第三十九話
鳳凰
フォーレン・モールと戦ったのが、天神。
――何故知っているんだろう。
これがレンディの言葉を訊き、ハジメが最初に思ったことであった。
如何にレンディの頭脳がずば抜けているからといって、無法地下街で闇医者だった人間ではどう足掻いても知りえない。
だがレンディはヴァン・ヴァルバンスが女であることを知っていて、ヴァンの代わりに戦ったのが天神であることを知っていた。
「レンディ先生」
「ハジメ君。君の言いたいことなら分かっている。何故私がこの一連の事実を知っているのかということだろう?」
「は、はい」
リリスに心を読まれるかもしれないと、出来る限りではあるが、表情を無にして話したのだがレンディにはお見通しだったようだ。
もしかすると、一連の事実を知っていることをレンディは聞いて欲しかったのかもしれない。
「何故私がこの一連の事実を知っているのかというとだな……」
ハジメ、リリス、エルキゼが自然と前のめりになる。
「鳳凰という鳥を知っているか?」
「鳳凰……ですか?」
エルキゼが不思議そうな顔をして、一度リリスを見る。
リリスもエルキゼ同様、ハテナマークが浮んでいそうな顔をしていた。
当然の事だ。
なぜ鳳凰という鳥がここで出てくるのか、理解できる人間などいないだろう。
「鳳凰って何ですか?」
「ハジメ君は知らないのか……」
「鳳凰という鳥は一万メートル以上に生息し、その空域から下には降りてこないとされている伝説上の鳥だ」
エルキゼから、鳳凰の特性を訊きハジメは全く理解できないといった顔をした。
「あの……伝説上の鳥ってことは存在しないんですよね?」
「存在するわ……」
「じゃあ、何で伝説になるんですか? リリスさん」
「鳳凰って鳥はね。死体が見つかったことがないの」
「死体が見つからない?」
「そうよ……鳳凰の発見は今から三百年以上前になるわ。北世界が実施した土竜討伐計画の際、上空一万メートルまで飛行したとき偶然、鳳凰が発見されたの」
「リリスさん。いくら鳳凰が一万メートル以上に生息していたとしても永遠の命があるわけじゃないですよね? 鳳凰が死んでしまったら死体が地上に落ちてくるんじゃないですか?」
ハジメの言葉を訊いていたエルキゼがリリスに代わって話した。
「今までは確かにハジメの言う通り、何故死体が落ちてこないのか。こんな理由から伝説として語り継がれていたんだが、鳳凰が発見され生息域が判明してから調査が行われることになった。鳳凰という鳥は死に際を悟り、悟った鳳凰は宇宙へ向かって飛んでいく、鳳凰の死体が落ちてこないのはそのため。ちなみに生物が生息できない上空一万メートルで生息できている理由も、寝床や餌はどうしているのかは分かっていない」
エルキゼが話し終えるのを待っていたリリスがレンディに訊いた。
「レンディ先生、その鳳凰とヴァン・ヴァルバンスが女性であったことを知りえたのと何か理由があるんですか?」
「もちろんだ」
レンディはまた、タバコを咥えて火をつけた。
「随分前の事になる。私が知の巨人と呼ばれる組織プロメテウスに所属していた頃の話だ」
「プ、プロメテウス?」
エルキゼが驚くのも無理は無い。
プロメテウスとは、北世界で賢者と呼ばれるほどの、天才たちが集まり組織され、この世界発展のために人類進化計画と呼ばれる計画を実施している。
「その頃の話なのだが、深海で死骸となっていた鳳凰が発見された」
「鳳凰が深海でですか? 信じらませんが……」
エルキゼの言葉と、ハジメの意見は全く同じ。
伝説となったのは死骸が落ちてこないからだ。そんな鳳凰が海の、それも奥深くから見つかったなど摩訶不思議な出来事なのだ。
「だろうな。私も信じられない」
「レンディ先生どういうことなんでしょう?」
「この世界には魔獣と呼ばれる怪物が存在しているのは知っているだろ?」
「はい。天秤狐に玉兎に群雲土竜ですね」
「そうだ。それらを三大魔獣と呼ぶのだが、プロメテウスの魔獣調査をしている時があった。その結果。北世界魔獣は三種ではなく四種ではないかと言う結論に至ったんだ」
「よ、四種ってことは北世界にいるのは三大魔獣ではなく、四大魔獣ということでしょうか?」
「そういうことになるな。そもそもこれを調べるきっかけは深海に大量のダークマターが存在しているのではという事実に行き着いたからだ」
初めて訊く内容にハジメは首を傾げながらレンディに訊いた。
「ダークマターと魔獣と何の関係があるんですか?」
「魔獣というのはダークマターを生む。というより排泄する、つまり魔獣の糞がダークマターということだ」
「ふ、糞がダークマター」
「そうだ。三大魔獣は海には生息していない、しかし存在するということは海に魔獣がいるということになる」
「それで、海に魔獣がいたとして鳳凰と何の関係が?」
「いたとして、ではなく。いたんだよ。我々プロメテウスは愚知烏賊と名づけた。海王烏賊より遥かにでかい魔獣だ」
レンディがタバコを灰皿に押し付けると、またタバコを咥えた。
「その愚知烏賊の腹の中から鳳凰が発見された」
「鳳凰が?」
「そうだ。普通身体の中で消化されそうなものだが、何故か鳳凰は原形をほとんど留めたまま愚知烏賊の腹の中から発見されている、おそらく鳳凰を食ってすぐに死んでしまったからなんだろう」
エルキゼがとても不思議に思う。
それは、愚知烏賊なる魔獣が、上空一万メートルに生息している鳳凰という鳥をどうやって捕食したのかということだ。
疑問たっぷりの瞳で見つめるエルキゼにレンディが答えた。
「愚知烏賊という巨大な烏賊の触手はおおよそ考えられないほどの長さを持っている。その上ゴムのように伸縮しその長さは一万メートル以上に達するというわけだ」
「なるほど……ですが、どうやって海にいる愚知烏賊が遥か上空の鳳凰を捕食できるんでしょうか?」
ここでハジメがぽつりと。
「……音」
「ほぉ。ハジメ君よく分かったな」
この時ハジメには、飛空挺事件が頭に浮んでいた。
それは、あの時ハジメ一人だけが見たハガレ風鳥が怯えていた"何か"だった。
そのおかげで、ハガレ風鳥からハジメ達の乗っていた飛空挺が壊滅的な被害から救われたようなモノだった。
「ハジメ君の言う通り。愚知烏賊はハープの様な音色を奏で、その反響を聞き取り捕食対象の位置を知覚する」
リリスは愚知烏賊の事に関して余り興味がないのか、下を向きハジメの旋毛を見ていた。
リリスが興味を示して、いや、知りたいことは
「そんなことより、愚知烏賊と鳳凰の関係が何故、レンディ先生がヴァン・ヴァルバンスが女性であることを知りえるのかを教えていただきたいのですが?」
「そうだったな。すまない」
そう言うと、レンディはすっかり冷めてしまったコーヒーを一口飲んだ。
「愚知烏賊から発見された鳳凰だが、その鳳凰の腹の中からもとある物が発見されたんだ」
「鳳凰の腹の中からも?」
「レンディ先生。鳳凰の腹から発見された物っていうのは?」
「石盤だ……」
「石盤ですか?」
「先ほど言ったことだが、鳳凰が生息するのは上空一万メートル以上だ。そして上空一万メートルとなると生物が生息し得ない領域そんな場所で鳳凰が何故生きながらえているのか? それは自然にか人工的かは分からないが生息地が存在しているのではないのかと私は考えている?」
「それが、石盤と何の関係が?」
「石盤には古代の文字が記されていた。上空一万メートル以上にしか存在しない鳳凰がそれを腹の中に入っていたとなれば、生物の生息できない遥か上空に人間、もしくは文字を扱えるほどの知的な生命体が存在していると言う事になるだろ?」
「確かに」
「そこに記されていたのがヴァン・ヴァルバンスに関することだった」
「何故、そんな存在がヴァン・ヴァルバンスの事を石盤に記していたのでしょうか?」
「そこまでは分からんが、少なくとも天上に住む者たちは地上を観察していたのは間違いない」
にわかに信じがたく、しかしまじめな顔で話されれば信じないという心境にも慣れなかった。
ハジメは御伽噺を聞いているような感覚に陥っていく。
「それが天神と呼ばれる由縁でもあるのだよ」
「天の神……」
「まあ、そういうことだな。さて続いてはパクチーク城建設についての話をしよう」
御愛読ありがとうございました。




