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魔王転生  作者: 兎花
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~家族旅行・力の発露~

ティナは目の前で起こった出来事を信じられなかったし認めたくなかった。これは何かの悪い夢だと、そう信じたかった。


黒い炎は大地を焼き空気を焦がし、今にも少女の大切な人達を飲み込もうとしていた。

そしてあっという間に二人を飲み込んでしまったのだ。


「母さん!!」


悲鳴のように母を呼びながら、少女はシーラから転げ落ちた。


「待ちなさい、ティナ! 近付いてはいけない!」


ライルの制止の声も耳には届かない。


幸いなことに、黒い炎は二人を飲み込んですぐに消えた。その理由はわからないが、少女は全速力で地に伏した二人の元へと駆ける。

その胸を埋め尽くすのは大切な人達を喪うかもしれない恐怖と、己に対するどうしようもない怒りと後悔の感情だった。


(なぜ、なぜ……なぜ人間に生まれ変わりたいと思った?! 前のままならみんなを護れたのに!!)


あまりの激情に涙すら流れない。

ティナは倒れた母の元で膝をつくと、そっと手を握った。その手はティナの好きな料理人の手だった。時に包丁を掴み鍋を振るい、ティナといつも繋ぐ方の手だ。この手に頭を撫でられるのが大好きで、髪を可愛く結ってくれる魔法の手だった。


少女は苦痛に歪む顔で母の姿を確認する。

ティナが取った右腕は魔槍を持っていた為か無傷だが、それ以外の場所が酷かった。

まず左腕が焼失し、顔は火傷で爛れていた。体は防御魔法の利いた服を着ていたためか、そこまで酷くはないが、それでも火傷は防げなかったのか、所々衣服の破れた箇所からは、垂れ下がった皮膚が見えた。


「母さん……。ティナだよ、わかる? 母さん、母さん……」


恐怖が心をガチガチに縛り付ける。目の前の出来事を受け入れてしまえば、繋げたくない未来へと今が繋がってしまう。


すぐ後ろで何かの音がした。そっと肩を撫でられ、ティナはゆっくりと後ろを見た。

そこには満身創痍だが、比較的元気そうなミレディの姿があった。その後ろには厳しい顔付きのライルが前方を見据えている。


「………ティ、ナ」


弱々しく掠れてしまっているが、これは母の声だ。


「……ティ…ナ、こ…どこ、そ、まも、れた………。ノスを、たの…む……」


その言葉を聞いた瞬間、ティナは悟った。

ああ、母は死ぬのだと。その事実に爆発的な怒りが魂から湧いてきた。その怒りの炎がティナの心をガチガチに縛り付けていた鎖を焼ききった。


(死ぬ? 誰が。ネリアが。母が。死ぬ? 死ぬ? 死ぬ? 死ぬ、だと?)


ティナはその激情のままに叫んだ。


「否!! そんな事は許さない、絶対に!!!」


ティナは両手を重ねてネリアの心臓に力を注ぎ込んだ。

力が沸き上がってくるこの感覚。魔王であった頃の感覚が甦ってくる。

いくら魔王とはいえ、死んだ人間を生き返らせる事は不可能だが、逆に言えば死んでさえいなければ助けられるのだ。


そうだ、何も恐れることなどなかった。

私には力がある。下手をしたらこの世界ですら滅ぼしてしまいかねないほど力を。


ネリアの心臓に容赦なく生気を注ぎ込み、身体中に強力な自己回復の力を注ぐ。

それにともないネリアの体が魔力を吸収し、修復を始める。まず顔面の皮下組織が再生を始め、それが終わると上皮が端から覆っていく。


その様を、ライルとミレディは瞬きすら忘れて見守っていた。ただ目の前で起こる異常な出来事に魅入られながら。


力の発露と共に、ティナの体から光が溢れだした。その光がまるで合図だったかのように、不可思議な変化が起きたのだ。

まず掌から洩れた光がティナの肌の色を変えた。いや、肌の質を変えたのかもしれない。銀色に輝く肌は滑らかでそれでいて硬質な感じも受けた。その変化が全身に及ぶと、今度は髪の色が蒼を含み、瞳に輝く金が差し込んだ。

そして顔付きが変わる。少女らしい柔らかさは消えて、全くの別人のように目が力強さを増し、その口許には不適な笑みが浮かんでいた。


(力が溢れてくる……。ああ、今なら神をも倒せそうだ)


倒す必要は無いのだが。


母の呼吸が安定したのを確認すると、ティナは静かに立ち上がった。そして自分の姿を見下ろすと、不快そうな表情を浮かべる。

それを端で見ていたミレディとライルは、訳のわからない恐怖に支配された。この目の前の人物にこんな表情をさせてはいけないのだ。それは許される事ではないと本能が訴える。


ティナは下から上へ、無造作に腕を振った。すると身に付けていたワンピースが、黒い男物の上下へと変わる。それを満足そうに眺めてから、ティナは母を避けて真っ直ぐに歩き出した。


その背後に映る怒りのオーラに、ミレディは思わず声をかけていた。


「お待ち下さい、ベルゼア様!」


自分の放った言葉に女は顔色を失った。


(私は今なんと……!?)


その事実に戦き手で口を塞ぐ。


ピタリとベルティナの足が止まる。そしてゆっくりとミレディの方へと振り向いた。その姿を認めて、彼女の方に手を伸ばす。そのまま指先だけで何事か画く。指先の辿った軌跡が蒼い光を放ち、そこに魔法陣を描き出した。


手の上に浮かび上がった魔法陣は、蒼い光を振り撒きながらくるくると回る。それに向かって強く息を吹くとそれは手の上を離れミレディの胸元へと当たった。

息を飲むミレディの胸元で弾けた蒼い光は、そのまま彼女の体に吸い込まれていく。呆然と自分の体を見下ろすミレディの前で傷が消えていく。そして体の内側から魔力が満ちてくるのを感じた。


(ああ、これは…この魔力の彩は……懐かしい)


言葉よりも形よりも、何よりも雄弁なのが魔力だ。けして他人と被ることのないそれは、まさしく魂そのもので間違えようのないものなのだ。


体を包み込み魂を揺さぶる強大な魔力。それに浸りきる幸福はどんな快楽よりも強く、魔族や魔術師を魅了する。


快楽と幸福に震える己の身を抱き締めながら、女は涙を流し膝をついた。





「そこをどけ」


母の命を助けミレディを癒しても彼の者の怒りは収まらなかった。

これを始末しないことにはまた同じ事の繰り返しだ。かつてこの地の王であった者として、このまま見過ごす訳にはいかなかった。


勇者アリシアネと、かつて臣下であった淫魔族の長エリーシャエル。その二人の間を進み出ると、ベルティナは鳩尾辺りで両手を重ね合わせた。


「ーーー多重力結界《縮》」


そう呟くと合わせていた手の平を拳ひとつ分ほど開けた。そこに蒼黒の珠が生まれた。よく見るとその珠の中に大きなうねりがある。まるで透明な硝子玉の中に灰色の煙が充満しているようだ。


珠はいきなり頭上に移動した。ベルティナはその動きを目で追い、止まったのを確認すると呟いた。


「《放》」


パリンッーーと珠が割れた。と同時に中のうねりがまるで多頭の大蛇の様に膨れ上がり、あっという間に暗黒竜の頭から魔封穴までを被い込んだ。


「《圧》!」


その言葉と共に、蒼黒のうねりが小さくなっていく。そのうねりの中から「バキッ」やら「ボキッ」やら「ギイギャギャギャ!」などの不穏な音が聞こえてくるが、そのうねりは止まることなく《圧》を加え続ける。

その大きさが元の手の平サイズまで落ち着くと、そこにはもう魔封穴も暗黒竜もなく、抉れた山肌があるだけだった。


ベルティナは最後の仕上げを呟く。


「《解》」


ピシッーーという高い音をたて、珠は崩れ落ちた。うねりは風に乗り消えた。


小さく息を付きベルティナはそのうねりを見送った。


そこで、はっと大事な事に気が付いた。


(しまった! 暗黒竜の素材まで消しちゃったーー!!)


内心あまりのショックにしばし呆然とする。滅多に見られない神話級の魔物である。その鱗一枚であらゆる属性魔術を跳ね返す鎧や盾が作れただろうし、牙や爪は槍や短剣の刃になったはずだ。血は強い魔力を含んでいるので、薬や魔力増強剤などに出来たはず。


そんな事をつらつら考えていると、背後から何かに抱き付かれた。白い腕がベルティナの顎を捕らえて上向かせると、頬に何かが触れた。


「ーーー止めてくれませんか、エリーさん。猥褻行為はせめて同意を取ってからにしてください」

「あら、冷たい。同意を取ればいいのね? じゃあ少し動かないで。お姉さんがすっっごく気持ちよくしてあげるから」


エリーの手がベルティナの胸の辺りをゆっくり撫で回している。その動きを不思議な気持ちで眺めていた。魔族化する前まで確かにあった胸の膨らみが今はなく、鍛えられた大胸筋が固い感触を返す。

それどころか、本来なかったはずの場所に膨らみが存在していた。魔族化した時、そこに違和感を感じたから服を変えたのだ。


エリーの手がその膨らみをそっと包み込み、柔い力で揉んだ。


(……!!?)


初めて感じた男としての快楽の欠片に、ベルティナは何とも言えない感情を覚えた。

そうして指をパチンッと鳴らすと、一瞬で場所が変わった。レーゼの街の宿屋へと戻ってきたのである。母とライルだけを連れて。


魔王であった時からエリーはしつこかったことを思い出す。あの頃は性別が無かったので無体をしようにもなかったが、それでも何かしら引っ付いてきて離れなかった。アルガンいわく、側にいるだけでも魔力は流れ込んでくるので、それが目当てだろうと。


そういえば、と思い出す。


(みんな、なにかと側に居たがったなぁ。どっかで喧嘩だ遠征だとなると、雲隠れする奴ばっかりだった)


そうして己の体を見下ろして溜め息をつく。こうなってくるとなにかとややこしいことになりそうな気がするのだ。只でさえ、この性別が変わるというややこしさで頭が混乱しているのに。


脳裏に浮かんだ、世界樹の間で出会った書記者を思いだし、心の中で悪態をついた。


(よくもまぁ、こんなめんどくさいことをしてくれたもんだ)


この先の混乱を思うとなかなか溜め息の止まらないベルティナであった。








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