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第四話

絵本世界の勇者様。

 北暦≪一八九九年一月一日≫


 初日の出を迎えた。

 元旦、ハジメ一歳の誕生日。

 この日、小さな民家で、初めて"ハジメ"が言葉を口にした。

 その言葉は『父さん』と『母さん』

 両親は初めてのハジメの言葉に感激すると、同時に驚愕する。

 それは、誰もハジメに教えていない『ありがとう』という、感謝の言葉を口にしたからだ。

 前世の記憶を引きずっているハジメにしてみれば、話せてるのは当たり前である。

 驚愕し感激する両親の言動からハジメが推測する。

 それは、父と母は前世の事を覚えているのか、ということ。

 ハジメの結論はハレルヤ、カレジの二人は前世の記憶を両親が持っていない。

 と、判断した。そこで、ハジメが思い立つ。

 今生では《立派な人間になろう》と、この世界に"産まれ落ちた"ハジメが二度と同じ過ちを繰り返さないよう、心に誓い。

 その証のつもりで、両親に伝えたことがある。

 

 それは――両親の会話を理解していた事。

 それは――両親の感情を理解していた事。

 全て話した――前世の記憶を引きずっている事を除いて。


 ハジメと違い、両親は前世の記憶を持っていない。だからこそ、話さない事にした。話したところで、両親は信じない。

 我が子は≪神童≫だと、そう信じて疑わない両親はハジメに期待を寄せ、涙を流して感激していた。

 ここで、『前世の自分はニートで、社会不適合者の落ちこぼれだった』と伝えれば『父と母はきっと失望してしまう』と、ハジメが思ったからだ。


 一八九九年一月一日の誕生日から、十の月日を経てやってきた。

 十月二十日。

 ハジメと同時期に産まれた他の子達よりも早く、カレジとハレルヤの息子が初めて両足を使って歩いた。

 このことで、カレジの胸中は、ますます"勇者"にしたいという想いが強くなる。

 それから三日後、十月二十三日。

 自宅の椅子に座りながらカレジは自分の息子に想いを馳せる。

 ――勇者にしたい。

 だが、ハレルヤはカレジの心中を見透かしていた。


「あなた!」


 と、ハレルヤがカレジの真正面から猛反論。

 ハレルヤはテーブルに両手をドンッと突き家の中に音を響かせる。

 寝室にいたハジメはハレルヤの耳障りな金切り声を両手で防いでいた。

 

「間違っても、ハジメを勇者にさせようなんて思わないで」

「ハ、ハレルヤ……わ、分かってる、落ち着け」


 カレジは、椅子から立ち上がり、あたふたと妻をなだめている。

 ハレルヤの言い分は最もな話であった。

 それは――【勇者育成法案】

 勇者の肩書きを持つ者たちは徒党を組み、犯罪行為を免除されるのをいいことに強盗事件に誘拐事件や暴力事件、果ては殺人事件まで、勇者達の悪行を数えだしたら切りがない。

 今現在、この世界の情勢を見れば勇者達の所業は完全に悪。

 法で裁かれないというだけ。

 いつぞや言っていたハレルヤの言葉。その時の言葉は風で、ハジメには聞こえなかったが――『勇者なんて"犯罪者"と一緒じゃない』と言ったのだ。

 勇者達による合法犯罪は増える一方だった。

 こんな時代にハジメが勇者になれば世間体も悪くなる。

 前世とは違って裕福とはいえないハジメの家で勇者になる者が出れば、助け合いという人間らしい健全な精神が生まれなくなるかもしれない。

 ハジメは身勝手な子供のまま、大人になってしまう。

 下手をすれば、この村に居られなくなる可能性も出てくる。

 いや、そんな事ですらない。

 ハレルヤが危惧していたのは、『ハジメが合法犯罪を犯す人間』になってしまうのではないか。ということだった。 

 この世界で勇者はそれほどまでに恐れられ、嫌われてしまっている。

 ここ一年で勇者の数は一万を超え、合法犯罪は急激な増加傾向にある。

 そんな合法犯罪をやりたい放題行っている勇者達を、取り締まるために生まれたと言われているのが、悪名高い聖痕(スティグマ)騎士団(ギルド)

 しかし、彼らは率先して、何やら裏で画策しているともっぱらの噂である。

 勇者は法を犯していない。

 決められた法律に則り活動している。

 だが、非勇者(ノット)たち頭の中には、確実に勇者の定義が出来上がっている。

 ≪勇者は悪党≫

 息子を想う母親ならば、好き好んで悪党の道に進ませたいとは思わない。

 ――『貧しくとも人々と助け合う人間らしい生き方をして欲しい』

 これが、ハジメの母であるハレルヤがただ一つ、息子に願うことだった。

 ならば何故、カレジはハジメを勇者にしたがるのか。

 その答えは、とても単純なものだった。

 金。

 ハジメが勇者になれば、毎年莫大な保証金が手に入る。

 カレジは"ソレ"が欲しかった。

 しかし、カレジが金を欲するのは決して自分自身の為ではない。

 世界中で"フォーレン・モールの呪い"に苦しむ人々が大勢いる。

 苦しむ人々を助けなければならない勇者たちは、てんでお話にならないレベルだ。

 そんな勇者達が"悪い魔女フォーレン・モール"を退治するのは不可能だ。フォーレン・モールとは最終戦争(ラグナロク)のことだとか、貧困や災害などのことであるとか、終いにはフォーレン・モールなど存在しないのではと世間で囁かれている。

 こんな風に世間で囁かれるのも、元を辿ればやっぱり底辺にまで落ちた勇者が原因。皆がフォーレン・モールという魔女の存在から目を逸らしていた。

 そしてこれらがこの世界の現状だった。

 世界中で貧困に苦しんでいるこの時代を、幸せに生きていく。それにはどうしても金が必要になる。

 例え勇者になったとしても、正しい心を持ち善悪を見極めることが出来れば、悪党に堕ちることは無い。

 カレジはそう考えていた。

 そして、欲を言うのなら魔女を倒す英雄になって欲しい。

 勇者にするか否か。

 ハジメが産まれてずっと話題になってきたことだった。

 だが、一つだけ分かる事がある。

 それは二人の願いが同じモノであるということ。

 両親の願いは『ハジメに幸せになって欲しい』――それだけ。

 ハジメからすれば"たったそれだけの事"で、両親が常日頃喧嘩になっていることが堪えられなかった。

 カレジとハレルヤが喧嘩になると、ハジメの心がズキズキと痛みいつも胸を押さた。

 自分のせいで、愛し合った二人がお互いを罵る。

 ――『何故だと思う?』

 と、ハジメが自分自身に問いかける。

 答えはすぐに出た。

 決まってるからだ。

 両親にとって"ハジメという二人の息子"がとても大事だから。

 ハジメは寝室の薄暗い布団の中。ポケットから、両親に抱えられ三人で笑う写真を取り出し見つめた。

 ハジメがポロポロと出た涙で枕を濡らす。

 鼻水も垂らして、口の辺りが塩辛い。

 ハジメは。せっかく家族と一緒に"新しく産まれ変われた"のに、また親不孝をしてると、埃臭い布団の中で嘆いていた。そしてハジメは前世を思い出す。


 前世で――親の期待を裏切り続けてきた。

 前世で――親に向かって暴言を吐き捨てたことがある。

 前世で――親の金を盗んだこともある。


 前世のハジメは両親のすねをかじり、両親を苦しめ続けてきた。挙句、何もせず。

 そして――見捨てられた、忌まわしいハジメの前世だ。

 ハジメは歯を食いしばる。

 それは前世のハジメはこの世界の勇者と何も変わらないからだ。

 ハジメにとってそれはとても、悔しく辛いことであった。

 だからこそ、産まれ変わった絵本世界で立派な道を歩みたい。両親に楽をさせて上げたい。自慢の息子になりたい。

 ハジメは、そう願うようになっていた。

 電球の光が毛布で漉され薄くなった光が入ってくる布団の中。ハジメに芽吹いた想いは両親への感謝。

 しかしながら、ハジメは前世で受けた両親からの仕打ちが記憶に残っている。

 どうしても拭えない、前世の両親に対する言い知れぬ黒い感情が、ハジメに芽吹いた感謝を相殺されてく。

 だから感謝の気持ちがあるうちに、今にも消え入りそうな小さくなっていく感謝の気持ちを実感出来ている間に、ハジメが小さな拳を握った。


「頑張ろう……」


 弱々しい声でハジメは前向きな言葉を発した。

 感情が相殺されていく中、精神を集中させ両親への感謝を実感し、ハジメは無理やり前向きな言葉を出していたのだから、精神的なエネルギーは大分消費され。まだ一歳の心と体が限界を越え睡魔に襲われる。


「……眠い」


 そう呟いた瞬間にハジメの意識が暗転した。


 * * * * * * *


 大きく時間が流れ十二月が過ぎ去り、一九〇〇年のお正月が来る。

 ハジメが二歳になった。

 平穏な正月それが過ぎれば慌しく一月が終わる。

 早送りでもするかのように二月、三月があっという間に過ぎ去り。

 四月を迎えた。

 冬が終わって花が咲き誇り温かい風が清々しくて気持ちがいい季節。エモニーという赤い花がハジメ達の家の前にある田畑の周りに咲き誇っている。

 エモニー花の花言葉は《無自覚の愛》という。

 そんな花言葉を持つたんぽぽとよく似たエモニーの花からは、梅干のような酸っぱい香りがする。

 エモニー花の香りが風に乗り家の中へと風が舞い込んでハジメの顎が痛くなる中。

 二歳になったハジメが口一杯に溢れる唾液を飲み、顎を押えながら些細な事を考えた。

 それは、以前見た"この絵本世界の世界地図"。位置からして"ティアマト国"の"ロットン村"は赤道の近くに存在する村なのだが、春夏秋冬がやってくる。

 ハレルヤが夕飯の支度をし、カレジが椅子に座って酒を飲む。その後ろで、ハジメが積み木遊びに勤しみながら一人で考えた。


 ――この世界で季節は何処でも共通して訪れるのか?

 ――それとも、この国の気候が春夏秋冬の訪れる条件が揃うということなのか?

 ――もしくは、僕の描いた"絵本"に四季の全てを描いていたのが原因なのか?

 ――あるいは不思議な世界だから、何があってもおかしくないということなのだろうか?

 答えの出ない問題を色々考え、そして今度は両親のこと。

 前世、二十代だった頃のハレルヤの写真。

 髪は短く肩にかかる程度で茶色く染めていた。

 この世界のハレルヤは黒い髪を腰元まで伸ばている。

 変わらないのは、目つきが細く、少々恐ろし気なところ。

 それから、日本人らしい肌の色。

 カレジの前世。

 (はじめ)が二歳の頃には太っていた。

 この世界では、カレジが農業を営んでいるせいもあり、筋肉質でたくましい。

 顔つきも、眉がきりっとしていて、頬がこけている。

 そして、最後に考えるのはハジメ自身のこと。

 ハジメは未だハレルヤに"勇者"になりたいとは言えていなかった。

 ハレルヤに反対されるのが、ハジメは怖かった。

 『母さんに怒られる』、そう思うと、ハジメの全身を竦ませてしまうからだ。


 幸福の意味を持つ≪パクチーク≫という白い花が花咲き誇り、甘酸っぱい香り漂わせる。

 四月八日の夜。

 いつもの様にハレルヤが食事の準備をする中。カレジはテーブルの椅子に座り、酒を飲む。その後ろでしゃがみ込んだ、ハジメが子どもらしく積み木遊びを(たしな)んでいる。

 ハジメは自分自身にイライラしていた。なぜなら、積み木遊びがそんなに好きなわけではないからだ、好きでもない積み木で遊ぶのはなかなか辛いものがある。

 ハジメはまだ二歳だから、子供らしくしているのが一番だと思い、やりたくも無い積み木遊びに勤しんでいる。だが、暇つぶしにもならなかった。

 ハジメがチラッと後ろを振り向く。ハレルヤは未だ食事の準備中、カレジは椅子に腰掛けたまま手伝いもしない。

 お父さんより、お母さんな息子が手伝って上げればいいのにと思いながら、ハジメが視線を積み木に戻した。

 すると、椅子に座ったカレジが、


「おい。八月にみんなで旅行に行くぞ」


 ハジメが、唐突に旅行の発表をするカレジに振り向き。ハレルヤは食事の準備を途中で止める。

 エプロンで手を拭きながらハレルヤがカレジを見つめた。そして、突然決まった"旅行"について問う。


「何で突然旅行に行くのよ……お金はあるの?」

「……無い」


 結構重大で深刻な問題を、あっさりと言ってのけたカレジ。


「じゃあ、行けないじゃない……馬鹿じゃないの?」

「馬鹿じゃないんだ! 聞いてくれハレルヤ……」

「聞くに値するならね……」


 両手を腰に当てながら、呆れ顔のハレルヤ。

 カレジが自慢気な顔で女房に説明する。


「ルーシンさん家で"ニルヴァーナの旅行券"が抽選で当たったらしいんだ……」

「旅行券?」

「二人一組のペアチケット……ルーシンさんのところはパインちゃんもいるから、二人……家は俺とハレルヤ、それからハジメ」


 カレジがドヤ顔をする。意気揚々と大げさな手振りをして話していた。対し呆れモードを解かないハレルヤがいい加減な夫に『はぁ~』っと、深いため息を吐くと、

 

「一人多いじゃない」


 ハレルヤはポツリと零し、カレジに向かって肩を落とした。途端、カレジが待ってましたとばかりに説明する。


「ハジメはまだ二歳だろ。定員には入らないから大丈夫だ」


 ハレルヤはカレジの言ってることを信用し切れていない。

 冷静に夫へ。


「大丈夫なの? 向こうに行ってやっぱりダメですなんて御免よ……」

「心配性だな……ルーシンさんに聞いたんだから大丈夫だ」


 計画性の無いカレジの説明が終わる。

 ハレルヤは細かい説明を省かれたカレジの説明を頭の中で整理し、まとめた。


「そう、分かったわ、荷造りしとくから……」

 

 ハレルヤが疲れ果てた様子で呟き。そのまま寝室へ向かう。

 うつむき加減で旅行の荷造りを始めるハレルヤにカレジは。

 

「頼んだぞ」


 と、嬉しそうに言った。

 夫とは対照的に浮かない顔の妻。

 カレジは前世から女房であるハレルヤに相談する事無く、何でもかんでも勝手に決めてきてしまうところがあった。

 ハレルヤはそんなカレジの性格をとても嫌っていた。

 浮かない顔は、『また勝手に』ということだ。

 カレジが地べたに座り込んでいたハジメを自分の膝の上に乗せ、話しかけた。


「ハジメ旅行だぞ。嬉しいだろ?」


 ハジメの正直な意見は"嬉しい"だった。この世界に"産まれ変わって"二年が経つ。

 ロットン村から出た事がないハジメにとって、唯一の楽しみは時々遊びに来てくれるパインだった。

 パインは十歳を向かえ性別が出来ていた。

 アニメに出てくるようなツインテールをした、可愛い女の子になっている。前世でハジメは美少女モノの萌えアニメにずっとはまっていた。

 そんなハジメにとって、パンンの萌え系女子化はとても嬉い出来事だった。

 時折、ハジメの中でどす黒い感情が湧き出る事があった。

 その度、パインの胸を触った、キスもしてみた、一緒にお風呂に入りたいと駄々をこねて裸の付き合いをしたが、年齢が年齢だけに許して貰った。

 ハジメにとって、パインは憧れの萌えキャラ少女である。

 そして、萌えキャラ"パイン"と共に旅行が出来る。この事にハジメは今、この上ない幸せを感じている。

 ハジメの表情が相当イヤらしいものになっていたが、これも幼い子供の愛嬌だ。


「旅行がそんなに楽しみか? ハジメ」

「うん。父さん」


 周りの大人たちからは、ハジメの言動全て良い様に捉えて貰えていた。


 * * * * * * *


 話は四ヶ月ほど飛び――≪一九〇〇年八月十八日≫


 旅行当日。

 地図上で見ると三日月型をしているティアマト国。

 三日月の形をしたティアマト国の南先端部。"レインパーク街"にある空港にハジメ一家が向かう。

 レインパークに存在する空港はロットン村から東に約五十キロ行った場所。

 "ニルヴァーナ"はレインパークの真逆。

 三日月の形をしたティアマト国の北先端部にある。

 旅行ということもあり、普段肌色の浴衣しか着ないハジメ一家の三人が余所行きの格好をする。

 といっても三人揃って、フードの付いた修道着の様な服装。カレジとハジメの修道着は淡い青、ハレルヤの修道着は薄紅色。男性と女性で違うのかな? とハジメが思う。

 余所行きの格好に着替えた三人は、片手で持てる程度だったが一人一つずつ荷物を持ちながら玄関を出た。

 魔法地区"ニルヴァーナ"へ行くのは、ファンタジーではおなじみの、魔法の絨毯かとハジメは考えていた。

 しかし、魔法の絨毯ではなく、タクシーに乗って飛空挺でニルヴァーナへ向かうと聞いて、ハジメはがっかりという表情をしていると、やってくる一台の車。


「お客さん、どうぞ」


 ハレルヤが助手席に乗るとカレジはドライバーの後ろへ。ハジメはしぶしぶ、カレジの横の席に座ると、


「お客さん、すんません」


 シートベルトを締めるようドライバーに促される。

 前世と何ら変わらない、何の変哲も無い、現実味たっぷりの移動方法。

 カレジから旅行に行くと聞いた時。もっと幻想的な、それこそ、前世では味わえないような夢一杯の旅が待っている。と、ハジメは期待していただけに、消沈してしまっていた。

 のだが、ハジメの消沈した感情はアッと言う間に舞い上がる。

 証拠に。


「楽しみだなぁ~」


 ハジメが浮かれてタクシーの窓から外を見ていた。テンションが上がり、とある行為への衝動を我慢出来なる。それは窓を開け猛スピードで走るタクシーの外に顔を出すこと。


「ヤッホー!」


 と、歩道を歩く人々にハジメが大声で自分の存在をアピールしている。危険な行為に及んでいる息子に、カレジとハレルヤが注意した。


「ハジメ、危ないぞ」

「きちんとしてなさい」


 カレジとハレルヤの怒りの声が柔らかい。顔には出さないが、二人も何年か振りの旅行に心が浮かれていた。

 ハジメが、窓を閉めると両親に、


「ごめんなさい」 

 

 タクシーの中では『こんなのも』旅の一興だと、割り切って仲睦まじい親子三人の会話が繰り広げられてた。


「お客さん、着きましたよ」


 ドライバーが、後部座席に乗るハジメとカレジに振り向き報告した。

 助手席に座っていたハレルヤが、財布からお金を取り出し、運賃を払うと、親子三人がタクシーから降りる。

 ハジメ家一行がタクシーから降り、たどり着いたのは、ティアマト国最大の国際空港ルーラス。

 ルーラス空港を目の辺りにするハジメ親子。カレジは額に手を当て、ルーラス空港を覗き込み――そして、感想を述べた。


「いやぁ~、相変わらずデカイなぁ~」

「来た事あるの? 父さん……」

「む、昔……一度な……」


 いつものカレジらしくもなく顔を赤らめる。

 カレジがハレルヤをチラッと一瞥。そこには、頬を赤らめたハレルヤがいた。


「新婚旅行でこの国に来たのよ……」


 と、ハレルヤはハジメを見つめてボソッと話した。


「へ、へぇ~」


 一応相槌は打ったが両親の恋愛話などハジメは興味が無い。

 というより、ハジメはこっ恥ずかしかった。

 ので――ハジメは、話をそらすためルーラス空港を見渡した。

 ようやく目にすることの出来たルーラス空港は、前世のテレビで見た空港と大差が無い。空港の中には、お食事処があれば、お土産コーナーもあり、コンビニにだってある。

 ちょっと違うのは、歩いている人たち。姿かたちこそ人間の形をしているのだが、明らかに違う。

 体毛の代わりに羽の生え黄色い(くちばし)を持ったた鳥のような子供。

 猫耳に尻尾をくねくねと振る女性。

 鋭い牙が顎まで届き、茶色い体毛が生えた野人のような男性。

 そんな、一風変わった人たちがパソコンをいじりっていた。子供達は携帯片手にキャッキャとはしゃいぎ、旅行に浮かれて走り回っている。

 ハジメは後に知る事になるのだが、この世界は人間に種類がある。


 鳥人種(バドキュア)――腕と体に羽が生え鳥の様な姿が特徴の種族。

 猫獣種(ケットシー)――猫耳に尻尾があるのが特徴の種族。

 狼獣種(ウルフッド)――体は体毛で覆われ、顎まで届く鋭い牙が特徴の種族。

 金精種(ゴールドエルフ)――最大の特徴は、十歳になるまで性別が存在しないということ。

 人間種(ヒューマント)――ハジメと両親のような人間であることが特徴の種族。

 と、分類されている。他にもいくつか。

 ルーシン、パインが金精種(ゴールドエルフ)であったにも関わらず、ハジメは耳が尖っているなと思った程度で、気にも留めずにいた。理由を強いてあげるなら考えなくてはいけない事。気になる事が、人種以外に沢山あったからだ。 

 新たに知ることが出来る"人の種類"という情報を、ここで頭に入れるような事はしなかった。これから、ハジメは大好きなパインと旅行にいく。

 それだけで、胸一杯、ハジメは余計な事を考えたくなかった。

 パインを待っている間、ハジメは空港ロビーの椅子に腰掛ける。そして、ボーッと変わった人々と、これから乗る飛行機を黙って見つめていたら――


「何であの飛空挺天井が透けてるんだろぉ?」


 前世のハジメでも、お目にかかったことのない、天井がガラス張りになっている飛空挺。

 ハジメは少し変わった飛空挺に目を奪われていた。

 その時。

 ハレルヤの声がハジメの耳に入り、テンションが上がる。


「おはようございます……ルーシンさん」

「あ、ハレルヤさん。おはようございます」


 ルーシンの声が聞こえた瞬間。ハジメはパインの元へと駆け寄った。

 ルーシンとパインの服装は、フードこそ着いていなかったが、ハジメ達と同じ修道着。ただし、色は白。男性と女性で色が違うと思っていたハジメの推理がハズレた。

 ハレルヤは、その間、ルーシンへ丁寧に一礼する。


「今日はお招きに預かりありがとうございます」

「そんな……誘ったのはこちらなんですから……」


 社交辞令っぽい喋り方をするハレルヤの挨拶に、ルーシンはマニュアル本にでも書いてありそうな、挨拶で返す。

 ルーシンの横に立っているパインに、ハジメが浮かれ気味で話しかけた。


「パインちゃん!」


 ハジメがパインに声をかけたが。

 パインは黙ったまま、母親を見ていた。そしてハレルヤ、ルーシンの二人がカレジが座る、ロビーの椅子に向かうのを確認した。

 

「ねぇねぇハジメ君! あっちのおみやげコーナー行ってみようよ」

「うんっ」


 元気良くパインに返事をするハジメ。

 パインがルーシンを確認したのは、自分とハジメの状況を見極めるため。

 母親たちが付いていれば、パインとハジメはルーシンとハレルヤの監視下にある。自由行動は出来ない。

 だが、母親二人がカレジの元へ向かい、娘と息子をほったらかしにしている。ということは、ここからは子どもたちの自由時間。

 《自分たちから母親達の監視外れれば自由に行動できる》と、本来気づかなければならないのは、まだ十歳のパインではなく、前世と合わせれば三十二歳になるハジメ。なのだが、ハジメは浮かれてそれどころではない。それにそんな些細な事に気付けるような人間でもない。

 パインの方が――というより、女性の方がよほど大人である。


「パインちゃん! 速く行こうよ」


 ハジメはパインと一緒にお土産コーナーに向かう。

 ハジメは天にも昇る幸せな気持ちで胸が張り裂けそうになる。

 

「パインちゃん。遅いよ」


 とにかくパインは可愛かった。

 ハジメの面倒も良く見てくれて優しい。

 ハジメの初恋だった。

 前世でもハジメは初恋をしたが、幸せだと思わなかった。それは、前世の初恋が散々なものだったからだ。

 ラブレターを出したら、前世でハジメはキモいと言われた。

 廊下に張り出され、前世のハジメが皆に笑われ無残に散った。

 メチャクチャ泣いて苦しんだ。ハジメのトラウマになっただけ。

 前世とは大違いな、今生での初恋をハジメが満喫しようとしていた。

 しかし、ハジメとパインがお土産コーナーに入る一歩手前で。


「ちょっと二人とも何してるの!」


 ルーシンがハジメとパインに、少し怒りの篭もった声で言葉を放った。


「ハジメ君とおみやげコーナーを見るの!」

「ダメよ! パイン! もう飛空挺が出るわよ。おみやげなら帰りにしなさい」


 今まで笑顔でウキウキとはしゃいでいたパインが固まる。

 ルーシンの言葉はパインにとって恐怖だった。何処の世界でも子供にとって母親は優しいのと同時に恐ろしい、常識だ。

 固まっていたパインが哀し気に言った。


「ハ、ハジメ君、戻ろ……」


 二人はおみやげコーナーを簡単に諦め、両親達の元へと歩く。

 ルーシンがゆっくりと、二人に近づき。


「ハジメ君……帰ってきてからにしましょ……」


 ハジメが静かに注意され、しょぼんと肩を落とす。

 が、落ち込んだハジメの心をパインは見逃さない。

 パインはハジメを元気付けようと、声を張って、


「ハジメ君。戻ろ」

「……う、うん」


 いつまでも肩を落とすハジメ。

 パインは嫌な顔一つせず、ソッと手を伸ばすとハジメと手を繋いだ。

 パインの手は暖かくて柔らかい。

 それにハジメのすぐ傍にいるパインは、とてもいい匂いがした。

 ハジメはドキドキと心臓が鳴り、テンションがMAXを越える。

 パインがニコニコと笑顔で叫ぶ。


「ハジメ君。ニルヴァーナに着いたら一杯遊ぼうね」


 "ワクワク"と"ウキウキ"と"トキメキ"がハジメの胸を張り裂けそうにする。

 これがハジメの爆発的な原動力になった。


「パインちゃん。行くよ」

「ハジメ君。速いよ」


 ハジメが勢い良く走り出していた。

 ハジメの手を引き先導していたパイン。

 そのパインを追い越し、ハジメが前を走っていた。

 ルーシン、ハレルヤ、そして二人の後ろで荷物持ちをさせられているカレジに向かって二人が揃って頭を下げ、


「「ごめんなさい」」


 と、言った。

 すると――


「すみません……家の娘が……」

「いいえ~、パインちゃんはハジメを喜ばせようとしてくれたんですから……」


 ハレルヤとルーシンは、互いの娘、息子を擁護し合った。そこへ、ロビーの椅子から立ち上がったカレジが、


「そろそろ、行こうか」


 と、出発の合図。

 カレジに言われ搭乗口まで歩いたが、すぐには乗れない手荷物検査がある。手荷物検査まで、少なくとも三十分はありそうだった。

 その間、ドキドキしっぱなしのハジメ。

 そんなハジメにパインが明るく話しかける。


「ハジメ君。何か持ってきた?」


 初恋相手パインから突然の質問。ハジメはオドオドと気持ち悪く体をくねらせ、ほんのり頬を紅色に染める。


「ト、ト、ト、トランプかな?」

「トランプかぁ~、トランプゲームは何が好きなの?」


 何が好き? と、パインに聞かれてハジメが悩む。

 ハジメの好きなトランプゲームはババ抜き。なのだが、パインの手前見栄を張り格好付ける。


「ブラックジャック」

「ブラックジャック。私、やり方分かんないだぁ~」

「ぼ、ぼ、僕が教えてあげるよ」

「ホント? 約束ね」

「ま、任せて……よ」


 格好付けて言ってみたハジメ。額からは汗がダラダラと流れ落ち止まらない。

 何故なら、パインがブラックジャックにこんなに食いついてくると、ハジメは夢にも思わなかったからだ。

 そして何より、ハジメはブラックジャックを知らなかった。だからあからさまに動揺していた。


「どうしたの?」

「い、イヤ何でもないよ……」


 ハジメの声は震えていたが、パインはハジメの同様に気がついていなかった。

 そんなどうでもいいやり取りの後は、ハジメは焦りながらだったが、それも楽しい一時だと、パインと会話を続ける。

 和気藹々と楽しい時間を過ごしていると、三十分はあっという間にやってきた。

 手荷物検査。

 ハジメ一行の番になり検査官に荷物を手渡す。

 一人だけ通して貰えなかったらどうしようという誰しもが抱きそうな不安を抱えながら、ドキドキと緊張しハジメが手荷物検査を待っていると――

 

「はい……大丈夫です」


 ハジメが検査官からOKを貰う。手荷物検査のチェックを無事終えると、他の四人も無事チェックを終えた。

 ハジメ以外の四人も、同様に不安だったらしくホッと一息を吐く。

 手荷物チェックで不安になっていた五人が、安心したところでゲートを潜り飛空挺へと歩き出した。

 すると、後ろから、余りに唐突に――


「貴様! 俺の言う事が聞けんのか!!」


 耳をつんざく怒りの声がした。

 空港内の人々が振り返るのに合わせ、ハジメも怒りの主の方向へ顔を向ける。そこには、剣を腰に帯び、金色に輝く重厚感のある鎧を身に纏い、短い黒い髪を逆立てたイカつい顔の男。

 数多の死線を潜ってきたような威圧感。

 誰だろう? とハジメは思った。

 ハジメは辺りから聞こえるヒソヒソ声で、その男の正体が分かった。


 ――あんな格好で飛空挺に乗るつもりかしら。

 ――全く人の迷惑を考えないんだから。

 ――嫌ねぇ~勇者って。


 さっきまで、楽しい雰囲気に包まれてた空港内に、ピリピリとした空気が流れる。

 不穏な空気は、ウキウキと高ぶっていた人たちの気分を一気に萎えさせ、台無しにしていた。空港にいる誰もが、勇者が放つ傲慢な態度に呑まれ、不安になている。辺りの人たちと同様、加えて、パインにルーシン両親と同様。ハジメも横暴な勇者を見て、晴れやかな気持ちに雨雲が差し込んだ。

 それは、この場の不穏な空気にハジメが呑まれてしまった訳ではない。憧れてきた勇者の愚態に失望したからだった。


「俺は勇者だ勇者免許(ライセンス)も持ってる!!」

「し、しかし、他のお客様の迷惑になりますので……」

 

 検査官の言っている事が明らかに正しいかった。だが、この世界で勇者にその理屈は通用しない。


「俺はこれから戦地に向かう!! 武器も鎧も無しに戦えと言うのか!!」

「お荷物でしたら、貨物室で厳重に保管いたします。"ニルヴァーナ"に着きましたら、きちんとお届けしますので……」

「この飛空挺に"悪義の者"が乗っていたらどうする!! 俺は"その警護"もしてやろうと言っているんだぞ!!」


 勇者と名乗る男の言っていること警護するというのは立派だが、誰も勇者の言い分を信用していない。

 全員が厳重なチェックを終えた牙の生えた狼獣種(ウルフッド)の男、でさえも牙に鞘の様なものを差し込まれ、無様な格好になっているというのに。


「……それはとてもありがたいお話なのですが」

「ですがぁ? 何だ!! 迷惑だとでも言いたいのか!!」


 怒鳴り散らす勇者に、ペコペコと頭を下げるしかない検査官。そこへ、上司らしき男が現れ、


「ど、どうかなさいましたか? 勇者様?」

「…………」


 と、言ったのだが、勇者は無視を決め込み何も言わない。そんな勇者に、検査官の上司は明らかに脅えた様子を見せていた。

 そして、検査官と一緒に上司が、『申し訳ございません』と頭を下げた瞬間。

 だった――

 ドカッ! と、ハジメの大嫌いな音が空港ゲート付近に響き渡り、周りはドン引く。

 当たり前。こともあろうに、勇者が検査官を殴りつけていたのだから。


「勇者に逆らうな、それがこの世界のルールだ、殺されなかっただけありがたいと思え」


 勇者を名乗る男の傍若無人さに、空港内は不穏な空気を通り越し、静まり返っていた。

 周りの人たちは完全に呆れ返って……脅えていると言ってもいい。

 だが、辺りを伺った勇者を名乗る男は、知った事かと堂々として――イイヤ、偉そうに。

 勇者は大勢の人たちに道を開けさせ、まるで自分は神様であるかのように、振舞い、


「ペッ」


 と、検査官に唾を吐き捨て、悪びれた様子も無く、勇者は飛行機の中へと歩いていった。

 辺りは騒然とし、しばらく時間が経つと、勇者の姿が見えなくなった。

 すると、ハジメが勇者に殴られ、地面に横たわる検査官とその上司の下へ走って行く。

 ハジメが二人の元に辿り着くと、


「だ、大丈夫ですか?」


 と、だけ訊いた。

 殴られた検査官は、


「は、はぁ……大丈夫です」


 と、検査官が力ない声でハジメに応える。

 ハジメが検査官とやり取りしているのを見て、思わずカレジが走った。

 このまま、検査官を庇い続ければ、ハジメが染悪罪(そめあくざい)に問われてしまう可能性があるからだ。

 だが、カレジがハジメの元に辿り着く間も検査官に対し――


「おじさん……何で文句言わないの? 酷い事されたんだよ……絶対あの勇者が悪いよ? あんなの勇者じゃないよ。ただのあくと――」

「おい!! ハジメ止めないか」


 勇者の非をハジメが語り続けていると、カレジが息子が絶対に言ってはいけない言葉をギリギリで遮り、一喝していた。

 カレジの怒声で、辺りが更に静まり返る中。横たわる検査官を介抱しながら、上司が優しくハジメに答えた。


「坊や、ありがとうね。でも、勇者様に逆らった私たちがイケないんだ。私たちを庇っちゃいけないよ。坊やまで罪に問われてしまうかもしれない」


 ハジメが思った、『台無し』だと。この単語が今のハジメの心情を最もよく表している。

 初恋の子に『キモい』と言われた事より、ずっとハジメの心が痛んでいた。

 ハジメにとって憧れの勇者。

 話だけなら何度も聞いたけど、勇者は本当に悪党だった。ずっとピンときていなかったが、ハジメがようやく実感した。


(この世界の勇者は駄目だ)

ご愛読ありがとうございます。

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