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第三十四話

ウィズキャッスル

 リリスにバチーンと一つ叩かれた後。

 フレアは大きな声で仰向けになるハジメを起こして誠心誠意、頭を下げて謝罪した。

 ハジメの頭の中にあまりフレアの言葉は入らず、ただ悲色(ひいろ)に染まる瞳をほんの少し見つめると、雑居ビルの路地裏で全員に背を向け『大丈夫です』と小さく零した。

 誠意のを込められた謝罪に対し拒絶するような態度をとったのは、恐らく『死ねばいい』と言ったのだろうと推測できる言葉が許せなかったわけではない。

 当たり前だが傷ついてはいるハジメの表情は辛そうだった。

 だから――誰にも見せまいとしている

 ハジメはまたもパクチーク感染を発症させそうになっていた。

 きっかけは――フレアのとても綺麗な顔立ちから『助けてくれ』と言われ、おまけに、つぶらな瞳でハジメに訴えかけていたからだ。

 フレアは俗に言う絶世の美少女、そんな子に頼られれば男なら誰でも『助けてあげたい』と思ってしまうだろう。

 パインがハジメに『死にたくない』と泣き付いた時と同様の下卑た感情。

 優越感。

 それは、人であることの証明でもあり、いかなる聖人君子とて人間である以上必ず持っているモノ、持っていないというのならそれこそ神だ――ハジメを責める権利は誰にも無い。

 だが、パクチーク感染によって生まれてくる独占欲求は周りの人間に危害を与えてしまうエンジ感染である。

 ハジメはエンジ感染していく精神を制御するのに必死だった。

 今もみんなに背を向けフレアの言葉が耳に入らなかったのはこんな理由、そして――完成した勇者としての自制心が『勇気を持て』『勇ましくあれ』『許してあげよう』と心の内から囁かれ、感染症状を押さえ込むに至った。

 何より、ハジメに伝わってくるフレアの誠意の叫び――『誰かに当たらないと気が狂いそうだった』『辛くて仕方が無い』『苦しい感情を誰かに取り除いて欲しかった』

 フレアの想いを並べ一見してしてみると、誠意とはほど遠く自分の事しか考えていないようだが、フレアがハジメにしてしまったことを下手な言い訳をせず、謝罪の気持ちを自分の言葉の中に正直に組み込んでおり『素直に反省』しているのだと受け取ることが出来た。

 自分よりも遥かに小さい少年に殺意を向け、あっさり止められ、頭を下げ万謝するしかなくなっているフレアの姿は、リリスとエルキゼの目からは痛々しく映ったが、二人は心を鬼にしてハジメから許しの言葉が貰えるまでは何も言わなかった。

 アスファルトの地面にポタポタと涙を落としているフレアに、やっとハジメが振り向むくと歪ではあったが笑顔で『大丈夫です』と伝える。

 自分の誠意がフレアに伝わったかどうかは今の段階では判別できない。未だに頭を上げられず、それが"許してもらえたから照れ臭くて顔を上げられない"のか、"許してもらえないと思っているから申し訳ない感情が重石になって頭を下げさせたまま"なのか、それとも"端からハジメに許してもらうつもりがなく、フレア自身も許すつもりがないからこうして頭を下げたまま"なのか――考え出したら切がない。

 それに次へと進展しないこの状況はとても危険だった。

 現在。魔導城(ウィズキャッスル)へ向かう途中であり、始祖龍武隊(ドラゴンナイツ)を捕らえようと躍起になっているであろうヴァルバンスの精鋭達から逃げている真っ最中でもあるからだ。

 フレアの為とはいえ、力一杯ビンタしてしまったリリスの表情が僅かに沈鬱すると瞳を閉じ、自分自身がしてしまった≪正しい行動≫を戒めているようだった。

 リリスはルナとフレアが小さい時から遊び相手をしていた――いわば"お姉ちゃん的な存在"心通わせた"可愛い妹"の為にと振るう愛のムチと、見ず知らずで関心のない人間に振るう暴力とでは訳が違う。

 愛のムチであるが故にリリスの心は痛んでいた。

 エルキゼが両腕を胸元で組むと、懺悔でもするかのように沈痛な面持ちをするリリスを心配そうに見つめた――時。

 雑踏の中から聞える軍人達が鳴らすような足音が聞え、その場にいた全員が表情も感情も空気さえ険しくピリつき一変すると、リリスとエルキゼが構える。

 その後ろでフレアとハジメが二人の後ろに立つ。


「リリス……急ごう」

「えぇ、そうね。ハジメ君、フレア、慌てないで……」


 落ち着いた二人の会話から読み取れるのは――『二人にとっては雑魚だが、フレアとハジメがいると少々厄介』

 ハジメが確認する為、エルキゼに訊く。


「これからどこに行くんですか?」

「聞いてなかったのか? 魔導城(ウィズキャッスル)だ」

「そこで何をするんですか? リリスさん」

「とりあえず状況を整理するわ……ついて来きなさい」


 リリスが真剣な顔で三人に――いや、フレアとハジメに伝えた時にはエルキゼは遥か彼方を走っていた。

 その背中を目指すようにハジメが走ると、リリスは立ち止まったまま追ってこない。

 ハジメが後ろを振り返る。

 ハジメが仰向けになったその場所で、泣き止めないフレアの頭を撫でるリリスの姿が見えた。その光景は本当の母子のように思え、パインとルーシンを彷彿とさせる。

 エルキゼが一度だけ大きな声を出す。


「何してる!! ハジメ!!」

「す、すいません!!」


 彼方で叫んだエルキゼがハジメの元まで一足飛びで、文字通り飛んで来る。だが、それは翼を持つフレアの見せた飛翔とは違い、大きく高く距離のある至大の跳躍。

 ハジメの前に音も立てずに跳び降りたエルキゼが、ハジメを抱え込み左手で掴むと森林のように聳え建つ雑居ビルの隙間を縫い、ここから三キロはある長大な魔導城(ウィズキャッスル)まで魔力を使い強靭な脚力と化した足で、今度は飛翔するように飛んだ。

 そのスピードは吹き荒れる突風の様で目も開けられないほど速くスカイダイビングでもしているかのような風が当たる。

 身体から体温をグングン奪い、ゴォオオオーという雑音が世界の音を遮断した。

 世界から隔離されたエルキゼの左腰に抱えられながら、ハジメがいつの間にか消えてしまっていた両親に対する親孝行の想いが、マグマのように沸き起こり気持ちを熱くさせる。

 ずっと描いてきた≪ありふれた勇者≫の自覚が完成した事で誕生した≪真性の勇気≫が、ずっと精神的な弱者であることに縛られていたハジメに≪心の強さ≫を要求していた。このままだと何も出来ない、いつもの様に守られるだけだと。

 心の強さとは一体何なのか――その答えは常に漠然と存在していて、誰も明確に言い表すことが出来ないモノ。

 それでも存在している以上、答えは何らかの形で創り上げる事ができる――心の強さの何たるかを提示できないのは努力して辿り着くのではなく、覚悟して創り上げるという事を誰も知らないからだ。

 覚悟で創られる心の強さとは、夢やロマンといった綺麗で美しいものではなく、知識と経験が織り成す《野望》だ。

 ハジメが絵本世界(ファンタジア)に着てから培った知識。屈することは敗北、その身に染込ませた苦悩という経験――屈したら何も手に入らない。

 エルキゼが、飛んでから一分も経っていない僅かな時間でハジメが心の中にこの二つを刷り込ませていた。

 風切り音で遮断された世界が少しずつ開いていく――。


「ハジメ……もうすぐ着くぞ」


 前を向いたまま話すエルキゼの静かな言葉にハジメが、漲る力を精神に仕舞い――『わかりました』と頷いた。

 万里の長城の様なニルヴァーナを囲う魔導城(ウィズキャッスル)は右を見ても、左を見ても曲線を描きながら何処までも続いている。

 魔導城(ウィズキャッスル)の五〇〇メートル付近にある、高さ三十メートルのマンションの屋上の手すりを足場にすると、そこからドンと足を着き、跳ぶと手すりをグニャリと歪めてしまう、更に加速したエルキゼがハジメと共に魔導城(ウィズキャッスル)の壁へと突進していく。

 このままでは衝突は必至、そして世界を遮断するほどの速さ――ハジメがエルキゼに大声を上げていた。


「ちょ、ちょっと!!!! エルキゼさん!!!!」

「黙ってろ!!!!」


 そんな訳にはいかなかった衝突が必至なら。

 世界を遮断するほどの速度なら。

 一体どうなる? 考えるまでもない良くて"大怪我"。下手すれば"死ぬ"のどちらかだが、死ぬ確率の方が明らかに高い。

 エルキゼが何かしようとしているのはハジメにだって理解できるが、それは平常心を保っていられる場合、この状況下でまともに思考するには頭のネジを二、三本弾き飛ばさなければ叶わないだろう。

 このまま突っ込んで二人一緒に衝突死という馬鹿をするとは考えられないが、ハジメには『死』の文字しか浮ばず――残り五〇メートル。

 エルキゼの口から『レクティア』と唱えられ――残り三〇メートル。

 高さが八〇メートルを越える赤石(レッドストーン)を積み上げ造られた魔導城(ウィズキャッスル)の中段より僅か下の赤い壁の一部が白い光を放ち――残り一〇メートル。


「うわぁあああああ」

 

 と、気を失う寸前のハジメが絶叫を終えると――残りは零。

 ファァァンっと如何にも魔法音といった具合の音を微かに鳴らし、エルキゼとハジメが白い光に"掴まれて"魔導城(ウィズキャッスル)の内部へ侵入成功。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……お、驚いた」

 

 と言ってハジメが尻餅を着き辺りを見渡すと、古ぼけた外見からは想像もつかない現代風スイートルーム。

 中央には円卓を"コの字"で囲ったソファー。

 そこに座りのん気にリモコンを持ちテレビを見つめてゲームをしているルナとレンディの二人がいた。

 テレビの横にある細い廊下の奥にある部屋。そこには豪華絢爛な寝室があった。ニャンがベットの上で、静かに寝息を立てながら尻尾を振り気持ちよさそうに夢を見ている。

 寝室からリビングを挟んで在るのはキッチンとバスルーム。


「ここは――」


 仰天した表情でハジメが立ち上がると、それに合わせる様にレンディが無表情のまま一瞥。

 そして微笑み――。


「お疲れだったな……君達」


 ルナも振り向き糸目になった間抜けた表情で右手をシュバっと挙げ――。


「お疲れさんでござんす!!」


 と、まるで緊張感のない挨拶をする。

 ハジメの心中は部屋に漂う穏やかな雰囲気とは全く逆の感情。どこまでニャンが話したのかは判らないが、それでもシャイトの裏切りは確実に知っているはず、何故ならフレアが知っていたのにルナが知らない何てことは無い。

 出合って二日のハジメでさえもショックを隠しきれず、精神と葛藤し、死ぬ事も覚悟して、ようやくここまで辿り着いたのに、とハジメは思うと、次にこの態度は何なんだとも思った。

 だが、こちらに振り向いて糸目にしていたルナがテレビ画面に顔を戻す瞬間に目が真っ赤になっているのを見て、ハジメは反省するとエルキゼを一瞥。


「何だ? ハジメ――」


 エルキゼは神妙な面持ちでハジメに顔を向けた。


「何か……凄く切ないです……」

「そうか……俺もだ……」


 その後しばらくは、テレビから流れるゲームのBGMだけが流れていた。

 そこへ。

 ファァァンっと魔法音が響くと、リリスとフレアがハジメ達の前へ、白い光に包まれ表れると、光は弾けるように消えていった。

 自分たちが入って来たときもこんな風に白い光に包まれていたのかなと――ハジメが少しだけ思う。

 

「お待たせしました――」


 リリスが言うとレンディが立ち上がり。


「ルナ、フレア、リリスにエルキゼ……そして、ハジメ君――話がある」


 レンディの表情は真剣を通り越し、大分恐い顔になっていた。

 リリスがレンディに訊く。


「ニャンはどうします?」

「あの子はいい。今はソッとして置こう。大分疲れているようだからな……」

「……そうですね」


 レンディがソファーに座る。

 するとルナが円卓に左手を乗せ少し離れたテレビゲームに右手を伸ばしスイッチを切った。


「ソファーに」


 常に丁寧な言葉を使うレンディの簡略化した言葉には疲労の色が伺え、そのためハジメは何も言わずエルキゼの横に座った。

 テレビの直ぐ傍にはエルキゼが座り対面にリリス。

 エルキゼの右隣にはハジメ、リリスの左隣にはルナ。

 フレアはハジメと距離を置きたいようで、ルナの座る更に左側まで行きソファーの肘置き付近に座る。

 ハジメが右を向くとリモコンをテレビ真っ直ぐ前に向けたレンディがパチンと電源を切った。


「さて――話の準備はこれで整ったな」

「レンディ先生……話って言うのは?」


 ハジメがレンディに真剣な眼差しを顔に向け質問した。


「もちろん……君の両親の事とプリメラ絵画に関する事だが」

「だが?」

「ハジメ君……今回の事件は何がきっかけだと思う?」

「それはシャイトが……僕がここへ連れてこられたときからだと思います」

「……そうか」

 

 訝しげな表情をしながら、レンディが腕を組むと何やら考え込み。


「私はな……この事件は飛空挺(フリウス)から始まったと考えている」

飛空挺(フリウス)……ですか?」


 エルキゼが頬杖を着き答える。


「お前と"勇者連合"つまり"無法地下街(マンホールシティ)"の住人たちが乗っていたヤツだ……リリスの推理では知龍隊(エッシェント)でもあるらしいがな……」

「そうですか……」


 怪訝そうにハジメが言うと、リリスが上体を前に乗り出し訊いた。


「何か……あるの?」

「みなさんは……住人たちが"勇者連合"っていってましたよね」

「えぇ……それは間違いないわ……」

「そして――地下の住人達はニャンさん以外は全て人間種(ヒューマント)だとも訊いたんですけど……」

「そうよ……それも間違いないわ……」

「それだとおかしいんです」


 僅かに混乱するハジメの言葉を聞き、レンディが首を傾げて。


「おかしい……というのは?」

「あの飛空挺(フリウス)、あそこには人間種(ヒューマント)以外の人たちも乗っていました……」

「例えばどんな種族が乗っていたか覚えているかい? ハジメ君」


 ハジメが『う~ん』といった顔をすると脳をフル回転させると、瞬き一つしなくなった。

 レンディがボソッと。


「大した集中力だな……」


 この声はハジメには届かなかったが、一分以上瞬くことのなかった瞼がパチッと乾いた目を潤すと勢い良くレンディに話し出した。


鳥人種(バドキュア)猫獣種(ケットシー)狼獣種(ウルフッド)人間種(ヒューマント)、そして――ルーシンさんとパインちゃんを入れるなら金精種(ゴールドエルフ)もです」

金精種(ゴールドエルフ)は別としても、鳥人種(バドキュア)猫獣種(ケットシー)狼獣種(ウルフッド)人間種(ヒューマント)はニルヴァーナ……いや帝都ヴァルバンスにおいて差別の対象となる種族ばかりだ……」


 リリスが不可解といった顔をするとポツリ。


「当たり前のように聞いていて考えもしなかった……」


 そのポツリと出された言葉にエルキゼが反応する。


「どういうことだ?」

「"勇者反対同盟"は一体、誰と同盟を組んでいたのかって事……」

「それは……種族同士での同盟ってことだろ?」


 エルキゼが答えを述べてみたが、レンディに返される。


無法地下街(マンホールシティ)には人間種(ヒューマント)しかいなかったんだぞ……リリスが言っているのは――勇者反対同盟の人間種(ヒューマント)は地下の住人だ、これは間違いない……それなら地下にいなかった他の種族たちは一体何者だったのかと言う事だ」


 ここで初めてフレアが口を開いた。


「レンディ先生はどう思うんですか?」

「どうもこうも情報が少なすぎる――推測は出来ても確実な答えは出せないな」


 すると、険しい顔をしたリリスが。


「推測ですが、いいでしょうか?」

「構わんよ……」

ご愛読ありがとうございました。

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