第二十三話
黄泉の国。
大地、海に空。これらから発生する魔力を自然魔力と呼ぶ。
その自然魔力は膨大な量の魔力を有し、この世界に大いなる加護をもたらしている。
そんな自然魔力はこの世に生きる誰一人知る術が無い世界を創り上げた。
その世界を絵本世界の者たちは死後の世界
もしくは――≪黄泉の国≫と呼んでいる。
* * * * * * *
「……はぁ、死後の世界とか言われてもピンと来ないです。佐藤一だった頃の僕は死んでたってこと……?」
ルナからの突然言われた吃驚仰天な発言に、ハジメは何処を見るわけでもなく、ただ一点を見つめていた。
落ち着きを取り戻せないハジメ。
対してフレアとシャイトは至って冷静な表情。前世の世界が黄泉の国であることを知っているのだろう。そうでなければ二人もハジメと同じように驚きの表情になっていた筈だ。
それに自分がとんちんかんな発言をしたわけでもないと、ハジメは思っている。おかしな事を言っているのなら、シャイト辺りにでも訂正されている。
三人が至ってまじめな顔をするから、ハジメに『自分は死んでいた』発言が正しい事なのだと認識してしまいそうになる。
だが正しい事だと認識するのはハジメにとって簡単じゃない。前世は死後の世界だったというのを、信じることと同義だからだ。
「驚くのは分かるけど……本当なんだよ!」
ボケッと呆けてしまっているハジメにルナが言った。
周りにいるフレアとシャイトは静かに二人の様子を見守っている。
ハジメがボソッと。
「……ちょ、ちょっと意味が――」
そう言った後のハジメの表情は、動揺から刹那に不安へ辿り着くとあっという間に恐怖に変わっていた。
シャイトが先ほどと同じようにパンと手を叩き、全員を同じ席へと座らせようとしたのだが、ハジメに"それ"を理解する余裕すら無くフレアに手を引かれやっとこさ自分の席へ着ける、そんな状態だった。
「では、ルナ様。ハジメ君に説明をしてあげてください」
ルナがコクリと頷くと左側を向きハジメに話し出す。
「あの世。正式には≪黄泉の国≫って私達は呼んでるんだけど――」
今のハジメに訊く余裕は無い、意識が完全に内向してしまい思考の焦点は『何を言っているんだ』と言うところに集中している。分かりやすくいうなら"催眠状態"に陥っていた。
それでも、ルナはハジメにお構いすること無く話を続ける。
「あの世界を見れるのは今となっては私だけ、ティアマトの"魔法なる力の一つ"を使って見続けてきたんだ。と、言っても見てきたのはハジメ君"の"だけなんだけどね……」
ルナが何を言っても無駄だった。ハジメの頭に入ってこない。
ルナの言葉の後、フレアとシャイトにちゃんと訊くよう促され内向した意識が戻る事の無いハジメに三人が丁寧に説明を続けた。
だがしかし、ハジメは理解どころか聞き取れてすらいない中。肉体的、精神的な極度の疲労が襲う。
シャイトがハジメの肩に手を回した。
「ハジメ君。少し休みましょう……」
「……は、はい」
と、返事をした直後、目の前が徐々に暗くなり、心配する三人の声が小さくなっていくのを聞きながらハジメの意識は暗闇の中に落ちていった。
ハジメの意識が途切れて十分ほど経って。
ルナはハジメに読み聞かせる為≪黄泉の国≫についての手紙を書いた。
そして時間は大きく流れ。
ハジメが目覚めた場所は、さっきまでいた洞窟のような隠れ家ではなく保健室の様な部屋に移されていた。目覚めてすぐに『だるい』とだけ心の中で唱え、目を覚まし上体を起こすと自分の膝に掛かる毛布の上に乗っている物に目がいった。
「……手紙?」
意識が暗転していたハジメには何の手紙だかさっぱりだった。手を伸ばし置いてあった手紙を取ると、封筒をひっくり返して裏を見る。
封筒の裏には――
『ルナより』
とだけ、書いてある。
封筒を手にしたままハジメが辺りを見渡しここがどこかを確認した。
自分の眠っていたのは鉄製のベット。それが入口付近に置いてあり、そこから医療品が置かれた小奇麗な棚が壁を隠すようにびっしりと並べられ部屋を一周する。
ルナもフレアもシャイトの姿も無い、この場所に居たのは縦長の部屋の真ん中で、タバコを吸いながら地べたに座り、パソコンをいじる色気漂う女医の姿。
顔もスタイルも抜群といった感じなのだが髪はボサボサ、スーツの上から医者を思わす白衣を着ている。だが、アイロンなどかけていないしわくちゃな白衣が茶色く汚れている。
ハジメの頭の中で女医では無く少しイカれた研究者と少し変更が行われた。
ルナからの封筒を握り締めたまま少しイカれた女性研究者の真後ろまで近づいたのだが、パソコンに夢中で気付く様子が無い。
ハジメが声をかける。
「あの……」
女性研究者は何のリアクションも取らず、少し間を置いてからハジメに振り向き座視した。
「……ようやく目を覚ましたか」
「あの……ここは?」
不安一杯なハジメの顔を見つめた女性研究者は、
「私は≪アロー・レンディ≫だ。よろしく」
と、自己紹介をするが、ハジメの質問の答えになっていない。
ハジメは困惑した表情で、
「僕はハジメ・――」
「君の名前は知っている。その辺に掛けてくれ、話はそれからだ」
さっきと同じくハジメの話など訊く様子の無いアロー・レンディ。それに『掛けろ』と言われても見渡した限りに机も椅子はない。
ハジメは仕方なくその場に座り込み、レンディと向かい合わせになり、気まずい空気が流れる。
アロー・レンディという女性は人の話を聞かない人物らしく、良く言えばマイペース、悪く言うなら自己中心的。
ハジメはもう一度、最初の質問をする。
「レンディさん……ここは一体?」
「見て分からないか? 無法地下街の病院だ。それから"さん"ではなく"先生"と呼べ……」
レンディがハジメを冷たくあしらうと、元の位置に顔を戻しパソコンを打ち始めた。
「……レンディ先生……な、何してるんですか?」
ハジメの質問は相変わらず無視、レンディは淡く光るディスプレイを見つめカタカタと音を鳴らしキーボードを打っている。その速さはタイピングの世界大会にでも出たら間違いなく優勝できそうなほどのスピードだった。
音楽を奏でているような見事なタイプに惹かれ、ハジメが後ろからソッとパソコンを覗き込むと、やたら難しい――≪低級言語≫の様なモノが使われプログラムを作成していた。
疑問符を頭上に浮かべたハジメが、
(……分からん)
と、心の中で呟いた瞬間。
レンディはハジメに振り向きもせず。
「そんな事をしてないで、ルナからの手紙を読まなくて良いのか?」
ハジメの心臓がドキッと高鳴るもレンディは落ち着いた様子だった。
「すいません……勝手に覗いたりして……」
一応お詫びの言葉を述べたのだが――
「別に構わんよ。好奇心というモノは、そう簡単に押さえ込めるものではないからな……」
と、返された。
ボサボサの髪をボリボリと掻き、ハジメがプログラムの内容を"理解出来ていない"と見破ったのかレンディは寛大に許してくれた、というより鼻から興味など無いのだろう。
パソコンから目を背けたハジメの気持ちを正直に代返するなら『気になる』の、一言に尽きる。
そしてもう一つ気になる事。
ルナからの≪手紙≫。
レンディに背を向けると赤い蝋で封をされたルナの手紙を封筒から取り出す。
ハジメじゃ立ったまま手紙を開くとまじまじと見つめ読み進めていく――
* * * * * * *
――ハジメちゃんへ。
本当なら自分の口で言いたかったんだけど、いつ目を覚ますか分かんないし、待ってるのも面倒だなって思ったので手紙にしました。
では――。
黄泉の国は≪自然魔力≫によって創り出され、偶然なのか、必然なのかは分かりませんが、確かに存在する世界です。
死後の世界。
黄泉の国の"構造原理"も"成り立ち"も、あの世に逝く"理屈"でさえも、ティアマトの魔法なる力を使って尚、解明するには難しく、現在、始祖龍武隊が調査中。
調査する理由を挙げるなら真っ先に出るのが"佐藤一"という男性――つまり君だよ! ハジメちゃん。
ハジメちゃんは、あの世で"フォーレン・モール"という魔女を生み出し、死後の世界の記憶を引き継いでいる。
絵本世界には前世の記憶を持つ人間が割合多く存在するんだけど、死後の世界の記憶を持って生まれてくる前例は全くの皆無なんだ。
ここで私が見てきた黄泉の世界に関する情報を元に推測した結果を記述しときます。
絵本世界で死を迎えると"情報を司る『パール魔力』"――人生を情報化したパール魔力を"魂"と呼んでいます。
絵本世界で悪事を働くと"黄泉の世界"で不幸な人生を歩む事になってしまう――ハジメちゃんは相当不幸な人生歩んでいたみたいだから絵本世界の前世でよほど悪い子としたんだろうね!
それは――悲惨な死であったり、空虚な人生であったりとさまざま、逆に言うなら前世での行いが良かった者は幸福に満ちた人生を歩む事ができる。
黄泉の世界では、魂に一時的な肉体が与えられ、周りにいる人間や動物に植物も全て複製、ハジメちゃんが絵本世界へ産まれ変わった時のために。
ハッキリ言うけどハジメちゃんが小さい頃、おばあちゃんと思っていた人も友達も両親も魂を持たない複製って事になるね。
それから百人の命が絵本世界で絶たれてしまえば、百人分の黄泉の国が"何者か"に用意されるみたい。
"何者か"は今のところ分からないです。
用意される理由は産まれ変わった時の為の予行練習と私達、始祖龍武隊は解釈してます。
そして黄泉の国での"死"は絵本世界への転生を意味します。
産まれてすぐに立ち上がる事を知っているのも、自分の両親が誰なのかと認識できるのも黄泉の世界での予行練習があればこそ。
でもね。
黄泉の世界での記憶は転生と同時に綺麗さっぱり消え去ってしまうんだけど、例外中の例外がいます。
これも佐藤一と言う男性。
黄泉の世界の記憶を持つだけでなく、黄泉の世界で描いた絵本に魔力が宿り"絵本世界と言う名の現実世界"に影響を与え、尚且つ、ハジメちゃんは死んじゃった訳じゃなく赤い光に呑まれて絵本世界へと転生している。
転生が行われれば、すぐに消滅してしまうはずの黄泉の国の記憶も情報も、まだハジメちゃんに残っている――マジで不思議。
そんな事が何故起きるのか? 何でハジメちゃんだったのか?
ハッキリ言ってさっぱり分かりません。
でもただ一つ分かるのは"フォーレン・モール"を倒す鍵はハジメちゃんが握っているということです。
――ルナより。
ルナの手紙を読み終えると綺麗にたたむと、ハジメは顔色一つ、表情一つ変えず封筒の中に手紙を戻した。
ご愛読ありがとうございました。




