第十話
お手製魔法書。
勇者になりたい。
こんなありふれた夢を叶える必須条件。
それが"魔法"である。
ゲームや漫画なら勇者になるため、魔法の習得は必ずしも習得しなければならないとは限らない。
勇者が魔法を使えなくても"ゲームならばクリアすればそれでいい"、"漫画ならば面白ければそれでいい"。だが、ハジメにとってこの絵本世界が現実である以上、魔法が使えなくても構わない何て、甘い事は言ってられない。
悪い魔女フォーレン・モールを倒す為なら、どんな事であろうと会得しなくてはならない。
例えそれが人を殺す、殺人術であってもだ。
この絵本世界における魔法とは最も強力な武器であり兵器であり、身を守る為の手段であり、人を救う為の方法でもある。
だからこそカレジは勇者になりたいと思う息子に、魔法の習得という試練を言い渡した。
「ハジメ!! 勇者になる為には魔法は不可欠だ!!」
息子の勇姿を見たカレジが、目を輝かせ浴衣の中に手を入れごそごそと――目の前にいる父の不可解な行動を無視して、ハジメは話を続ける。
「そんな事は分かってるけど……魔法ってどうやって覚えたらいいの?」
と、ハジメが訊くと、カレジが浴衣の中に手を入れると何かを掴む。
そして浴衣の中から"魔法を覚える手立て"を取り出し、ソッと息子に差し出した。
「これを読めハジメ!!」
ハジメの手に渡されたのは魔法の書っぽいもの。
だが、魔法の教科書のような物ではない、中央に≪グリモワール≫と白い字で書かれた、ただ黒いだけのノート。
「何これ?」
ガッカリした。ハジメの顔がそう言っている。
そんな息子の顔を見たカレジは目を細め、ハジメの消沈を察し、沈黙した。
後、細めていたカレジの目が大きく開く。
カレジは胸を張りハジメに魔法書を手渡した。
「ただのノートじゃないぞ!! 俺が昔作ったお手製の魔法書だ!!」
「手製の魔法書…」
ハジメの目には手製魔法書がインチキ臭く映った。
ハジメがうな垂れている中。カレジが銀色の月を見つめながらハジメに向けて語り出した。
「実は父さんなぁ~勇者になりたかったんだ……」
カレジは腕を組み哀愁漂わせて本音をぶちかましたつもりなのだろう。
だがしかし、カレジの言っている事はハジメから言わせればペラッペラな薄い内容だった。
それは、ハジメには何となく分かってたからだ。
カレジが自分の夢を息子に託したいと思っていたことはハジメには丸解りだった。日々ハレルヤと勇者にするか否かで口喧嘩になっていたのが確たる証拠。
ハジメが自分の右手に握られた手製魔法書を見つめている。
「読んでみろ!! ハジメ!!」
「分かった!!」
パタッと一番上の表紙をめくってみた。
――――【魔法系統について】
かなり昔に書いたのだろう。筆跡が子供っぽかった。
幼い文字で一ページ目を丸々使い堂々と魔法系統について、と記してある。
そして――次のページへ。
捲ると、左のページが空白になっている。
右のページに魔法系統について、と同じように一ページ、すべてを使い"魔法系統は五つ"と記してあった。
更にハジメがペラっとページを捲り、次のページへ。
このページからは左側と右側に、しっかりと系統別に明記してあった。
――――【属性系】
自然界に於ける火、水、風、木、電など多種多様にある属性を扱う系統。
単一で属性を使用する初級魔法。
威力法と呼ばれる火を火炎に変える中級魔法。
二重法と呼ばれる火と電の属性の両方を同時に扱う上級魔法。
これらが属性系の"基本属性系魔法"。
五系統のうち、最も扱いやすく、尚且つ、五系統のうち最も使用者が多いのがこの属性系である。
文字にルビを振り、オリジナルの属性魔法を使用することを、最上級魔法と呼び、この最上級魔法を使用出来て初めて一人前と見なされる。
――――【補助系】
その名の通り、敵味方、自分自身に対する補助を行なう魔法である。
肉体・精神・物質などを向上させる補助系魔法を補助と呼ぶ。
補助の場合、肉体の能力向上と硬質化、武具の攻撃力や防御力を上げるなど。
自分自身を補助し戦いの能力をあげることも出来る。
魔力の性質を視力で見極める"視覚向上魔法"。
絶対音感から千里離れた音さえも聴き取れる"聴覚向上魔法"。
体から放たれる香りや魔力の匂いを見極め相手の精神状態を図る"嗅覚向上魔法"。
味を見定め鋭敏な味覚に向上させることで"味覚向上魔法"。
ほんの僅かに洩れた相手の魔力の振動や気候から生じる気圧の変化を細かく分析し、予知に近い予測が立てられる"触覚向上魔法"。
この補助には第六感も含まれている、発動条件は上記した五つの向上魔法を同時に行う事で使用できる。
第六感向上魔法を高めれば、脳の異常回転により感覚を研ぎ澄まし走馬灯の様に周りの時間がゆっくりに感じる。
自分自身に書けた場合、攻撃力を上げた刀や剣を使って戦う事が多い。
補助と対を成す反補助は肉体・魔法・物質に負担をかけるモノである。
肉体の防御力を下げる、動きを鈍くする、肉体の自由を奪うなど様々ある。
魔法の威力を落とすことや、発動すらさせない事も可能。
物質にかけた場合、錆びさせる事や枯れさせてしまう事、腐らせる事まで出来、寿命を縮めてしまう事も出来るらしい。
この補助系も最上級魔法である"第六感向上魔法"を使用できるようになって初めて一人前である。
――――【治療系】
物理的な治療をする魔法である。
人の体はもちろん、物質の治療も可能。
治療系は他の魔法と違い、精神だけではなく体力を激しく消耗する。
そのため、女性よりも男性に向いていると言われていたが、最近の魔法研究によって少量の体力で効率よく治療魔法を使用できるようになり女性の治療系能力者が増えている。
人の怪我は治療できるが、病気であった場合は一時的な痛みの軽減、つまり麻酔や鎮痛剤としての効果があるだけで治療までは出来ない。
物質の治療は人工的に造られた物は不可とされている。
治療できる物質は、花や木などあくまで魂を宿しているものに限る。
自分自身の自己治癒能力を上げる魔法が"初級魔法"であり、周りの人や物を治療する魔法を"中級魔法"になる。
上級魔法は毒を発生させるもの反治療系のこと。
最上級魔法は、反治療を相殺する解毒であり、解毒系を使用できることが一人前としての証明となる。
――――【召喚系】
三界のどこからか呼び寄せた"獣"を従い戦うのが召喚系と呼ばれる系統である。
三界とは"人間達の住む世界"、"幻獣世界"、"神々世界"の事。
獣の種類は"人間達の住む世界の中"に生息している遊獣。
この"世界の外"に或ると云われている魔界に住む幻獣。
神々の住む"神界"に存在しているとされる神獣。
召喚の方法は文字を使った魔法陣、もしくは言霊による詠唱。
初級魔法は最も簡単な魔法陣による召喚。
中級魔法は言霊による詠唱での召喚。
上級魔法は念唱と呼び心で念じるだけで呼び寄せる召喚技法。
最上級魔法は、召喚獣と共に行動できるほど獣との信頼関係を結ぶこと。
召喚獣と共に行動する事を絆紡と呼び、絆紡した者を、絆紡者という。
故に召喚系は絆が最も大事だといわれている。
世界に生息する"遊獣"から、魔界に住む"幻獣"、そして神界に存在するとされる"神獣"の順で高度な知識が必要となる。
つまり、"遊獣"より"幻獣"を呼ぶほうが高い知識を要し、"幻獣"を呼ぶより"神獣"を呼ぶ為には学者並みの知識が要る。
最上級魔法では、その昔アポロとリポロが神獣"バハムート"と絆紡していたと言われているが、"現存する記録"の中では一七九八年に"フレイム・ヒットハート"と言う人物が"幻獣"と絆紡したという記録が残っているだけであり、アポロ、リポロが神獣を従えていたとは正直思えない。
――――【祈詛系】
自然現象の具現化が祈詛系の一番の特徴である。
地震や台風、雷の具現化。
噂ではあるが、"神"や"悪魔"、"奇跡"に"呪い"といったモノまで具現化できるという。
具現化された自然現象は子供の様な容姿をして空中にふわふわと浮く。
具現化された子供の姿は自然僧と呼称する。
召喚系と異なる点は、実体が在るか無いか。
自然増に実体は無い。
具現化された自然僧が呪文を唱える事で祈詛系魔法が発動される。
この祈詛系は、扱える術者が非常に少ない。
そのため謎の多い系統でもあり、初級から最上級といったクラス別けも成されていない。
――――【未知系】
このどれにも属さない魔法のこと。
このタイプはほとんどいない。
現時点では何も解っていない。
唯一解っていることは"古代文献"に星を操ったという記載があるということだけである。
ハジメが"魔法系統"を読み終え次のページをめくる。
と、そこには何も書いておらず、真っ白だった。
ハジメは父が持ってきた内容の少ない手製魔法書に驚き、無表情のまま、黒いノートを閉じた。
「父さん……続きが無いんだけど……」
「当たり前だ……書いてない……」
「何で書かなかったの?」
「三日坊主ってヤツだ……」
何となく沈黙の後。
「父さん……気になる事があるんだけど……いいかな?」
「……おう! 何でも訊いてくれ!!」
カレジは意気揚々として見せたが、ハジメが真顔になると顔が引きつりだした。
「ハジメ……どうした? 何か訊きたい事があるんだろ?」
なかなか答えないハジメの顔を見ながらカレジは顔をニヤけさせている。
一方ハジメは魔法というモノを自分は使えないものだと、今の今までずっと思い込んでいた。
その思い込んだ理由は"ティアマト"の"魔法なる力"である。
その思い込んでいた疑問ををハジメはカレジに尋ねた。
「ティアマトって一族の事なんだけど……」
カレジからすれば、唐突なハジメからの質問。
ハジメからの問いにカレジはにやけ顔から、何故か真剣な表情に変わり後ろを向く。
そして、今度はカレジが何も話さなくなった。
だから、ハジメがカレジの背中に目を向け続けて訊いた。
「ティアマトには"魔法なる力"で千年王族を築いたって何かで読んだ気がするんだけど……」
この絵本世界に確かにある魔法という存在。
にも関わらず、魔法を扱えるのは"ティアマト一族"だけのような言われ方をしているようでハジメはずっと気になっていた。
飛行機に必ず乗っているという"魔法使い"はティアマトの血を受け継いだとか、魔法具的な物を使うとか――そういう解釈をしていた。
好奇心旺盛な息子の顔を見て『ふぅ~』とため息を吐くと、カレジは腰に両手を起き、いったん視線を地面に向け、その後ハジメと目を合わせた。
「ハジメ……お前は父さんの息子とは思えないほど賢いな……」
カレジの言葉を聞くと、ハジメが思う。
(三歳児では"ティアマトの一族の事"など考えないのが普通なのかな?)
そしてこれがハジメの素直な疑問だった。
「ティアマトに関する本は全て、ハジメが一歳になる前に捨てたんだがな……理解してたのか? 一歳で……」
カレジは一歳と言ったが、正確には一歳になる前から――。
一歳になる前に捨てたティアマトに関する父の書物を、興味本位で見てみては、血相を変えたカレジに取り上げられていたことを、ハジメが思い出す。
一歳を過ぎ言葉が話せるようになり、両親の話も何を考えていたのかも、理解し推測できたと伝えた事は伝えたのだが、やはり子供の戯言だと思っていたらしく、カレジは本気にしていなかった。
それはカレジの驚きを通り越した呆れ顔を見れば、鈍感なハジメでもすぐに分かった。
この期に及んで嘘を付いても仕方がないが、率直に言う事も出来ずハジメはあやふやな言い回しになる。
「何となく……解ったんだ……」
カレジが何故、ティアマトに関する本を捨てたのか。
カレジは何故、後に捨てることになる本を集めていたのか。
ハジメはその理由を全く教えられていなかった。
和という国から"ティアマト"が治めていた、この国へやって来たのは並々ならぬ理由がある。これはハジメが考えたのではなくただの"直感"だ。
カレジはハジメに少し疲れた表情で、
「まあ……賢いってのは良いことだぞ……きっとな! で? 何が訊きたかったんだ?」
ハジメが"何を訊こうか"と一度夜空を仰ぎ考えて、今度は地面を凝視し思考する間に、カレジは真剣な? 呆れた? ……みたいだった表情は笑顔に戻っていた。
「ティアマトって何?」
訊きたい事が多すぎたせいで、ハジメの頭の中はまるで整理が着いておらず、質問が単刀直入になっていた。
すると、カレジから醸し出される雰囲気が禍々しいモノに変わり、ハジメの目を見つめる事は無く、低い声で誰に向けたわけでもなく吐き捨てるように言った。
「龍族の血を引く"連中"……」
"連中"――仮にも元王族に対し見下すようなカレジの発言にハジメが違和感を覚える。
ハジメはカレジの雰囲気に怯えて目さえ合わせられないでいた。
だが、ハジメの口が止まらなかった。
「ティアマトが使う"魔法なる力"って何の事なの?」
「そのまま……"魔法の事"だ……」
「なら……父さんの手製魔法書に書いてあるのは魔法じゃないの?」
「ちゃんとした"魔法"だ……」
一貫しないカレジの説明が、ハジメには全く理解できていない――意味不明。
「どういうこと?」
二次関数を解けない中学生が教科書を投げ出したくなる様に"ティアマトの魔法なる力"のことなど、ハジメはどうでもよくなる。だが、ハジメは投げ出しそうなった気持ちをグッと心の内に留めた。
「ティアマトの使う魔法は"正真正銘の魔法"だ……原理も理屈も何も無い……本当に不思議な力だよ」
俺はティアマトの魔法を見たことがある――そんな言い方。
「俺達の使う魔法って言うのは"魔導戦闘法"と呼ばれるものだ……だから、ティアマトの"魔法なる力"とは"似て非なるモノ"なんだ……」
淡々と話すカレジにハジメが問う。
「父さん……何が違うの?」
温和だったカレジが"怒りの顔"と"怯えた顔"を混ぜた、面妖な表情と共にまたも理解不能なセリフを吐いた。
「あいつらは人間とは違う!! 化物だ!!」
突然のカレジの憤怒にハジメの体が圧されて歩幅一歩分、後ろに下がりビビる。
ハジメは怯えた声で。
「と、父さん……どうしたの? ティアマトの一族だって人間なんじゃ――」
「人間? 笑わせるな!! ……人間は化物じゃない!! 人間があんな――」
カレジが何かを言おうとした。
その時だった――
「――あなた!!!!」
ハジメの耳に入る神経に障る声。
その声の主へ、ハジメが振り向く。そこには、最も現れて欲しくなかった人物がたっていた。
ハジメの母、ハレルヤ。
ハレルヤは夫の怒鳴り声を聞き何事かと駆けつけていた。
カレジからすれば自分の目の前まで女房が来ていたはずなのだが、興奮して気づいていなかったようだ。
母は強しと言うべきなのだろうか。
それとも女房は強しか。
カレジとハジメが硬直してしまっている。
「ハ、ハレルヤ……ど、どうしたんだ……」
すっかり大人しくなり、いつものカレジに戻っていた。
「どうしたじゃないわよ!!」
と、言いカレジを睨み付け金切り声を上げた理由が、ハレルヤの左手に握られている。
≪手製魔法書≫
ハジメもいつハレルヤに取り上げられたのか気づけなかった――両手を見る。
「あなた!! ハジメを勇者にするなんて絶対に許さないって……あれほど言ったのに!!!!」
「ち、違うんだ……ハジメが勇者について色々訊きたいって言うから……」
カレジが放つハレルヤへの言い訳にハジメは――
(……え?)
カレジが動揺してしまうのは、ハジメにも理解できる。ハレルヤの恐ろしさを、大まかに例えるなら真っ直ぐでないのだ。曲がりくねって常に一定じゃない、蛇の様に絡みつき、狙った獲物に毒を流し込み身動きを取れなくしてまうような、そんな感じ。
カレジが何時もハレルヤに対し、脅えているのはハジメもよく知っていた。
表面的にはカレジが上の立場にいる。しかし、ハレルヤはカレジの内面を完全に支配している。
だから、ハレルヤの言動にカレジは何時も気を配っている。カレジがハレルヤと激しい口論を繰り広げられるのは、ハジメという繋があるからこそ。
息子の為とカレジが自分自身に檄を送ることで、唯一その間だけ、ハレルヤの支配から逃れることが出来る。
もしかすると――『僕のことで喧嘩するのはそのため?』とハジメが悟ってしまう。そのことでハジメは父の豹変振りにズンっと気持ちを落としてしまった。
そして、心の中で呟く。
(……なんだよ)
父と母の喧嘩の間合いから一歩外へ出ようとすると、ハレルヤがキッ! とハジメを睨みつけ――
「そうなの!! ハジメ!!!!」
いつも怒られている理由が見当たらない。理由が見当たらないのにハジメはいつもハレルヤに責められる。
ハジメ自身もハレルヤに精神を支配。つまり、洗脳されて――そうじゃない。ハジメはハレルヤが犯されている、とある病気。その症状の一つである接触行動によって、猛毒を無意識の奥底にまで注ぎ込まれているのだ。
それを知るのは、まだまだ先のことだが、何も知らないハジメは心の底からこう思う。
(何も悪いことなんてしてないのに……)
こういう両親の性格は前世と何ら変わっていない。ハジメが大嫌いだった両親の姿だった。
前世と同じならするべきことは一つだった。それは心と感情、精神と、全てを殺して、ハジメがこう言えばいい。
「ご、ごめんなさい……僕が悪かったです」
これが前世の一が、小さい頃から引きこもるまでやっていた両親の喧嘩を解消する方法だった。『父さんと母さんは悪くない、全て僕の責任ですと頭を垂れる』、そして、ハジメが出したカレジへの"助け舟"に父がどっぷりと乗っかることで、全てが解決へと向かう。
「ハジメもこうして謝っているんだ…許してあげないか? ハレルヤ……」
ハレルヤがカレジの言葉を聞くと視線をハジメに移した後。ハレルヤはクッと苦虫を咬んだような顔でハジメをまた睨み。
「もう父さんに勇者の事を訊くのは止めなさい!!!!」
ハレルヤの天まで届きそうな怒鳴り声。全身が凍ってしまったかの如く、ハジメの体が凍てついてしてしまう。
ハジメがそうなってしまったのはハレルヤの顔。その顔は前世最後の日に見て、いまだハジメの脳裏に焼きついて消えない"悪魔"のような恐ろしい形相だったからだった。
「ごめんなさい……母さん……父さん……」
ハジメが震える足で踏ん張ると、足のつま先にズキッ! と痛みが走る中。
冬風がひゅぅぅうっと音を奏でながら吹くと、ハジメの両腕に冷たい空気が張り付いたようだった。
鳥肌がたつのは冬風のせいか。それとも、単にハレルヤの悪魔の形相に震えた所為なのか。それは誰にも分からないことだが、ハジメは後者だと思った。
だから、もう一度頭を下げて『ごめんなさい』と、両親に謝罪した。
すると、打って変わた様にハレルヤは豹変し優しくなる。
「ちゃんと謝れるなんて偉いわ……ハジメ」
ハレルヤがハジメを抱きしめ頭を撫でる。
そこへ近寄る父。カレジは何事も無かったかのように――。
「良く謝ったな……」
と言ってハレルヤの機嫌を見る。
「父さん"も"悪かったんだ……」
"も"――か、とハジメは心の中で嘲った。
ハジメは顔を俯かせ消沈して見せたのだが、息子の"レッドサイン"はいつもと同じく――両親へ届くことはない。
前世ではいつもの流れと言っていい。
母がキレる、父の責任転嫁、そんな二人に割って入って息子が謝る、そして全てはハジメが悪いということで収拾が着く。
ハジメ一家に存在する暗黙のマニュアルで造られるいつも通りのシナリオ。
この世界に"産まれ変わり"、両親も"生まれ変わっていた"とハジメは感じていたが、前世の片鱗を見て酷い嫌悪感に襲われる。
――母の言葉も……。
「さぁ……外は冷えるから中に入りなさい……ハジメ」
――父の言葉も……。
「母さんの言う通りだ……風邪を引くぞ!! ハジメ」
――鬱陶しくて気持ちが悪い。
「うん……父さん、母さん……いつもありがとう」
両親に向かってハジメがそう言った。そして、ハジメがモヤモヤとする自分の胃の辺りを押さえた。
憧れの勇者になる。
その為に頑張ろうと、そう思った矢先の出来事だった。
ハジメを襲う両親からの"変わった愛情"に精神をやられメチャクチャに打ちのめされ、いつもの様に自分で創った勇気の呪文を心の中で唱えると――
『勇者は強い!! どんなに僕が屈しても、自分の中の勇者は決して屈する事はない』
ハジメが続けて、こう思う。
(勇者になるには親に頼っちゃいけない)
これが、銀色の月が浮ぶ満天の夜空の下で、ハジメが学んだ"勇者への道"だった。
ご愛読ありがとうございました。




