第二十九話
覚醒。
シャイトの策とは一体、何なのだろうか。
少なくとも『侵入者を潜り込ませてしまった』などとマヌケたミスをこの男は絶対にしない。
だから『侵入者を潜り込ませてやった』のか。
もしくは『侵入者を利用した』のか
あるいは『邪魔な侵入者をここで抹殺する』であるのだが、これらは正しいが間違っている。
正確に言うのなら『侵入者を利用していたが、邪魔になったので、この隠れ家へと潜り込ませて抹殺することにした』だろう。
なぜならシャイトが笑っている。
* * * * * * *
ドスンという音が響いた後方へカノンが一度振り向くと、そこには真っ黒な死体。
カノンが口元を抑え――。
「うっ!?」
と、吐き気を催した。
「「「「「うわぁあああああ!!!!!」」」」」
シオンに一人殺され二十二人となった侵入者と飛龍隊が鬼気迫る勢いで刃を交え応戦している。
「ぎぃゃあああ!!!!」
「うぎゃぁああ!!!!」
と、まるでごみを払うかのように飛龍隊の男性二人が殺された。
「ラドン!! ミ――」
仲間の死を目の当たりにして、ロックが二人目の名を呼ぼうとする。だが無駄だった。
「まだまだぁ!!!!」
と、侵入者の一人が、人を殺すのをゲームだとでも思っているらしく、ニヤニヤと楽しげな表情で飛龍隊に突っ込んでいく。
先陣を切ったシオンが後ろに跳びながら、椅子に手を掛け立っていたハジメの首を掴み上座より更に後ろへ移動。
他の飛龍隊たちも同様に後方へ跳び、カノン一人が下座入口付近に取り残され――後ろを捕られないないよう右側隅へ移動し、背中を向けて身構える。
侵入者の一人が声を上げ。
「さぁ~て!!!! 殺し合いますか!!!!! 二人、殺っちゃったけど!!」
戦闘状況。
侵入者たちは飛龍隊を上座の奥へと追い詰め臨戦態勢に入り、カノンは蚊帳の外。ハジメは端から戦力にならないと思われていた、その上、眼中にすら入れて貰えていない様子。
シオンに抱えられていたハジメがテーブルの下に放り投げられ、身体を丸めて隠れる最中。
飛龍隊達から、遥か遠くの入口の隅にいるカノンへ檄が飛ぶ。
白い髪の大人びた青年――《オルゴー・ラグダス》が、言う
「何してんだ!! カノン」
左目に眼帯をする少し小柄な黒髪の少年――《エルキゼ・ロンフィート》が、言う。
「早く応戦しろ!!」
茶色い髪に雪の様な白い肌をした背の高いモデルの様な少女――《リリス・イヴエル》が、言う。
「カノン君!! 早く戦ってよ!!」
シオン、シャイトを含めた七名の飛龍隊が応戦する中へ。
カノンが飛び出せずにいた。
「い、い、今、い、行くよ!!!!」
と、言って威勢を見せたもののカノンの声は震え、足が竦んでいた。
カノンは命懸けの戦いは今回が初めてであり、現在パニック状態に陥っている。
キーンと刃が交わる金属音が聞える中、ハジメはテーブルの下。目に見えて覚えているのはシオンが最初に飛びかかってきた男を黒焦げにした後、抱えられ上座の奥にいたところまでだ。
そして自分の役割を把握する――足手まといだと……。
足手まといの理由は『実力の違い』ここへ入った侵入者たちは、ハジメを見つめ飛び出した。
シャイトがハジメを入隊させ敵をおびき出す、という事は『自分の命を狙っている』でなければ成立しない。
狙われる理由は、始祖龍武隊と同じだろう。
――≪絵本作成者≫を殺害する。これはあくまでついで――。
何故、ハジメがそう思うのか。
それは侵入者たちがシオンたちに跳びかかった時に言ったセリフ『死ね、始祖龍武隊』
絵本製作者を狙っているのなら最初から、一番実力の乏しいハジメを狙うはず、わざわざ後回しにしなくてはいけない理由が無い。
始祖龍武隊も抹殺しなければならなかったという理由も考えられるが、シオンやシャイトにさえ気づかれること無く始祖龍武隊に紛れ込んでいたような連中。ハジメを殺すチャンスならいくらでもあった。
ルナとパインが憑依している間、その儀式が終わり片付けている間。
自分が殺されずにいる理由をハジメが分析したのは冷静さを保つためであり、心を落ち着かせる為だった。おかげでテーブルの下で無様に震え、何も出来ないということは無かった。
そこへ、聞える魂さえも萎えさせる悲鳴。
――『うわぁあああ』
――『ぐぅおおお』
――『きぁあああ』
と、頭上のテーブルを遥か上から聞える幾つもの断末魔と一緒に聞えたドスンと地面に倒れる鈍い音。
この断末魔の全てが侵入者ではなく始祖龍武隊の者の"最後の声"では? と、思い浮かんでは脳裏に焼きつき離れない。
そんな最中に自分でも押さえきれない感情が湧き上がっていた。
(逃げたくない……戦いたい……)
何も出来ないハジメはもどかしかった。
キーンという刃を交える金属音や、ドーンと鳴り響く魔法の衝撃音に耳はいる声から、ハジメは勇敢に戦っている飛龍隊と侵入者の声から状況を推察するしかない。
ここでハジメにとって安心と恐怖を入り混ざったセリフが、ロックの口から放たれた。
「何してる!!! 三人も殺されたんだぞ!!!!」
殺された断末魔の叫びは三つ。
喜ぶべきことでない事は当然だが、まだ生きて戦っている者がいる。
ここでハジメの頭の中で"命の尊さを配慮をしない計算"が行われた。
(殺されたのは誰だ?)
怒声を上げたのはロック。
(つまり、ロックさんじゃない)
『三人も殺された』――という、ロックの口調から自分の部下である事は判った。ということはシオンやシャイトではない。
なら――
(殺されたのは、名前も知らないあの三人?)
この三人はカノンに向け、しつこく援護を求めていた事から危機的な状況にあった。そしてロックの怒号――『何してる』
ロックが誰かに発した言葉だが、戦闘開始直後の現状を見る限り、怒号を向けられたのはカノンだろうとハジメが推測すると、カノンは戦闘態勢に入ったものの後ろに転がる真っ黒な死体を見て、恐怖に支配されてしまって動けずにいた。
(カノンが動かなかったそのせいで誰かが死んだのなら、カノンに助けを求めたあの三人?)
ここで聞えるシオンの声でハジメは潜り込んだテーブルの下から顔を出す事になる。
「リリス!! お前は"また"仲間を見殺す気か!! エルキゼ!! オルゴー!! 援護に回れ!!」
シオンの口から、殺されたと推察していたはずの"名を知らない三人"の名前が出たと言う事は殺された可能性があるのは、シャイトとリーシャ、カノンの三名。
「はぁはぁ、はぁはぁ、はぁはぁ、はぁはぁ、はぁはぁ」
緊迫した状況下。
過呼吸寸前になりながらもハジメは這いずるように下座の方へと体をゆっくり移動させる。
(侵入者が跳び掛かって行ったのは上座……こっちには多分……敵はいない)
すると、差し伸べられる一つの手。
「ハジメ君……こちらへ」
「シャ、シャイトさん……戦況はどうなって――」
ハジメの意見など聞いている余裕が無い中でテーブルの下を覗き込むシャイトの笑顔が、張り詰めた緊張を解いてくれた。
「心配ありません……全て終りましたから……」
「でも……誰かが死んじゃったって……」
悲しげな表情を浮かべたハジメに対し、悲痛な面持ちでシャイトが答える。
「まことに残念ですが……ハジメ君には教えていなかった――」
仮にもシャイトは始祖龍武隊の二大隊長の一人、亡くなってしまった部下への想いが言葉を詰まらせているようにハジメが感じていた。
そんなシャイトの顔をハジメが見つめると、テーブルの下へと差し伸べられた右手にゆっくりと、自分の右手を伸ばした――その瞬間。
「ハジメ!! シャイトから離れろ!!!!」
突然ハジメの耳へ轟くように聞こえたシオンの解読不明な言葉に、ハジメは困惑した表情に。
――『シャイトから離れろ』
本当に意味不明だが、次にシャイトの口から出た言葉でハジメはシオンの言葉の意味を解読する。
「シオンは戦いの真っ最中です。混乱しているのでしょう。死んでしまった――リリス、エルキゼ、オルゴーの為にも、ハジメ君。一緒に戦ってください……」
リリス、エルキゼ、オルゴー、この三人は死んでいないとハジメは推察し、確信していた。
確信した理由はシオンの口からこの三人の名前が出たからだった。死んでしまっているのなら、シオンが声をかけたところで意味は無い――死人に口無し。
ハジメが現状を理解出来てしまえば、後の流れはごく自然に最悪へ。鼓動の高鳴り、冷や汗、過呼吸さえも停止させる恐怖と目の前にいる男への凄まじい嫌悪感。
(まずい!!!!)
と、ハジメがそう思ったときには遅かった。
ハジメを見つめたシャイトがニヤリと薄気味悪く、笑い。
「もう無駄ですよ……」
シャイトは気持ちの悪い声で囁くとハジメは右手を捕まれ、テーブルの下から引きずり出され、そして辺りを見渡した。
場所は隠れ家の入口付近、振り返って走り出せば、すぐにでもこの場から立ち去れるほどの至近距離。
そこに立っているのはハジメの手首を掴んで前を見据えるシャイトと、その後ろには侵入者二十二名の姿。
(はっ!?)
二十二名。
あの殺し合いの中で侵入者は誰も死んでいない。
ハジメが『なら殺されたのは誰だ』と、青ざめた表情で上座を通り越した更に後ろにいる。シオン、リリス、エルキゼ、オルゴーを見た。
テーブルの上に血まみれで息絶えるのはリーシャ、カノンの二人。右側の食料に血を吹きかけ倒れていたのはロックの死体。
(な、なんだ……これは?)
ハジメの予想を越える、最悪の事態だった。
侵入者が飛びかかってきた僅かな時間で『シャイトは侵入者を利用していたが、邪魔になったので、この隠れ家へと潜り込ませて抹殺する』と推理した。
だが、それ自体が間違いだったらしい。
恨みを込めた表情でシャイトに顔を向ける。
(こ、この野郎……)
ハジメの推理が間違っていた事で導き出された答えとは『シャイトが裏切った』
シオンがリリス、エルキゼ、オルゴーの前に立ちシャイトに睨みを利かせる中、涙を浮べ問いかけるリリスがシャイトに問う。
「シャイト隊長!! 何してるんですか!!!!」
「何をしてるか? 作戦を実行しているまでですよ。リリスさん……」
その姿は清々しいほど穏やかで、心休まる一家団欒の中にあるような。そんな口調でリリスの疑問に答えたシャイトに、エルキゼが体中の筋肉を強張らせ、問う。
「作戦って侵入者を抹殺する事じゃなかったんですか!!!!」
「今の今まで"偽の作戦"にも気付けなかった君がそんな言葉を使ってはいけませんよ。……エルキゼ君」
じゃれ合う子供を注意をするかのような優しさに満ちた声で、エルキゼに言葉を返したシャイトにオルゴーは信じたくないといった表情で声を張り、問う。
「そんな事を聞いているんじゃありません!!!! 何故!! そこに立っているのか訊いているんですよ!!!!」
「オルゴー君に話したところで意味はありません……」
必死に訴える三人の悲痛な訴えを足蹴にするように、ハジメを見下しシャイトが訊いた。
「"そんな事"よりハジメ君……何故……私が敵だと判ったんですか? シオンに言われたからなんて事は無いでしょう? 彼に言われた時の君は明らかにその言葉を理解出来ていなかったようですから……」
興味津々といった表情で訊いてくるシャイトの顔は好奇心に満ちていた。
右腕を捕まれたまま宙ぶらりんと無様な格好になっているハジメは顔を上げ、シャイトに言った。
「リリスさんもエルキゼさんもオルゴーさんも、聞えてくる話の内容から殺されていないと判断できました。それなのに『死んでしまった』、そんな言葉を使ったからです」
シャイトがスッキリとした表情で、顎に手を当てうんうんと頷き、答えた。
「なるほど・ハジメ君なら『誰かが殺されてしまった』くらいは、予測していると思っていましたが、"あの三人"が殺された事まで冷静に分析出来ているとは予測できませんでした。てっきり混乱して頭の中が真っ白な状態なのか、と……見くびっていました」
ハジメの頭に血が昇り、自分の捕まれた右腕をシャイトから振り払おうと足をバタバタとさせるが体がブランブランと揺れるだけで何も起こらなかった。
「ハジメ君……無駄な抵抗は止めてください……」
ハジメの右腕を握るシャイトの手に僅かであるが、力が入った。
その力はシャイトにとって僅かなものでも、ハジメにとってはかなり強い力――顔が苦痛に歪む。
それでも、シャイトに顔を向け見上げたハジメが額に十字の血管を浮かせ言い放った。
「抵抗を止めろだ何て無理だよ!! シャイトさんを仲間だと思っていた人たちが、信頼していた人の策に嵌まって死んじゃったんだよ!! "リーシャさん"も"カノンさん"も"ロックさん"も無駄死にしたみたいじゃないか!!!!」
ハジメの腕をシャイトに握られ、宙ぶらりんにされているせいか蒼紫色に変色している。痛みは感じていない。
ハジメの眼前で涼しげなイカレた男の言動を見せられ、感覚が麻痺していた。
ふぅ~っとシャイトがため息を吐いた後――。
「そんな事はありません。リーシャさんとカノン君は自分よりも強いリリスさん、エルキゼ君、オルゴー君の盾になり殉死しました。ロックさんとて同じ事です。自分が死の間際に立たされているにも関わらず、助けも求めず、仲間の為にとリリスさんに檄を飛ばしていましたから……ハジメ君、君の言っている事は死者に対する冒涜です」
人を死に追いやったシャイトの言葉に罪の意識は一切見受けられず、その上、死んでいった者達への弔いとも取れるセリフが混じり、挙句、ハジメの想いを否定して高説でも述べているかのような言葉を使い、責任の一端を押し付けていた。
「お、おま――――」
激怒しようと口を開いた刹那――。
シオンの口から憤怒に憎悪、悲しみと、ありとあらゆる負の感情を心の内に完全にしまい込み、自然とその男の名を呼んだ。
「シャイト……」
今までのように魔力に感情を乗せる事も無く、シーンと静まり返る隠れ家に響き渡ったシオンの小さな声に、シャイトが反応。
「何でしょう? シオン」
二人が睨み合うと、シオンの後ろに並ぶ三人が臨戦態勢に――その瞳からは涙が零れ落ちていた。
その出来事が、シャイトの後ろに並ぶ二十二の侵入者にリリス、エルキゼ、オルゴーに戦える気力が無いと伝わってしまう。
シオンが凛とした表情から言葉を発し、
「いつから騙してやがった……」
そこから洩れた僅かな悲痛の感情を合図に、シャイトが右手を上げ、そのまま振り下ろす。
と。
二十二人の侵入者が無言のままシオンへと飛びかかる。
ドシュ!!!! と、シオンが地面を弾く轟音が響いた。
シャイトを怒りの表情で見つめていたハジメが足をバタつかせ、無理やり体を音のする方向へ。そこにはテーブルと天井の中空ですでに息絶え、シオンの一瞬七斬でやられた――侵入者七人。
上座の奥から飛び出したのはシオン一人、リリス、エルキゼ、オルゴーの三名はハジメをジッと見つめアイコンタクトを送る。
――『隙を見て逃げろ』
三人との一秒にも満たないやり取りで、ハジメがシオンから目を離していた間に、中空で更に五人の侵入者がやられ死者の数が増えていた。
侵入者はシャイトを除き残り――十名。
「ぐっ!!!」
シオンが激痛で声を漏らすと、顔は苦痛に歪み、血を吐いた。
侵入者が握り締めていた槍が、シオンの右下の横腹から左上の背中まで貫いていた。
シオンが致命傷を負う。
痛々しいシオンの姿を見たハジメが思わず一瞬目を瞑り、目を開ける。
体を槍で刺されながらもシオンは侵入者の数を七人減らし、残り――三人。
息絶えた十九名がテーブルの横を通り過ぎ地面へ向かう。
シオンがテーブルの上に足をつけると、残った侵入者三人も僅かに遅れて足を着けていた。
侵入者三人が中心に居るシオンを囲い、一斉に首を狙い剣を振り抜く。
シオンの首は振りぬいた剣の軌道の僅か下。
髪の毛一本たりとも傷つけず、剣を振りぬいた事で、完全な無防備状態となっている三人の中心で上半身を捻り、左足を軸に右に回転する。
シオンは瞳から感情を消すと、心を殺し、刀を振り抜き三人を斬る。
刀で斬られた際の剣圧によって飛ばされた侵入者三人は吸い込まれるようにテーブルの両端に転がる十九人の死体の元へ。
シオンは刹那に自分の胸元を見る。
「シオン……長い間……お疲れ様です」
用心深く体を小さく屈めたシャイトが両手に握り締めた剣で、シオンの心臓を貫通させていた。
シオンに突き刺さった剣から鞘元まで透き通った赤い液体が流れ、ポタポタと滴り落ち、テーブルを美しく彩っていく。
死は間近……と、理解したシオンが毅然とした表情でシャイトに顔を寄せ。
「シャイト……疲れてんのはてめぇも一緒だろ?」
「シオン……私は疲れてなどいませんよ」
皮肉を込めたシオンから送られた戦友への言葉を、シャイトはあっさりと否定しながら、ハジメを一瞥。
「グッ!!!」
と、シオンがシャイトの喉元を右手で絞めつけるとハジメを見つめ――
「逃げろ!!!!」
シオンが退路をハジメに示す。
(――今なら逃げられる)
今まで逃げられなかったのはシャイトを筆頭に二十二人の侵入者が傍にいたから逃げたくても逃げられなかったからだ。
侵入者がいなくなっても、逃げられなかったのはシャイトに捕まっていたから。
シャイトがシオンに向かって飛び出して尚、ハジメが逃げられなかった。それは、『自分がいればハジメは逃げられない』という絶対的な自信がシャイトにあったからだ。
でも今は。
三人と交わしたアイコンタクト通り『隙を見て逃げられる』絶好の好機。
ハジメが力の限り走り出す。
すると、リリス、エルキゼ、オルゴーの三人が青筋を立て怒鳴り散らした。
「「「何でこっちへ来るんだ!!!!!!」」」
ハジメは――ずっと思い。
――考え。
心に決めた事がある――それは。
「僕はもう絶対に逃げないぞ!!!!」
そう叫んだハジメの顔は苦痛に不安で不安で仕方ないといった子供の表情。それは愛らしくもあった。
「いいから戻るんだ!!!!」
エルキゼの声を聞くハジメの顔は悲痛も絶望も、何もかもを受け入れているようで――勇ましい。
「こっちへ来たら死んじゃうのよ!!!!」
リリスの声を聞くハジメの瞳は、それらを乗り越えようとしているようで――勇敢であり。
「命令だ!!!! 早くこの場から去れ!!!!」
オルゴーの声を聞いても止まらないハジメの意思は、鋼の如く強固に映り――懸命である。
「入隊した覚えなんて無いよ!!!! 僕はこの世界のどこにもいない≪ありふれた勇者≫になるんだ!!!!!!」
そう言って走り続けるハジメの姿はみなに勇気を与えてくれる――勇者のようで頼もしかった。
シオンの心臓を貫いていた剣をシャイトが体から抜き出すと、噴水のように血を出しながら倒れ行く。
テーブルに乗る二人の横をハジメが走り抜けると、シオンはまだまだ未熟な少年をほんの少し見つめて微笑みながら、人生の終わりを待つ。
間――シオンが息絶え。
間――ハジメが三人の下へと辿り着く。
間――シャイトが剣を握り締めハジメ達に振り向く。
間――リリス、エルキゼ、オルゴーの三人がシャイトに対峙する。
間――ハジメの体に異変が起きる。
シャイトが前屈み、粉砕するほどテーブルを弾き突進する。
「「「来るぞ!!」」」
三人がそれを受け止め切れず、吹き飛ばされると瞬く暇も無く。
地面に叩き付けられるより前に、シャイトは三人の眼前に体を運び、剣を掲げている。
「済まない事をしたと思っています。君達にはご迷惑をおかけした。せめて、安らかに眠って下さい……」
剣を振り下ろしリリスの首元に届く。
直前――。
シャイトの剣が何者かによって"固定"され動かす事が不可となる。
シャイトは剣を固定する"異形の者"に――、
「な、何だ? コ、コイツは……いつの間に……現れた?」
らしくも無く動揺し、呟いていた。
眼前の≪最悪≫に初めて怯えた様子を見せたシャイト。
リリス、エルキゼ、オルゴーの三人は揃って腰を地面に落とした。
緑色に纏われシャイトの剣を固定するのは、人を遥かに凌駕する。
自然増と呼ばれる"鬼"。
ハジメの魔法――≪祈詛系≫
心に潜むハジメの≪最悪の妄想≫の体現であり、心の病み――。
自然増を緑色に纏っていたハジメの魔力が、パンっ!! と音を立て弾き飛ぶと、漆黒の闇色をした禍々しい鬼が耳をつんざく様な悲鳴を上げる。
「ごぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
――≪最悪闇鬼≫
ご愛読ありがとうございました。




