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魔王転生  作者: 兎花
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~魔術訓練・中編~

双子を森へ置き去りにした後、ミレディは街へと戻ってきていた。ネリアと共に双子の様子を見守るためだ。


「お帰り。何処へ連れていったんだ?」

ネリアは酒と肴を用意して待っていた。昼間から飲むつもりだ。

その様子を見てニヤリと笑う。

「ルパーナの森よ。あそこなら弱い魔獣しか出ないわ」

「懐かしいな、ルパーナの森か。小さい頃の遊び場じゃないか。本当に懐かしい……」

胸を過る郷愁に語尾が消え入る。鬱々と考え込む友人を尻目に、ミレディはテーブルの上の水盆に呪文をかけた。するとそこに、先程別れたばかりの双子の姿が映し出される。


「あら、ちゃんと荷物の確認をしているわ。えらいえらい」

やはり頭の良い子達だと思う。齢7歳にして怯えるでもなく暴走するでもなく現状把握に努めている。

そんな感想を母親に伝えると、当たり前と言わんばかりにドヤ顔をされた。


「当たり前だ。私の子なんだからな」


その表情に感慨深いものを覚える。10年前までの彼女は、魔王一筋で日々戦いに明け暮れていた。

自信が幼い頃に捨てられた事もあり、結婚願望も全くない女へと育っていたのだ。

それが今では二人の子持ちで、正真正銘の親馬鹿である。


「人って変われるのね……」


しみじみと呟く旧友に、ネリアは大笑いした。自分でも常々考えていたことだ。自分自身が一番驚いていた。


「この森なら、ノスが居れば余裕だろうな。ティナは少し厳しいか……」


水盆の映し出す光景を眺めながら、ネリアは呟いた。

襲い来る魔獣をノスが一撃で仕留めている。見る限り、風の魔術で鎌鼬を起こし、魔獣の急所を的確に貫いているのだ。

その横で同じ魔術をティナが使用するも、止めをさせるほどの威力はない。


「ねえ、ネリィ?」

昔の愛称で語りかける。

8年以上前、二人はコンビを組んで戦っていた。ミレディが魔術専門、ネリアが武術専門でだ。なぜかとてもウマが合った二人は、魔族でも迂闊に手が出せないほどの強さだった。


「ノスを鍛えるのはわかるけれど、どうしてティナまで戦わせるの? あの子は普通の子よ? おそらく今以上には伸びないわ」


双子だというのにここまで違うものかしら? と疑問が胸の奥に湧く。

父親が魔族だから人外の強さなのはわかる。だがティナの場合、魔族の要素が全くないのだ。父親が魔族であれば例え母親が人間だとしても、それなりの魔力なり能力を持つのが一般的なのに。


ネリアやミレディが育った所は、魔族の国の中にある人間の街だった。昔から魔族と人間の領土はキアリス大連峰で完全に分かたれており、人間はよく口減らしの為に子供を山で捨てていく事が多かった。

その子供たちを拾い育てたのが魔王ベルゼアであり、その子供達が作った人間の街が二人が育った街なのだ。


もう150年近く続くその街では人間と魔族の混血も多く、その子供達は皆、明らかに両親ともの特徴を受け継いでいた。



「ティナは……そうだな。無理に強くなる必要はないけど念のためだ。あの子は将来この店を継ぐつもりらしいからな」


酒杯を傾けながら言う。その目は何処か遠くを見るように窓の外へと向けられる。

店休日の今日、いつもの喧騒が嘘のように店内は静かだ。壁を隔ててた向こう側では宿場町としての賑わいがいつものようにあるのだろう。

埃の積もる音ですら聞こえそうだな、とネリアは思う。


「ティナが店を継ぐの? ふーん、あなたのことだから店は一代限り、とか言うのかと思ってたわ」

「私はそれでもいいさ。だがティナがやりたがっているんだ。そう……困ったことに」

「困ったことに? それってどう言うこと?」

「あの子は料理の腕前は微妙なんだ。まだ7歳だからもう少し様子を見ないと駄目だろうが、それでも今現在の実力を見る限り、その、な……」


言葉を濁す旧友を何とも言えない眼差しで見る。


「……まあ、料理は才能は無くても努力で何とでもなるじゃない? まだまだ先の話だし、あなたの娘なんだからそのうち上手くなるわよ」


その言葉に嬉しそうに頷くネリア。そうだな、娘だもんな、等と言いながら上機嫌に笑っている。

そんな双子の母親を生暖かい目で見ていたが、不意に何かに惹かれるように水盆の二人を見た。


「……あら、珍しい魔獣が居るわ」


ミレディの『目』は、双子の背後から忍び寄る大きな影の存在に気付いた。

「あれは炎狼ね。ルパーナの森に出たかしら?」

首を傾げつつ考える。

「炎狼だと? あそこは小型の魔獣しか出ないはずだ。なぜそんな魔獣が出る?」

「……魔族の地も、ベルゼア様が亡くなられてから、どんどん変質しているわ。それも悪い方にね。六玉将の皆様が頑張ってるとはいえ、やはり魔王核の喪失によるダメージは計り知れないわ。ーーーさて、と。炎狼相手じゃあの子達には厳しいわね。ちょっと迎えにーーー」

「いや、待ってくれ。もうしばらく様子を見たい」


真剣な眼差しのネリアは水盆から目を離さない。


「炎狼相手に様子見する余裕なんて無いわよ」


子供達に余裕がない、と言う意味である。ミレディやネリアならばあれくらいの魔獣など一捻りだ。

子供達よりも遥かに大きな魔獣だ。パニックになって怪我をしてもおかしくない。


「いや、ノスが居る。あれは常日頃からティナを守ると豪語しているんだ、死ぬ気で守るだろう。ノスの頑丈さは父親譲りだからな」


水盆の映像は、地に倒れ付したノスを映し出している。

魔獣とティナは無言で見つめあっている。それを見守るネリアはぐっと拳を握りしめた。


「ネリィ。行くわよ」

それは確認ではなく決定だった。その一言を残してミレディは消えた。


水盆の中のノスは蒼い炎を身に纏いティナを守る為に戦っていた。その目に子供らしさは欠片もない。ただ目の前の敵からティナを守る為、無我夢中で拳を振るっていた。


その姿に、母は満足気な笑みを洩らすと、強張っていた体から力を抜き背凭れに身を預けた。


「それでいい、ノス。お前の使命を忘れるなよ」


その密かな呟きを、拾う者はなかった。





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