第三十五話
状況の整理整頓
「私は地下の住人たちが知龍隊のメンバーでもあると推測しました……あの地下道は迷宮のように入り組んでいます、もし、私達の知らないエリアがあったとしたら? そこにいるのがハジメ君の上げた獣人類だとしたら……」
座りながら話すリリスであったが、その顔は疲弊しきっている。
命懸けで戦い、そこで仲間が死に、ハジメを連れてここへ向かう途中で妹のように可愛がっていたフレアの悲しみに満ちたあの目を見てしまえば、疲れきってしまうのは仕方が無い。
ハジメの目には精神的疲労の方が大きいように映る。
ハジメ、エルキゼには話した事だが――『レンディ先生が自分の言った事を素直に受け入れてくれるのか?』
リリスの表情からは、そんな心配も垣間見れる。
レンディが握った拳を顎置きに使い、目つき鋭く答える。
「我々が知らないエリアにはシャイトが率いていた知龍隊の連中がいて、そいつらは獣人類……ヴァルバンスが掲げる"勇者育成法案"に苛まれ迫害を受けてきた地下の住人達――いわゆる非勇者たちと手を組んだと……そう言いたいのかね?」
「はい……」
どうやら、レンディが話を理解してくれていることに、いいや――話を聞いてくれるということに、リリスは胸を撫で下ろした。
レンディが口を開く
「だが、私にはシャイト一人で彼らを率いていたとは思えんのだが、ヤツは表向き、いや、あの男だけではないな。知龍隊も地下の住人共全てが、表向き、飛流隊として行動していたとは考えにくいのだがね」
レンディの口が止まると、リリスが重大な事実を告白する。
「シャイトはフォーレン・モール教の一員です」
シャイトは≪フォーレン・モール信仰者≫――この告白を少なくともフレアはニャンに訊いていたはず、そうでなければフレアのハジメに対する行動は説明がつかない。
ルナのことは省かせてもらう。それは、シオンの死を聞いただけで参ってしまい、その後のシャイトに関する話が成されていなかった可能性があるからだ。
この事実を知っていたフレアは告白の後、グッと奥歯を噛み締めたが、ルナは――。
「シャ……イトがフォーレ――う、嘘でしょ……」
と、だけ口にした後。ルナは何も言わなくなった。やはり何も聞かされていなかったようだ。
リリスの言った≪悪い冗談に聞える事実≫を整理しようとしているが、直ぐには無理だろう。ルナは顔面蒼白、そのまま俯いてしまっている。
ただ、ルナと同じく初めてシャイトの告白について聞いたレンディは、眉一つ動かさず、心も乱さず、ルナに言う。
「私もリリスの意見に賛成だ……付け加えるが私は始祖龍武隊はフォーレン・モール教の連中によって作られたモノだとも思っている」
続けられる≪悪い冗談に聞える事実≫を、また聞いたルナが顔を上げる。
その表情は愕然としていて、失望したと言った方がいいかもしれない。
リリス以外の全員が納得いかないといった雰囲気だったが、誰一人レンディに意見する者はいなかった。
それは、アロー・レンディという女性の放つ言葉はここにいる者達――始祖龍武隊のメンバーにとって、とても重要な意味合いを持っているからだ。
レンディは始祖龍武隊創設以前より、闇医者としてだが――エルマ病を初め、戦地に赴いた戦士達の肉体面、精神面に至るまで尽力していた人物であったこともあり、ここにいるリリス、エルキゼ、フレアにルナ――ハジメにとっても恩人である。
レンディの立場を言うならシオン、シャイトよりは下になるが、信頼という一点のみに絞れば、あの暗い地下街で彼女の右に出る者はいなかった。
だからこそ、彼女の言葉には重みがあり、皆が黙ってしまう。
レンディが続ける。
「シャイトの言動は前々から少し気になっていた……一つ目は白衣を飛龍隊に身に着けさせていたこと」
ハジメがシオンと出合った時に気になった――秘密裏に動くなら何故、目立つ格好をさせるのか? という疑問。
「…………」
黙りこくるフレアの雰囲気が重くて暗いものに変わるのをハジメが感じた。
レンディの言葉は今回の事件に繋がる惨劇の全てを――『シャイトのせいにしようとしている』と、フレアはそう捉え我慢がならなかった。
だから、レンディに反論した。
「それは!! 飛龍隊を始祖龍武隊だと思わせるためです!!!!」
涙目で声が甲高く、今にも発狂してしまいそうなほどフレアの精神は不安定になっていた――『なっていた』というのは語弊が出る。ずっと不安定だった。
「確かに、その事実は間違いないが、それが本来の目的とは限らないぞ……フレア」
「どういうことですか!? レンディ先生!!」
「白衣を来て飛龍隊は始祖龍武隊だと、ヴァルバンスに思い込ませる事は出来たかもしれない……ニャンからの言伝だが侵入者たちは、シオンに襲い掛かったのだろ?」
レンディの言葉は相変わらず簡略されているが的を得ていた。
あの時、二十三の侵入者がシオン目掛けて攻撃を仕掛けている、そして、彼らと繋がりを持っていたシャイトに攻撃を仕掛ける様子は無く、笑っていた。
シオンに向けられた言葉は『始祖龍武隊』――そう言った以上彼らを『飛龍隊』として認識していなかったということなのだが、レンディは"フレアに合わせて"話す。
「シャイトが侵入者たちにそう言えと命じていた可能性は否めないが、奴の目的は飛龍隊を殲滅することだ」
「レンディ先生の言う、本来の目的と何の関係があるんですか!!!」
フレアは自分自身で精神の制御さえ出来なくなっているようで、ルナが必死に横から背中の翼ごと抱き付いて、何も言わずジッとしている――その様子は親友の痛みを共有しようとしているようで、ハジメの胸がズキンと痛む。
「フレア……忘れたのか? それとも受け入れられないのか? あの男はフォーレン・モール教の信仰者……我々の味方でも、侵入者――つまり≪ヴァルバンス王家≫の味方でも無いんだよ」
「はっ!? ヴァ、ヴァルバンス王家……???」
隠れ家で侵入者たちに襲われる前、ハジメがおおよそ見当を付けていたことだが、フレアの驚く様子をみるとシャイトと共にいた奴らが"ヴァルバンス王家"という情報は初耳だったらしい。
「シャ、シャイトはヴァルバンス王家なんかと繋がってたの?」
「そういうことになるな……」
「……そ、そんな」
ガクッとフレアの全身から力が抜けた――つまり、シャイトは"一切の同情の余地も無い完全無欠な敵である"とフレアが自覚したということ。
「話を続けるがいいかね?」
フレアは答えず、代わりにエルキゼ、リリス、ルナの三人が『どうぞ』と視線をレンディに送る。
「一度整理しよう……私の見解も踏まえてな」
――シャイトはフォーレン・モール教の信仰者。
――侵入者は、ヴァルバンス王家の人間。
――奴等がシオンに『始祖龍武隊』として飛びかかったのは『飛龍隊』を『始祖龍武隊』と認識させることで『知龍隊』の存在を隠すため。
――それを可能としたのは≪白衣≫を飛龍隊に常に身に付けさせていた事と、知龍隊を聖痕騎士団として活動させていたこと。
――そんな事をしなくてはいけなかった理由は全て……無法地下街に住む連中が悪義の教団に属する人間である事をヴァルバンスはおろか、飛龍隊として始祖龍武隊としてティアマト一族の陽月再興計画に命を賭ける者達を欺くため。
「と、言ったところか……」
無愛想に言ってのけたレンディ説明にハジメはひとまず頷いたのは、秘密裏に動く飛龍隊が白衣を切る理由が知ることが出来たからである。
しかし、ハジメには気になることがある――≪ルナがパインと憑依する前、シオンたちは"勇者反対同盟"を地下の住人と知っていた、しかし、知らぬ振りをしたのは何故か≫
これは、考えるまでも無かった――あの場にはヴァルバンスの侵入者がいた下手に知られれば、王家の精鋭たちが無法地下街に入り込み、勇者反対同盟を捕らえるため動く。そうなれば、あの場所が悪義の教団の巣であることを悟られてしまう可能性がある。
ここでハジメが……ん? と閃いた顔をすると。
「ハジメ君……何か気付いたの?」
そう言って、いつの間にか近づいて着ていたリリスがハジメの背中をポンと押す。
ハジメはリリスを見つめると、ちょっと待ってくださいという顔だけすると、また考え込んだ。
【――無法地下街をただの無法者の巣としてヴァルバンス王家に思わせるため、勇者反対同盟を作ったのかもしれない……。
始祖龍武隊の目的はヴァルバンスの壊滅を目的とした過激な組織、下手を打てば無法地下街を囮にするかも、いや――してしまう。
彼らがしてきた事は世界を脅かす大犯罪、シオンさんが顔色を変えずに人をあっさりと殺していた、あんな事は日常茶飯事にやっていたのだろう。そうでなければ簡単に人なんて殺せない。
シオンさんはシャイトと同等の地位を持ち、発言力もあった。
もし、勇者反対同盟という組織が無ければ無法地下街に住んでいた悪義の信者たちを犠牲にして凶行に走る可能性もある。
それを阻止する為に勇者反対同盟が作られたんだと思う――。
勇者反対同盟は無法地下街の人間種と誰が組んでいるのか分からないでいた。
おかげでシオンさん一人で、無法地下街の全てを、シャイトによって把握できなくしまったんだろう。
シオンさんは実行部隊と言っていた、常に作戦を練っているという訳にはいかない、そうなってしまえば――シャイトに始祖龍武隊の作戦の全権を預けるしかなくなる。
飛流隊に侵入者が紛れている可能性がありながら特定できないのが、シオンさんがシャイトに作戦の全権を預けていた何よりの証拠。
勇者反対同盟を作ったのは、きっとシャイトに全権を預けて――それからだ。
では、リリスさんの言っていた地下住人たちと同盟を組んでいたと思われる、獣人類は何者か?
シャイトがフォーレン・モール教の信者であった以上、彼ら獣人類も悪義の教団員なのだと思う。
と言う事は飛空挺に乗っていた獣人類達はフォーレン・モール教の信者ということになるな。
飛空挺事件に関してはいくら考えても推測の域を出ない。
もう一つ気になる――飛流隊が始祖龍部隊であると、ヴァルバンスにそう思われていたということ。
シャイトがシオンさんを殺害するギリギリまで飛龍隊の味方として徹底していたにも関わらず、情報が洩れていた点を考えるとヴァルバンスの情報網は半端なモノではない。事実、秘密裏に動いた漏洩している――なら、慎重なシャイトが飛龍隊に白衣を着せることでヴァルバンスを欺こうとした大胆すぎる策を実行させた根拠は何だ?
知龍隊は聖痕騎士団として北世界で知られている。それに聖痕騎士団には南世界の人間――ラファエがいる。
ヴァルバンスの情報網が、そのことを知らないはずが無いんだ――ライムとリキッドがラファエの事を南の人間であることを知っていたんだから。
ラファエもシャイトに"良いように使われていた"と言うことなのだろうか?
それに、ヴァルバンスの情報網では、飛龍隊が白衣を着ることで始祖龍武隊と認識すると確信していていて、知龍隊が聖痕騎士団として活動しても、始祖龍武隊と結びつかず、南世界と繋がっているというところに結論付けると、これも確信していた。
つまり――シャイトはヴァルバンスの情報網を完璧に把握していたと言う事になる。
でなければ、飛龍隊、知龍隊、ヴァルバンスの全てを騙しきる事は出来ない――掌握する何て事は不可能だ。
シャイトがこれらを成せるという事は――フォーレン・モール教はヴァルバンス王家に深く関わっているということ。
でも――オルゴーさんの口からでた≪ミゲル≫と言う人物は飛空挺に乗り、シオンさん達の味方だった……偶然同じ名前だったと言うことかな?
それとも、同じ人物だったとしたら……ここにいるみんなもフォーレン・――】
「見事な推理だ……ハジメ君」
『えっ!?』と、静まり返っていた部屋の中でハジメの口から零れたのは、リリスに心を読まれたようにレンディにも心を読まれていたからだった。
ハジメは頭の中で勝手に推理していた"口に出した覚えなど無い"。
それでも、レンディの言葉はハジメの頭の中を見透かしていたと思わせる言葉だった。
「な、何で解ったんですか?」
驚きが混じってしまい、誰かを特定できず辺りに訊いてみる。
「みんなに聴こえてるよ……」
レンディの言葉を訊き、ハジメはまた考えてしまう。
『みんなという事は、ここにいる全員と言うことか、それとも世界中のみんなか?』ハジメがそう頭の中で考えると慌てて口元を抑えた。
世界中の人間に聴こえる何て事はまずあり得ない。
そんな事は分かっているが可能性はゼロではないし、何せどんな力を使われたのか解らない。ハジメの心臓がバクバク鳴って不安になる。
「ふぅ~」
と、レンディがタバコを吹かすと。
「ハジメ君。すまなかったな、私がリリスに頼んだことだったんだ。君は頭が良いが、口に出すのは当たり障りの無いことばかりだ。口から出るフィルター漉しの回答ではなく、純度一〇〇パーセントの回答が聞きたかった」
何言ってんだろう――が、今ハジメが思う事。
そして、ハジメの傍にいたリリスが四歳児の小さな身体を持ち上げながら座ると自分の膝に置いた。
「ごめんなさい、ハジメ君、レンディ先生の命令だったの、もう大丈夫だから、安心なさい」
右上からかかるリリスの温かい吐息が、ハジメの理性を破壊しそうになる。
「命令ではなく……依頼だ」
タバコを吸い終えたレンディは、不謹慎にも部屋の床に落とし、グリグリと足で消す。
部屋を漂うタバコの煙が目に染みて、レンディから目を逸らし、リリスの膝の上に乗りながら隣にいるエルキゼを見ると、至って平然。
右に視線をずらしルナを見、怪訝な表情をしていたことで、≪みんな≫の意味が理解できた。そして居た堪れなくなる。
シャイトの悪口とも取れることを思考してしまったハジメ。
ハジメがフレアを見つめると、目さえ合わせてくれず、ジッと下を向いている。
フレアがシャイトを慕っていた事は、ハジメもよく分かっていた。だから、声に出すことはしなかった。
心の声がみんなに聞こえる何てマネをされれたなら弁解の余地はある――『心の内で考えたこと……仕方が無い』
そう言ってしまえば、相手も素直に受け入れるしかない。人間誰しもそうである。心の中には世界に発信してはいけない闇が潜んでるから。
それでも、ハジメは言い訳をするつもりは無かった。フレアを傷つけたことに変わりは無いからだ。
それにハジメには出来なかった。翼の生えた天使のようなフレアの目は、怨みを超えていた。その姿は翼の生えた悪魔、堕天使を髣髴とさせとても恐ろしかった。
「ハジメ君……君の推測は当たっている。違うか、私の推測と同じだ」
当たっているといってわざわざ言い直したレンディの意図するところは、フレアをこれ以上刺激しないようにと言うことなのだろう。
だが、レンディの言葉は自分の推測は絶対に間違いがないと言う自信が見え隠れしていた。
「ミゲル・ノーザンは私が勇者反対同盟に送った男だ……」
「送った?」
「正確には送られただがな」
ぬいぐるみのようにハジメを抱くリリスが、目を鋭くさせレンディに訊いた。
「どういうことでしょう……」
リリスの言葉の中には、『ミゲルと言う人物は自分達の仲間であると同時に悪義の教団の一人だったのか?』そんな意味が含まれていてレンディをひどく警戒している。
「そう、睨むなリリス、ミゲルは私の助手だった男だ、悪義の者ではない……元、ではあるがな」
「元?」
リリスに続き、エルキゼが警戒しレンディに体を向けると気づかれない様、腰の獲物に手を掛ける。
元々、レンディは動揺を人前で見せない、人がいなくとも見せないのかもしれないが。
エルキゼの警戒を知ってか知らずか、それさえ悟らせないポーカーフェイスを崩さず、レンディが話す。
「悪義の教団を信仰する者たちに特徴するのは、魔学に則った洗脳を行っていると言うこと」
「魔法を科学的な見地から体系化した学問……魔法学のことですか?」
レンディの言葉の裏に嘘偽りがないか、確かめる為、わざわざ回りくどい訊き方をする。
「そうだ……」
レンディが一言発した後、静まり返り、警戒が更に強まった。
リリスに訊かれること全てを肯定していく、レンディの話術は敵では無いと言っている様で、逆に怪しく感じていた。
違う言い方をするなら、それほどまでに切羽詰った状況にあるといえる。
レンディが警戒する二人に向かって口を開く。
「本当はまだ言いたくは無いのだが、飛行機事件から連なる無法地下街までの調査結果を報告しよう」
「本当は話したくも無い調査結果を何故ここで?」
「……そうでもしなければ、君達二人から信用を得るのは難しいだろ?」
ご愛読ありがとうございました。




