~ブルーガーデンの青い小鳥2~
モヌファと呼ばれる魔獣は猿型をしており、その毛並みは漆黒で顔の毛は暗い紅色をしている。普段はとても大人しいのだが変わった性質を持ち、群れの規模が大きければ大きいほど、知能が比例して高くなる。そのため年2回の繁殖期の後は、必ず間引く必要があるのだ。
ちなみに繁殖期前に数を減らすと、爆発的に増えてしまうため要注意だ。
ティナがこの依頼を請け負ったのは、今の彼女の得物が弓だからだ。樹上生活をするモヌファの討伐は弓師が一番適している。
荷物を出張所の2階にある客室に置いた後、2人はさっそく森へと入っていた。
2人とも徒歩である。
ティナの手には変わった形の弓が握られていた。大きく反り返った弓は小さく弦がなかった。色は可愛らしい薄紅色で、緑の石が上下にひとつずつ埋め込まれている。
『妖精の弓矢』と創作者であるベルゼアが名付けた弓だ。
「――群れの位置情報は把握出来ているんですね」
先頭を歩くライルの手には方位磁石に似た物があった。これは登録した個体情報を頼りに、その個体の動向や状態を離れたところからでも確認できる魔道具だ。
それを頼りに2人は進んでいく。
「毎年のことだからね、ある程度の調査の為にもガムルが居るんだよ。特に群れに関しては把握しておかないと、間引くにしても均等にしなければ減らし過ぎる可能性もある。この仕事は地味にめんどくさいんだ」
そんな話をしながら進んでいると、ライルの手の中の磁石の針が大きく揺れた。同時に男の空いている手がティナの動きを制した。
「ここで待っていてくれるか。少し偵察に行ってくる。この辺りは強い魔獣は出ないが、その分厄介なのが多い。絶対に動かないように」
そう言ってライルは少女の首に何かを掛けた。ティナはそれを手に取り目線の高さまで上げて確認する。
「……笛、ですか」
ティナの小指ほどの大きさの銀色の笛だった。
「何かあればこれを吹いて。どんなに離れていても俺の耳には必ず届くようになっているから」
ライルはそれだけを言うと森の奥へと消えた。その動きは速いのに枯れ葉を踏みしめる音ひとつしないものだった。
ティナはその後ろ姿を見送りながら、ライルの一族の加護について思いを馳せる。
(あれはやっぱり重力が関係してるんだろうな。月の聖霊なら、逆に引っ張る力が働いてるとか?)
人間の域を越える動きだ。あの一族の特異さはシリルもそうだが半精霊と言っても過言ではないだろう。
(一度、研究してみたいなぁ)
ベルゼアの時からの悪い癖だ。気になることがあると、どうも周りを気にせずに追究したくなる。そのせいで魔王城の地下は魔剣聖剣で埋め尽くされているのだ。
魔王城には地下以外にも開かずの間が多数存在している。主にベルゼアのせいで。
そんな事をつらつら考えていると、突然森の奥で爆発音がした。それと同時に慌ただしく飛び立つ鳥の声が響いた。
ティナは数瞬迷った後、心を決めて森の奥へと走っていった。
走りながらティナはライルから預かった笛に、リズムをとるように息を吹き込んでいく。
この笛はライルの着けているピアスと一対になっており、どこで吹こうがピアスを着けている本人にしか聞こえない。つまり、ライルが無事であれば笛の音が聞こえているはずだ。
だからティナはわざとリズムをとって鳴らすことで、彼女が無事であることと、そちらに向かっていることを同時に教えているのである。
爆心地に近付いたようで、焦げた臭いが急に濃さを増した。
同時に複数の人の気配を感じてティナは大きな木の影に身を隠した。そしてそっと人の気配がした方を窺う。
そこにはライルと、彼に立ち向かうように数名の冒険者らしき人が向き合っていた。ちょうど、その場面を横から捉えた場所にティナは居た。
ティナは笛の鳴らし方を変えて口から離すと、ライルが視線だけで周囲を探っていた。そしてふとティナの隠れている木に視線を当てると、僅かに眉間にしわを寄せた。
わずかに覗いている姿に気付いたようだ。おそらくティナがここまで来たことに物申したい気持ちなのだろうことが、その表情から読み取れた。
「おい、余所見してる余裕なんてあるのかよ」
向かい合っていた男がひとり、ライルに向かって吠えながら襲いかかった。手にした大剣を振りかぶり真っ直ぐにライルの頭上に落とす。同時に男の仲間が動いた。ひとりは魔術師で短い詠唱の後風の刃を放ち、もうひとりは筋肉の盛り上がった巨体を素早く移動させた。
ティナはその様子を見詰めながらも動かない。ライルも慌てた様子もなく大剣をすれすれでかわし、そこに襲いかかってきた風刃を魔剣でなぎ払い、羽交い締めしてこようとした巨体を蹴り上げてあしらった。
「仮にもSランク冒険者とは思えない態度だな。このことはギルドに報告するがいいのか」
ライルが若干めんどくさそうに口を開いた。
「ハッ、チクりたきゃチクれよ、お貴族様よぉ! その透かした態度が気に入らねぇ。いつも俺たちを見下した目で見やがって」
「……歪んだ被害妄想で勝手に敵視しないでほしいんだが」
「うるせぇ! そもそもこの仕事は俺達の仕事だ! 余所者がしゃしゃり出るんじゃねえ!」
「お前らだって余所者だろうが」
ティナが聞いている限り、まともな会話にはなっていなかった。ライルはなんのわだかまりも持っていないようだが、相手側の悪意が強すぎて見ていて滑稽に感じた。
そもそもあれがSランクだと言うのだから驚きだ。ライルの方がランクでは下なのである。
「だから先程から言っているだろう! 俺はマヌファの討伐依頼を受けてだな」
「嘘を吐くのならもっとマシな嘘を吐け! Aランクにマヌファ討伐の依頼が回るわけないだろうが!!」
聞いていて「なるほどなぁ」とティナは頷いた。
元々良好とは言えない関係性の上に、不信感がここに来て募っているのだろう。確かにマヌファ討伐は下位ランク向けの依頼だ、間違っても高位ランクの人間が受けるものじゃない。
ティナは少し迷った後、木の影から姿を見せた。
「ティナ?!」
ライルが気付くのと同時に、冒険者達も場違いな少女の姿に目を見張った。そして3人揃ってライルを見て声を張り上げた。
「お前、やっぱりロリコンだったのか!!」
見事な合唱具合に、ライルが眉を吊り上げて怒鳴り返した。
「違う! そもそも“やっぱり”ってなんだ!? おかしいだろ!」
珍しいライルの態度にティナは興味をひかれたが、不意にチリチリとした不快感に首筋を押さえた。
思わず眉をしかめた少女を獣の咆哮が襲った。空気がビリビリ震えるような大きな荒波を思わせる咆哮に、瞬時に場の空気が変わる。
「チッ、探す手間が省けたぜ! 行くぞ、ガイ、リュート。今度こそ奴に止めを刺すぞ」
「おい、待て! ゲイン!」
ライルの制止など歯牙にもかけずに男達は森の奥へと向かった。苦い顔のライルの元へとティナは歩いていく。
「追いかけなくてもいいんですか? お友達、なんですよね」
若干選んだ単語に違和感を感じつつも、ライルもそこには突っ込まずに溜め息を吐いた。
「気になるのなら追いましょう。今ならまだ間に合います」
「いや、ティナが居るのに危険な真似はできない。あいつらは腐ってもSランクだ、なんとかなるだろう」
そう言いながらも森の奥を睨む表情は厳しい。ライルの性格上見捨てるような行為はしたくないのだろう。だがここにティナがいる以上、彼の優先順位は明白だった。
「とりあえず一度村に戻ろう。どうやら情報が回っていないようだ。ガムルに確認してもらおう」
ライルが森を走り抜けるためにティナを抱き上げようとすると、そのティナが困ったように首を横に振った。
「駄目ですよ、ライルさん」
「ティナ?」
「今追いかけないと、間に合わなくなります。チリチリと……、そんな感じがするんです」
僅かな不快感が告げているのだ。今でなければ、間に合わないと。
昔から、ティナの勘はよく当たるのだ。
「行きましょう、私なら大丈夫ですから。ライルさんも友人を見殺しにはしたくないでしょう?」
「……やつらは高ランク保持者だ、そう簡単にはヤられないよ。それよらもティナの安全の方が大事だよ。さあ、急ごう」
頑固なライルの言葉にティナは溜め息を吐きたくなった。
(ライルさんて、根っからの騎士様だよね)
優先すべきは弱者の保護で、自分の感情は二の次なのだ。そんなライルをらしいと思いながらも、少し融通が利かないのが玉に瑕だ。
「もう一度言いますけど。今なら間に合うんです。この意味わかりますよね?」
意識して怖い顔を作ってライルを睨んでみる。すると面白いくらいに男は動揺して眉を下げた。
「この押し問答も時間の無駄です。行きましょう、ライルさん」
ティナの強い眼差しにライルは少しだけ迷いを見せたがすぐに腹をくくったようだ。ティナをひょい、と抱き上げると森の奥へと走り出した。
それに驚いたのはティナの方である。
「うひゃ?!」
文句を言うよりも先に男が走り出したので、バランスをとるためにライルの首筋にしがみついた。
ライルに抱っこされて移動するのは初めてではないが、その度にティナは人間離れしたライルの動きに目が回りそうになる。
思わずぎゅっと瞼を閉じて揺れに耐えていると、先程よりも大きな咆哮が耳に届いた。その後に続いて大きな爆発音が数回大気を揺らした。
「急ぐぞ!」
ライルの体に更に力が籠ったのを感じて、ティナもその後の揺れに備えた。
時間がなくて書くので精一杯です。校正、推敲が満足に出来ていません。おかしな箇所があれば教えて下さい。




