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第五話

ハガレ風鳥。

 ハジメ達が搭乗した飛空挺の名は――《フリウス》

 飛空挺(フリウス)は、前世の旅客機とほとんど変わらない。

 外観は機体に赤いボーダーラインが二本引かれていた。全長は五十メートルに僅かだが、届かない。

 飛空挺(フリウス)内部は、操縦室に乗務員室、搭乗者席、動力室に貨物室。

 先端部には操縦室がある。

 その後ろは、客室乗務員たちの休憩所も兼ねた乗務員室。

 客室はゴージャスで至れり尽くせりのファーストクラス。

 ビジネスクラスは到着までの娯楽を楽しむ設備があるのだが、ファーストクラスと比べると、歴然の差があった。

 エコノミークラスは、食事を貰える程度のサービスは提供されるくらいで、ゲームや映画を見て時間を潰す事はできない。透明な天井から澄んだ青い空を拝むくらいだ。

 エコノミーの奥には、動力室があり、関係者以外立ち入り禁止となっていた。そのため、動力室内部のことは誰も知らない。

 更に奥には貨物室があり、至って単純(シンプル)な造りとなっている。


 そんな飛空挺(フリウス)にハジメ一行は、旅行への期待と勇者への不安を抱きながら、座席に座っていた。

 ハジメは前世で、一度も"飛行機"に乗った経験がない。

 そして、ハジメとパインが座っているのは念願の窓側だった。ハジメの正直な気持ちは窓際に座りたかった。

 だが、ここは男の見せ所とハジメはパインに窓際の席を譲る。


「いいの? ハジメ君」

「うん! パインちゃん座りなよ」


 二人のテンションが嫌がおうにも上がっていた。

 ハジメとパインは旅行への期待の方が大きいのだろう。キャッキャと二人がはしゃいでいる。

 その度、通路を挟んだ中央の席に座っている母親たちから鋭い視線を送られ、


「ハジメ……静かにしてなさい……」

「パインも……他の人に迷惑でしょ……」


 息子と娘が、母親二人に静かな声で怒られる。

 が、興奮冷めることはなく、ハジメとパインの会話が止まらない。

 二人のはしゃぎっぷりを見かねたハレルヤが、ため息をつき、人差し指を立てた。ハレルヤの立てた指はそのまま自分の口元に運ばぶと、子供たちに顔を向けシーッっと少し怒った表情も混ぜ、ハジメとパインへ向けて『静かにしなさい』のポーズをとる。

 ハレルヤの仕草はハジメとパインに向けられた無言の注意だった。

 ハレルヤがハジメとパインに注意を促したのは、もちろん、他の乗客に迷惑を掛けないように。

 しかし、それだけではない。一番の理由はこの飛空挺(フリウス)には勇者が乗っているということ。

 ハジメたちが乗っているのはエコノミークラス、勇者はファーストクラスに搭乗している。

 エコノミーとファーストでは席が離れているのだから別に良いのではと、ハジメとパインは、そう思った。

 しかし搭乗前、非の打ちどころが無いほどの正論を語った検査官でさえ、理不尽に殴られ、ツバまで吐きかけられている。

 ハレルヤが二人に注意を促した一番の理由は、勇者の耳にハジメとパインのはしゃぐ声が届き、万が一睡眠の邪魔をし怒らせてしまたら。

 それこそ何をされるか分からない。

 ハジメが周りを見渡すと、搭乗者たちは落ち着かない様子で貧乏ゆすりをし、勇者の乗るファーストクラスの方へと目を向けていた。

 乗客たちは着ている服がこすれる音さえ気にして神経をすり減らしている。

 おかげで機内は静まり返っていた。

 エコノミークラスに乗る乗客達のほとんどが、"もしも勇者の機嫌を損ねては"とビクついているのだ。

 ファーストクラスに乗っている人たちには、お気の毒様と言うしかない。

 ハジメがふぅ~とため息を吐いてポツリ、

 

「余計な事を考えるのは止めよう……」


 旅行に目を輝かせたパインが、ハジメに振り向くと、


「ん? ハジメ君何か言った?」

「ううん……何も言ってないよ……」


 せっかくの楽しい家族旅行。勇者のに水を差されてしまった。

 ハジメは、気を取り直して違うことを考える。

 それは、この世界の飛空挺(フリウス)は前世の飛行機とは異なるところ。

 窓や椅子の配置、それに設備などは変わらない。

 のだが、ハジメが疑問に思ったのは上の部分。

 透明な天井。

 透明な天井に使われている素材は、飛空挺に使われているくらいだ。

 "強化ガラスの類"だろう。

 そして、ハジメ達が乗っている飛空挺(フリウス)の前に、もう一機。

 太陽光を浴び、銀色に煌く戦闘機のような飛空挺が誘導するように飛んでいる。


「何の為に飛んでるんだろぉ?」


 気になる疑問を何となく、ハジメが呟いた。

 その横を通りすがった、女性が笑顔でハジメの疑問に答えてくれた。


「この辺りには"ハガレ"た劣化種(モンスター)が出没しますので、迎撃用の飛空挺ですよ」


 ハジメが振り向く。

 と、猫耳が付いた猫獣種(ケットシー)客室乗務員(スッチー)

 黒いを基調とした制服に首には白いスカーフが巻かれ、スカートの丈が異様に短いのは、お客を増やす為の、サービスなのだろう、とハジメが思っている。

 と、猫獣種(ケットシー)客室乗務員(スッチー)はハガレ劣化種(モンスター)のしながら尻尾をくねらせ笑顔で説明をしていた。

 まじまじと客室乗務員(スッチー)に耳を傾けながら、ハジメが説明を聞いていた。


「……ハガレ? って何ですか?」


 ハジメの隣に座っていたパインが首を傾げながら、猫獣種(ケットシー)客室乗務員(スッチー)に訊いた。

 劣化種(モンスター)という単語を聞いたせいか、パインは少し不安気な様子。

 客室乗務員(スッチー)は笑顔を崩さず、その場で腰を落とし、爪を噛み不安そうなパインに視線を合わせる。

 不安を取り除くのも、客室乗務員(スッチー)の仕事の内の一つ。パインへ丁寧に教えてあげていた。


「"ハガレ"と言うのはですね……群れをなす劣化種(モンスター)から"ハガされた"――」


 パインが客室乗務員(スッチー)の説明を最後まで待たなかった。

 待てなかったと言ってもいい。

 それほどまでに、パインの心は不安に駆られている。

 客室乗務員(スッチー)もパインの心中を察したようで、自分から言葉を口にせず質問を待っていた。

 爪を噛んでいたパインが自分の手を両腿の上に置くと、客室乗務員(スッチー)に質問。


「"ハガされた"って何ですか?」


 客室乗務員(スッチー)に質問したパインは、思っていた以上に脅えていて、ハジメが少し心配になる。

 パインと客室乗務員(スッチー)の目の前を遮っていたハジメが、二人に気を使い、倒した座席に背中を預けた。

 パインと客室乗務員(スッチー)の間からハジメが消える。

 二人の間にハジメのいない空間が生まれる。

 こうすることで、パインと客室乗務員(スッチー)が一対一で話せる状況をハジメは作った。

 せっかくの旅行。余計な不安は取り除けるならそうした方がいいとハジメが思ったからだ。

 ハジメの作った空間を、客室乗務員(スッチー)とパインの会話が行き来する。


「"ハガされる"というのは群れから"剥がされる"という意味なんですね……う~ん……つまり"のけ者"にされた劣化種(モンスター)の事です」

劣化種(モンスター)でもイジメられるんだ……」


 パインが悲しそうな顔で呟くと女性が答える。


「"ハガされた"劣化種(モンスター)は周りに暴力を振るい、仲間達に迷惑を掛けてしまうんですから、仕方の無い事なのかもしれません」

「……仕方が無いのかなぁ~」


 パインに対するこの客室乗務員(スッチー)の仕草はとても優しいのだが、義務的で機械的だった。

 ハジメが倒した座席から透明な天井の上。蒼い空を見上げながらマニュアル通りに仕事をこなしているような、客室乗務員(スッチー)の会話を聞いていた。

 の――だが、客室乗務員の話を聞いている内に、何とも言い様のない怒りがハジメの中に湧いて出た。

 ハジメが後ろに倒した座席。そこに預けていた上体を起こし、自ら作った空間に割って入る。

 と、客室乗務員(スッチー)とパインの会話をハジメが邪魔した。

 そんなことをしたのは、客室乗務員(スッチー)の『仕方ない発言』が、ハジメにとって許せないことだったからだ。

 劣化種(モンスター)のハガシ行為は明らかなイジメ。それを仕方ないと気軽に言った客室乗務員(スッチー)に対し、ハジメに怒りの炎が点火され。

 ハジメは飛空挺内の通路で座り込む、客室乗務員(スッチー)を見下したまま激怒していた。


「仕方ないなんて事あるもんか!!」

「お客さま、どうなさいました?」


 ハジメの怒声に、客室乗務員(スッチー)がかなり驚いている。

 のだが、ハジメはそのことに気付いていないほど興奮していた。二歳児のマジ切れに辺りが騒然。

 ハジメに灯った怒火がメラメラと大きくなり、あっという間に臨界点を越えた途端、客室乗務員(スッチー)に向かって二歳の子供が、今まで以上の怒号を響かせた。


「イジメた連中が悪いんだろ!! イジメられたら苦しいよ!! 迷惑だって掛けてやりたくなるよ!! 悪いのはそのハガシた奴らだ!! バッカじゃねーの!!」


 これはハジメの言葉ではなく、前世でイジメを受けていた佐藤(さとう)(はじめ)の言葉。

 なのだが、周りから見れば二歳の幼子であることに変わりは無い。

 おおよそ二歳の子供とは思えぬハジメの発言。パインが驚きハジメを凝視、周囲の乗客達も完全に引いていた。

 体は二歳だが、前世の三十年と合わせてると三十二歳のハジメ。

 二歳児の言葉ではなく、三十二歳の哀れな中年男の言葉だった。

 それ故、乗客達にの目には、異様な子供に写っていた。

 最初は驚いていた客室乗務員(スッチー)であったが、ハジメが怒鳴り終えた頃には、すっかり落ち着いた表情に戻っていた。

 だが、客室乗務員(スッチー)はハジメの『馬鹿』と言う言葉に腹が立っていた。急に表情が険しくなり、冷ややかな視線を二歳のハジメに送って、こう言い放つ。


「確かに仕方がないと申しましたが、イジメた劣化種(モンスター)達が悪くないなど、私は一言も申しておりませんよ……はて? 何故私は怒られているのでしょう。理解に苦しみます。それに初対面の者に対しバカというのは如何なものかと、人格を疑われますよ? 私が一体何をしたと言うのでしょうね?」


 客室乗務員(スッチー)の表情は至って笑顔、しかしその口調は冷たく、目も笑っていない。ハジメがマジで泣きそうだった。

 ハジメが下唇をプルプルと震わせ脅える。

 ハジメを座視し、無表情のまま何も言わない客室乗務員(スッチー)へ、


「……た、た、た、確かにその通りです」


 ハジメの言葉を聞くと、客室乗務員(スッチー)がスッと立ち上がり歩き出す。二、三歩歩くと、一度立ち止まる。

 そして、振り向きハジメをギロッと睨む。

 三秒ほど睨み続けると、また、前を向いて歩き出した。

 猫獣種(ケットシー)である客室乗務員(スッチー)の尻尾は異常に太くなっており、かなり起こっている様子が伺える

 そして、彼女はビジネスクラスの方へと去ってしまった後、ハジメは怖かったと恐怖を覚えていた。

 ハジメがゆっくりと異常者扱いしているであろうパインの方を見た。


「ハジメ君!! 何か凄かった!!」


 ハジメはパインに異常者扱いしされてると思っていたので、この答えは思いもよらない返答だった。

 意外にも、パインはハジメの行動に感動していたのだ。


「そ、そう……ありがと……パインちゃん」


 とだけ、ハジメがパインにお礼を言う。

 すると、今度はホッとして泣きそうになる。

 目をウルウルさせ鼻をすするハジメの元へ、ハレルヤとカレジが他の乗客を押しのけやって来た。


「ハジメ……静かにしてなきゃダメじゃない……」

「ここには勇者様が乗っているんだぞ……ご機嫌を損ねられたらどうするつもりだ……」


 両親からの静かな説教、これはこれでハジメにしたら恐ろしいかった。

 次いでやってくるルーシン。


「ハジメ君。ハジメ君の意見は立派だったと思うよ。でも静かにしてないとね。みんなに迷惑が掛かっちゃうから、ハジメ君なら分かるよね……」


 怒りの篭もった瞳でルーシンに見つめられ褒め殺し型の説教をされるハジメ。

 これもまた辛いものがあった。

 ハジメは、座席を元の位置に戻す。

 そして、小さい体を更に小さくさせ、ぶつけ様のない怒りを心の中に圧し止める。


「く、く、くそぉ~」


 両親たちは、未だにハジメに怒りを向けている。

 パインがこの状況をどうにかしようと、まず自分の母親であるルーシンに話しかけた。


「お母さん、もしもだよ、もし"ハガレ"って劣化種(モンスター)が襲ってきたらどうなっちゃうの?」

「大丈夫よパイン……その為に迎撃用の飛空挺が飛んでるのよ……それにこの天井だって"ハガレ"が現れたらすぐに見つけられるように出来てるんだから……」


 パインの狙い通り、ルーシン、そしてハレルヤ、カレジの意識がパインに向かう。

 しかし、パインの表情が優れない。

 パインの声が震わせて、


「下から襲ってくるかもしれないよ……」


 ハジメへの気遣いが、逆にパインを不安にさせてしまっていた。

 初めて乗る飛行機に"勇者事件"に"ハジメ事件"と立て続けに起きた、そのせいもあってか、パインの気持ちが沈んでいる。

 "ハガレ"劣化種(モンスター)に"襲われるかもしれない状況"だ。

 と、パインは思い込んでしまっていたのだ。

 ルーシンはパインを安心させるため、娘の頭を撫で笑顔で説明する。


「心配ないわ! ここら辺にいる劣化種(モンスター)風鳥(かざどり)っていってねぇ。上空七千メートル以上まで昇って飛行するの、だから上空からしか襲ってこない。上空からの襲撃ならこの飛空挺は絶対安全よ」

「ホント?」

「ホントよぉ。それに風鳥(かざどり)は元々大人しいし"ハガレ"てしまうなんて事はほとんど無いの。さっきも言ったけど襲ってきても迎撃用の飛空挺があるし、天井からすぐ発見してすぐに逃げられるんだから……それに――」


 それに――。

 そう言いかけてルーシンは言葉を止めた。

 ルーシンの言いたかった事は、そこにいた全員が分かった。

 この飛行機には――勇者が乗っている。

 だが、先ほどの勇者を見る限り全く当てにできない。

 逆にパインを不安にさせるだけだと判断したルーシンが、娘に"勇者がいるから安心"とあえて伝えなかった。

 というより、伝えられなかった。

 そんな時、誰かが言った。


「何かおかしくないか?」


 この言葉を機に、機内が不穏な空気に包まれていく。

 機体がガタガタと揺れだし、乗客達の様子がおかしく慌しくなっていた。

 そして"事"というモノは唐突に起こっていた。

 それは――"小説よりも奇なる事実"である。


「うわぁあああああ!!!!」


 飛空挺(フリウス)先端の方角から聞こえる誰かの叫び声。主は操縦室にいるパイロット。

 "ズドォオン"という轟音パイロットの声のすぐ後、機内中に轟いていた。


「な、なに?」


 また、誰かが言った。

 が、その轟音が何なのかは窓の外を見て一発で判った。

 窓際から外を覗いたハジメが呟く。

 

「な、何だよ……あれ……」


 それは怪物と思わせる"大きな鳥"。

 その怪物に先頭を飛んでいた迎撃用の飛空挺が襲われ、両翼から黒い煙を吐き出し海の中へ落ちていく。

 追撃機を襲った大きな鳥は、朱色の双眸に真っ黒な羽に覆われ、例えるなら、巨大なカラスだ。


「あれ、何? えっ、どうなってんの?」


 窓の外を見ているにも関わらず、ハジメは今起こっている事態を飲み込めないでいた。

 するとそこへ、目に涙を浮かべたパインが遣って来る。

 そして、ハジメを押しのけ、窓の外を覗き込んだ。

 パインの全身がガタガタと振るえ、ハジメと同じく状況を飲み込めていない。

 そんな中、ハジメが外を覗く席の後ろで、ルーシンが窓の外を見つめていた。

 そして、追撃用の飛空挺を襲った"巨大なカラス"の名前がルーシンの口から零れた。


「……ハ、ハガレ風鳥(かざどり)


 ハガレ風鳥(かざどり)の名前が出たところで、ハジメが確認したところで、事態が変わるわけではない。

 機内の乗客たちは、驚きの余りただ呆然として、ほとんどが座席に座ったまま動いていなかった。

 どうやら、他の乗客たちは、ハジメ達以上に状況を飲み込めていない。

 だが、ハジメ達が慌てふためいていくのと比例し乗客たちも、今の状況を理解していく。

 一人二人と席を立ち窓際まで歩き、外を覗き込むと風鳥(かざどり)の姿に絶叫し、機内はパニックになる。

 ハガレ風鳥(かざどり)を一番最初に発見し、叫び声を上げた操縦室のパイロットが風鳥(かざどり)襲来したと理解するまで、どれくらいの時間を要しただろう。

 時間で表すと、たった三十秒。

 それがパイロットが叫び声を上げた後。迎撃機がハガレ風鳥(かざどり)にやられ海へと墜落し、乗客達がこの状況を把握するまでにかかった時間。

 三十秒という短い時間を、途轍もなく長く感じてしまったのは状況が最悪であることを意味していた。

 本来ならば上空七千メートル付近。もしくはそれ以上の高さで飛行しているはずの風鳥(かざどり)

 例え、単独で動く"ハガレ"になったとしても七千メートル付近を飛ぶことに変わりは無い。

 この時期は、"風鳥(かざどり)"のエサとなる"虹鳥(にじどり)"という綺麗な鳥がいる。その虹鳥(にじどり)は七千メートル付近に生息する"ピア"という"昆虫"を食べるために、七千メートル付近を飛ぶ。"ピア"を食べに来た"虹鳥(にじどり)"を、喰いに"風鳥(かざどり)"が上空七千メートルを飛ぶのだ。

 "ハガレ"が七千メートル付近を飛ぶことに変わりが無いと言ったのは、エサを食べなくてはいけないからである。虹鳥(にじどり)が飛ぶ上空七千メートル付近を飛ばなければ、如何にハガレといえど餓死してしまう。

 それらを計算して"この飛空挺(フリウス)"は飛行許可が出されている。

 迎撃機と透明な天井は更に安全を考慮してのモノ。

 だから"ハガレ風鳥(かざどり)"に襲われる事など絶対に無い。

 そう言って問題ないほど安全だった筈だった。

 だがしかし、乗客達の悲鳴が絶対を覆してしまった。


 ――いやぁあああ!!!!

 ――うわぁあああ!!!!

 ――きゃぁあああ!!!!


 逃げる場所の無い機内で逃げ回る乗客たちを抑えるため、乗務員たちが必死で奔走するが納まる様子はまるで無い。


「「ハジメ!!!!」」

「パイン!!!!」


 ハレルヤとカレジの息子を呼ぶ声が重なる。

 カレジとハレルヤの重なる叫び声に、ルーシンの叫び声が入り混じっていた。

 他の者には、両親達が何を言ったのか聞き取れない。興味も無いだろう。

 しかし、子供達には親の声がしっかり届く、


「おかあさ~ん!!」


 パインは心底不安な表情。顔面蒼白で泣きじゃくり、唇を紫色にしながら、一直線にルーシンの元へと走る。

 わぁわぁと泣き叫びパインがルーシンに抱き付いた。

 揺れる機内でルーシンはパインを覆うようにして、飛空挺(フリウス)の床に屈み込む。娘を守るため、ルーシンはその場でジッとしたまま動かない。

 対するハジメの返事は大人びていて、しっかりとしたものだった。

 ハジメは声を張り上げ両親の元へと走っていた。


「父さん!! 母さん!!」


 ガタガタと上下左右に激しく動く飛空挺(フリウス)の床が、ハジメの小さな体を空中へと放り出した。

 空中に浮いてしまった自分にハジメが驚き声を上げる。


「うわっ!!」


 今度は宙に浮いたハジメに驚き、息子の名前をカレジとハレルヤが叫ぶ。


「「ハジメ!!!!」」


 座席の背もたれの角へ。

 宙に浮いたハジメの体がドガッ!! と嫌な音を立て激突する

 ハジメのわき腹に激痛が走り声すら出せずうずくまる。


「「ハジメ!!!!」」


 乗客達の悲鳴が鳴り響く機内で、確かに聞こえるハレルヤとカレジの声。

 二人の声で、飛びそうになる意識をハジメは気力で呼び戻す。

 カレジとハレルヤがハジメに駆け寄り、わき腹を押さえ苦しむ息子を抱える。

 と、カレジにお姫様抱っこされた。

 そのままハジメは二人を見つめ、透明な天井を指差した。


「と、父さん……母さん……あれ……」


 カレジとハレルヤが透明な天井を見上げる。

 そこには、十メートル以上ある"巨大なカラス"――風鳥(かざどり)が機体を木の枝代わりに乗っている。

 カレジは恐ろしさのあまり自分が抱えるハジメを強く抱き絞める中。

 また誰かが言った。


「これからどうなるんだ?」


 突然過ぎた風鳥(かざどり)襲来という出来事になす術が無い。

 今、乗客達に選ぶ事の出来ない選択肢が二つ用意されている。

 一つ目は――墜落するのを待つ。

 二つ目は――ハガレ風鳥(かざどり)に喰われるのを待つ。

 だが、こんな選択を乗客達が選べるはずも無く、


 ――もう終わりだ。

 ハジメ親子も、パイン母子も他の乗客達も、みんながそんな風に思った。

 時だった。

 剣を腰に携え、鎧を着た男が悠然とハジメ達のいるエコノミーへと姿を現した。


 ――勇者現る。

 現れた勇者に乗客達は、すがる思いで勇者に駆け寄り助けを請う。


「勇者様…どうか…お助けを…」

「そうだ…勇者様…私達を助けてください!!!」


 乗組員全員に僅かな希望が現れた。

 いかに悪態をつく最低勇者でも人の命を助けずして勇者とは呼べない。

 ハジメは勇者に期待した。心底勇者を頼った。

 心の中でハジメが叫ぶ。


(勇者様!! みんなを助けてください!!)


 危機的状況にありながら勇者は、とても落ち着いた様子で話し出した。


「貴様ら!! よく聴け!!」


 絶体絶命の中で冷静さを失わない勇者を見てハジメは少し見直し、ホッとする。

 助かった……と勇者の冷静沈着な対応と落ち着いた様子を見て、乗客の誰もが安堵の表情を浮かべた。

 が、次の勇者の一言で乗客達が絶望の淵に叩き落される事になる。


「"俺は"この飛行機から脱出する!!」


 乗客達にとって、非勇者(ノット)達にとって信じられない言葉だった。

 信じられなかったのは"脱出する"と言った事ではない。"俺は"と言った事である。

 "俺は"ということは"自分だけ助かろう"という意味だ。

 そのことを、ハジメは即座に理解できていた。

 ハジメだけではない、周りの乗客達も理解できている。

 助けを求める乗客から勇者に対する不満を次々と浴びせかけた。


「脱出? 我々は? 我々はどうなるのですか?」


 勇者がまたも信じがたい暴言を放つ。


風鳥(かざどり)は人を襲うんだぞ!! 脱出している間、俺が狙われたらどうするつもりだ!! お前達がエサになって時間を稼げ!!」


 あろうことか、勇者は乗客をエサにして自分だけ逃げようと企てている。

 その勇者は何処で用意したのか、背中に脱出用のパラシュートを背負っていた。

 勇者の一連の言動を見たハジメの脳裏に"ある言葉"が過ぎる。 


 ――《勇者は悪党》


「俺達を見捨てるのか!! お前は勇者だろ!!」


 恐怖と不安が混じる乗客の声。

 乗客達の正論に対し、勇者が冷たい視線を送りながら戯言を大声で口にする。


「そうだ!! 俺は"勇者"だ!! "フォーレン・モール"を倒さねばならない!! ここで死ぬわけにはいかんのだ!!」

「一般人を見捨てて何が勇者だ!!」


 勇者へ向けられる乗客達の言葉はハジメにとって当たり前の事。

 ハジメの目の前にいる勇者の言葉によって、あるいはこの世界の常識によってハジメにとって当たり前だったことが、あっさりと覆される。


「お前達の暴言を悪と見なした!! "勇者育成法案"の規に則りお前達を俺の私物とする!!」


 ――《勇者育成法案、勇者免許(ライセンス)取得者、勇者が非勇者(ノット)を悪と見なした場合、暴行・殺人・私物化が認められる》


「し、私物!? 横暴だぞ!!」

「法律で決まっていることだ!! 法という正義を守れ!! 貴様らが俺に従わなければ、お前達の恋人、兄弟、親、子供、全ての者に迷惑が掛かるんだぞ!! 自分達の勝手で関係ない者の人生を狂わせる気か!!」


 何を言っているんだこの勇者は、とハジメが思う。

 しかし、この勇者の言っている事はこの世界の"法律上"正しいのだ。

 ハジメの当たり前の常識が、こうも簡単に翻されたのは考えが浅はかであるがためだった。

 ここで勇者免許(ライセンス)を取得する"勇者"を見捨てる行為は、悪い魔女に組した事と見なされてしまう。

 それはつまり、乗客達が悪い魔女に組する悪だったという証明となる。

 そうなれば親兄弟から恋人、子供、ありとあらゆる人が"染悪罪(そめいあくざい)"と呼ばれる罪に問われてしまうのだ。


 ――――【染悪罪(そめいあくざい)


 悪事を働いた者がいた場合、その悪人に影響を及ぼした周りの者たちも、人間を悪に染めたという理屈で罪が科せられる。

 つまり、悪人にしてしまった者も罪人。

 簡単に言うなら悪人と関りのある者も罪を問うというモノである。


「……お父さん……お母さん」

「……マリア」

「……兄さん」

「……リーシャ」


 慌てふためいていた乗客たちは青ざめながら、自分の大切な人たちの名前を口にする。

 みんなの顔から、光が消えて絶望した。


「そうだ! それでいい! 貴様らはここで俺が地上へ到着するまで風鳥(かざどり)のエサとして時間を稼げ!! "フォーレン・モール"から世界を救う為だ!!」


 どんなに勇者の言い分が正しかろうと、ハジメにとって理解するのは難しく、

 ナルシストなのだろうかと、またハジメが思ってしまう。

 乗客達の前に居る勇者は自分に酔っていた。

 まるで、極上の美酒でも飲んだかのように、とても気持ちよさそうだった。


「貴様達の勇気は俺の心に刻んでおいておこう!!」


 高らかに言い放った勇者の言葉を聞いて返事をするものは誰一人いなかった。


 当たり前――この勇者の言葉を信じる者はいない。

 当たり前――エサにされる。

 当たり前――もうすぐ死ぬ。


 これが、飛空挺(フリウス)で死を待つだけの乗客達の心の声。


「貴様達の尊き犠牲を俺は忘れない……」


 勇者はそう言いながら、ランウェイを歩くモデルの様に、ビジネスクラスの入口付近から脱出用の出口がある貨物室への扉に向かう。

 

「だから、貴様らも俺の名前を忘れないで欲しい。俺の名は"ルシア・ヴァルバンス"大勇者"ヴァン"の血を受け継ぐ者!!」


 勇者はそう言いながら、動力室の入口、扉の前でルシアが振り返る。

 そして、乗客達を見渡し表情がイヤらしく綻んだ。

 扉の前で乗客達に向かい、握った拳を天井に掲げる。

 すると、またも勇者は自分に酔いしれたように、


「貴様らの勇気に誓う!! 俺が必ず"フォーレン・モール"を倒そう!!」


 そう言い終えたルシアは満面の笑みを浮かべた。

 "ルシア・ヴァルバンス"を名乗る勇者は動力室への扉に体を向け、そして扉を開くと、その扉の奥へと足を踏み入れた。

 バタン! と、ルシアが動力室側から扉を閉めると、噴出しそうになる嗤いを右手で押さえ、


「これだから……これだから勇者は止められん!!」


 そう言って、ルシア・ヴァルバンスを名乗った勇者は高らかに声を響かせた。

ご愛読ありがとうございます。


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