第七話
飛空挺事故の夜。
ニルヴァーナへ向かうはずだった飛空挺は、安全を考慮し進路をヴァルバンス地区に変更。
夕方、ヴァルバンス空港へ飛空挺は無事に到着した。
ヴァルバンス地区に到着してからは、十六勇師団にハジメ一行を含む、全ての乗客達の取調べが行われ、薄暗く狭い個室に一人ずつ呼ばれ"飛空挺事故"について"事細かな質問"を受けた。
――何があったのか。
――何故こんな事になったのか。
――どんな目に遭ったのか。
――何を見たのか。
――何を知ったのか。
ハジメ一行は"飛空挺事故"のことなど何も知らない。
ハジメ一行が知っている事など"怖かった"以外になかった。
しかし、執拗なまでに飛んでくる質問は"飛空挺事故解決"の為ではなく"ハジメ達が何処まで知ったのか"それを知りたがっているようだった。
その質問の裏には――『忘れろ』と、いう警告が施されているようで、ハジメは胸糞が悪くなる。
胸糞悪い感情は"事故"ではなく"事件"であったとハジメに思わせたからだ。
アレだけの惨事を"平然と引き起こす事の出来る人間がいる"ことが、何より恐ろしかった。
死者こそ出なかった今回の一件だが、怪我もしくは精神的にダメージを負った者は少なからずいる。
"ハレルヤ"と"パイン"もその一人だ。
ハレルヤは落ちて来た透明な天井の破片で肩に傷を作り、一生消える事はないと言われた。
パインは事故のショックから一時的であったが、事故の記憶を一部を失ってしまった。
その後ハジメ一家は十六勇師団から"ハレルヤの怪我を治療してくれる病院"ではなく、"サービスを提供してくれる高級ホテル"に案内され、スイートルームを与えられた。
手厚くもてなされたのは"念には念をということなのだろう"とハジメが警戒する。
金という恩を着せられれば、この事件を引き起こした"何者かにとって不利な証言"をすることはなかなか難しい。
出来ないと言ってもいいだろう。
もちろん"事故"ではなく"事件"であった場合の話だが。
ハジメは慣れない部屋の広さもあってか、気持ちを落ち着かせてくれない。
余計な事を考えてしまう。
飛空挺内で起きた惨劇が頭から離れず、広いスイートルームの部屋の中をキョロキョロと見渡しうろついた。
大事故はついさっきの出来事。気持ちを切り替え落ち着いていられるなら、ソイツはどうかしている。
ウロウロと動き回るハジメにハレルヤが注意した。
「……ちょっと落ち着きなさい」
ハジメが何気に反抗。
「イヤだ……」
「怒るわよ……」
「……落ち着けないんだもん」
二人のやり取りを見かねたカレジが、ハジメの小さい体を軽々と持ち上げる。
そしてハジメを抱っこする、と。
「疲れたんだよ……なぁ~ハジメ!」
カレジがハジメを抱っこしたまま、ハレルヤも一緒に連れて寝室へ足を運ぶ。
そして、お姫様が愛用してそうなカーテン付きのベットに寝かされた。
ベットに寝かされて尚。落ち着きを見せられないハジメの隣へハレルヤがそっと寝そべり優しく話しかける。
「ごめんね、今日は怖かったのに、ハジメゆっくり休みなさい……」
するとカレジもハジメの隣で横になり、家族三人で川の字を作った。
こうされてしまえば、ハジメのとる行動は一つ。
寝た振りしながらの"妄想"。
ハジメはスースーと寝息を立て眠ったフリをする。
カレジとハレルヤも二歳の息子が、まさか寝たフリをしているとは思わなかったらしく。
ハジメの寝息を聞き、すっかり騙された二人が顔を見合わせる。
その後、枕もとの電気を消した。
暗くなった寝室でハレルヤが静かにベランダの方を指差した。
それを見たカレジがハレルヤに頷く。
二人はハジメを起こさぬよう忍び足で寝室を後にした。
ハレルヤもカレジも今回の飛空挺事故で受けた精神的疲労は半端なモノではない。
二人とも疲れた切ったおぼつかない足取りでベランダまで体を運ぶ。涼しい風に当たって少しでも気持ちを休ませた。
ハレルヤがベランダの手すりに腕を乗せると、
「はぁ~いい気持ち……」
カレジが言葉を漏らす。
「……夜景が綺麗だ」
「ホント……今日の事が嘘みたい」
両親が見渡した夜景は、高級ホテルというだけあって申し分ない。ベランダから見える街の景色は百万ドルの宝石が散りばめられた様で綺麗だった。
その美しい夜景も疲れ果てた両親の精神を癒すには物足りない。
それでも、恐怖で眠りに付けず"ベットの上で横になるだけ"よりは良かった。
だからハレルヤとカレジがベランダの手すりに手を掛け、百万ドルの夜景をボーっと見つめている。
最中、ベットの中で寝た振りをしていたハジメの目がパチッと開く。
ハジメも両親と同じく"ベットの上で横になるだけ"は辛かった。
嫌な事が多すぎた。怖い事が多すぎた、本気で寝たいとハジメは思っている。
"飛空挺事故"を一時でも忘れる方法があるなら、それは眠ってしまうことだ。
しかし、"事故で受けた心の傷"がハジメを眠らせてはくれなかった。
ハジメがついつい今日の出来事を思い返してしまう。
思い出したくも無い"今日"は、あまりに長かった。
ふと、ハジメが壁掛け時計に振り向く。
長かった"今日"が"昨日"に変わろうとしている。
ゴーン! っと、壁掛け時計の古臭い音が鳴った。
日付が変わる。
両親のいないベットの中でハジメは物思いにふけた。
二歳児の小さい体にそぐわない大きなベット。
それが、ハジメをより飛空挺事故の恐怖を倍増させた。
風が吹く。
それはひぅ~っと音を響かせ、両親のいるベランダからハジメの元までやって来る。
ハジメの耳に届いた、その風には両親の声が乗っていた。
「あなた……そろそろ寝ましょう」
「あぁ……そうだな……疲れた……」
ハジメがベランダの方向を一見する。
そして、布団を被り寝た振りをしながらまた考えた。
(二人は今回の事故をどう思ってるんだろう?)
両親がハジメより"この絵本の世界"についての知識があるのは当たり前の事。
ハジメは両親に訊きたいことも、気になることも山ほどあった。
――何故ルーシンが"勇者反対同盟"しか乗っていない抽選に応募し当選する事ができたのか?
――それはルーシンが"勇者反対同盟"の一員だったからではないのか?
――そうなるとパインも"勇者反対同盟"の一員なのか?
――誰かがあんな恐ろしい事を仕組んだのか?
――そんな事をすれば大勢の死者が出る……そんな事を考える連中は?
フッとハジメの脳裏に浮んだ単語に手足が、全身が震えた。
≪殺戮≫
そんな殺戮を教示する狂った連中をハジメは知っている。
悪義の教団――≪フォーレン・モール教≫
ハジメの頭を不安が次々と過ぎっていた。
それもつかの間、ハジメの疲れきった体をようやく眠りに誘おうとしていた。
そんな時に、また風に乗って届く両親の声がハジメの耳に入る。
「ハレルヤ……また明日……ルーシンさん達を誘ってみようか?」
「誘うって何処へ?」
「ニルヴァーナ旅行だよ……」
「そうね……でも、二人の気持ちが落ち着いてからよ……」
「分かってるよ……ハレルヤ」
「喜んでくれると良いんだけどね……」
「そうだな……散々な目にあったからなぁ――ふぅぁあ~」
事件の事を何も考えていない二人の会話を聞いて、ハジメは思考を止めた。
「ルーシンさんが元気になればパインちゃんも元気になるよな……ハレルヤ」
「そうね……パインちゃんはルーシンさんが笑顔だといつも元気だから……」
「パインちゃんが元気になったらハジメも喜ぶよな……」
「当たり前でしょ! ハジメはパインちゃんの事が大好きみたいだし……きっと大喜びよ……」
「そうか……今回の事……いつまでも引きずらずに元気なハジメでいてくれれば、俺も元気になれる……疲れなんて吹っ飛んじまうからな!」
「それはあなただけじゃなくて……私もそうよ……」
息子の事ばかり考えている両親の会話を聞いたハジメは、何故か心が安らぎ黙って目を閉じた。
コツコツとカレジとハレルヤの足音が鳴らしながら、両親が仲睦まじくベランダから寝室へと戻ってきた。
二人はハジメが横になっているベットの横で、グッとカレジが背伸びをするとハレルヤが小さくアクビ。
二人はハジメを自分達の間に挟みベットに、またも川の字を作った。
いつ以来だろう、とハジメが思う。
怖くない、とハジメが感じた。
何か幸せだ、とハジメが両親を想った。
――迷惑を掛けていないか?
――どんな事をすれば喜んでくれるのか?
――二人が自分に望む事は何なのか?
――どんな大人になれば二人は嬉しいのだろうか?
――自分を産んだ事を良かったと思ってくれているのだろうか?
そう考えていると、ハジメの中で勇者になりたい気持ちが膨らんでいった。
ハジメの思う勇者とは、ルシアの様なバカな勇者ではない。
勇気を持って勇気を示し誰かに勇気を与えられる、漫画やゲームに出てくるような。
そんな何処にでもいる――ありふれた勇者。
ハジメがまだ幼く"ありふれた"の"た"がうっかり抜けてしまった。
ハジメの思い描いた最強の勇者。
《ありふれ勇者》になろう。
布団の中、カレジとハレルヤに挟まれハジメが心の中でそう思った。
ご愛読ありがとうございました。