第二十八話
ドラゴンナイツ入隊。
――『さようなら』
そうハジメに伝え消えていったあのパインは一体何だったんだろう。
その真実は今のところ誰にも分からない。
ただ一つ分かるのはハジメがパインという少女を強く想っていたということ。
人が強く想った願いは現実化し、それが――絵本世界に魔法を存在させている。
* * * * * * *
「おーい!! 土を被せろ!!」
「ゆっくり降ろせ!!」
飛龍隊の戦士達が魔方陣を土で覆い、その上にテーブルを降ろす何とも地味な作業。
指示を出す者もいれば、黙って従う者、怒鳴り散らす者に何をやらかしたのかは知らないがペコペコと頭を下げる者。
三十人の部下達にも序列は存在している。二メートルはあろうかというほどの巨体をした、屈強と呼ぶに相応しい丸坊主の筋肉男が飛龍隊のNo.2である。
名前は――≪ロック・アレグリア≫
ロックが飛龍隊隊長であるシオンに駆け寄り話しかける。
「隊長! 作業が終了しました」
腕を組んだシオンがロックに聞き返す。
「ルナの容体はどうした?」
「レンディ先生からの報告では何も問題は無いとの事です」
ロックからルナの安否を訊くと、シオンは少し安心した表情を見せる。
「……そうか」
ルナがパインと憑依している間、ずっとハジメが思っていた事だが、やはり相当の体力を消費していたようで話が終った途端、倒れこみフレアに連れられレンディのいる、あの小さな病院へと連れて行かれた。
シャイトが皆に向かって、
「……席に着け! 話がある」
そう言って、飛龍隊の戦士達に指差し、指示を出していた。
ロックがシオンに頭を下げると右側の席に着き、序列の順に右、左と規則正しく席に座っていく。
最後にペコペコと頭を下げていた少年――≪カノン・ルーベルト≫とが下座に着くと、一番奥の上座にシャイト、シオンが座る。
シオンが手招き、シャイトがハジメを呼ぶ。
「――こちらへ……どうぞ」
飛龍隊の戦士達が、ざわめき警戒される中、ハジメが緊張した面持ちでシャイトとシオンの座る上座へと、敵視に近い視線を掻い潜るように歩いていく。
警戒されている以上、ハジメは仲間と認識されていないのは間違いない。不安のあまり足が震え心細くなり泣きそうになるが、行かなければ――『帰してもらえない』と、これがある。ザッザッと砂を蹴るような足音を立てながらシャイトとシオンの元に辿り着くと、二人の間にある椅子に座らされた。
ハジメが椅子に座った瞬間だった。
飛龍隊の女性戦士が手を上げる。
「シオン隊長」
「どうした? リーシャ・ファレット」
リーシャがハジメをチラッと一見するとシオンを見つめて、抗議する。
「何故この子をここへ連れてきたんですか!!!!」
赤いフレームのメガネに黒く短い髪、華奢な体の文学系少女。
とても戦士には見えないがシオンに向かって物怖じしない態度をとれる辺り、危険な仕事をこなして来たのだろう……目が恐い。
「リーシャさん……そんな言い方は止して下さい」
「でも!! シャイト隊長!! この子は――」
リーシャの言葉を遮り、シオンが睨みを利かせると静かに口を開く。
「リーシャ……これからコイツを飛龍隊に入隊させようって時に冷める事言ってんじゃねぇ」
シオンの睨みにリーシャがゾッと背筋を凍らせたのと同時に、周りの者達が立ち上がり抗議する。
「コイツはティアマトを破滅に追い込んだ"元凶"です!!」
「そうですよ!! 何故"元凶"である彼を入隊させるんですか!!!!」
シオンから怒りの混じった魔力が放出されると、大きなテーブルがガタガタと揺れる。
それは地震でも発生したかのようで、天井から吊るされたの電球の破裂と同時に前屈みながらシオンが言った。
「てめーらは……こいつの何を知ってんだ? あぁ!?」
屈強な戦士達を黙らせるには十分過ぎるほどの威圧感、それはハジメが迂闊に『エルマ病を治せばいい』とシャイトに発言してしまった時と同様――もしくはそれ以上の魔力。
「シオン……」
シャイトが一言でシオンを制止し、異常な事態がとりあえず収まる。
「すまねぇ……シャイト」
始祖龍武隊に囚われの身でありながらハジメに恐怖は無かった。むしろ、自分を庇って貰えているような感覚に心を委ね、感謝の念が生まれていた。
感謝の念を引き起こしたのが、無意識下で憧れを抱いていたシオンであったせいもあり、ハジメの瞳が輝き、足元を見つめていた顔を上げると辺りを見渡した。
「彼の事はルナ様とフレア様に訊きました……フォーレン・モールの誕生の"原因"ではありません」
そう言ってシャイトがハジメを一瞥した。
シャイトという男は油断も隙も無く、いつの間にやら佐藤一が死後の世界で行ったフォーレン・モール誕生の話をルナか、フレアにでも訊いていたのだろうと、ハジメが考える。
『フォーレン・モールの誕生の原因では無いとシャイトさんは言ったが、そんな筈は無い、ルナさんとフレアさんの性格から考えて、そんな風に言ってくれていたのだろう。となると二人から話を聞いたのはいつだろう?
シャイトさんは出会った最初から丁寧な口調と礼節を弁えた態度を僕に対して見せている。
シャイトさんの性格から考えてみても、ルナさんとフレアさんでさえ僕に対しフォーレン・モール誕生の"原因"という意識はあった。
そうなればシャイトさんにも当然、僕に対する警戒はあったはずなのだが、その素振りは一切無かった。つまり、警戒していることすら悟らせなかった。
ということ。
感情を露わにする性格をしているシオンさんと最初に会ったとき、警戒の素振りは見せなかったのは僕に対して"フォーレン・モール誕生の原因"という認識が外されていた。つまり、原因ではないと知らされていたんだ。
結論を言うならシャイトさんがルナさんとフレアさんからフォーレン・モール誕生の話を訊いたのは、レンディ先生と一緒にいた時。
ただすごく疑問に思うのはシャイトさんが何故、そのことを全員にではなく"シオンさんにだけ"話したのか?
飛龍隊の全員に説明しておけば、ここでこんなややこしい事態にはならなかった、下手をすればその前、あれほど体力を消耗させるルナさんの憑依の場で何かが起きたかもしれない。
ティアマトという人物がいたからかな?
それともヒットハートがいたからかな?
どちらも違う……シャイトさんはとても計算高くて用心深い、そして何より冷徹な性格をしている。そんなことは今までの言動から手に取るように判る。
ルナさんとフレアさんが知っている情報をシャイトさんが知り、シオンさんにだけ知らせるメリットは――『秘密が絶対外には洩れない』ということくらい。
秘密が仲間である飛龍隊に洩れてはいけない、その理由は――』
思考を一旦停止させハジメがシャイトに質問した。
「シオンさん、シャイトさん……飛龍隊全員の顔と名前を把握していますか?」
シオンが眼光鋭く、シャイトは神妙な面持ちでハジメの遠まわしな質問の意味を察し、同様に遠まわしな言い方をする。
「飛龍隊の活動は命懸けだ……誰かが欠ければすぐさま"誰かが補充している"――人数が足りてなければ作戦に支障が出るからな……」
「……誰かに補充させるのは戦闘と作戦実行の指揮を取るシオンには"負担が大きくなる"からです――私も飛龍隊の隊員達全員を把握してはいません」
今度はハジメが神妙な面持ちで眼光鋭くシオンに訊く。
「今回も――"補充はあった"んですか?」
「……"ソレすら判らん"……すまんな」
そして、ハジメがまた考える。
『これでハッキリした。シャイトさんがシオンさんにだけ話をした――その理由。
シオンさんの言う『誰かが補充している』というのは――≪仲間とはいい難い……不確定な人物が常に飛龍隊の周囲を嗅ぎ回っているということ≫
シャイトさんの言う『負担が大きくなる』というのは――≪飛龍隊を嗅ぎ回る何者かはシオンさんの手に負えない相手であるということ≫
僕が『補充はあった』と訊いたのは――≪今集まっている飛龍隊三十名は信用に値する人達なのか、どうかということ≫
シオンさんが『ソレすら判らん』と答えたのは――≪飛龍隊の中に侵入者が混じっている可能性があるということ≫――』
ここでハジメが熟考する。
『数百数千という単位なら飛龍隊の中に、侵入者を潜り込ませる事は可能だ。でも三十人となれば話は変わってくる。
この人数で今回、飛龍隊の活動中にスパイが混じったのなら誰かが気付く、ソレに気づく事が出来なかった、もしくはスパイを潜り込まれていたにも関わらず何も出来なかったのは"シオンさんの手に負えない相手"が一枚上手をいっていたから。
飛龍隊三十人のほとんどが敵であり、シャイトさんがシオンさん以外の者に真相を話せなかった理由。
そして……その敵の名は間違いなく――≪ヴァルバンス王家≫
先のルナさんの憑依によるパインちゃんとの会話では"ラピィオ列車でのルーシンさんとパインちゃんの行動"、"知龍隊が全て北の人間ではない事"、"始祖龍武隊が南と繋がりを持っている事"。
それに――『北の情報を南側へとリークして"ヴァルバンス王家"を破滅に追いやる』というシャイトの発言と性格から推測するに『北の情報を南側へとリークすることがヴァルバンスを破滅に追いやることとは結びつかない』……のだろう。
これはあくまで僕の見解だけど、シャイトさんは『ここからスパイを生きて返すつもりは無い』
僕を入隊させると言ったのは『身の安全の保証』であるとともに『ここに居る危険性』を示唆したもの。
レンディ先生が『ここから抜け出せない』と言ったその意味は――『始祖龍武隊と共に行動するのが最も安全』だということ』
ハジメが熟考する中、続いていた長い沈黙の後。
「す、すみません……シオン隊長」
「どうした? リーシャ?」
先ほどとは打って変わり、リーシャはすっかり大人しい女子になってしまっている。
「この子を始祖龍武隊に入隊させる理由を知りたいのですが……」
ハジメを入隊させると"言った"意味が『身の安全の保証』と『ここに居る危険性の示唆』ならば、入隊"させる"意味は間違いなく――
「もうすぐ分かる……」
「……もうすぐ……ですか?」
重々しい空気が漂う中、最も若い下っ端の少年、カノンが堪らず立ち上がりハジメに向かって声を荒げる。
「君はフォーレン・モールを生み出した"原因"何だろ!! 何とか言えよ!!」
カノンの勢いに釣られリーシャも声を荒げてハジメに言葉を飛ばした。
「あなたのせいで私達の人生は狂ってしまったのよ!!!!」
立ち上がった二人の怒声で、隠れ家の中はより張り詰めた空気へ。
侵入者が混じる飛龍隊達の目つきが変わる。
完全にハジメを敵と見なし、全員が武器に手を掛けた。
ハジメが――言った。
「僕が入隊するのには理由があると思うんです」
偶然にも"これから巻き起こる答え"に辿り着いてしまったハジメの表情は落ち着いていた。
リーシャとカノンはそんなハジメを四歳の子供とは捉えておらず、まるで肉親を殺した犯人とでも向かい合っているかのような形相だった。
そして――二人の口から紡がれる殺人言語。
「アンタなんて生まれて来るべきじゃなかったのよ!!!!」
「生きてる価値なんてないくせに……誇り高い始祖龍武隊に入隊しようだなんて……驕りが過ぎるぞ!!!!」
罵詈雑言浴びせかけられようともハジメが動じる事はなかった。
ハジメ自身が死後の世界でフォーレン・モールを創り上げてしまった事でこの二人にどんな仕打ちをしてしまったかなど、全く予測もつかないが、それでもリーシャとカノンの人を呪う様な瞳を見て実感できた。
(苦しみに打ちひしがれているのは僕よりもこの二人だ……)
「僕が二人に何をしたかは分かりません」
子供の容姿から放たれる物言いが、リーシャとカノンの怒りを逆撫でたことで、飛龍隊が僅かに掛けていた武器が力強く握られる。
シオンとシャイトがそれを察知し、全員を見渡し眼球の動き一つさえも見逃さない。
ガタンと椅子を倒し、ハジメが立ち上がると――
「僕が入隊するのは間違いなく――」
言い終えるより速く。
シオン、シャイトを除いた三十名の飛龍隊の内、裏切り者である侵入者は二十三名が、一斉にシオン目掛けて剣を抜いて飛びかかる。
「「「「「死ね!!!! 始祖龍武隊!!!!」」」」」
シオンが刀を抜きテーブルに足を掛け飛び出す。それに続きシャイトも剣を抜きながら叫ぶ。
「奴らを斬り捨てろ!!!!」
今の今まで仲間と思って信じた連中の裏切り……カノンとリーシャは唖然とし、残り十名も反応が出来ない。
シオンが白衣の上から炎を纏い、高熱を宿す閃光を左手から放ち、侵入者の視界を焼く。
シオンが左手を振り、閃光が空気に触れることにより光は炎となり、轟音と共に扇状に広がる。
――≪蒼閃光火≫
「ぐわぁあああ!!!!」
先頭を行った侵入者の男が雄叫びをあげながら、下座の方へと吹き飛ばされ、カノンの頭上を通過。ドスン! と音を立て息絶えた。
瞬間。
シオンが侵入者を黒焦げにしたことで、他の飛流隊の戦士達も状況を把握し、一斉に武器を獲る。
戦闘開始。
ハジメを残し、"九人の戦士"と"二十二人"の侵入者が交戦に入る中。途中で途切れた自分の言葉を頭の中で唱える。
(僕が入隊するのは間違いなく……侵入者を誘き出す為だ)
ご愛読ありがとうございました。




