第十八話
マンホールシティ。
今から千年以上も昔の話。
月から舞い降りたとされる龍族の末裔。
――≪ティアマト一族≫
"魔法なる力"を使い、この北世界の人間達を支配し統治するまで一〇〇年もかからなかったと語り継がれている。
北暦一七七四年~一七九〇年にかけて繰り広げられた"フォーレンモールと大勇者の戦い"の後。
大勇者ヴァンの血を引く者達にその座を奪われ、あっけなく衰退し滅び去った。この"悪い魔女とヴァン"の戦いを、ティアマトの生き残り達は畏怖の念を込めてこう呼ぶ。
――≪神の気まぐれ≫
ティアマト一族は"神の気まぐれ"以降。世界の片隅でひっそりと身を潜め"千年王族"の再興を図っていたが、その兆しは一向に見られる事はなかった。
そこでティアマトの生き残り達は、自らの手で再興に乗り出した。
ティアマト一族は北暦一〇〇三年に"月の国"の建国に大きく貢献した"ヒットハート"と呼ばれる一族にティアマト国より、真西にある北世界最小の大陸"ラー"を治めさせた。
現在、ヒットハートの一族はティアマトの"とある計画"の要請を受け協力関係にある。
ヒットハートがティアマトに協力する目的は月の国の再興の他に、太陽の国さえ手中に治めようとする"ヴァルバンス王家"の陰謀阻止もあった。
一九八四年。
"ヴァルバンス王家の陰謀阻止の画策"が"勇者連合"から王家に漏洩した。そして陰謀阻止の画策が漏洩した。
翌年の一九八五年。
世界を混沌に陥れたティアマトに組したヒットハート一族を染悪罪に問い、ヒットハート一族は自国である"ラー大陸"から追放させた。
世が世なら北世界を統治する王になっていたであろう。
二大王族――≪ティアマト≫と≪ヒットハート≫。
千年王族の正統な血を受け継ぐ"ルナ・ティアマト"という少女を筆頭に"ニルヴァーナの地下"にある、"無法地下街を拠点"とし"月と太陽の再興"のため、活動している。
無法地下街で活動している者たちは――≪始祖龍武隊≫と呼ばれ、英雄会にあまりにも危険な組織と判断され、世にさえ公表されていない"北世界最大の犯罪組織"である。
――ティアマトの生き残りであり"千年王族"である。故に"龍人種の血"を絶やしてはならない。
――追放されたヒットハートは"天の申し子"である。故に"翼人種"の種を途絶えさせてはならない。
――神々の血は不滅である。
これらの言葉を心に刻み"ティアマト"と"ヒットハート"を支持する達は"翼を持たぬ龍"は"尾を噛む蛇"であり"不滅と再生の象徴"であるとし"ウロボロスの紋章を好んで使用している。
始祖龍武隊の天敵、
――≪英雄会≫
――≪ヴァルバンス王家≫
――≪勇者連合≫
これら"強大な三大組織"の追跡を逃れながら"月と太陽の復活"を図る為"陽月再興計画"を進行させている。
ルナ・ティアマトの大雑把な説明が満面の笑みで終わり、ハジメが一息吐く。
「どう? 分かった?」
目覚めて一分も経たない内に"ティアマト一族の目論み"を真正面から、雪崩の如くルナに説明され、まるっきりハジメの頭に入って来なかった。
加えていうなら、頭に入らなかったのは目覚めてすぐだけでは無い。
今、自身が何処にいるのか全く分かっていないハジメが思う。
――超不安だ。
ハジメの居る場所は、ドブ臭くて陰気な下水道の石壁に穴を開けて造られた簡易的な部屋。言い直そう、部屋と呼ぶには広すぎるくらいのスペースはある。
天井まで七メートル。
横に三十メートル。
縦に五十メートル。
この洞窟は体育館以上の広さがあり、南側の出入口の部分だけが極端に狭まっている。天井からは等間隔で裸電球が吊るされており、結構明るい。
中央部には大きなテーブルと椅子が五十近く、奥には武器や道具が並べられており、左側は通路になっていて奥の武器や道具をとりに行く為のモノ、右側には食料がズラッと置いてあり、露店のようだ。
そんな"洞窟"をハジメはキョロキョロと見渡し確認する。
「……誰もいない」
これだけ広い空間にハジメ、ルナ、フレアの子供が三人。
心許なく心細い中、ルナがハジメに、
「ハジメちゃん!! 聞いてんの!!」
ハジメは今、この場の状況整理に夢中でルナの声が入っていない。
探偵のように顎に手を当て、ハジメは真剣に今の状況を考えている。
「う~ん……」
ハジメの目と鼻の先で怒り心頭するルナを完全に無視していた。
ルナの説明の中に無法地下街という言葉があったことから"下水道なのだろう"とハジメが推理する。
ハジメが今いる場所について思ったことを、そのまま横にいるフレアに向かって口にする。
「洞窟みたいですね……」
ルナとハジメが座り込んでいる、横で一人立つフレアが表情を崩さず答える。
「隠れ家だから……」
ハジメがまた訊く。
「隠れ家なのに入口にドアが無いのは?」
「……"敵が来ないから"、"面倒だったから"、"付け忘れたから"……だよ」
フレアの口から出たのは呆れるほど簡単な理由だった。
敵が来ないのは"まだ見つかっていない"と言うだけの事。
(いつかは見つかる)
それが分からない連中なのかとハジメが思うが――そんな筈はない。
ハジメは呆れる理由をあっさりと言ってのけたフレアの言葉の裏に"敵に襲われても問題ない"という絶対的な自信を垣間見ていた。
すると、地団太を踏み擬音を付けるなら"プンプン"とばかりに怒りまくっているルナにハジメがやっと気付いた。
ハジメはフレアから視線を外しルナへ向けると、すぐさま。
「聞いてんの!!!!」
その怒りっぷりはマジ切れというヤツだった。ルナは額に十字の血管を浮かせ、爆発寸前の状態。
だが、それも致し方ないのだろう。
ハジメはルナを完全無視して蚊帳の外へ放り出していたのだから。
そんなルナにハジメが正直に返答。
「さ、さっぱり……聞いてなかった……」
頬を描きながら答えたのがマズかったのか。それとも答え方がマズかったのかとハジメが首をかしげると、ここでルナの怒りが爆発する。
「んもぉ!!!! ちゃんと聞いてよね!!!!」
茹蛸の様に顔を真っ赤にして暴れまわるルナを制止する為、フレアが一言。
「ルナ! 落ち着いて……」
ルナの扱いに慣れているのかフレアの対応はとても落ち着いていた。幼稚園児の様な子供っぽさを"魅せる"ルナと、同い年とは思えない大人のようなしっかりさを"魅せる"フレア。
二人の関係性は姉妹を通り越し、母と娘の様に見える。
大暴れする幼稚園児にフレアが指差し説教。
「ルナ!! "この子"はまだここに着たばかりで"私達"の事はおろか、無法地下街の事だって何も知らないんだよ!!」
フレアの説教で即座に大人しくなり、ルナがペコッと頭を下げる。
「ご、ごめん……フレア……」
悪いのはルナを無視して会話をしていたハジメとフレアである。それでもフレアの一言で自分が悪いと、小さくなって謝るあたり"ヤバい躾"が行き届いている。
「謝る前に"この子"に改めて自己紹介しましょ!」
主導権を握ったフレアが誰よりも先に口を開くと、次いでルナがショボンとする。
「そ、そだね……」
フレアに怒られ、ルナは意気消沈気味。だだっ広い隠れ家に流れる気まずい空気。その空気を変えようとハジメが笑顔を作り自己紹介する。
「僕はハジメ・―――」
「いいよ……君の事は知ってるから……自己紹介するのは私ら……」
ハジメの自己紹介をフレアに途中で止められた。粋がっただけに恥ずかしくほんのりハジメの顔が赤くなる。
ハジメが"しどろもどろ"としていると、消沈モードからいつの間にか復活しているルナが左手を腰に当て右手で指差しポーズを決めた。
「ハジメちゃん! 私は自己紹介したよね!!」
元気良く答えるが、場にそぐわぬテンションでシーンとなる隠れ家。
ルナがフレアにギロッと睨まれる。そしてすっかり大人しくなると決めたポーズを解き、改めて頭を下げると自己紹介。
「わ、私はルナ・ティアマトです!」
「し、知ってます……さっきフレアさんに訊いたから……」
ルナはハジメの即答にいまだ肩を落としたままジッと見つめ。
「会話下手なの? 知ってても新鮮なリアクションを頂戴よ……」
ハジメは自己紹介でリアクションをしなければならないなど、知らなかった。動揺し目を泳がせながらフレアに視線を向け『助けて!』と無言で合図を送った。
合図を受け取ったフレアはハジメの前に立ち、きっちりお辞儀をすると華麗なまでの礼節を披露する。するとまたしてもハジメの心がときめき、心臓の鼓動が速くなっていた。
一方、フレアはハジメの事など眼中になく感情のない淡白な自己紹介。
「私はフレア・ヒットハート……太陽の国から追放されたヒットハート一族の王女です」
さっきルナに聞いた話だを真に受けたハジメはすぐさま驚きのリアクション。
「えぇえええ!?」
オーバーとも取れるハジメのリアクションに、一切のリアクションを見せずフレアはボソッと。
「驚いた?」
と、訊いてハジメを見つめた。
フレアに見つめられドキドキするハジメ、自分でも何故こんなにときめいているのか不思議で堪らない。
何より"好きだ"の"愛している"だのとは、"次元の違う惚れ方"をしているという事にハジメは気づけていない。
それがとても危険な事である事も分かっていない。
《真実を述べるならハジメはフレアの病気に"感染"してしまっていた》
何も知らないハジメがフレアを"性欲の対象として"見つめながら返答する。
「ま、まぁ……」
この絵本世界に産まれ落ちて四年が経つ。短くも長かった四年の中で最も理解できないセリフをフレアのハジメは耳にする。
「そんな風には見えないけど……でも、当然かな、ハジメ君は"神の生まれ変わり"だし……」
(か、神の生まれ変わり?)
ハジメの顔は"欲望の眼差し"から"困惑の表情"に変わりフレア、ルナ、フレアの順で交互に顔を見渡した。
「フレア……ハジメちゃん……何も知らないんじゃない?」
「ルナ……何も知らないじゃなくて……何も解ってないの……」
確かにハジメは何も知らない。解っていない。何の事だかさっぱりだった。だからこそ困惑した表情になった。
フレアがルナの前まで体を運ぶと。
「だから話さなくちゃいけないでしょ? ……最終戦争の事、ハジメ君のせいでルナの一族は滅んだんだよ!」
フレアに睨みを効かされたせいか、それとも滅んだと言う言葉に反応したのかルナが体を小刻みに震わせる。
「そ、そうだね……」
(僕のせい……何故?)
ハジメは静かに二人へ疑問を投げかける。
「ぼ、僕が一体何をしたんですか?」
疑問を投げかけたのは――理解の出来ないから。
疑問を投げかけたのは――信じられないから。
疑問を投げかけたのは――ピンと来ないから。
ルナは自分の前に立つフレアを、わざわざ横に押し退けるとハジメの前に移動する。
沈鬱な表情をハジメに見せながら、感情を殺しルナが尋ねた。
「ハジメちゃん、なんで"フォーレン・モール"を書いたの?」
「なんで、書いた??」
(……ナニ言ってんの?)
「ハジメちゃんがフォーレン・モールを創らなければ!! 勇者ヴァンを生み出さなければ私の一族は滅びる事は無かったんだよ!!!!」
穏やかに始まったルナの口調が言葉を重ねるごとにボリュームが大きくなり、最後はハジメを涙目で見つめ怒鳴っていた。
ルナの言葉に圧倒されハジメの足が一歩、二歩と後ずさる。
体育館の様な巨大な部屋にルナの声が反響し、不協和音として耳に入ってくる怒りの声がハジメには憎しみの声に聞こえて耐えられない。
ハジメは堪らず両手を前に出し待ったの構え。そして答えた。
「ちょっと、待ってよ! 僕は何も知らないよ!!」
ルナは涙を零し立ち尽くしている。
と、フレアが押しのけてハジメの前に立つ。
「ハジメ君、さっきも言ったでしょ? 君は知らないんじゃない……解っていないの……」
まるで災厄を生み出した元凶のように、もしくは魔女を産んだ悪魔のような言い回しに、ハジメの頭に血が昇った。
「何を言ってんのか分かんないんだよ!!」
ハジメの怒りなど、二人からすれば取るに足らないことなのだろう。簡単に流されフレアが続ける。
「だから……教えてあげる……百年以上続く"フォーレン・モールの呪い"と呼ばれる"最終戦争"の事……全てはここからだから……」
その言葉の後だった。
感情も無く、ただひたすら機械で作られた音声のように"最終戦争"についてフレアの口から語られた。
――≪北暦一七九五年≫
それは悪い魔女"フォーレン・モール"と"大勇者ヴァン"が終わってから、たった五年後の事。
後に"最終戦争"と呼ばれる戦争が始まってしまう。
大勇者"ヴァン"が命を賭して手に入れ"世界に贈った平和"はたったの五年しか続かなかった。
* * * * * * *
戦争開戦の引き金となったのは南世界を統治し、星暦と呼ばれていた前時代の北世界を統治していた人類"古神種八百万族"。
"古神種八百万族"と呼ばれる者達は≪北暦三〇八年≫に南世界へと渡り、"神大国"と呼ばれる国を創った。
北暦――≪一七九六年≫
この年、北世界から人間種神威族が南へ渡り、八百万族の住む"神大国"を襲撃した事件が最終戦争の発端と言われている。
故郷を神威族に襲われた"古神種八百万族"は、北からの攻撃であると判断し、北世界への報復を決断した。そして、当時の北世界では知りえなかった科学力を用いて北の最重要都市を攻撃。三百万もの死者を出し、北世界の勢力は極端なまでに弱まってしまう。
北暦――≪一七九七年≫
衰退した北世界は南世界に人命の最優先という大義を掲げ、北に対する救済処置という名目で復興の資金を求めたが南側はこれを却下。 そして南世界は、この事件を機に北世界乗っ取ろうと、世界の中心と呼ばれる"ヨルムンガルド"へと侵攻したが、当時の南側に存在し得なかった北の持つ"力"で古神種八百万族は息の根を完全なまでに止められ滅ぼされた。
古神種八百万族を滅ぼした力とは"ティアマトの魔法なる力"であった。
ヨルムンガルドでの戦争に勝利した北世界は当時、北で最高権力を持った"英雄会"がティアマト一族に対し南世界への侵攻を命じる。本来ならばティアマト一族が"英雄会"や"ヴァルバンス"の命令を聞かなければいけない立場ではないのだが"大勇者ヴァン"という大恩があり、聞かざるを得ない状況にあった。それに加え南世界は古神種八百万族の独裁的な恐怖支配にあったため八百万族を滅ぼしたティアマト一族を南の人間達が大いに歓迎していた事も手伝っていた。
当初、ティアマト一族が"ヴァルバンス王家"を通じ聞かされていた北からの至上命令は三つ。
南世界の象徴"天神像"破壊を企てる者が北世界にいる為、
『警戒せよ』
と、南世界に通達する事。
『北世界の暴走から天神像を死守』
命懸けで南世界の象徴を守る事。
『話し合いによる平和的な解決』
を速やかに行う事であった。
ティアマトの一族は北から出された至上命令を忠実に実行していたのだが。
"英雄会"と"ヴァルバンス王家"の狙いは、ティアマトに下された至上命令と異なっていた。
実の狙いは南世界の侵略であると同時に、北世界で絶大な力を持っていたティアマト一族の滅亡させる事にあった。
当時の"英雄会"や"ヴァルバンス王家"は強大な権力と絶大な支持を得てたのだが、ティアマトは自分達に意見できる立場にあり、下手を打てば権力の座から引き摺り下ろされる事も不思議ではなかった。
だからこそ"英雄会"と"ヴァルバンス王家"は無慈悲な策を取った。それは魔学兵器"悪意蛇砲"を使用し"天神像"に狙いを定め爆撃する事。天神像を守護する"ティアマト一族ごと"消し去ってしまうというものだった。
狙われたのは場所は――
"人間種神威族"が"古神種八百万族"から奪い取った島国"神大国"。
当時の"南世界を統括していた幻想院"の本部が置かれた"南聖地"。
南世界最大の大陸"アンデルセン国"の首都"灰色都市"。
の、三箇所である。
《"神大国"》
《"南聖地"》
この二箇所は北の狙い通り、天神像だけでなく"歴史的建造物から草木、天神像を守護していたティアマト一族"に至るまで、徹底して破壊され死滅した。
唯一免れたのは"アンデルセン"の"ヘイムダル王家"が存在する首都圏内に立つ天神像だけであったが、首都圏外の都市は無残なまでに消え去ってしまう。
"アンデルセン"の首都"灰色都市"が破壊されずに済んだのは"ティアマト一族の魔法なる力"であったのだが、"南世界"の人間たちが納得する筈もなく、北世界の最高権力者である英雄会に対してこう抗議した。
『我々は南の誇りを北の無情によって破壊され甚大なる被害を受けた……よって北世界の誇りである"英雄会"をA級戦犯として首を差し出せ……』
この要求に対し"北世界"の誇りである"英雄会"と"ヴァルバンス王家"はこう答えた。
『我々北は"ティアマトの凶行"を食い止められなかった……南世界にはティアマトの持つ全ての"権限と財源"を提供する』
"英雄会"に汚名を着せられたこの事件をきっかけに"ティアマト一族"は見る影も無いほどに衰退した。
その後、北世界の"英雄会"に"ヴァルバンス王家"により、南世界へ警告として、このような"通達"が送られた。
『ティアマトは悪魔の一族であり、混沌を引き起こそうと今尚、南世界を破壊せんと凶行を企てている』
『北の誇りを賭け、そして大勇者ヴァンの名に誓い全力で阻止する事を約束しよう』
『親愛なる南世界の友よ……どうか無事であることを願う』
北世界から南世界へ警告文が通達された僅か一ヵ月後の出来事。
それは起こった。
"北の大地"から"南の空"へ向かって悪意蛇砲が放たれ、唯一残されていた南世界の誇りである"シンデレラ天神像"とそこに住む多くの尊き命が無残にも破壊される事となった。
北暦――≪一七九八年 一月一日≫
あまりに長く。そして今も尚、無限地獄の様に続く悲劇の戦争の火蓋が切って落とされたのである。
ご愛読ありがとうございました。




