第三十一話
処刑先刻
始祖龍武隊が飛行機事件に関わっているのか? ハジメにそう思わせたのはオルゴーが発した――≪ミゲル≫と言う男の名前。
ミゲルという人物には飛空挺の中で出会っている。
何故気付かなかったのか。
二年も前にチラッとだけ見た男の顔をハジメが覚えているはずも無い。覚えている事と言えば――
『僕が行きます』と、そう言ってミゲルがハガレ風鳥の恐怖に苛まれていた最中、真っ先に手を上げ勇敢にも貨物室の中へ武器を探しに行った人物だという事くらい。
そしてもう一つ『一〇〇パーセント成功すると確信しない限り実行には移さない』、この言葉は"勇者反対同盟"の一員だと名乗った杖を突いたよぼよぼの老人が使っていた言葉。
ハジメの心に不信が積もる。もし、飛空挺に乗っていた"勇者反対同盟"が"始祖龍武隊"なら魔法使いがいないというよぼよぼ老人の言葉は嘘になる。実際、シオンが魔法を使っていた。
ハジメの心に積もった不信の上に降り注ぐ疑問。
(ミゲルとよぼよぼ老人は本当に魔法を使えなかった?)
ミゲルと白ひげ老人が魔法を使えなかったとするのなら。
(何の為に飛行機に乗せたのだろう?)
よぼよぼ老人は、勇者反対同盟の一人として染悪罪に問われラピィオ列車にのせられ、パインに殺害されてしまっている。
にも関わらず。
ミゲルが何故、生き残っているのか、今のハジメには判らなかったが、先の隠れ家での戦いで、ミゲルがいた事は間違いない。
そしてハジメはミゲルの戦う姿を見ていない、テーブルの下に隠れていた。
いまだ、シャイトの裏切りという事実に動揺収まらぬ地下商店街の出入り口付近で、オルゴーの前に座りハジメは俯き考えていた。
ハジメが背後から聞える足音に反応し一度、商店街の方を振り向くとニャンがその場から立ち去っていく姿を見た。
だが、ハジメがニャンを気にする事は無く。また前を向く。
冬場の地下商店街。刺すような寒さの中にあっても、ハジメの異常なまでの集中が凍えることから守っていた。
そして――思考は飛空挺事件へ。
『二人が魔法を使えたのならハガレ風鳥に狙われ、命の掛かったあの場面で何もしないということがあるのだろうか?』
今、この疑問を知っているかもしれない三人がハジメの目の前で茫然自失し、座っている。
ハジメがまた考える。
『ミゲルとよぼよぼ老人の事を訊いてもいいのだろうか? なぜ、あの二人を乗せたのかを訊いても大丈夫なのだろうか? 飛空挺事件の真相を訊いても平気なのだろうか?』
俯いたままのハジメが疲れ果てた様子の三人を伺う為、ソッと顔を上げると憔悴しているオルゴーに構わず訊く。
「オルゴーさん……飛空挺事件の――」
ハジメが飛空挺事件と言った瞬間だった。
地下の住人達の目が一斉にハジメへ向けられる。
その瞳は住処を追われ、行き場を失った獣の様だ。それは殺気では無く、判り易くいうのならハジメが出した最悪闇鬼と同じ光を放つ、禍々しい黒い感情。
その感情を浴びたハジメは刹那――固まる。すると、ぐったりとうな垂れていた筈のオルゴーが、リリスが、エルキゼが、座ったまま三人一斉に剣を抜き、剣先を四歳児に向けた。
「ちょ、ちょっと何で!?」
ハジメの重心が後ろへ向かい、バランスを崩し床に腰を落とし倒れこむ。
剣先をハジメに向けながらエルキゼが立ち上がり――。
「ハジメ――黙ってろ」
エルキゼに合わせるようにリリスとオルゴーも立ち上がりると、ハジメを睨みつけ剣先を向けている。
仰向けになったハジメが、首を曲げ三人を凝視した。
(な、何で?)
そのまま両手を支えにしてハジメは上体を起こした。そこに向けられた三人の剣先が僅かに退けると、冷徹な表情でリリスが言った。
「黙っていれば殺されずに済んだのに……」
言葉を終えると、一旦剣を鞘に仕舞う。そしてハジメの小さな体を持ち上げた。
「リリスさん!! 死ぬって何なんだよ!! まだ何も訊いてないよ!! 何で殺されるんだ!! 理不尽じゃないか!!!!」
ハジメの怒声が商店街に響き渡る中、周りを見て仰天する。住人達は憎き敵でも見るかのように凝視して瞬きすらしない。その光景は死刑台に立った罪人でも見ているような――そんな顔。
オルゴーが剣を仕舞うと――
「皆、自分の家に戻ってください……コイツの始末は俺達がします」
「し、始末って何でそうなるんですか!! オルゴーさん!!!!」
まるで感情を読ませてくれない無表情なオルゴーの口から出るのは、突拍子も無く――
「お前が"飛行機事件"の真犯人だからだ……」
濡れ衣を着せた。
「僕は……何もしてない!!!!」
エルキゼが怪訝な顔をし、静かに剣を仕舞う。
「あの飛空挺事件は何故起こったと思う?」
「知らないですよ!! そんな事!!」
「絵本製作者であるお前を殺す為だ……」
「はぁ!?」
困惑の表情をみせながら放ったエルキゼの言葉だった。
エルキゼがハジメを肩に担ぎリリスが着る血に塗れた白衣の背に描かれたウロボロスを見つめていると、憎しみ交じりで女らしくなくなっている声で語りだす。
「あの飛空挺事件は君を殺害する目的の為だけに仕組まれたもの。もっともそれを利用した連中もいた様だけど……」
「何で飛空挺事件が出てくるんですか!? ……僕はティアマトを破滅に追い込んだ≪元凶≫だからここに連れて来れれたんでしょ?」
「……違う。君は途轍も無く深い闇を孕んだ飛空挺に乗せられた最重要人物。だからここに連れてきたの――それにティアマトを追い込んだ≪元凶≫と言う意味で口にしていたのは侵入者だけ」
リリスの言う通り、ハジメに元凶と言った男はシャイトに組する侵入者だった。
それでも納得いかない事がハジメにはあった。
「シャイトさんが侵入者に僕が元凶なんだって教えていたのかもしれないじゃないか!?」
「さっきオルゴーが言ったじゃない……シャイトの目的は実行部隊の全権を握っていたシオン隊長を殺害する事……そして『一〇〇パーセント成功すると確信しない限り実行には移さない』って」
「だから何なんですか!!」
「解らないの? シャイトは異常なほど用心深いのよ。その機が訪れるまでは始祖龍武隊の一員として私達を、そして始祖龍武隊の裏切り者として侵入者も騙してたのよ。それに君の言う"元凶"はティアマトを破滅に追いやったって意味でしょ? 私たちの言っている"原因"とでは全く意味が違う。侵入者がティアマトを追い込んだ"元凶"って口走った事からもシャイトが、奴らに君のことを"元凶"ではなく"原因"と読んでいたことを話さなかったってことね」
「侵入者たちまで騙してたんなら……何であんな簡単に連携が取れるんだよ!!」
「見ていなかったのによくそんな事が言えるね。彼らは連携を取れていなかったわ。本当に連携が取れているなら私達は全滅していたでしょうね。向こうの方が圧倒的に人数は多かった。それに、シオン隊長と肩を並べる実力を持つシャイトがいた」
「連携が取れれば全員を殺害できるなら何でそうしなかったんですか? 事前に侵入者達に教えていれば――」
「――教えていればシオン隊長が必ず気付く、そうなれば隊長の殺害は難しくなる……シャイトはそう思っていたんでしょ! 侵入者たちもシャイトにしてみれば、隊長を殺害する――"隙を作るためだけに使用された"タダの捨て駒だったてわけなのよ、お分かり?」
リリスの言う事にハジメはすんなりと納得してしまった。
飛龍隊の隊員達が殺害されたのは不意を突かれた最初――ハジメがテーブルに隠れていたその時だけ。それに、連中は仮にも侵入者。
連携が取れていたのならシオンにあっさり殺される何て真似はしない。
ハジメがテーブルの下から引きずり出された後を語ると、連携を取れるようになってからの飛龍隊の死者は、侵入者によって隙を作らされてしまったシオン一人。
その間は、シオン一人で侵入者達を抹殺していたのだが、実のところは違う。
シオンの後ろで三人が侵入者の動きに目を光らせていた。
ハジメを見つつも侵入者達を警戒してたため、奴らは深追いできないでいた。
本来なら、あの場で全員を抹殺しておくのが、シャイト達にとって最も合理的な方法だったはずなのだ。
しかしそれが出来なかったのは、侵入者たちが呼吸を合わせられず、連携が成されていなかったからだった。
侵入者たちが一斉にシオンに飛びかからざるを得なかったのは部下達を守らんが為の責任感。
シオンは隊長として一人、命懸けで侵入者たちの前に立ち塞がったからだ。
リリス、エルキゼ、オルゴーの三人がシオンへと加勢しなかったのは――『ハジメを死守しろ』という、無言の命令が飛龍隊隊長から戦いの最中に交わされていたからである。
だからこそ――シャイトはそこに隙を見つけてシオンを死に追いやった。
だからこそ――自分達の元へと向かってくるハジメに三人は怒鳴り散らした。
だからこそ――シオンは三人の元に勇敢に走るハジメを見て、馬鹿なヤツだと敬意を評し微笑み死んだ。
そして恐るべきは先ほどリリスがいった言葉に纏わり付く、シャイトの計算高さ、それは――『シオン隊長が必ず気付く、そうなれば隊長の殺害は難しくなる……』
シャイトはシオンを殺害するギリギリまで、始祖龍武隊を仲間として接し、侵入者たちには本来の目的である"悪義の遂行"を告げずにいた。そして不意を突けば、飛龍隊を抹殺できる。そして彼らを抹殺できれば、悪義が遂行出来ると踏んでいた。
一〇〇パーセント成功すると確信した上で、シャイトは侵入者たちにシオンの抹殺、もっと言えば始祖龍武隊の壊滅させることができると確信していた。
何故なら、始祖龍武隊より侵入者の方が多かった。ある程度片付けられれば、数に物を言わせて攻撃させればいい。残った飛龍隊の者たちはシオンの戦闘力を遥かに下回る。
それならば飛龍隊がシオンに加勢をするということは、足手まといに繋がる。
だから、生き残った飛龍隊の部下達は≪絵本製作≫の情報を持つハジメを守る側に回ると、シャイトはそこまで計算していたのだ。
リリスの言葉を最後。
長い沈黙が続く中、どうしても頭に浮ぶシャイトの顔をかき消すためにハジメが口を開いた。
「僕の事を元凶じゃないって言ったのに……殺されなくちゃいけない理由は何なんですか!!!」
リリスが担いだハジメの顔に向かって、エルキゼが意味不明な事を言う。
「元凶じゃない何て言ってない。ティアマト破滅の原因じゃないとは言った。だが、お前が元凶である事に変わりは無いんだ」
エルキゼの言葉を訊いたこの時、ハジメは殺されると確信した。
それでもハジメは動じてなかった。
それは住人達の目だ。
彼らの瞳はハジメに『死ね』っと言っているように思えた。
全員に疎まれ"そうなる事"を望まれていると、ハジメがそう感じていた。
『死んでも構わない』――これは絶対にあってはならない覚悟だが、ハジメには出来てしまっていた。
腕を組みハジメを眺めるエルキゼが--
「ここにいる皆は全員――"勇者反対同盟"の人間だ……」
驚くべき言葉を口にしたのだが、ハジメは特に驚いた様子を見せない。一切の動揺を見せず、一瞬で答えをはじき出し淡々と話した
「そうですか……つまり、僕を殺す為の飛空挺に勇者反対同盟が乗っていたばっかりに仲間を死に追いやってしまったから――≪元凶≫」
ハジメの投げやりに言った言葉で"勇者反対同盟"の怒りが燃え上がってしまう。
「お前が居なければ俺の弟は死ななかった!!!!」
「俺の両親もだ!!!!」
「リゼッタ姉ちゃんもよ!!!!」
「マリアさんもだ!!!!」
彼らの言葉を聞けば聞くほど、ハジメの心は冷めていき、いつの間にか憐れみの表情になっている。そもそも、あの飛空挺に乗ったのは自分たちの"勇者反対同盟"の勝手な判断。
飛空挺に乗っていた"勇者反対同盟の者たち"は、"勇者育成法案反対"という旗をかざしていながら勇者に助けてくれと媚びていた。
自分の命が危うくなると、仲間のはずだった者達を押し退け逃げる大人がいた。ハガレ風鳥の口元に女を放った男がいた。子供を盾に身を守った女がいた。
それらの行為は、人として羞恥の極み。
ここの連中も所詮はあの飛空挺に乗り合わせた"勇者反対同盟"と同じ。
この狂った時代の被害者。
ハジメが死んでも構わないと、そんな覚悟が出来てしまったのも"飛空挺事件"によって地下に住む住人達の大切な人を自分のせいで奪ってしまったと思ったからではない。
フォーレン・モールという魔女を生み出してしまった懺悔の念が精神に焼付いてしまったからだった。
「僕はこれからどうなるんですか?」
住人達の中から放たれる言葉は――
「「「「死ぬに決まってんだろ!!!!」」」」
ハジメは非情な言葉を聞いても当然の事だと、すんなり受け入れる事が出来た。それは、言語による殺人が成立したということでもあった。
ハジメの頭には死ぬ以外の選択肢しか用意されていないのだから。
リリスの肩の上でガクっと体を垂らしたが、ハジメは涙さえも流さずに何もかも諦めた。
オルゴーが殺気立つ、住人達の怒りを抑えるために――
「今から――コイツの処刑を始める」
死刑宣告。
オルゴーのソレを聞いた住人達から殺気に満ちた言葉が飛び交う。
「「「「殺せ!!!!!!」」」」
と――。
練習でもしていたかのように揃った怒りの罵倒。
リリスがハジメを担いだまま、地下の住人たちに向かってお辞儀をするとエルキゼ、オルゴーも頭を下げた。
神妙な面持ちで住人を刺激しないよう、言葉を吟味ししっかりと租借した上でエルキゼが言葉に乗せた。
「ここは皆さんの住む街です。元凶の血で汚すわけにはいきません。場所を移させて頂きます」
また飛び交う住人達の声。
「ここで殺せよ!!!!」
「こいつが死ぬところを見なくちゃ……死んでった奴らが浮ばれねーだろ!!!!」
「何でここで殺さねーんだ!!!!」
常軌を逸した空間。そこは先ほど殺しあっていた隠れ家以上の殺気が漂う暗い街。
魔力に乗せて実感させる事が出来る――≪仙術≫の類ではない。
ハジメの周りを漂う殺気はケダモノと化した人間の礎――"薄弱な精神が生み出す心の不協和"と、"劣悪した言動が見せる狂気"が重なった。
魔法以上に恐ろしく呪いよりも醜悪な人間の本性。
「ここでの争い、殺生はシオン隊長の意向で禁止されているのを忘れたんですか?」
「そんな事知った事じゃねぇ!!!!」
遠くから聞えてきた住人の誰かの声に、今度は飛龍隊の三人が声を合わせて狂った空間に轟かせた。
「「「お前らはシオン隊長の意思を侮辱するのか!!!!」」」
どれほど数がいようとも、自分達の事で精一杯の住人たちが飛龍隊に怒鳴られれば俯き、従うしかない。
飛龍隊からの怒声の後にリリスが忠告する。
「この子の処刑は私達に一任させていただきます。よろしいですね……」
皆納得がいかないといった表情でブツブツと呟くが、反論するものはいなかった。
そして暗く冷たい表情でエルキゼがハジメに囁く。
「行くぞ……」
「……はい」
ハジメは騒ぐ事も泣きじゃくる事もせず、ただ黙ってリリスの肩に乗り、エルキゼ、オルゴーと共に薄暗い地下道を――逝く。
ご愛読ありがとうございました。




