第十七話
フレアとルナ。
「……北世界の崩壊なんて簡単じゃないんだなぁ~」
ラピオがそっぽを向きながらラファエにさりげなく言った後、パソコンに流れる監視カメラの映像を見た。
「簡単じゃないのは分かってる……だが、北と南……どちらかが壊れなくては最終戦争は終わらない……」
パソコンを見ながら独り言のように呟いたラファエの言葉。その言葉が気に入らないロームが、怒りを言葉に混ぜて反論した。
「どちらかが何て言葉は暴言ですぜ、ラファエさん!! 南世界の勝利で終わりに決まってやすぜ!!」
「そう熱くなるなローム、お前が北世界から受けた無念ならこれから好きなだけ晴らせばいい……」
感情を露わにするロームに対し、ラファエと同様に冷静なままのラピオ。
「俺達には南世界の精鋭がいるんだなぁ。その中には鬼女神もいる……心配ないんだなぁ」
鬼女神の存在がロームの頭に思い起こされるともう一人浮ぶ南にとって危険な存在、それが一抹の不安を掻き立てる。
「北世界にも"アイス・レディ"がいるんですぜ!! 絶対とは言えませんぜ!!」
「イカつい顔に似合わず心配性なんだなぁ……鬼女神は妖精乱舞の使い手……"無敵"なんだなぁ」
「ローム……ラピオの言う通りだ。鬼女神に敗北は無い、それに"南世界の勝利で終わり"と言ったのはお前だ……」
そう言ってロームを睨みつけながらラファエはパソコンを閉じた。
「世界の行く末は……"上の連中"に任せておけばいい……今は俺達がすべき事をする」
「そう言いま―――」
ロームの言葉が途中で止まる、背筋が凍り呼吸さえままならなくなった。それはラファエの緑色の瞳を見て、自分に死が迫っていると直感してしまったからであった。
ラファエの顔は、いつかハジメに見せた無機質で機械的な冷たい表情と同じものだったから。途中で言葉をとめていなければ、ロームは本当に殺されていたかもしれない。
ラファエは殺人鬼を彷彿とさせる程の殺気を仲間であるロームに向けたのだ。
立ったまま硬直するロームを尻目にラファエはラピオへ話をかける。
「ひとまず……ティアマトの愚母……ルーシンを探しに行くぞ……」
冷たく鈍る瞳をさせるラファエ。
ラファエに臆する事無くラピオがのん気な口調で答えた。
「何者かに連れ去られたなんてラファエさんらしくないんだなぁ~」
「すまないと思ってる……一瞬だったんでな……」
「……何者だったんですかい?」
ロームがラファエに訊いた刹那。
ラファエの緑の瞳に闇を浮かび上がる。
すると噴水の水が波打ち出した。
ラファエが魔力と共に発した殺気は誰かに向けられたものではない。
この北世界そのものに向けられた濃くて重い。
そして何より深い恨みが込められていた。
ロームだけでなく、常に試みださなかったラピオの表情も僅かに強張る。
プツリと殺気が収まると、ラファエから答えが出された。
「悪義の者だ……見つけ次第殺すぞ……」
ラファエの殺気が収まって尚、怯えた様子を見せ何も話そうとしないローム。
ロームとは対照的にラピオはあっという間に冷静さを取り戻し、またものん気に口を開く。
「ルーシンは連れて帰るって約束だったんだなぁ~」
「作戦が変更になったあの愚母は殺して利用する……」
冷たく言い放つラファエにラピオが返答。
「じゃあ……ルーシンを殺したら終わりなのかなぁ~」
「終わらない……ルーシンを殺したら娘のパインを殺したヤツを殺しにいく……」
ロームが脅えた表情をしながらラファエに話しかけた。
「ティアマトを殺したヤツとルーシンを連れ去った悪義の者は関係があるんですかい? ラファエさん」
「恐らくな……」
「何でわざわざそこまでするのか分かんないんだなぁ~」
「"あの組織"と同盟を組んでいる以上、体裁というモノがある……しばらく連中に付き合ってやるさ――それに……まぁいい」
ラファエが何を言おうとしたのかロームはおおよそ見当が付いた。ラピオもそうだろう。
だからこそラピオは話を変えざるを得なくなる。
「う~ん……それは確かに許せないんだなぁ~聖痕騎士団の名に泥を塗られたんだなぁ~」
ニヤニヤと心にも無いセリフを吐くラピオに対し、ロームが怒鳴った。
「嘘つきやがれ!!!! ラピオ!! 聖痕騎士団てのは"あの組織"の事。所詮は北だぜ!!」
「ラファエさんが体裁の必要があるって言ったから言ってみただけなんだなぁ~ロームは相変わらず北を心底憎んでるんだなぁ~」
ラピオの言葉を最後に、ラファエが無言でベンチから立ち上がると、点灯したはずの照明の光がカチカチと点滅し――消えた。
そして辺りは闇に包まれる。
すると、光り輝いていた銀色の月が雲に隠され、闇に包まれた公園は、銀月の光が遮られたことで更に色濃い漆黒へと変貌する。
漆黒の闇の中で恐れる素振りなど見せず、ラファエが静かに微笑み歩き出す。
"ラファエの闇"に怯えた様子を見せるロームにラピオが伝えた。
「ローム、一緒に来るんだなぁとっとと任務を終わらせて、北の連中を殺したいんだなぁ~」
「……あ、あぁ」
先頭を歩くラファエが闇に消えていく。
そしてラピオは忠犬の様に付き従い闇へと向かう。
その後ろでほんの少しだけ躊躇するロームが闇へと足を向け踏み出した。
ラピオが暗闇に消えていれば、今度はロームが闇へと消える。
漆黒の暗闇の奥から静かに憎しみと憎悪、怨みに恨みが何重にも混じった不気味な声がラファエの口から洩れた。
「……北世界の空気は不味いな……肺が腐りそうだ」
* * * * * * *
一方、北世界の崩壊を目論むラファエ達のことなど露ほども知らないハジメは、安置室でどうしてもパインの死を受け入れられずにいた。
ハジメがパインの遺体をソッと見つめる。
「うっ!!」
見つめた瞬間、ハジメは吐き気に襲われ安置室にいることにも、耐えられなくなり病院の外へと足を向けた。
廊下にでるとそこで話していた両親も、病院にいるはずの看護師達も誰も居なくなっていた。
殺人容疑が掛かっているハジメ親子。警備を厳重にしているのかと思っていたハジメにとって意外なことだったが、驚きはしなかった。
殺人容疑がかかっているのにパインの遺体と接する機会を設けられたことや、あまりに少ない取調べなど不可解な点がさまざまあったからだ。
普通に考えれば殺人容疑のかけられた一家を拘束もせず、監視もなく野放し状態にはしない。
山ほどある気になる理由は、今のハジメにはあまり関係の無い。
ハジメが"カンタービット病院"ロビーに到着すると大きくため息を吐く。
「はぁ~」
ハジメは流す涙も切れたのか、乾いた赤い目に整然とした表情で足取り重くではあるが、病院の出入り口までコツコツと足音を鳴らし外へと向かう。
ハジメは深夜の暗いロビーで、自動ドアの前に立つ。
「開かない」
そう静かに零すと、ハジメが自動ドアに手を掛け力を入れる。
「……開いた」
カンタービット病院の面会時間は完全に過ぎている。本来ならばロックされて開く筈のない自動ドアが開いた。
ハジメは不思議とおかしなことだとは思わなかった。
「外に……」
とだけ、ハジメは小さく囁いた。
その後、こじ開けた自動ドアから一歩足を踏み出し、病院の外へ出たハジメが街を見渡すと、異常な事態に気づく。
「真っ暗だ……」
渋谷区と良く似たこの街に光が灯されていない。
ハジメの言う通り真っ暗で漆黒の闇に包まれたニルヴァーナは死の街のようだ。この光景を見たら誰でも異常事態だと思うだろう。
現に、街の中からざわついた声や慌てふためく人々が"何事か"と相談していた。
異様な光景を見ても、ハジメは動じない。
この世界は"絵本の世界"で"不思議な世界"何が合ってもおかしくない。
――――≪何でも起きる絵本の世界≫
――楽天的なマイナス思考。
――マイナス思考から生まれる希望。
――死んだ人間を蘇らせる。
――――≪絶対に有り得ないとは言い切れない≫
何故ならここは――絵本の世界。
何故ならここは――不思議な世界。
何故ならここは――何でも起きる世界。
(パインちゃんを生き返らせる事だって出来る筈だ……)
現実から逃避した脳で考え導き出されたのは、非現実的な答え。
ハジメが髪の毛を両手で掻き乱すとその場に座り込む。
座り込んだ途端に体が"ひきつけ"を起こし、重力に逆らえずうつ伏せに倒れてしまい、地面にへばり付いて動けない。
続きすぎた"災厄"にハジメは立ち上がる気力も失せていた。
そしてまたハジメの元に"災厄"がやって来る。
「……どうかしたんですか?」
優しく大人びた声が、何処かから当然聞こえた。
ハジメの知らない女性の声だった。
女性の足音が近づいてくる。
うつ伏せたままハジメが思う。
(…放って置いて)
だが、"近づく女性"はハジメの気持ちなど察しようも無い。
女性は地面に倒れこんだハジメを抱きかかえる。
と、仰向けにして自分の顔を見せた。
ハジメは女性の顔を見て驚く。
「……て、天使?」
ハジメの目に映ったのは肩まで伸びる真紅色をした髪に、背中から翼の生えたお嬢様風の美少女。
パインより少し年下に見える。
年齢は十歳位。
「だ、誰?」
ハジメが疲労のせいで虚ろになっている瞳で真紅の少女に問う。
「誰? あっ! 名前ね……フレアです!」
ハジメは名前を聞いてまた驚き、そして動揺した。
「フ、フレア?」
「疲れてるとこ申し訳ないけど……君は、明らかに私より年下だよね……呼び捨てするの止めてくれる?」
ハジメは"フレアと接した"事で雷にでも撃たれたかのような衝撃があった。
「ご、ごめん……なさ……い……」
激しく動揺したままハジメの意識は途絶えた。
意識が途絶えたのは、背中から翼が生えた女の子に対する驚きが疲れとなって顕れ、意識を保っていられる限界値を越えてしまったから。
動揺し思わず呼び捨ててしまったのは産まれ変わる前の事。佐藤家の物置で読んだ絵本に記されていた、見覚えの無い名前と同じだったから。
ありふれ勇者の大冒険の絵本の中で、確かに"ふれあ"と自分の筆跡で書かれていた。
そしてそれを凌駕する"雷に撃たれた様な衝撃"がハジメの中で"ある変化"を起していた。
ハジメはあれほど一途に思い続けたパインを忘れ、不謹慎にもフレアと言う少女に一目惚れしてしまっていた。
ハジメの意識が途絶えて十五秒。
フレアが腕の中で眠りに付いた四歳児の小さな体を、持ち上げおんぶする。
「ヨイッショ!! ……大変な時にごめんね」
フレアはハジメを背中に乗せたまま歩きだし、そして話し出す。
「"気まぐれなシナリオ"を書いた君は"神"なのか"悪魔"なのか……それが知りたいの」
眠りについてしまったハジメにフレアが話を続ける。
「私の"親友"に会って欲しいんだ……きっといい友達になれると思うから……」
スヤスヤと眠るハジメに振り向きフレアがもう一度話をする。
「彼女と友達になったら、ハジメ君の事を教えて欲しいな……そしたら今度は"私達"が教えてあげる……」
フレアはハジメをおんぶしたまま真っ暗な街の更に暗い裏路地を歩き、ひたすら進む。
途中、裏路地に置いてあったポリバケツをハジメが起きないようソッと足で横にずらす。
と、またハジメにフレアが振り向いた。
今度は何も言わず前を向き、それからフレアがそのまま話す。
「この世界で起きてる……"フォーレンモールの呪い"」
≪最終戦争について教えてあげる≫
フレアから発せられた言葉。だが、自身の耳にすら届いたかも分からないほど小さな声。
すると、フレアの小さな声と相対する大声が裏路地に響き渡った。
「お~い!! フレア!!」
クリーム色の長い髪に左側だけ白いファーリボンで結われ、大きな蒼い瞳をし、パインとよく似た萌え系少女が手を振りフレアの元へと、何処からとも無く駆け足でやって来る。
「シッ!! 静かにして!!」
フレアに注意され蒼い瞳の女の子は下を向きショボンと落ち込んだアピールをして、
「ごめんちゃぁーーーい」
と、ハジメをおんぶするフレアに抱きついた。
フレアが蒼い瞳の女の子に激怒する。
「私と同い年でしょ!! ちゃんとしてよ!!!!」
蒼い瞳の女の子はにやけ顔で、自分の口元に指先を宛がうとフレアをからかう。
「フレアもうるさいなぁ~ニッチッチッチッチ!!」
人をイラつかせる様な笑い方をする蒼い瞳の女の子。怒りのあまり顔を強張らせフレアの口から言葉が出ない。
「うぬぅぅぅ……」
蒼い瞳の女の子は同い年のフレアと比べると、とても子供っぽく底なしに元気な性格。
そんな性格をしてるからフレアは心配で堪らないようだった。
「あのねぇ~自分がどういう状況だか分かってんの?」
フレアが呆れ顔をすると、蒼い瞳の少女はニタニタと笑いながら背中で眠るハジメに近寄り頬をつんつんと指で突っついて一言。
「分かってるよぉ~」
蒼い瞳の女の子が眠ったままのハジメに向かって自己紹介。
「初めまして!! ハジメちゃん!! 私の名前はルナ・ティアマトです!!」
ご愛読ありがとうございました。




