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魔王転生  作者: 兎花
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~ブルーガーデンの青い小鳥1~



「やぁ、バルストフ子爵。君は知ってるかい? 最近巷を賑わせている“青い小鳥”の話を」


 その日、モルロ・バルストフは馴染みのサロンへと顔を出していた。ここは主に高級士官やその徒弟が多く訪れる会員制のサロンだ。


「いや、聞いたことがないな。どこかの貴族が異国の珍しい鳥でも見せびらかしているのか?」


 度数の高い酒をまるで水でも飲むかのようにモルロは空けていく。


「いやいや、本物の小鳥の事じゃないんだよ。可愛い女の子のことさ。貴族御用達の高級飲食店『青い箱庭』(ブルーガーデン)で歌姫をやっているらしいんだ」

「へえ。それがどうかしたのか?」


 たいして興味を引かれなかったのか、モルロは流すように先を促した。そんなモルロの態度などお見通しだったのだろう。男はニヤリと笑うと取って置きの秘密を打ち明けるかのように唇を寄せた。


 そんな男の態度にモルロは一瞬不快そうに眉をしかめたが動くことはなかった。


「その小鳥が歌を歌っている間、ある男がずっと側に控えているらしい。その男もまた有名人でね。なんと、銀髪に銀目という、なんとも珍しい毛色をしているそうだ」


 男の言葉が終わる前にモルロは立ち上がっていた。その勢いにテーブルの上のグラスが倒れた。それに一瞥もくれることなくモルロは出口へと向かっていた。


「お、おい、バルストフ子爵……モリーナ! どこへ行く?!」


 モルロはピタリと止まると冷ややかな目で男を見遣った。


「私はモルロだ。間違えるな」


 それだけを言い捨ててモルロはサロンを後にした。




 ティナが『青い箱庭』で歌を歌い始めて10日あまりが経った。彼女が舞台に立つ頻度は2日に1度くらいの割合だ。初めに面接した時は5日に1度くらいだと言われていたのに、なぜか出勤日が増えていた。さらに増やそうとする支配人を牽制しながらもティナはこの仕事を続けていた。


 今日はその『青い箱庭』での仕事が休みの日である。

 ティナとライルは朝から冒険者ギルドへと顔を出していた。


「これなんかどうだい、ヨムグ草とルーテの花の採集依頼だ。場所的にもよい訓練になると思うよ」


 ティナ自身の戦闘能力はそれほど高くはなく、今はまだ討伐などの依頼は受けてはいない。ライルの力があれば戦えなくはないが、なんせ過保護な男である。実力に合わない場所には絶対に連れていってくれないのだ。


 最近、ライルを連れてきたのは失敗だったな、と思うティナであった。


 正直、いくらティナは非力でもルディに変化してしまえば最強なのだ。過保護にする意味がわからない。


「……こっちの討伐依頼を受けてみたいです」


 そう言ってティナが差し出したのは、下位魔獣の討伐依頼である。

 受け取ったライルは眉間にしわを寄せたまま考え込んだ。


「これくらいなら今のティナなら大丈夫だろう。だが」


 苦渋に満ちた表情のライルに僅かな不安を覚えた。なにか問題のある依頼なのだろうか。


「心配だ」


 ぺいっとライルの手から依頼票をもぎ取るとそのまま受付へと向かった。


「子供をからかうなんて、趣味悪いですよ、ライルさん」

「はは、ごめんごめん。まぁ、繁殖期も過ぎてるし大丈夫だろう。依頼票を出したら場所の確認をしよう」


 受付に居たのはアリスだった。ずっと視線を感じていたのに、こんな時だけ気付かないライルは本当は鈍いのではないのだろうか。それほどまでに熱っぽい視線を受けているのに、ライルには欠片も届いていない。


 ティナはぼんやりとアリスの顔を見ていて不思議に思うのだ。

 ティナは、今世でも前世でも、恋心というものを抱いたことはない。どれもこれも親愛や友情といった優しくて暖かいものばかりだ。


(私もいつか、誰かに恋したりするのかな)


 その時ふいに、脳裏に閃いた面影があった。

 まるで泣きそうな顔で笑う少し年齢を重ねた女性の面影。


(……今思えば。あれがベルゼア(わたし)の初恋だったのかもなぁ)


 焦がれるような強さはなかったけれど。哀しいほどに守りたいと思い慕った相手だった。


 レーゼの街に居る間に、1度だけあの女性ひとの様子を見に行った。もちろん母親には内緒でだ。

 記憶の中よりも遥かに年を重ねていたけれど、とても元気そうでほっとしたものだ。


 ティナがそんなことを考えていると、ライルが不思議そうに声をかけてかた。


「どうしたんだい、そんなにニコニコして」

「え? ニコニコ、ですか?」

「ああ、見ているこっちが思わず笑顔になるほど幸せそうだったよ」


 思わずティナは自分の頬に手を当てた。そしてじんわりと微笑む。


「まぁ、いいじゃないですか。ちょっとした思いだし笑いです。それよりも受付が済んだのなら行きましょう」


 アリスの見送りを受けながら2人はギルドを出た。



「シーラに乗っていくんですか?」


 1度宿屋に戻ると言うので、ティナは騎獣を連れに戻るのかと聞いてみた。するとライルは逆にティナに向けて質問を返す。


「ティナ、君は騎獣を持つ気はないか? シーラに相乗りしてもいいんだが、そろそろ冒険者として騎獣を持つのも必要だと思うんだ」


 ライルの言い方だと、冒険者は皆騎獣を持っているようにも聞こえるが、けしてそういうわけではない。持っていないのが普通で、騎獣持ちと言うだけで高位ランクだと周囲からは思われる。


「私が持っても大丈夫ですか?」

「ティナなら大丈夫だろう。世話もそこまで手のかからない騎獣も多いし、それに俺が居るからね」


 ティナ自身も騎獣を持てるのなら持ってみたいとは思う。

 まだベルゼアであった頃、よくキアリス連峰で人間を保護していたが、それと同時に魔獣も保護したことが何度かあった。幼獣であれば手懐けて騎獣にするのも難しくはない。


 その経緯で六玉将の一人とも知り合ったのだ。縁とは不思議なものである。


「……それなら魔王城(しろ)から連れてくればよかったかな」


 ポツリとティナの溢した呟きにライルは疑問の目を向ける。


「何か言ったかい?」

「いえ……。前に(・・)幼獣を捕まえたことがあったので。連れてくればよかったなぁ、と」


 そんなことを話ながら、とりあえず今日はシーラに相乗りしていくことになった。後日時間があれば騎獣屋に寄ることに決めた。




 王都から北西の方角に街道はなく、人が踏みしめて作った路が細々と続いていた。


 シーラの脚でおよそ30分の距離にその森はある。そのすぐ手前にある小さな村に着くとライルはシーラを止めた。


「ここが依頼のあった村だね。ここにはギルドの出張所があるはずだ、そこまで行こう」


 ライルは来たことがあるのか迷いなくシーラを進める。時々すれ違う村人達からにこやかに手を振られた。中には小さな子供たちも居て、輝く瞳でシーラを見詰めながら後を追いかけてくる。


「とても朗らかな人達ですね」


 後ろをじゃれあいながら付いてくる子供たちを振り返りながら、ティナは微笑んでいた。


「ああ、そうだね。だが、いつもこうだとは限らないと思うよ」

「どういう意味ですか?」

「村人も相手を見ているんじゃないかな」


 ああ、そういうことか。とティナは納得する。高価な騎獣に跨がった騎士然とした男と愛らしい少女の2人連れ。

 村人も自然と好奇心を刺激されているのだろう。


「ライルさんはこの村に来たことが?」

「ああ、1度だけね。その時に顔見知りになった連中は居ないな。仕事中だろう」


 出張所は村の中央付近にあった。見る限りは普通の家で、玄関付近に小さな吊り看板があるだけだ。村の規模から見ると大きい方の家かもしれない。


 2人はシーラから降りると家の前の杭に繋ぎ、中に入った。


 扉を開けるとそこは小さな食堂のような感じになっていた。小さめのテーブルが3つと椅子がその倍くらいある。


「誰か居るか?」


 ライルが声をかけている間にティナは店内を見渡した。カウンターらしきものがあり、その奥の戸棚には幾つかの回復薬が並んでいた。加工されたものもあれば、乾燥した薬草のまま置かれているのもあった。2階に続く階段もある。


「おー、誰だ? 冒険者か?」


 カウンターの奥から男が出てきた。癖の強い濃い茶髪に同色の目の色をした中年男性だ。身長も高いがその幅が凄い。ライルの倍はありそうだ。しかも見るからに脂肪ではなく筋肉だろう。


「親父さん、久し振りだな」

「あぁん? ……おめぇライルじゃねえか! なんだ、まだ生きてたのかよ。言ってた探し物は見付かったのか!?」


 男は楽しそうにライルの肩を抱くと、その頭をワシャワシャとかき回した。


「ちょ、止めろって、親父さん。そんなでかい図体で甘えてこられても気持ち悪いから」

「あ? なんだと、てめぇ……」

「それよりも今日はモヌファの討伐依頼を受けてきたんだ、今日1日世話になっても構わないか?」

「あぁん? モヌファだって? なんでまたお前がそんな低ランクの依頼を受けてんだ?」


 目の前でじゃれあう男2人をティナは呆然と見ていた。普段のライルからは想像できない雑さ加減だ。いつも冒険者でありながら騎士然としてティナより大人ぶって見えるのに、この見知らぬ男の前ではまるで少年のように無邪気だった。


「俺がどんな依頼を受けようと勝手だろ? それよりも紹介するよ。俺の相棒だ」


 ライルが少し恥ずかしそうに鼻をかいた。

 ティナはライルの手に背中を押されて男の前に立つ。


「あの、初めまして。ベルティナと言います。今日1日お世話になります」


 ぺこりと頭を下げると男は慌てた様子を見せた。


「おいおい、ライルよ、お前。こんな少女が趣味だったのか?」

「違う! ティナはとても世話になった方……の預かりものだ。馬鹿な勘違いはするなよ」


 不快感を思いっきり表情に乗せてライルは釘を刺す。そんなライルの様子に男は肩を竦めただけだった。

 そして改めてティナに向き直り笑顔を見せた。


「おう、ご丁寧にありがとな。俺はここ、ギルド出張所で唯一の職員だ。名前はガムル、よろしく」


 大きな体を少し縮めてニカッと笑う。ティナよりも何倍も大きく厳めしい男だが、何だか可愛い人だなとティナは思った。


「ティナの得物はなんだ? 荷物の中か?」

「弓と短剣です。弓はこの中ですよ、短剣はここ」


 背中に背負った革袋を示し、上着で隠れていた腰の短剣を見せた。その短剣に男の視線が吸い寄せられる。


「……おう、ちょっと見せてくれねえか?」


 ベルトから2対の短剣のうち一振りを渡す。

 ガムルは手の中の短剣を食い入るように見ている。その目は真剣で、時間が経つにつれて厳しさが増していく。


「……こりゃぁ、誰の銘だ? こんな業物、見たことねぇ」


 そう呟く。ライルがティナの方へ少し体を寄せて囁いた。


「彼はね、武器マニアなんだよ。その縁があって、昔から仲良くしてもらっているんだ」

「そうなんですか? でもライルさん、ここに来るのは2回目だって」

「ああ、彼がこの村に居ついたのは一年ほど前からなんだ。それまでは高ランクの冒険者だったんだよ」


 確かに体格を見る限り、宿屋の親父と言うよりは冒険者と言われた方が納得できる。


 短剣を見ていたガムルは嫌そうに眉をしかめると、ライルを睨み付けた。


「よせよ、それは嫌味か? お前に高ランクの冒険者なんて言われたくないぜ。あれから一年は経ってんだ、もうSSになったのか?」

「あー、ランクは上げてない。他のことがいそがしくてさ」


 曖昧に笑って誤魔化すライルを胡散臭そうに眺めた後、男の意識は再び短剣に戻った。鞘を外し、その波紋の浮いた刀身を感嘆の眼差しで見ている。


「これは本当に凄い……。なぁ、嬢ちゃん。これをどこで手に入れた?」

「それは秘密です」


 別に隠すことではないが、説明するのがめんどくさかった。ガムルにもそれは伝わったのだろう、厳つい男が真剣な表情で愛らしい少女ににじり寄っている。


「な?! せめて、誰の作かだけでも教えてくれ!」

「うーん、そうですね。ライルさんも同じ人の作品を持っているので彼に聞いてください」


 めんどくさいのでポイッとライルに丸投げした。

 丸投げされたライルは苦笑するとガムルに短剣を返すように促した。


「ティナに返せば俺の剣を見せてやる」

「お前の剣? 例の聖剣もどき(・・・)はどうした」

「あれはとっくに教会に返したよ。――ほら」


 ティナの手に短剣が返ったのを見届けると、ライルは外套の下から剣を取り出して鞘ごと男に放った。


 受け取った瞬間から男の顔が興奮で輝きだした。


 そうしてしばらくの間、男2人で剣談義が繰り広げられ、ティナはそれが終わるのをのんびりと待つのであった。



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