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第三十七話

フレアとルナとニャンの消失

 レンディの話を聞き終えると、この場にいた全員が眠りに付いた。

 正直、ゆっくり休めるかなと思っていた者が、ほとんど。

 シャイトの裏切りから地下街からの脱出で、精神をすり減らしていたエルキゼ、リリスの疲労度は最高値だったのだろう。

 レンディを警戒していたエルキゼは、警戒を解いてしまい、ソファーの上で眠っている。

 リリスも同じく、レンディの警戒を解いてしまっていた。

 本当なら、休息についたエルキゼに代わって、リリスがレンディを見張っていならない。

 しかし、二人にはそれが出来なかった。

 今度はレンディを信頼したかったから、という理由ではなく、完全な油断だった。

 この場の様子を伺っていなければならない二人が、眠りについてしまった。

 そのことで、あってはならない異常事態を引き起こしていた。

 異常事態から一時間ほど経った午後五時過ぎ。

 ここには窓が無いため、外の様子を覗く事はできないが、時間も時間、暗くなっているだろう。

 ハジメはフレア、ルナ、そしてニャンとともに、ベットの上で眠りについていた。


「う~ん」


 と、目を擦りながら寝返りをうつと、左手を壁にぶつけてしまう。

 『痛っ』と声を出し、ハジメが目を覚ました。

 短い睡眠時間ではあったが、体は軽いし、気持ちも楽になっている。


「睡眠って大事なんだなぁ」


 ハジメが何気なく呟いた後、キョロキョロとベットの上を見渡す。


「あ、あれ?」


 ハジメが一驚する。

 そのままベットから飛び起き、急いでレンディ達のいるリビングへ。


「リリスさん! エルキゼさん!」


 ハジメはリビングの、ソファーで眠る二人の名前を叫んだ。

 リリスとエルキゼの肉体的、精神的疲労は激しく、二人とも起きる気配が無い。

 ハジメが、リリスに近づき体を揺らす。


「リリスさん、起きてください、大変なんです」


 一向に目を覚まさない、リリスを諦め、エルキゼに目を向けると、ハジメの左側から。


「どうしたんだね、ハジメ君」 

「レンディ先生」


 眠っていたはずのレンディが、ハジメに話しかけていた。

 レンディの目の下にはクマが出来ていて、体も少しふらついており、とても睡眠を取ったように見えない。


「レンディ先生、ずっと起きていたんですか?」

「あぁ、眠るのは苦手でね」


 レンディの言葉を聞き、ハジメが胸を撫で下ろし、ひとまず安心する。

 異常事態はルナとフレア、ニャンがいなくなっていたこと。

 突然、人がいなくなる。このことにハジメはトラウマに近い傷を持つ。

 その原因は、パインだ。

 パインが死んでしまった日、彼女は突如走り出し、ラファエと遭った。そこから、連鎖するように続いた不幸が招いたのはパインの死という最悪の結末。

 ベットから目が覚めた、ハジメの周りから三人が消えたことで、あの日の悪夢と重なってしまった。だから、慌ててリビングへと向かったのだが、レンディが起きていたのなら問題は無い。

 唯一の脱出口は、この場所にある。

 ルナとフレアが、外へと抜け出したのであれば入口でもあり、出口でもある、このリビングにやってくる。


(ニャンって子を連れてルナさんとフレアさんが、この魔導城(ウィズキャッスル)から、抜け出そうとしていたのなら、レンディ先生が止めてくれるはず)


 ハジメがそう思った矢先、ポーカーフェイスに戻ているレンディが、


「フレアとニャンがここから出て行ったよ」


 と、他人事のように話した。

 あの日のパインがハジメの頭を過ぎり、思わず声を荒げる。


「な、何で止めなかったんですか!!」


 フレアとルナは、ヴァルバンスから指名手配される世界的な大犯罪者。そんな二人の事情を、レンディが知らぬはずがない。

 ルナとフレア、そしてニャンの安否を危惧する、ハジメに焦りが生じていた。


「出て行く時のフレアを見たが混乱した様子は無かった、『みんなと仲間でいることが出来ない』と言っていたよ、つまり、自分の意思で出て行ったんだ……私に止める権利は無い」

「フレアさんたちが、命を落とすかもしれないんですよ!!」

「それは無いよ、ハジメ君」


(何か安全対策をうっていたのかよ?)


 と、ハジメが思う。

 ハジメはニャンという猫獣種(ケットシー)の女の子のことを、顔と名前くらいしか知らない。

 

(ニャンって子は、リリスさんや、エルキゼさん以上の使い手で、フレアさんとルナさんを外に出しても問題ないと、レンディ先生が判断していたのかもしれない)


 ハジメがまた思ったが、その考えは浅はかなものだった。

 レンディは、足を組み淡々と話し出す。


「フレアにせよ、ルナにせよ、二人は世界最悪と、烙印を押されたG級犯罪者、世界を混沌に陥れたティアマトと、そのティアマトに力を貸し染悪罪(そめいあくざい)に問われているヒットハート、命を落とすなら見せしめとして北世界(アヴァロン)中に発表され、首切り台の上で殺されるだろう……捕まったとしても殺されることは無い」


 レンディらしい、合理的な考え方だった。しかし、これはあまりに残酷な思考である。 なぜなら、その思考は計算のみによってなされており、ルナとフレアの感情を全く無視したものだからだ。


「……なんで、止めてくれなかったんですか」


 拳に力が篭もり、ハジメの両腕が震えている。

 ハジメは、威嚇するようにレンディに詰め寄り、怒りの声を上げた。


「殺されなくても、捕まってる間、何されるか分かんないでしょ!!」


 レンディを睨み付けていたハジメ。

 その肩に、何者かの手が乗せられ、振り向いた。

 そこにいたのは、


「エ、エルキゼさん……」


 ハジメを見つめながら、エルキゼが首を横に振る。

 そして、リリスもジッとハジメを見つめていた。


「リリスさん」


 ハジメは、眠っていた二人が目を覚ましていた事さえ分からなかった。

 どんなに鈍感な人間でも、すぐ後ろのソファーで二人も目を覚ましたら、気配くらい感じる。

 自分がひどく取り乱していたことに、ハジメがようやく気がついた。

 ハジメの震えた腕は、体中を侵食し全体を震わせる。怒りが増大していた。

 エルキゼは、ハジメの右肩に手を乗せることで怒りの度合いが判った。

 リリスは、ハジメの表情で不安の度合いを理解し出来ていた。

 二人が、ハジメに対して感じたことは――『子供』だということだけ。


「ハジメ君、フレアが今までどんな想いで生きてきたか分かる?」

「分かりますよ、世界から爪弾きにされた除け者、すごく苦しいかったはずです」


 ハジメの答えを聞いたエルキゼが、眉間を寄せ返答する。


「リリスは、そんな事を訊いたんじゃない、フレア様の覚悟を理解出来ているのかと訊いたんだ」


 ハジメがレンディに背を向け、エルキゼに目を合わせる。

 エルキゼの言っている事が、ハジメにはよく分からなかった。


「どういう意味ですか……」

「フレア様は、この世界の不条理も理不尽さも全て受け入れている、苦しいなんてのは当然だ、その中で立ち向かう覚悟、それは命をかけて人生を完遂すること、その覚悟がフレア様にもルナ様にもある、それを知っているからニャンはフレア様について行った、それを知っているからこそ、ルナ様はフレア様を追いかけたんだろ」


 刹那であったが、ハジメの思考が止まった。そして、思考が急速に回り始める。


(ルナさんは、フレアさんと一緒に出て行ったんじゃないの? ニャンって子を連れて行ったのは何でだろう?)


 実感出来る程、異常に回ったハジメの思考から弾き出された答えは、答えにさえならないただの疑問。つまり、二人に訊きたい質問だった。


「フレアさんがニャンって子を連れて行った理由は何ですか? ルナさんがフレアさんを追いかけたってどういうことですか?」


 ハジメがエルキゼに訊いた質問は二つ。

 この質問にはリリスが答えた。


「フレアがニャンを連れて行ったのは、猫獣種(ケットシー)だったからでしょうね」


 そういい終えると、リリスが少しだけ涙を浮かべて、下唇を噛締めた。


猫獣種(ケットシー)だったからというのは、猫獣種(ケットシー)には何かあるんですか?」

精霊人類(スピリード)に特殊な力があるように、獣人類(ビースター)には肉体的な特徴があるのよ」


 金精種(ゴールドエルフ)は、十歳になるまで男女の区別が無い。つまり、性別の無い時期があり、十歳になると性別が生まれる特殊な力があった。

 土精種(ファーマ)も、花や草木、野菜や果物に至るまで意思疎通を可能とする特殊能力を持っていた。


猫獣種(ケットシー)には、どんな力が」


 リリスは涙が浮ぶ目線を、ハジメから外し、そして話した。


「ニャンの場合、強靭な脚力になるわね、魔力を使わずして目にも止まらぬ速さで移動できるほどの脚力がね、フレアは魔法を完全には使いこなせていない、自分達を狙う者と出くわした場合独りでは逃げられない、だから、ニャンに頼んだんだと思うわ」


 リリスの口調は、とても静かで苦しそうだった。


「リ、リリスさん?」


 と、ハジメが声を漏らした。

 ハジメはエルキゼとレンディ、そしてリリスの順で見つめる。

 ズキン! とハジメの体の芯から、痛みが生じる。


「くっ!」


 思わず声に出てしまう、その痛みの原因は、リリスのフレアに対する想い。

 ハジメはここでも、リリスの心の内を読み取れていた。

 それは――『何で黙って行ってしまったの』というリリスの想い。

 その想いを、読み取れたからこそハジメは訊いた。


「フレアさんはどうして、出て行ってしまったんでしょう?」

 

 この質問に、リリスもエルキゼも黙ったまま、口を開かない。

 ハジメが寝室のベットからリビングに来たとき、起きているのはレンディ一人だと思っていた。

 フレアが出て行った話をしたのは、二人がソファーで眠りについていた時。

 その時本当に、二人が眠っていたのならおかしなことがある。

 フレアが自分に何の相談も無く、危険な外へと向かった事実を、知っているということ。

 これは、ハジメが感じ取ったリリスの感情。

 リリスの口から聞いた訳ではない、勝手な思い込みという可能性の方が高い。

 そんなことは、ハジメも分かっている。

 それでも、ハジメは理由もなく『リリスは知っていた』と、確信していた。

 もし、確信する根拠を述べるなら、リリスは不安を抱いていることである。

 ここで真実をいうのなら、ハジメの根拠も無い確信は当たっていた。

 リリス。エルキゼもフレアが危険な目に合うと知っていて、見てみぬ振りをしていたのだ。

 リリスとエルキゼをハジメが、一瞥し自分の足元を見つめてみた。しかし、レンディに向けた様な、怒りを覚えることは無く。ハジメに三人の痛々しい感情が伝わり、全身を駆け、堪らず胸を押さえた。

 胸を押さえながらハジメは、エルキゼの言葉を頭の中で繰り返した。

 ――『不条理も理不尽も全て受け入れ、命懸けで立ち向かおうとしている』

 レンディに対するハジメの怒りは、余りに子供染みていた。

 ハジメは知っている。ここはこういう世界であること。

 ハジメは見た。そうしなければ生きていくことが出来ない世界だということ。

 ハジメは経験したはずだった。覚悟ある者は、命を賭して戦わなければならないこと――。


「フレアさんは、何と戦う為に外へと向かったんでしょう?」


 怒気が抜け、放心したハジメの口から洩れたのは、素朴な疑問。

 うつむく二人に代わって、ハジメの疑問に答えたのはレンディだった。


「パクチーク城……だろうな、ヴァルバンスがフォーレン・モール教と繋がっていることを、フレアに話してしまった」


 今までのポーカーフェイスとも、自慢気な表情とも違う。

 後悔し申し訳無さそうなレンディの顔を、ハジメが初めて目の当たりにした。

 クールだったレンディが涙を見せた。

 そのことで、フレアをこの場に止めなかった訳を、ハジメがレンディからも感じ取ることが出来た。

 『止めなかったんじゃない、止められなかった』のだと。

 カチカチと時を刻む秒針の音が聞こえ、沈黙する。

 ハジメはテレビの上に掛けられた壁掛け時計の秒針が動くのを見つめる。


(凄く嫌な、苦しい感じだな)


 そう思うと、ハジメは、この世界に産まれ落ちる前、死後の世界を振り返る。

 時計の針がいくら動いても、進んでいかない自分自身の時間。

 それと全く同じ現象が、ここにいる有能な人間達にも訪れていた。

 引きこもっていた時、よく思った、『苦しんでるのは自分だけだ』そして、その言葉を発するたびに、両親から返ってくる言葉があった、『みんな同じだ』

 その言葉に、ハジメは何時も納得いかなかった、『そんなはずは無い』んだと。

 そんな風に考えていたのは、『つらい現実に立ち向かえない、僕はゴミクズ』

 頭ではこれを理解せざるを得なかった。それでも、心の底では認めることが出来なかった。全うに生きてみたかったからだ。

 立派に生きてきた、ここにいる人たちの時間が止まっている。

 ハジメはここで、分かった。

 『みんな同じように苦しんでいる』あの時の、ハジメと同じこの場の時計は進むが、誰一人精神時間が進まない。

 全員が立ち尽くす中、ハジメは震える声で二つ目の疑問を、全員にぶつけた。


「ルナさんが、出て行ったのは何でですか……」


 囀るようなハジメの声。

 それでも、みんなの心に届いた、ハジメの一歩は、確実に時間を動かした。

 内側に向かっていた三人の精神が、外へと開放される。

 絶望に打ちひしがれていた、エルキゼが我に返り、口を開く。


「す、すまねぇ、ハジメ」


 リリスも、レンディも、


「そうね、ここで沈んでいても先へは進まない」

「ハジメ君、君の勇気に感謝するぞ」


 みなに感謝されたハジメは、照れ臭そうに右手を後頭部に添えると、


「お礼なんていらないです、ルナさんの相談を早く始めましょう」


 全員が顔を見つめ、そして頷くと、


「そうだな」


 と、言ってソファーに座る。

ご愛読ありがとうございました。

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