第十六話
忍び寄る南の影。
パインが死んでから一週間が経過した。
≪北暦 一九〇二年 一月八日≫
ハジメ一家は村人殺害の容疑がかけられ魔法地区"ニルヴァーナ"へと移送されていた。
"ヴァルバンス地区"を中枢とする"帝都ヴァルバンス"二十一地区の一つでもある、"ニルヴァーナ"は魔法地区と呼ばれ、渋谷区とほぼ同じ面積を持っている。
その佇まいも渋谷区と同じと言って過言ではないのだが、違いが二つ。
一つ目の違いは中央部に"天魔城"と呼ばれ勇者連合の支部として使われている建物があること。
そして、二つ目は渋谷区と同じ街並みを囲うように、万里の長城の様な建物がニルヴァーナという"魔法地区"を守っている。
万里の長城の様な建物は"魔導城"と呼ばれ"内部"は"からくり屋敷"のようになっており普通の人間が入ったら二度と出ては来られない。
この都市に住むほとんどの人間は"魔法使い"であり、この"ニルヴァーナ"が魔法地区と呼ばれる由縁でもある。
そんなニルヴァーナの街の中心"天魔城"の南東に位置する――≪カンタービット病院≫
安置室。
安置室は壁も床も天井も全てが鉄板で出来た部屋。そこは薄暗くヒンヤリとして空気が肌に触れると体温が奪われてしまう異様な冷気があった。その上、パインの為にあげられた線香の香りが"死の匂い"を彷彿とさせ、居心地が悪い。
安置室の真ん中には硬直し冷たくなっているパインが眠るベット。
そのベットの上でパインの顔に白い布が敷かれている。
パインが永眠するベットのすぐ傍にある椅子に座ったまま、瞑った瞼の隙間から涙を落としハジメが泣きだした。
パインは――動く事も出来ない。
パインは――話すことも出来ない。
パインは――もう笑わない。
ハジメはその姿を直視できずに下を向く。そして頭を上げることが出来なったまま、目に溢れ出る涙を拭っていた。
「うっうっう……パインちゃん」
一方、涙を拭うハジメの両脇に座るカレジとハレルヤは罪悪感に駆られていた。
動揺していたとはいえハジメに剣を振り上げてしまったカレジ。
パニックに陥り何も出来ず、ハジメを責めることしかしなかったハレルヤ。
二人も気持ちを落ち着けられないでいた。
三人とも顔を上げられず、パインも見れず、ただ時間が過ぎるのを待っている。
トントン、と。
突如、安置室に響くノックの音。
ハレルヤがノックされたドアに向かって静かに返事をする。
「……はい……どうぞ」
「失礼します」
扉が開く。
神妙な面持ちで一礼した後、安置室に入って来たのは――三重の円の中に幾何学模様のエンブレムが左胸に描かれた制服を着た若い男。
――《十六勇師団》
カレジが苦し気な表情で十六勇師団の団員を見ると口を開く。
「……何か御用でしょうか?」
「"ルーシン・シャーロッテ"についてお話があります」
「ルーシンさん……に……ついて?」
若い団員がコクッと会釈をする。
と、開いた扉の奥へと手を伸ばし廊下へと誘う。
「……どうぞこちらへ」
若い団員はカレジとハレルヤに安置室からの退席を促した。
「お話をお訊きしたいので署の方までご同行願えますか?」
カレジが"ひどく落ち込む息子"を覗き込んだがハジメに反応はない。
ハジメの様子を見たカレジが若い団員に尋ねた。
「二人じゃないといけませんか?」
「……お一人で構いません」
二人が目線を合わせアイコンタクトを取る。
と、ハレルヤがカレジに目で催促した。
――『あなたが行って』
カレジが頷く。
「私が行きます……ハレルヤ、ハジメを頼んだぞ」
「……分かってるわ」
カレジはハレルヤとハジメを見つめ、最後に"もうこの世にはいないパイン"を一度だけ"申し訳無さそう"に見る。
そして若い団員と共に安置室を後にし、無言のまま病院ロビーまで歩くとハジメが心配なのか一度安置室の方に振り向く。
そしてカレジは外へ出って行った。
今までカレジは無言だった。
だが、外へ出るとすぐ若い団員に訊いた――
「今何時ですか?」
という意味の無い質問だった。それでもカレジが若い団員と会話をするのは無言で安置室から外へ出るまでの短い時間に罪のパインにした罪悪感が膨張し、今にも破裂てしまいそうだった。それは罪の意識から逃れる為と言い換えることも出来る。
若い団員は腕時計を見ると、カレジに伝える。
「夜の十時四十分くらいですね…」
時間を訊いたところで自分の罪が消えるなどと言う事はない。
カレジが意味も無く夜空を見上げた。
「月が綺麗ですね……」
「えぇ……そうですね……」
若い警官も漆黒の空を見上げる。そこには"ウサギの姿"ではなく"龍の姿が浮ぶ"銀色の月。
「どうぞ……」
「えっ!?」
カレジが我に変えると若い団員がパトカーのような護送車のドアを開けていた。
「どうぞ……」
若い団員が車内に手を向けている。
「すみません……」
カレジが軽い会釈をすると護送車の助手席へと乗り込む。助手席側の扉を若い団員がバタン! と閉める。それから運転席に座り、護送車のドアを閉めると鍵を差込み、シートベルトを着用する。
カレジは若い団員に注意を促される前に、シートベルトを着用しながら考えた。
これから警察署に連れて行かれる理由。
考えるまでも無かった、カレジには大方の見当がついる。それは"村人殺し"に関すること。だからこそ、あえて単刀直入な質問をした。
「ルーシンさんはどうしてます?」
この単刀直入な質問の返答はカレジが想定していないモノだった。
「息子さんに訊いていませんか? ルーシンはラファエという男に連れて行かれ、行方は分かっていません」
カレジとハレルヤはこの事を知らない。
ラファエに眠らされ目が覚めた時には真っ青になったハジメしか居らず、そして在ったのがリキッドとライムの遺体だけ。そして、今現在ハジメ一家は村人殺害の疑いをかけられている。
想定していなかったのは、ルーシンがラファエに連れて行かれたという事実ではなく。村人殺害の疑いをかけられると思っていたカレジが、丁寧に"疑い"を外して話しをしてくれている事。
カレジは"疑い"を外し話をしてくれる若い団員の言葉が優しさに満ち溢れているように錯覚した。
「カレジさん、護送車を出します」
「……は、はい」
カレジの返事を合図に、二人が乗った護送車が発進する。
走り出した護送車の中でカレジと若い団員の会話が始まる。
「カレジさん……私達、十六勇師団が聞きたいのは、"ラファエ"という男の事です」
これもまたカレジの想定外だった。
いくら疑いを外し話してくれているとはいえ、疑いが掛かっている事に変わりは無い。
だから村人殺しの容疑で"ニルヴァーナ"へと連れて来られた。だが、"村人殺し容疑の話"をされたのは"ニルヴァーナ"にやって来た初日の数時間だけ。
カレジの思考が停止していた。
そのため若い団員の質問にカレジが素直に答えてしまう。
「ラファエ? 南世界の人間だという話は聞きましたが、今回の事件とやはり関係が?」
「今回の事件というのは一体何処からだと思います?」
「村のみんなが殺されてしまったという所からだと……」
パトカーの中で若く誠実そうな若い団員と二人っきりになったせいか。それともハレルヤという見張り役が居ないせいか。
カレジの元々持ち合わせていない慎重さが更に薄れていった。
「私はね……今回の事件の発端は全てあの"飛空挺事件"だと思うんです……」
だと思う――とても曖昧な言い方だが、絶対の自身を持っているかの様な言い方をする。
「事件? という言い方をするところをみると、やはりアレは"事故"ではなく"事件"だったんですか?」
団員の男はハンドルを握ったまま訝しげな顔になった。そして一旦、間を作るとカレジに言った。
「――そうだと思いますよ……私は確信していますが……」
曖昧な言い方から徐々に確信と言う言葉を使い、若い団員が自分の言葉に真実味を帯びさせていく。
カレジはこの若い団員の"言葉のマジック"に気付かない。そして何の疑いも抱く事無く訊き返していた。
「何故……今頃になって正直に話すんでしょうか?」
「カレジさん……"ソレ"ですよ…」
「ソレ?」
カレジが腕を組み首をかしげると、若い団員が話し始めた。
「"今頃になって正直に"ってことはもう感づいて……っと、言うより"事故"ではなく"事件"であると確信しているんでしょ?」
若い団員は自信満々といった表情でカレジの目を見て事件だと言い切る。
カレジは一度、目線をフロントガラスの方へ戻すと、言った。
「そうですね……私も赤髪男とスキンヘッド男の話を聞き確信していました」
カレジの"確信していた"というのは、嘘である。
正確に言うなら、そんな気がした……だ。
若い警官の決め付けた言い方に呑まれ、カレジが『確信』という言葉を口にして"しまっていた"だけ。
「カレジさんの言う通り……あの飛空挺事故は"事故"ではなく"事件"です」
若い団員の言葉であの飛空挺事故は事故ではなく事件と言う形で進められるのだとカレジが思った。
カレジは胸の前で組んだ両手を後頭部に回し、
「やっぱり……そうですか……」
「はい……」
カレジの行為は全て分かっています、理解出来てます、という自分をでかく見せようとする、知ったかぶりに近い。
団員の話に呑まれ、流れるままに言葉を口にするカレジはその内容をほとんど理解出来ていない。
そして流されるままに。
「でも何故……今頃になって本当の事を話すんでしょうか?」
完全に若い団員が話の主導権を握ってしまう。するとカレジにこんな事を言った。
「あなた方一家は今となっては飛空挺事件唯一の生き残り……どう足掻いても世の中に向けて公表する場を設けさせられる……例え拒否したとしてもマスコミが世間が……もしかするとこの世界そのものが"執拗"なまでにあなたの一家に押し寄せ、追い詰めてくるでしょう」
カレジの鼓動が大きく鳴った。
「"執拗"に……ですか……」
"執拗"――その言葉に不安そうなカレジの顔を見た若い団員は、更に不安を煽るように呟いた。
「そう……"執拗"に……ですよ……」
カレジは臆病な性格。知ったかぶりさえ出来なくなり体がビクビクと震え出し、
「――はぁ…」
と、ため息を吐いた時。
キッィイイイイイ!!! 突然車中にまで鳴り響くブレーキ音でカレジは更に怯えシートベルトを握り締めた。
「わぁぁぁあああああ!!!!」
カレジはシートベルトを握ったまま涙目になる。
荒くなった呼吸を整理しながら若い団員に問いかけた。
「はぁ……はぁ……こ、ここは?」
「ニルヴァーナの十六勇師団本部です……カレジさん……」
動揺し足元しか見ていなかったカレジが、ようやくパトカーの中から外を覗いた。
「……本部?」
「今言ったばかりですが……」
いつの間にか十六勇師団本部に着いていたことを、カレジが呆気にとられている。
運転席にいる若い警官は、意味深に笑う。
呆気にとられているカレジの目に映った十六勇師団本部は、現代風の警察署。現実で用いられる建築技術で造られた"モノ"と変わらない。
本部を見つめるカレジに、若い団員がハンドルを握りながら顔を向ける。
「カレジさん……これから本部で"ルーシン・シャーロッテ"について全てお話します……付いて来て下さい」
若い団員に言われ二人は護送車から降りる。
カレジは何の疑いも無く若い警官に連れられ、十六勇師団本部の中へと入っていった。
――これら一連の会話は"自分の家で勇者憲兵団が狙っていた"プリメラ絵画公言の布石と全く同じである事"にカレジでは気付く事が出来なかった。
カレジが本部へ向かって足を運ぶ。中へ入ると"若い団員"の他に"二人の団員"が待っていた。
「あなたがカレジさんですか……始めまして"ウリエ"と申します」
「申し送れました……私は"ジャハル"という者です」
二人の男に挨拶をされ、カレジも社交辞令のように頭を下げた。
「カ、カレジと申します……よろしくお願いします……」
「では……こちらへ」
若い団員に連れられカレジは会議室へと向かった。
――会議室でルーシンの話が始まり三時間が経過しカレジが驚愕の事実を知った頃。
* * * * * * *
病院の安置室で未だにうな垂れているハジメの目からは涙が零れまだ止まっていない。
「うっうっうぅぅぅ……」
「ハジメ……」
と、ハレルヤが息子を想い心配そうな顔でそっと肩に手をまわすが、ハジメは全く反応しない。
そこへ、ガチャッ! と、扉が開かれカレジが一人戻った。
警察署でルーシンの話を聞いたカレジの青ざめた顔は、ハレルヤを不安にさせるには十分だった。
――殺人容疑が確定したのではないか。
と、ハレルヤの背筋に嫌な汗が流しながら立ち上がった。
「あ、あなた……ど、どうだったの?」
カレジが安置室に足を踏み入れる。
そしてすぐに頭を抱え安置室の壁に背中を付けると、スーと体を床に落としグッタリと肩を落す。
「……こんな事実なら話なんて訊くんじゃなかった」
「な、何があったのよ!!」
ハジメがいる前で声を張るハレルヤを制止する為、カレジは体を床に座り込んだまま左手を前に出し待ったのポーズをとる。
カレジはハジメに聞えないよう、小声でハレルヤに囁く。
「ハジメがいる……外へ出よう……」
ハレルヤがハジメを心配そうに見つめながら近寄る。
「ハジメ……母さんと父さん……ちょっと外に出てくるから……」
ハジメからの返事は相変わらず無い。
カレジは立ち上がり心配そうにハジメを見つめた後、パインに目を向ける。
カレジの目は警察署に行く前とは違い、剣を振り上げた時と同じ憎しみの篭もった冷たい瞳だった。
ガチャ! と扉を開く。
ハジメを安眠室に残し、カレジと同じようにパインを一度見つめたハレルヤは不気味に笑う。
そして、静かに扉を閉めた。
カレジは誰もいないことを確認すると、静かな声で会話が始まる。
「あなた……何を聞いてきたの? 殺人の容疑が確定したんじゃ――」
「いいや……違う……ルーシンさ――ルーシンの事だ……」
「……ル、ルーシン?」
ハレルヤはホッとしたと同時に"さん"を付けて話しをしようとしたカレジが訂正し、わざわざ呼び捨てにした。
その事でハレルヤが、不安に駆られ胸の前で両手を組んだ。
「ルーシンは"南世界"の人間だ……」
「えっ!?」
ハレルヤが驚くのも無理はない。
今から百年以上前の――≪一七九四年≫
ある出来事を機に始まった"北世界"と"南世界"の戦争がある。
血で血を洗い地獄の鬼も逃げ出すとまで言われている。
この凄惨なる戦争が一〇〇年以上経った現在でも終結の兆しは無く、今尚続いている。
そして、百年以上の続いた怨み辛みが悪霊の様な確執を創り和解するには、ほど遠く"分かり合える日は永遠にやって来ない"とまで言われている。
だからこそ、"北と南の争い"は"最後の戦争"であって欲しいという願いを込められ、こう呼ばれている。
最終戦争――≪ラグナロク≫。
ルーシンが南世界の人間だと知り、目を丸くしたハレルヤが、ようやく口を開きカレジに尋ねた。
「ルーシンさんはどうなったの?」
「さんを付けるな……ハレルヤ、南の人間だ……」
「……そう……ね」
「あの女なら"ラファエ"という男に連れて行かれた……」
「ルーシンさ――ルーシンが南の人間だから、助けに来たってことなの?」
「いいや……どうやら違うらしい……」
「違う?」
「ルーシンはラピィオ列車事件の"殺人教唆の容疑"と自然増を使って列車を爆破した容疑がかかり、ティアマトは"器物損害"と"殺人容疑"が掛かっているそうだ」
ハレルヤは息を呑み耳を疑った。
耳を疑ったのはルーシンが"南の人間である事より"も、ルーシンに"殺人教唆の容疑"と"器物破損の容疑"の容疑が掛かり、パインには"殺人の容疑"が掛かっていることだった。
つまりルーシンは、自分の娘に乗っていた乗客を殺害させていたことになる。
「ル、ルーシンさん……何で……そんな事を……」
「ハレルヤ!! さんを付けるなと言っただろう!!」
「ご、ごめんなさい!」
カレジの剣幕にハレルヤがおののいた。
体をすくめハレルヤが自分に怯えている事など気にも留めず、カレジが瞳孔を開かせながら続きを話す。
「所詮……南の人間だ!! 挙句……ティアマトの血まで混じってる……とことん悪党だな!! だが"南世界のクズ共"は"それ位"、平気でやってのけるんだ!!」
常軌を逸したカレジから醸し出される雰囲気にハレルヤは恐ろしくなり、賛同するしかなかった。
「そ、そうね……」
「そこで思ったんだ……"プリメラ絵画"が飛行機に乗っていたことを公言しようと思う……」
「なっ!!!」
今度はハレルヤの瞳孔が開き勢い良くカレジに反論した。
「公言すれば私達の生活だってままならなくなるかもしれない!! ハジメに危害が加わったらどうするつもりなの!!!!」
カレジよりも頭の回るハレルヤ、プリメラ絵画の公言の意味を理解していたようだが、その声は安置室から出てすぐの廊下に響き渡ってしまう。
「シッ! 静かにしろハレルヤ!! ハジメに聞えたらどうする!!」
幸いにも、パインの永眠する場所と同じように上下左右全てが鉄で出来ている。
それを知ってか知らずかハレルヤが猛反する。
「……これが静かに聴いていられるもんですか!!」
「世間に自ら公表すれば危ない目に遭うのは俺だけだ……」
「確証が無いでしょ!!」
「俺達は"飛空挺事件唯一の生き残り"……どう足掻いても世間に向けて公表する場を設けさせられる……そう言われたんだ」
「だから何なの!!」
「例え拒否したとしても世間が"執拗"に押し寄せてくるとも言われたんだ……良く考えろ!!!」
ハレルヤに静かに……と、促したカレジだった。
が、今度は自分自身が熱くなり、カビ臭い鉄の廊下に声を響かせ話を続ける。
「俺達が世界に向けて飛行機事件の全容を公言すれば"こいつら"は、重大な何かを話すと世間は思うだろ!!」
「それとハジメと何の関係があるの!!」
「大有りだ!! こいつらってのは俺達だ……世間の目が俺達に向けられればハジメに危害が及ぶ可能性は低くなる……」
大きくなる声を静めようと込み上げる激高を必死に抑えカレジが妻に訴える。 だが、ハレルヤの高ぶった感情は収まる様子を見せなかった。
カレジも声を張り上げ、ハレルヤとの口論が更に激しさを増していく。
「黙っていれば可能性はゼロでしょ!!」
「ゼロじゃないんだ!! さっきも言ったろ!! 世間が"執拗"に押し寄せてくるって…そうなればハジメだって狙ってくる!! 下手をすればハジメを人質に"飛行機事件"について聞き出そうとするかもしれない!!」
「どうしてあなたはすぐ極論をいうの!! 黙っていれば何の危険もない"かも"しれないじゃない!!」
「"かも"じゃダメだろ!! フォーレン・モールの呪いのせいで貧困したこの時代、マスコミだって犯罪集団化しているんだ!! 何を仕出かすか分からないんだぞ!!」
「じゃあ!! どうしろって言うのよ!!」
「だから公で発表するんだ!! そうすれば少なくとも"勇者連合"がハジメを守ってくれる!! 今一番考えなくちゃいけないのは"最も可能性の高いハジメの安全"だ!!」
「何言ってるの!! "勇者連合"だって"犯罪集団"じゃない!!」
「そうじゃない!! 例え"勇者連合"の勇者達が"犯罪集団"だったとしても、世間体がある世間に顔を晒した俺達を守らざるを得なくなるんだ!!」
悲しみにふけるハジメも怒鳴り散らす両親も気が付いていない。
この安置室は"ある者たち"によって"用意されたステージ"だという事に。
そして用意されたステージに"監視カメラ"が付けられている。
こんなことを三人が気付ける筈も無かった。
* * * * * * *
永眠するパインを見つめハジメが泣き喚いている"冷たい安置室"の中と両親が口論している"カビ臭くて冷たい鉄の廊下"の様子を遠く離れたその場所から覗き込まれていた。
そこは銀色の月が輝く夜空の下の公園。
水の音がザーっと鳴り響く噴水の前のベンチに座り込む一人の男と、後ろに立つ二人の男がパソコン越しに"それら"を覗いていた。
すると三人は自分の顔を鷲掴み、顔面の皮膚を剥がすようにビリビリッと引っ張ると、その素顔が現れた。
「相変わらず変装が苦手なんだなぁ……冷や冷やしたんだなぁ~」
「……そ、そうか?」
「そうですぜぇ……十六勇師団の振りをしてるんですから名前ぐらい名乗らねーといけませんぜ……」
「すまんな……ラピオ……ローム」
そう言って振り返ったのは若い団員だった。そして振り返った先にいたのは赤髪男"ラピオ"とスキンヘッド男"ローム"の二人。
スキンヘッド男の"ローム"が若い団員に尋ねる。
「あの一家……頼りないですぜ……ホントに公言してくれるんですかい?」
ロームの心配を聞き赤髪男のラピオがダルそうに説明する。
「大丈夫なんだなぁ~」
「何でそう言い切れるんでい!」
「前にあの一家へ行った意味を忘れてるんだなぁ……俺は"死んじゃうかも"って言ったんだなぁ……その時、すごく動揺してたのをロームは覚えてないんだなぁ……」
ロームをバカにしたように話をするラピオ。
ラピオの言葉を聞きロームは苦虫を噛み潰したような顔になるが、それを無視して若い団員が話を始めた。
「……ああいう気の弱い連中は誘惑に弱い……だからこそ"執拗"って恐怖に執り憑かれ公表するのが一番安全だと思い込み……最悪の選択肢を選ぼうとしてる」
若い団員がニヤッと笑うと今度はロームが口を開いた。
チカッチカッチカっと音を鳴らし、今になってやっと公園の電灯が付く。
「ヴァルバンス王家、崩壊の為には"プリメラ絵画の秘密"は絶対必要ですぜ……"ラファエ"さん」
そして電灯の光に照らされラファエの顔が暗闇から浮き出した。
ラファエは眼を鋭く光らせ、ロームの言葉に答えた。
「ヴァルバンス王家なんてどうでもいい……俺達が今するべき事は北世界の崩壊だ……」
ご愛読ありがとうございました。




