~とあるギルドの日常~
こそっと再開です。ブクマを外さずに待っていてくれた皆さん、本当にありがとうございます。
その日も朝からギルドは大忙しだった。
アイシール王国冒険者組合統括本部であるここ、アイシオン本部は、王国からの高度依頼も請け負うため、名を売りたい冒険者やおこぼれを狙う冒険者でいつもごった返していた。
そのギルドの看板娘(?)である職員のアリスは、朝から百点満点の笑顔で冒険者達の相手をしていた。例えそれが1週間お風呂に入っていないようなおっさんだとしても、金髪碧眼の美男子だとしても、その態度に一切の変化はなかった。それ故に、彼女は看板娘を任せられているのである。本人の知らないうちに、だが。
アリスがここのギルドに勤め出したのは4年前からである。アイシール王国の成人は男女ともに16歳だ。その時から愛らしい容貌と真面目で親切な性格と、その初初しさが受けて人気があった。
「おはようございます、エンジさん。今日は依頼の受け付けでよろしいですか?」
もう4年も経つと慣れたもので、仕事を捌く速度も格段に上がっていた。確実に正確に、かつ迅速に。それがこのギルドのモットーである。
受け付け業務をこなしながら、彼女の目が時折入り口の扉に向く。人の出入りが多いので開け放してあるがギルド内に入りきれない人でごった返していた。
(やっぱり朝一は来られないかな……)
落ち込みそうになる気分を慌てて引き締めた。
(大丈夫、まだ昼から来る可能性もあるわ。その方がゆっくり話もできるじゃない)
そう気分を盛り上げて仕事をこなしていく。途中で休憩をはさみ、気が付けば時刻は10時半を回っていた。ギルド内もだいぶ落ち着き、まったりとした時間が流れる。
「ふう、やっと落ち着いたわね。少しお茶にしましょうか」
隣で同じ受付をしている先輩のルシーの言葉に、アリスは嬉しそうに頷いた。カウンター業務は基本暇であれば飲み食いをしても構わないが、さすがに接客中は禁止されている。朝のようにずっと忙しい時などは交代で休憩に入るのが決まりだ。
「ルシーさん、何かお茶請けありますか?」
「うーん、あるにはあるけど、どう見てもこれギルド長向けのお茶請けよね?」
「はぁ、お煎餅ですか。甘いのがいいですね。クッキーとかありませんか?」
「だめ、ないわ。しまったなぁ、切らしてたか」
がさごそと、頭の上の戸棚を探るその姿に、ギルド内に残った男達が生唾を飲んだ。豊かな実りがたぷんたぷんと揺れるのだ。思わず拝む者まで現れた。
「先輩、私買ってきましょうか? 走っていけば10分もかからないですし」
「そうね、お願いしてもいいかしら」
「はい、任せてください! ついでに備品も買ってきます」
走ったところで揺れる胸もないから痛くもないし、等と心の中で思っても口にはしない。より空しくなるだけだ。
お金を預かり外へ出ると雑貨屋へ向かう。幸いなことに主要な施設や商店などはギルドの周りに集中していた。今回は雑貨屋と食料品店だけで済みそうなので、そんなに時間はかからないだろう。
まずは雑貨屋でインクと糊やトイレ紙、それらを持って食料品店へ向かい、数種類のお菓子と茶葉を買った。店を出る頃にはかなりの荷物で腕が痛かった。
(よ、欲張り過ぎた……)
よろよろと歩いていると、不意に荷物が無くなった。泥棒か?! と後ろを振り返ると、心を打つ銀の瞳とぶつかった。とっさの事で、心臓がキュンッ、と甘く痺れた。
「こんにちは、アリス。凄い荷物だね、持つよ」
「こ、こんにちは。ライルさん。あの、少しなら持てますから貸してください」
顔を真っ赤にしながら慌てて荷物を取り返そうとした拍子にライルの手に触れてしまい、訳のわからない悲鳴を上げて飛び退いた。そしてその態度が余りに失礼なことに気付き、変な汗を流しながら謝罪を繰り返した。
一人で忙しいアリスを困ったように見守るライルの横には小柄な少女がいた。その少女と目があった。
「こんにちは、アリスさん」
少し垂れ気味の瞳は美しい瑠璃色。顔の造作その物よりも、パーツの一つ一つが整っていて美しい。この少女は不思議な魅力を持っていた。全体で見るとさして目を引かないのだが、意識して見てみると魅入られるのだ。その瞳はもちろん、蒼い光沢を放つ黒髪も乳白色の柔らかい肌も、自然な赤みののったふっくりした頬も時々ぼんやりすると半開きになる小さな唇も。不思議な存在感で見る者の胸を締め付ける。
(くうぅぅぅ、可愛い可愛い可愛すぎるーーー)
心の中の絶叫は鼻息となって現れた。いきなりハァハア言い出したアリスに、ティナは体調不良かと心配になる。
「ライルさん、アリスさん体調が悪そうですよ? 私ここで荷物見てますから、先にアリスさんを運んだ方がいいんじゃないでしょうか?」
「確かにそうだね。それじゃあティナ、頼めるかい?」
「はい、わかりました」
(?!!!! ティナちゃん、マジ天使!!!)
荷物を道脇に寄せるとライルはしっかりとティナの目を見て言い聞かせた。
「いいかい、ティナ。知らない人に声をかけられてもついていっては駄目だよ。もし万が一体を触られたりしたら大声で呼びなさい、ティナの声なら何処にいても聞こえるからね。それからーーー」
「ライルさん、鬱陶しいです。早く行ってください。アリスさんの目が朦朧としてますよ」
「はっ、そうだった。アリス、じっとしててくれ」
アリスの目が朦朧としているのは意識が妄想に飛んでいるからなのだが、そんなことは知らないライルは慌てて彼女を抱き上げた。そしてすぐ目と鼻の先にあるギルドへと走っていった。
(いちいち大袈裟なんだよね、ライルさんは)
荷物の横に腰を下ろしてティナは人の流れを見ていた。
当たり前だが人間しかいない。つい1ヶ月前までいたレーゼの街にはたくさんの魔族と亜人が暮らしていた。
ーーーいつか遠い未来、この街にも魔族が歩いたりするのかなぁ。
ぼんやりとそんな事を考えていると、何事もなくライルが戻ってきた。そんなに急がなくてもいいのに、とティナは思う。彼女だって駆け出しとはいえ冒険者なのだ。ティナから見てもわかりやすいほどアリスは想いが駄々漏れなのに、肝心のライルは全く気付いていない。……いや、もしかするとあれは高度な焦らしプレイなのかもしれない。まだ付き合いが浅い分見えない部分があるはず。ティナは笑顔で近付いてくるライルを観察した。
銀色の髪と瞳はとても珍しく、ある一族の直系にだけ出る。それは加護の色だ。この色を持って産まれた子供は優れた身体能力か、あるいは強い魔力を持つという。
ライルの場合は前者でシリルは後者ということだ。
「やあ、待たせて済まない。……どうしたんだい、そんなに見詰めて。何か付いてるかい?」
「………アリスさん、大丈夫でした?」
早速アリスの残した荷物を持つとティナを一歩先に歩かせてギルドへと向かった。
「大丈夫そうだったよ。とりあえず医務室へ運んだが」
二人がギルドの中に入ると、ちょうどルシーが医務室から出てきた所だった。
彼女に声をかけ、荷物を置く場所を教えてもらい、身軽になったところでアリスの容体を確認した。
「こんにちは、ルシーさん。アリスさんはどうですか?」
「こんにちは、ティナちゃん。アリスなら大丈夫よ、ちょっと逆上せたみたいね。すぐに出てくるわよ。それよりも二人ともありがとう。荷物まで持ってもらっちゃって」
「気にしなくていい。困った時はお互い様だ」
「まあ、原因の大半は貴方のせいみたいだけどね、ライル」
「は?」
ルシーとライルの会話を背中にしながら、ティナは掲示板に向かう。そこには依頼表がたくさん貼られており、時折吹き込む風にヒラヒラと揺れる。
まだランクの低いティナが受けられる依頼は街中の雑用がほとんどだ。
ゆっくり検分していくと、ひとつ気になる依頼を見付けた。細い指を伸ばしてその依頼票を取った。
「……いや、だから私はティナに付いていないと」
「馬鹿なことを言わないで、ライル。貴方はAランクなのよ?! そんな人が新人冒険者と同じ仕事をしてどうするの!」
「申し訳ないがこればかりは……」
「駄目! Bランク以上の冒険者はギルドの依頼を断れないんだから! はい、これが依頼票よ、期日はないけどなるべく早く退治してね」
ルシーに詰め寄られたじたじのライルの横からすっと依頼票を出した。
「ルシーさん、これお願いします。ライルさん、私のことは大丈夫だから依頼を片付けてきてください」
ティナが出した依頼票に目を通したルシーは「あら」と声をあげた。
「これって、ランク外依頼よね。ティナちゃん、歌好きなの?」
「はい。母がお酒を出すお店もしていたので、その時に経験があります」
ティナの返事にルシーは困惑気味に微笑んだ。そして様子を眺めていた保護者にチラリと視線を向けた。
ライルはその視線の意味に気付き、少女の頭越しに依頼票を覗きこんだ。
「歌い手の募集か……。このお店はどんな感じなんだ?」
「貴族専用の高級飲食店よ。聞いたことないかしら? 『青い箱庭』という店よ」
「………ああ、もしかして貴族街区にある、青い建物か。ふむ、貴族相手だと少し心配だな」
過保護な保護者の言葉をティナはまるっと無視をする。
しかしティナは無視してもルシーもまたライルと同じ意見だったようで、我が意を得たりと大袈裟に同意している。
「そうよね、そうよね。貴族はちょっと心配よね。あいつら権力振りかざしてやりたい放題だから」
出来ればティナちゃんみたいな可愛い女の子にはオススメしないわ―――。複雑な表情でルシーが呟く。
ギルド員の仕事として、冒険者の力量を見定めて、時には身の丈に合わない依頼を受けようとする冒険者を諌めることもある。ティナがこの依頼を持ってきたということはかなり歌に自信があるのだろう。
だがルシーは正直に言えばこの依頼をティナに受けてほしくはなかった。なぜなら貴族にとって冒険者の命など道端の小石と変わらない重さしかないからだ。しかもティナは不思議な魅力を持っており、どこぞの貴族に目をつけられるかわからない。
そうルシーがやんわりと説明すると、ティナは少し考えるように小首を傾げた。そしてチラリと過保護者を見る。
「ライルさん、一緒に来てくれますよね?」
「それはもちろん」
「なら、問題ないです。これの受付お願いしますね」
「………ライルの報酬は出ないわよ?」
「大丈夫だ、ティナの事に関しては報酬はいらない」
そこまで言われてしまってはルシーもこれ以上は言えなかった。内心では盛大に悪態を吐いてはいたが。
(まあ、ライルがいるなら大丈夫か)
なんと言っても元聖騎士の今はAランクの冒険者である。しかも貴族の出身だ。これ以上の護衛はいない。
(それにしてもこの2人、どういう関係なのかしら)
依頼票の手続きをしながら、前から疑問に思っていた事がまた頭を過る。
噂になっていた元聖騎士の冒険者が、フラリとこの王都を訪れたのは約1年ほど前だ。そして数ヶ月でまたフラリと居なくなり、ほんの数週間前に再び現れた。
小さな少女を連れにして。
しかも明らかにライルの態度がおかしいのだ。まるで主に接するかのようにティナを敬っている。
最初に流れた下世話な噂がすぐに消えたのは、そのライルの態度を平然と受け止めるティナがあまりに堂に入っていたからだ。
今ではティナがどこかの王族の御落胤ではないか、とそんな話まで出回っていた。
「……はい、それじゃ今日の夕方に一度面接に行ってくれる? これ、紹介状よ。責任者はエルリック・ド=レミン、総支配人らしいわ」
ティナは紹介状を受け取るとポーチにしまった。何やら思案顔のライルに向き直り小首を傾げた。
「行きましょう、ライルさん。……なにか気になることでも?」
「ん、うん。……少し早まったかな、と思ってね」
ティナが詳しく聞こうとすると、それを遮るようににこりと笑った。
「よし、それじゃあ夕方まで少し時間があるな。早速ドレスを選びに行こう」
「え、指名依頼はどうするんですか? それにどうしてドレスがいるんです?」
不思議そうなティナに対しライルは
「さすがにこの時間から指名で出すような依頼はできないよ」
と答え、その後を継ぐようにルシーが口を開いた。
「当たり前じゃないの、ティナちゃん。お貴族様のお店よ? 普段着じゃ出入りすら出来ないわよ」
正直ドレスのことにまで気の回らなかったティナは、頭を抱えたくなった。
「とりあえずは既製品でいいだろう。どこか良い店を知らないか?」
「そうねぇ、大通りの総合商店はどうかしら? あそこならかなりの数のドレスがあるわよ」
楽しそうな2人を眺めながら、ティナはそっと溜め息を吐いた。
(またお金が飛んでいっちゃうな……)
お金を稼ぐために仕事を受けているのに、その仕事をするためにお金がたくさんいるのだ。
ティナは、日々軽くなる一方の財布を確認すると、少しだけ遠い目になってしまった。
しばらくはティナの冒険者生活を中心に話が続きます。相変わらずの鈍足更新です、すみません……。




