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第三十六話

アロー・レンディとの会話。

 レンディの発した「調査結果の報告」という言葉を発した後。


「調査結果?」


 と、だけリリスが呟き、エルキゼの警戒が解かれる。

 エルキゼが剣の柄から手を離したが、油断しているわけではない。二人ともレンディは、悪義の教団かもしれないと疑いをかけているのだ。

 警戒を解いたのは、報告という言葉を使った罠である可能性より、自分達の味方だという可能性を信じたかったからである。

 前かがみになっていたリリス、エルキゼの二人が、背筋を伸ばし、呼吸を整えると、レンディに顔を向けた。

 その様子を見たレンディは――


「ひとまず話は聞いてくれそうだな」


 相変わらずの落ち着いた表情。

 レンディのまるで動じない様子を見たルナは、フォーレン・モール教の文字が頭に浮び、恐ろしくなったのだろう。悲しみに打ちひしがれていたフレアを、優しく抱きしめていた両腕に力が入る。


「ル、ルナ、苦しいよ」

「ご、ごめん、フレア」


 リリスが、あたふたするルナとフレアに目を向ける。エルキゼは剣の柄に手を掛けることはしなかったが、一応、レンディの言動に気を配っている。ハジメは一人下を向き、自分の心臓の鼓動を聴いて、今までにない不安に襲われていた。

 そもそも、無法地下街(マンホールシティ)に連れて来られたのは絵本製作者であるハジメにフォーレン・モール誕生についての話を訊くためだった。

 しかし、それはフォーレン・モール教による始祖龍武隊(ドラゴンナイツ)抹殺という裏の目的が存在していた。

 それを思案したシャイトはフォーレン・モール信仰者。

 そして、フォーレン・モール教はヴァルバンス王家と繋がっている。

 そうなれば、レンディの報告の内容次第で、カレジにハレルヤ、ルーシンにリリス、エルキゼ、ルナにフレアにハジメ。

 つまり、ヴァルバンス王家とフォーレン・モール教に関った全員に、狂いという名の災厄が降りかかってしまうということだ。

 今現在の事態から、更に悪いものになるかもしれない。

 もちろん、何ごともないというのもあり得るが、この場にそんな楽観的な思考を出来る者は存在していない。

 誰よりも動揺しているハジメは、耳障りに鳴る心臓に手を当て、深く呼吸をする。


「レンディ先生、報告というのをお願いします」


 上から聞こえてきたリリスの声に、ハジメの身体がビクッ! と反応する。

 大量の冷や汗が流れた。

 

「そうだったな、すまない」


 レンディがまたタバコを加えて、火をつけると一息吸うと、ハジメはゴクリと唾を飲む。


「シャイトは何度も言ったがフォーレン・モール教の信者だ、そして、ヴァルバンス王家と繋がりを持っている、悪義の連中は王家と繋がっていたということにな……いいや、この言い方では誤解を生むな、はっきり言おう、フォーレンモール教とヴァルバンス王家は、それ以上の関係にある」


 リリスが首を傾げて。


「それ以上の関係、といいますと?」

「ヴァルバンス王家の中にもフォーレン・モール教の信者が大勢いるということだ」


 ハジメを膝に置き、抱くリリスの手が震えた。エルキゼも同様。

 ルナに至っては、


「ま、まさか」


 と、発するのが精一杯。

 敵対するヴァルバンス王家に、大勢のフォーレン・モールの信仰者がいるとなれば、陽月(リバーシ)計画(プロジェクト)は難攻を極める。

 そこに勘づいたルナの脅えた表情から変わた顔は、もはや諦めだった。

 フォーレン・モール教は世界の闇。

 これを相手にすることは、戦力的にも、物理的にも不可能と言っても過言ではない。

 王家にフォーレン・モールの信仰者が生まれたということは、ヴァルバンスが悪義の教団に、飲み込まれようとしている。

 味方の振りをしていたとはいえ、シャイトにシオンを加え、裏世界で最強を誇った始祖龍武隊(ドラゴンナイツ)でさえ、牙の届かなかったヴァルバンス王家。

 敵うはずもない、フォーレン・モール教が王家の陰で、あぐらをかいているのだから。

 世界の光と、世界の闇を抱えるヴァルバンス王家と、どうやって戦というの? ――ルナが勘付いた、そこ、とはこういうことである。


「なぜ、そんなことに気が付いたんですか?」


 と、リリスが会話と共に、警戒を再開させる。

 その訳は、レンディが、ずっと無法地下街(マンホールシティ)にいたことだ。

 レンディは、研究という名目で地下の病院に何年も篭もりっきりだった。

 どれほどの頭脳をレンディが持っていようとも、フォーレン・モール教とヴァルバンスの繋がりを、知りえるはずがない。

 魔法でも使わない限り、不可能だがレンディは魔法を使えない。ならば、この答えにたどり着けた理由を挙げるなら一つしかない。

 アロー・レンディは、フォーレン・モール教の信者。


(口車に乗せて私達を丸め込もうとしているのかしら?)


 リリスはそう思った。

 だが、それを覆す真実がレンディの口から漏らされる。


「パクチーク城、建設に関する情報がある」


 突拍子もなく放たれたレンディの言葉に、リリスが返す。


「何故ここで、そんな話を」

「必要なことだ、警戒を解いてくれないか? リリス」


 レンディに促され、リリスがあっさりと警戒を解いた。

 ハジメの首筋にあるリリスの胸から、伝わる心音が警戒を解いた理由を教えてくれた。

 戦闘技術はリリス、エルキゼが遥かに勝る。

 レンディがフォーレン・モール教の信者であると確定したら。

 ――殺すつもりだ。

 と。

 そして、ハジメはリリスの腕の中で密かに決意する。


(人が死ぬところを見るのはもう、うんざりだ……絶対に止める)


 張り詰める緊張感の中、続くのはパクチーク城建設方法に関してだった。


「あれほど巨大な建造物でありながら、その建築方法もその時期も誰も知らない」


 リリスの冷たい瞳が、レンディに向けられている。


「知っていますよ、そのくらい」


 レンディはリリスの視線も言葉も、無視して言葉を綴る。


「シャイトに頼まれ、エルマ病の原因を探っていた」


 レンディの言葉が耳に入ったフレアの目が、大きく開く。

 「シャイトに頼まれた」それがフレアの表情を柔らかいモノにした。

 シャイトによってボロボロにされた、フレアの精神に差し込む、淡い幻想。

 例え、完全な敵であったとしても自分に対する想いは、確かにあったんだ。

 そうでなければ、シャイトがそんな事をレンディに頼むはずがない。

 淡い幻想を、言い換えるなら人の夢。

 次に出されたレンディの言葉で、フレアの儚く散る。


「パクチーク城の建設にはエルマ病が深く関わっている、ヤツがフレアに近づいたのはその為だろう」


 レンディの無感情な口調は、まるでフレアの精神状態を破壊していくようだった。

 フレアはルナの腕の中で、引付を起こし、そのまま気を失ってしまう。

 ルナがレンディを、睨みつける。


「レンディ先生!!」

「黙ってろ、ルナ、必要なことなんだ」


 ハジメがリリスの膝の上からフレアの元へ向かおうと、両足に力を入れる。


「ハジメ君、動かないで」


 ハジメの身体に更に力を込められた。

 リリスの胸に顔を押し付けられ、また、彼女の心音を聞く。

 心臓の音は、無表情なリリスからは、想像できないほど激しく鳴っていた。

 ――フレアが心配で堪らない。

 ――心痛めるルナを見ていられない。

 と、ハジメにはそんな風に聞こえていた。

 こんな風にリリスの心理を読めたのは、決して魔法の力ではない。

 リリスは、ハジメが周りのみんなに思考を読まれ、フレアに敵視されたとき、自分の膝の上に置き安心させた。

 その優しさがハジメの無意識に、リリスを知りたいと思わせ、心を共有させていた。

 共有されれば、絆が出来る、絆が出来れば、何を感じているかくらい、何となく判る。と、それだけだ。

 

「ごほん」


 レンディが一度咳を払うと、エルキゼが剣の柄を軽く握ったまま話をした。


「レンディ先生、エルマ病が飛行機事件(フリウス)から連なる無法地下街(マンホールシティ)までの調査結果と何の関係が?」

「すまない、結論を急ぎすぎた」


 タバコを加えながら、レンディがボリボリと頭を掻く。

 エルキゼがその間、リリスを一瞥し目線で「任せた」と伝える。

 リリスも「警戒を怠らないように」と、エルキゼに視線を送った。

 と、レンディの説明が続く。


「フリウスにプリメラ絵画を乗せたのは誰だと思う? リリス」

「フォーレン・モール教でしょうか?」

「いいや、恐らくヴァルバンス王家だ、奴らはあの絵画がある事、事態を怖れている」

「ここは恐らく何ですね」

「仕方が無いだろ、いくら私でもそこまでは調べ上げられない」


 フォーレン・モール信仰者が、ヴァルバンス王家に大勢いると危惧しておいて、これは知らない。

 矛盾して聞こえるレンディの言葉に、エルキゼの眼光が鋭くなった。


「色々省略させてもらうが、私の知りえた情報ではプリメラ絵画に関して奴らが見られたくないのは、絵画の裏側だ、だから今まで裏側を公開しなかったのだよ、何故だと思う」

「プリメラ絵画"禁愛"は世界的な貴重な文化遺産です、盗難された場合を想定していたから、盗難にあった場合、裏側にある一部の者しか知りえない目印で本物か否かをすぐさま判別する為です」

「そうだな、その目印を公開してしまえば、複製を作られ闇で取引され、犯罪の悪化に繋がる、それに良く似た物が大量に出回れば見つけ出すのも困難になるだろう、そしてこれがヴァルバンスから発表された、禁愛の裏側を見せられない理由だ」

「何故そんな事を訊くんです?」


 と、リリスが訊いたが、レンディは質問に答えず、次の質問を飛ばす。


「ならば、エルマ病はどうかな? 何故エルマ病は呪いではなく病気の一種とされたか解るかね?」

「それは……」


 リリスが口ごもってしまう。

 どうやら、知らないリリスに代わり、ハジメがソッと口を開く。


「それは、フォーレン・モールという呪いの恐ろしさを知る国民を混乱させないように、呪いという恐怖から解き放つ為だと――」


 ハジメが一旦、口を閉ざすとフレアをチラッと一瞥し、まだ目を覚ましていないことを確認する。 


「――シャイトに聞きました」

「そうか、それも正解だ、だからこそ不正解でもある」


 今までポーカーフェイスだったレンディが、腕を組み少しだけ微笑む。

 解りづらい説明にハジメがムッと顔を顰めると、リリスに会話のバトンを渡す。


「レンディ先生、それはどういう事なんでしょうか?」

「エルマ病に関しても、プリメラ絵画に関しても、真実を知られたくないための口実、偽りだ」

「偽り、ですか?」

「呪いとされていたエルマ病を、呪いではなく病気としたのは、エルマ病が正真正銘本物の呪いであるからだ、そして、プリメラ絵画の裏を見せられないのはヴァルバンスが知られてはいけない事実が記されているからだろう」


 研究結果を報告する際の科学者とは、こういうものなのだろうか。

 レンディは、ポーカーフェイスを、得意気な表情で崩していた。

 そして続く。


「エルマ病が呪いである事が世間に定着すれば、必ずエルマの呪い調べるものが出る、そうなればパクチーク城建設の秘密と……ヴァルバンスによって支配され、消えてしまった一〇〇年以上の歴史が表舞台に現れてしまう」


 レンディの言葉に一同が、固まる。

 ルナもハジメも、ヴァルバンスを敵と定めていたリリスとエルキゼまでもが、聞いてはならない世界の秘密を知ってしまったようで、耳を覆いたくなる。

 そんな、一同の様子を見てもレンディの口が止まらない。

 まるで自慢話でもするかのように、続々と語られる。


「現在、北暦は一九〇二年だが、私が計算した結果は北暦二〇一六年だった……つまり一〇四年の誤差があるということになるな、この時代に何があったのかは、現在調査中だが――ん? どうしたんだ二人とも」


 レンディが途中で言葉を止め、リリスとエルキゼに尋ねていた。


「いいえ、何でも」

「俺も、何もでもないです」


 こんな返ししか出来なかった。

 当たり前の事なのかもしれない。

 一〇四年の誤差なんて、歴史が覆る。

 知っているだけで、命を狙われそうなほど、重大な事実だ。

 ハジメがレンディに訊いた。


「本当なんですか?」

「もちろんだ」

「そ、そうですか、そうですよね」

 

 この状況で、こんな馬鹿げた嘘を付く人間はいない。

 他の誰かが言ったのなら、冗談だと受け流せるのだが。

 語った人物がアロー・レンディという事もあり、全員の顔が青ざめていた。


「フレアの事もある、ひとまず休憩を取ろう」


 そんな事を言われても、心休まる筈もない。

 しかし、休む間も無く語られるには重過ぎる事実でもある。

 エルキゼが、剣の柄から手を離し、床に置く。


「ようやく、警戒を解いてくれたか? エルキゼ」

「はい、そう、ですね」

飛行機事件(フリウス)から今に至る現状を説明するには、エルマ病の原因とパクチーク城の建設、そして何より、プリメラ絵画、禁愛の秘密を話さねばならない、長い話になる、みなゆっくり休んでくれ」


 ――『ゆっくり休めるだろうか?』


 それが、ここにいる全員の感想だった。

ご愛読ありがとうございました。

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