヤは、ハジメのように無理やり納得するといった様子はなく警戒し続けている。
その両親の警戒する視線を意にも解さず、赤い髪の男が淡々と話す。
「"勇者連合"の意向により、"勇者反対同盟"の者たちは逮捕したんだなぁ~」
赤髪男が話したのは飛空挺事故のことではなく、その後の報告だった。
頭を掻きながら報告する赤髪男は、まるでやる気の無く、文句を言ってやるには絶好のタイミング。しかし、腕を組むスキンヘッド男にジッと見つめているカレジは心を折られ、何も言い返さなかった。
そんなカレジを見かねて、一家の大黒柱ではなく女房が答えた。
「そうですか……」
カレジに代わってハレルヤが話を返したのは、何も出来ない夫に愛想を尽かしたからだけではない。口下手なカレジでは、勇者憲兵団二人に言いくるめられてしまう、とハレルヤが判断したからだった。
そしてハレルヤの思惑通り、勇者憲兵団たちの目線も意識もカレジから外れ自分に向いた。
「奥さん、我々としては"勇者反対同盟"でもないあなた方が何故今回の"飛空挺事故"乗り合わせていたのか? ソレが知りたいんだなぁ~」
報告と称しやってきた勇者憲兵団だったが、こうして質問をしてくるところを見ると、やはり事故に"関わりがある人間"として疑っている。
二人の決め付けたような言葉と、悪態にハレルヤの首筋に血管が浮き出ていた。気の弱いカレジでは絶対に出来ないが、気の強いハレルヤには可能なことがある。
それはドンッ!! と、机を叩き立ち上がり、勇者憲兵団に一喝すること。
「私達を疑っているんですか!!!!」
目を血走らせ抗議するハレルヤ。
赤髪男は首を回しながら、ボソッと口にした。
「別に疑っているという訳ではないんだなぁ~」
当然、ハレルヤがこんな赤髪男の言葉で納得するはずもない。いまだ怒りのメータが振りきっている状態だった。
「私達一家は、死の恐怖を味わい、その後遺症が今でも残ってるんですよ!! それなのにズカズカ上がりこんで無神経にも程があるります!!」
顔を真っ赤にして金切り声を上げたハレルヤの様子は、発狂寸前と言ってしまってもいい程、凄まじいものだった。
だが、赤髪男はハレルヤの怒りをサラッと流し、悪びれた様子もなくあっさりと返した。
「義務なんだなぁ……」
赤髪男は、椅子の背もたれに身を委ね、右手でまた頭を掻きあくびをする。
ハレルヤの怒りが臨界点に達する寸でで、カレジが女房の左腕を右手でソッと掴む。
そのことで、ハレルヤは怒りを抑えることが出来たのだが、ゼロになったわけではない。ハレルヤがゆっくりと椅子に座り直すと、赤髪男をキッと睨み付けた。
しかし、ハレルヤの鋭い睨みの効果は無かった。
赤髪男はまるで動じない。家の中に目線を配り、この家には何があるのかなぁと、子どもの様に物色していた。
ハレルヤの落ち着いた様子を見て、カレジは女房から手を放しテーブルの下で両手を組んだ。
ハレルヤが横目でカレジの脅える様子を覗き見る。
ハレルヤは小さく『チッ!』と舌を打った。
視線を勇者憲兵団の二人へ戻したハレルヤが、ハジメの左手をギュっと握りしめながら口を開く。
「ルーシンさんとパインちゃんはどうしたんですか?」
凄く怒ってる。ハレルヤの声を聞いたハジメの感想だった。
ハレルヤの声はいつもより、トーンが低かった。
ギリギリのところで、二人への怒りを(ついでに言うならカレジもだが)堪えている。
母の声が震えるのは大爆発する予兆だと、ハジメはよく知っていた。
何より、ハジメの左手がハレルヤに強く握られ、とても痛かった
ハジメは痛みに堪えながら、あることを考えた。
それは、ルーシンは"勇者反対同盟"の一員であり、もしかするとパインもということ。
"勇者反対同盟"の者達しか乗っていない飛空挺の抽選券が当たった、という不自然な出来事。
飛空挺には、勇者反対同盟しか乗っていなかったのなら、何故、ルーシンがフリウスに乗れる"権利"を得ることが出来たのか。
ハジメでなくとも、不思議に思うだろう出来事だ。
それに飛空挺事故以来、ルーシン母子がロットンの村に帰って来ていないという事実が、ハジメの中にある疑いの色を濃くさせていた。
現在もルーシンとパインは"魔法地区ニルヴァーナ"で休養中とだけ、ハジメ達へ知らされているが、当然ながらその真偽までは知る由が無い。
ハジメがそんなことを考えていると、一貫して不真面目だった赤髪男がまじめな顔になる。
それが、ドキドキとハジメの心音を体中に響かせた
カレジも生唾を飲み込むと冷や汗が流れている。
ハレルヤも同じく、ハジメを握る手に一層力が入った。
「あの二人なら"帝都ヴァルバンスの魔法地区ニルヴァーナ"で手厚い看護を受けてますぜ……」
「ルーシンさんとパインさんは、"飛空挺事故"に"巻き込まれてしまった側"なんだなぁ」
ハレルヤは"巻き込まれてしまった側"という言葉を聞きくと胸を撫で下ろし、握っていたハジメから手を解いた。
のだがしかし、ハジメは少し気になった。
それは、赤髪男が言った『巻き込まれてしまった側』という言葉だ。
巻き込まれてしまったとはどういう意味だろう。とハジメがまた思うと更に。
――"飛空挺事故に巻き込まれたという意味"なのか?
――それとも"勇者反対同盟の一員として外部からの勢力に巻き込まれたという意味"なのかな?
勇者憲兵団たちのあやふやな答え方が、怪しく聞こえて仕方がない。もし、『巻き込まれた』という言葉にハジメ一家と同様という意味が含まれているのなら、ルーシンとパインもハジメ達と同じように無実として扱われているはず。同じ被害者としての扱いを受けていなくては絶対におかしい。
ハジメ一家がロットンの村に戻ってきたのは"PTSDの症状"が見られると診断されたからだ。慣れ親しんだロットンの村で、慣れ親しんだこの村の先生に直接診てもらうのが一番いいと判断されたからこそ、この村に戻ってきた。
ならば、ルーシンもパインも、ロットンの村に帰ていない理由は、どういうことなんだ――と。
(魔法地区"ニルヴァーナ"の高い魔法医療技術を要さなければいけないほど、症状が重いということかな?)
勇者憲兵団を名乗る男達の話を訊く限り、説明があまりに不十分。
そして何より、この二人は信用するに値しない。
ルーシンとパインがロットン村に帰って来れないほど重症ならば、親類の居ないルーシン一家と、最も深い付き合いのある僕達家族に全てではなくとも、半年の心境の変化や今の状態をある程度報告しておくものだ。
だが"その話"も無い。
二人の勇者憲兵団の口から出る言葉は"休養中"とそれだけだった。
考察が終わるとハジメの頭に、自然と浮ぶ。
(ルーシンさんとパインちゃんは疑われてる?)
もちろんこれらはハジメの推測でしかない。
だが、ルーシン母子を無実と確定させるだけの証拠が無いからこそ、思い込んでしまう。
(休養中じゃなく"勇者反対同盟"の関係者として拘束されてるんじゃないか?)
ハジメは下を向きながら静かに呟いた。
「パインちゃん達は、どうしてるんだろう……」
この言葉の後は、ハジメが勇者憲兵団達と目線を合わせる事無く、ただ床を見つめながら静かに考察した。
そんなハジメの横でハレルヤがスキンヘッド男に尋ねる。
「ルーシンさんとパインちゃんは"平気"なんですね?」
「もちろん"無事"ですぜ……」
スキンヘッド男の言葉に、ハレルヤは自分の胸に手を当て、更に安心した様子。
だが、スキンヘッド男の話を聞いたハジメは、不安を隠しきれないでいた。
それは、頭の中に"拘束されているかもしれない"という疑惑を思い描いてしまっているからだった。
すると、ハジメは三歳児とは思えない鋭い目つきと口調で、目の前にいる赤髪男に尋ねてしまう。
「ルーシンさんとパインちゃんは、僕らと違ってロットンの村に帰って来られないのは何故ですか?」
「……二人は事件の事が相当ショックだったみたいだから……魔法都市ニルヴァーナで治療したいと言って断ったんだなぁ……納得して貰えたかい……坊や?」
と、やる気無く答えた赤髪男に対し、ハジメが即座に反撃する。
「僕らは"ニルヴァーナ"でカウンセリングを受けた時、慣れ親しんだロットンの村で休養するのが一番だと言われてこの村に戻ってきました」
ハジメの反撃に、赤髪男は目を細めると――
「納得して貰えていない様なんだなぁ……あの二人は坊やが思っている以上に病状が深刻なんだなぁ~」
露骨にイラッとした顔をする赤髪男。その言葉を聞いたハジメが椅子から立ち上がる。
そして、スキンヘッド男を指差した。
「母さんの『平気』って言葉にこの人は『無事』って答えたじゃないか!!」
ハジメの指摘が到底核心を突くモノだった。
その証拠にスキンヘッド男の表情がみるみる変化し、ハジメを睨みつけていた。
すると、スキンヘッド男はテーブルに肩肘を付け、前のめりになり――
「……おめぇさん、何が言いてぇ~んだ?」
「『平気なんですね』って聞かれて『無事だ』て答えるのは変だろ? 母さんは精神面を訊いたんだ!! 大人なら分かるだろ? それなのに『無事だ』何て言われたら……まるで"一応生きている"って言われたみたいじゃないか!!」
ハジメの言葉を聞いた瞬間だった。
スキンヘッドの全身から、"得体の知れない"力が放たれ、空気を僅かに振動する。
ハジメがコップのお茶が小さく波打っているのを見た。
この異常な現象にハジメは"驚く筈だった"のだが、スキンヘッド男の顔を一瞥し、今まであった余裕が消えているのを、確認する。
ハジメの意識が異常な現象を忘れさせてしまった。
それは、スキンヘッド男の眼光が鋭くハジメに向けていたから。
そして――
「……おめぇ~子供じゃねぇ~みてぇだな」
と、言われたからだ。
スキンヘッド男がハジメに向けていった『子供じゃねぇ~みてぇだな』という言葉は当たっている。
そう――ハジメの身体は子供だが、中身は子供ではないのだ。
凍りつくような重たい"空気"がハジメの家全体を包んでいる。
ハジメは、何故か目に見えないロープで全身をぐるぐる巻きにされているような感覚に陥り、身動きが取れなくなっていた。
勇者憲兵団二人に目を向けられないハジメは、聴覚に頼った。
しかし、ハジメの耳に入ってくるのは、蛇口からポタッポタッと滴る、やたら大きい水の音を聞き下を向いて動かない、否、動けないハジメにハレルヤが怒鳴る。
「ハジメ!! いい加減にしなさい!!」
ハレルヤの怒声がハジメを縛っていた"重たい空気"を蹴散らした。
不思議そうな顔をしたハジメが、自分の右腕をくるくる回す。
自分のみに起きた不可解な現象が、この時のハジメには理解でき無かった。
そして、ハジメはおぼろげな表情のまま、
「でも母さん……」
「でもじゃないの!! ハジメどうしちゃったの? いきなり大人びたことを言い出して!! 警察ごっこじゃないのよ!!」
「ハレルヤ、お前も落ち着くんだ……」
「あ、あなた……」
慌ててハレルヤを止めたカレジの説得で一時的だが収束が着く。
ハレルヤはまたスキンヘッドの男にペコッと頭を下げた。
「すみません、子供の言う事ですので……」
「気にしてませんぜぇ、奥さん」
ハジメはスキンヘッド男の言葉は嘘だと決め付け、根拠も無く確信に至る。
――ルーシンとパインは"勇者反対同盟"の一員として疑われ"警察"もしくは"勇者連盟"の監視下にある
そう考えてしまうとハジメの中から聞きたいことが次々と湧いて出た。
――あの飛空挺に乗っていたのが本当に全員が勇者反対同盟の者だったのか?
――世界的名画であるプリメラ絵画を危険のある飛空挺に乗せていたのは何故?
――それをあの飛空挺に乗せた連中は誰か?
――その情報を知り盗もうとした連中は何者なのか?
――ハガレ風鳥のあり得ない襲撃は意図されたものか?
――勇者ルシアは本当にヴァルバンス王家の者か?
――悪義の教団≪フォーレン・モール教≫が関わっているのか?
少なくとも今までの会話でハジメが推測できる事は、ルーシン母子が"勇者反対同盟"に"完全に関わっている訳ではない"ということだけだった。
ハジメの推測――確実に関わっているのなら、逮捕したと伝える。隠す意味が無い。
ハジメの推測――関っていた証拠は無いが、何故か疑われている。
ハジメの推測――それは"何らか"の形で"勇者反対同盟"とルーシンが関わりを持ったから。
ハジメの推測――そしてその"何らか"が掴めていない。
「クソ……どうしたらいいんだ」
こうしてハジメが、必死になって考えるのは、何もしなかった前世の轍を踏みたくないという想いがあるからだった。
前世の轍を踏みたくないからこそ、勇者になって"フォーレン・モール"を倒して"勇者になりたいという夢"が生まれた。
だからこそ、ハジメはルーシンとパインの身を案じ、勇者憲兵団の二人に反論した。
二人を救えないような――救おうともしないような男がフォーレン・モールを倒せるはずが無いと、ハジメはそう思った。
そんなハジメの様子を横目で見ていたカレジに、ようやく息子の必死さが伝わった。
「ハジメ……ちょっと大人しくしてなさい……」
ハジメがカレジの父親らしい言葉を聞くと、顔を上げて見つめた。
憤怒の表情を露わにしながらカレジは口を開き、ハジメを静かに弁護する。
「……私もハジメの言う事に賛成です……あなた方の言っている事に疑問を感じる」
「疑問? 何なんだろなぁ~」
「あなた方は我々家族を被害者と言いましたが、何の被害者なんでしょうか?」
「それは"飛空挺事故の被害者"に決まってますぜ!」
「このタイミングで"飛空挺事故"の被害者だと言われると正しく聞こえるが、"本当に正しく"に言うなら"風鳥に襲われた事件"の被害者です」
赤髪男とスキンヘッド男がカレジをジッと見つめている。
「例えば、飛空挺がミサイルに襲われた"事件"を"飛行機の事故"とは言わない。
それは"飛行機をミサイルで攻撃された事件"ですよ。現に風鳥に関した話は、この場で一言も出て来なかったじゃないですか!!」
そして、カレジの反論が続く。
「それに世間に対しても風鳥のことは一切公表されていない。ここに来たあんた達の言い分を聞くと、これは"飛空挺事件"ではなく"飛空挺のトラブルによる事故"として処理したがっているようにしか聞こえないぞ!」
ここでカレジが疑問に思っていることを、二人に向けて言い放った。
「風鳥は予期せぬ場所から襲ってくるという"今後の安全対策に役立つ情報"を隠してまで"飛空挺の事故"として処理したがっているという事だった。隠さなければ"早急に安全を考慮した今後の対策"が立てられる。いくらひた隠そうと隠し通せるものじゃない。いつか必ずハガレ風鳥の事は世間にバレる。そんな事も分からないほど愚かなのか!!」
と、カレジが顔を真っ赤にし、者憲兵団の二人組へ言ったのだが、スキンヘッドも赤髪男も無反応だった。
「「…………」」
無言の二人。
沈黙が長々と続く中、カレジが意を決し、スキンヘッド男に問う。
「何故、隠すんです?」
「何も隠しちゃいませんぜ……ダンナ」
直球で核心を突いたカレジに対し、スキンヘッド男は冷めた表情で即答した。
だが、カレジに核心を突かれた赤髪男は黙らなかった。
「旦那さん……これは"飛空挺の事故"なんだなぁ~、紛れも無い事実……隠してるとか疑っても意味が無いんだなぁ~」
「事実じゃないだろ!! 俺たちは風鳥に襲われ――」
カレジの言葉を遮り、赤髪男が言い放つ。
「風鳥は人を襲ってないんだなぁ、って事は"飛空挺の事故"ってことになるんだなぁ~」
カレジの――イヤ、ハジメとハレルヤたち全員の度肝を抜くような答えだった。
赤髪男の回答は屁理屈だ。
人は襲われていないのではなく死傷者が出なかっただけ、それに飛空挺自体は天井を破られ壊されている。
赤髪男の屁理屈に反論するカレジ。
「なら始めからそういえばいい!! 誰が聞いても最初の言い方じゃ"飛空挺の事故"にしてくれと言っているようにしか聞こえんぞ!!」
「それはアンタの勝手な思い込みなんだなぁ……証拠はあるのかなぁ?」
「……っく」
口下手なカレジ、程度の低い反論を赤髪男に返され言葉に詰まったが。
「確かに風鳥が人を襲っていない以上"飛空挺の事故ではなかった"という証拠は提示できない」
「いまだ謎の多い万能物質であるダークマターがハガレ風鳥を呼び寄せてしまった。可能性があるんだなぁ。そうなると事故の可能性が零では無くなってしまうんだなぁ」
「俺達はそれを視野に入れての意見ですぜ。旦那。『死傷者が出なかっただけだ』と言っても『飛行機は襲われた』と言っても無駄ですぜ」
この言葉で完全に言い返せなくなるカレジに代わり、ハレルヤが静かに、
「あなた方、勇者憲兵団と名乗り出たこの二人組みが、事件を事故として処理しようとしているのは明らかだと思います」
「何故ですかい? 奥さん」
「お金と権力を使えば何とでも隠蔽できると確信しているんでしょ? そんな事が出来るほどの金と権力を有し、あなた方に命令を出したとなれば、それはもっと上の――」
ハレルヤはここで言葉を止めた。
それはこれ以上、深入りすれば自分たちに危害が加わってしまう可能性が出ると、感じたからだ。そう感じさせたのは二人の鋭い目つき。
「すみません。私の考えすぎのようでした」
「分かってくれればそれでいいんだなぁ」
ハレルヤの言葉は、勇者憲兵団から言わせれば、とても重要な言葉。もっと上といわれた時点でハレルヤが何を言おうとしたのか簡単に推測出来そうなものだが、赤髪男は本当にやる気がないのか、あまりにも簡単に流した。
ハレルヤが言おうとした上の連中とは――≪勇者連合≫もしくは更に上の≪ヴァルバンス王家≫だ。
勇者連合、ヴァルバンス王家に証拠を隠蔽されてしまえば、世に出る事件の真相は間違いなく改ざんされ、飛空挺のトラブルにされてしまうのは明白。
この二つの(正確には勇者連合はヴァルバンス王家の傘下にあるので一つ)組織はそれほどまでに強大な権力を保持している。
「ご理解頂けましたかい?」
スキンヘッド男の言葉でハジメ達はグゥの音も出なくなった。
その様子を見て、二人の勇者憲兵団がニヤニヤと笑う。
勇者憲兵団達の話は、ハジメ達に証拠を掴み取られないような会話だったのだが、スキンヘッドの男が気の緩みから口を滑らせる。
「ダンナ……俺達は"飛空挺で見たモノ"を洗いざらい話して貰いたいっていう事なんですぜぇ」
飛空挺で見たモノ? その言葉が引っかかりハジメが考える。
(スキンヘッド男の言う、飛空挺で見たモノというのは、勇者反対同盟の者達の事? それとも――飛空挺内部の状況?)
この二つは違うと、ハジメはすかさず頭の中を整理した。
そしてハジメが頭の中で考察する。
(勇者反対同盟の事なら、もう調べ上げている。飛空挺事故の後、勇者反対同盟の人間は全て捕らえられた。なら飛空挺内部の状況ならもう知ってる。それでも、飛空挺内部で見たものを知りたがるのは、見てはいけない物を見たのかを知るため、ヴァルバンス空港でも訊かれた事だ。空港で訊かれた時は、混乱していて曖昧な答えしか出来なかった。だから勇者憲兵団が僕らを調べに来た?
もし、見ていたのなら、僕ら一家の口を塞ぐためか?"何故乗り合わせたのか"との質問だった。
けれど、その内実は僕達一家が"飛空挺事故"に関っているのではという"疑い"だった。ルーシンさんとパインちゃんがロットンの村に帰って来ないのは、飛空挺事故での精神的なショックが大きいため"魔法地区ニルヴァーナ"で治療したいという理由。
父さんが僕ら家族は風鳥に襲われた被害者であって、飛空挺のトラブル被害に遭ったわけではないと父さんが主張したけど……。それに対しする勇者憲兵団達の答えは"風鳥に人が襲われていない"から"飛空挺事故である"と返してる。
共通するのは"飛空挺事故"でも"風鳥に襲われた事"でも無く、これらの言葉でうまく隠されていた"飛空挺に乗せられていた物"――プリメラ絵画!?
勇者憲兵団の本当の狙いは飛行機にプリメラ絵画が乗っていた事実を僕ら一家の頭の片隅に押し込めておく事。
この事件は、いつか必ず公表される事になる。
その公の場に僕ら一家は確実に呼ばれる。
ここにいる勇者憲兵団たちは、その上にいる勇者連合たちは僕ら一家に"プリメラ絵画"のことを世間へ公言させたいと考えている。
恐らく、勇者憲兵団たちの狙いは"飛空挺事故だ"とハジメ一家に主張させ、質問の中で出るであろう、飛空挺内部の状況を説明させること。
マスコミは根掘り葉掘りと訊いてくる。
そこで僕らの口から出させたかったワードが"プリメラ絵画"だ。
だからこそ、スキンヘッドの男がカレジに対して自分の家族を疑うような発言をした。
ルーシンさんとパインちゃんが"勇者反対同盟"の一員である可能性を示唆したのも。風鳥に人が襲われた訳ではないから"飛空挺事故だ"と発言したのも。
全ては"プリメラ絵画"が"その飛空挺に存在していた"という事実を父さんと母さんと僕の頭の隅に追いやっておき、公の場で僕らにうっかり"プリメラ絵画"の存在を証言させるための布石。
絵画があったことが頭の中にしっかりとインプットされていれば、余計ないざこざを避ける為、ハジメ一家が"プリメラ絵画"に関した情報を口にしない可能性が出てきてしまう。
ここにいる勇者憲兵団たちがしている事は、"プリメラ絵画"を世間に公言する確率を数パーセントでも上げておくこと。
ヴァルバンスを初めとする勇者連合や勇者憲兵団からではなく、一般人である僕ら一家の口から出なければ意味の無い事情がプリメラ絵画に秘められていて、そこまでしなければならない情報が"プリメラ絵画"に隠されている。
そして、世界的名画の情報が世間に向けて発信されることを"不都合と思う連中"と"都合良しと考える連中"がいる。ここに居る勇者憲兵団を名乗る二人組みは後者――"都合良しな連中"だ)
ハジメが更に考える。
(ルーシンさんとパインちゃんが関わってたらどうする?
勇者憲兵団を名乗る二人組みが後者なら、ルーシンさん達を拘束しているような状態にされているのは、間違いない。
という事は、ルーシンさんとパインちゃんは前者。"不都合な連中"に組しているということになる。
そうなればルーシンさん達だけではなく、僕らもこれまでの様な生活が送れなくなる。
公言する事で家族に危害が及ぶ事になってしまうということだ。
一家の大黒柱である父さんが、簡単に口にして良いものではない。
公言する事でどんな事態が起きるのか?
僕達では全く予測がつかないんだから。
禁句だ)
ハジメは考察を終え、頭の中で自分は子どもであると思い起こした。
それは長い考察の末、ハジメが子どもらしくなくなっていることに気がついたからである。
子どもを思い浮かべることによって、自分自身を三歳児にのハジメに戻そうとしたのだ。しかし、いつもの様な子どもらしい感情が湧いてくることは無かった。
故に、ここからはハジメの子どもらしい演技。
ハジメは、子供らしく勇者憲兵団達に訊いた。
「ルーシンさんとパインちゃんは無事だって言ったよね! ……いつになったら返ってくるのぉ?」
「いきなりなんだなぁ~、何時になると言われても彼女達は療養中何だなぁ……」
「本当ぉ~実は元気じゃないの?」
「本当の事なんだなぁ~、でも、病状が良くないって言ったんだなぁ~、だから――」
赤髪男がいったん間を作ると、ハジメがゆっくりと慎重に――。
「だから……なにぃ?」
赤髪男は頭を掻いたり、キョロキョロ家の中を見渡し、焦らして中々答えないようやく口を開く。
「死んじゃうかもしれないなぁ~」
「し、死んじゃうかもしれないなぁ~?」
赤髪男の戦慄する言葉でハジメの演技が崩れた。
すると、赤髪男は見透かしたように子どもの演技をしていたハジメを見つめてニヤついた。
そしてハジメはそんな赤髪男の顔を凝視しながら、青ざめた。
ハジメは最初からルーシンとパインが勇者反対同盟と何らかの関わりを持っていたことは分かっていた。
それに、途中からハッキリ気が付いていた。
それでもハジメは確信に至れなかった。
――確信に至るのを避けていた。
だが、ニタっと笑う赤髪男の表情を見てハジメは確かに悟ってしまう。
このままだと二人は殺されるかもしれない――と。
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