表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王転生  作者: 兎花
14/26

~家族旅行・魔王と魔王~

その咆哮はレーゼの街にまで届いていた。目の前で落雷があったかのような轟音と振動に、家の窓ガラスは激しく音をたて人々は分けもわからずその場に蹲った。

そして音が止み我に返った時、やはり人々はそこに見た。

ファンムル山中腹から這い出てこようとする、漆黒の鱗を持った竜の姿を。




ティナはその様子を時計塔の上からライルと共に見ていた。

ファンムル山は標高一五〇〇メートル近くある、キアリス大連峰の中でも小盛りな山だ。確か主峰の高さは八〇〇〇メートルを越えるはず。それに比べ山慣れした人からすれば、ちょっとしたハイキング気分で登れるだろう。


またレーゼの街からも近く、街で一番高い建物である時計塔に登り、ティナはライルと共にファンムル山の麓に広がる天幕群を眺めていたのだ。


「……あれは、竜か?」


手摺から身を乗り出してライルが呟く。

ドクドクうるさい心臓を深呼吸を繰り返して宥めながら、ティナは頷く。少女が少女になる前の生で、一度だけ『あれ』を見たことがあった。


「あれは暗黒竜アズィルラディ。かつて古の神々によって、別次元へと切り離された、邪悪な存在……。あれは、駄目。人間の手に負えない。母さん………」


胸元をギュウッ…と握りしめる。

初めて聞く情報に、ライルは訝しげにティナを見た。そんな男の反応を無視して、ティナはひたすらに暗黒竜を見据える。


かつのて幼馴染みにして腹心の部下であった二人の顔が浮かんだ。

一人はアルガン、もう一人はマキタスと言う名の男だ。ミレディの師匠で養父でもあり、今も宰相として魔族を支えている。二人が揃って初めて勝てる相手だ。


未だ抜け出ようともがく竜は、すでに肩までその姿を見せている。

時間がない。もう三十分もしないうちにあれは好き放題にこの地を蹂躙するだろう。


ティナは焦っていた。自覚こそしていないが、彼女は膨大な魔力を有しているはずなのだ。あれと戦える力を自分は持っていたはずなのに。それがどこにあるのかわからない。

それでもここで見学している気は彼女にはなかった。


「ライルさん! お願いします、私を母の所まで連れていってください」

「馬鹿を言うな。君が行ったところで何も変わらないだろう。危険なだけだ」

「危険はここにいても同じです。それこそあれが出てきてしまえば、この街なんか一瞬で灰になるでしょう。どうしても母に伝えないといけないことがあるんです。お願いします、シーラに乗せて連れていってください」


シーラとはライルの所持している騎獣だ。美しい鬣を持つ一角獣は、普通の馬より二倍速く走る。シーラの脚なら飛ばせば三十分かからずに天幕まで行けるはずだ。


「………わかった。確かに君の言う通りだ。何処に居てもあれが出てきてしまえば安全な場所はない。だけどひとつ約束だ。けして私の側を離れないで。いいね?」


ティナが頷くのを確認すると、ライルは彼女を横抱きにした。抱えたまま走り出す。

昇降機は混乱の中使えないと踏んで非常口から階段を飛び降りて行く。ティナを抱えたまま十段くらいは一足飛びだ。その身体能力の高さに、唖然とするティナ。しかも魔力による身体強化をせずにである。


ティナは少しでもライルの邪魔にならないようにと、荷物役に徹して体を縮めていた。





黒い雲が渦を巻き、その力の放出を待っている。その渦の真下には大きな魔方陣が宙に浮いており、そのさらに真下にはミレディが呪文を唱えている。

その回りでネリア達は戦っていた。

次々に山から降りてくる異形の魔物に人間達は苦労していた。明らかに既存の魔物よりもはるかに強い。

ネリアだけが当たるは幸い、とばかりに魔物を消滅させていく。

さすがは魔槍と言ったところか。致命傷でなくても、確実に魔物を灰へと変えていくのだ。


「チッ、切りがない! なんでこんなに湧いて出るんだ?!」


いくら武器が優れていても、使う側が人間ではやはり限界がある。

およそ百程の魔物を滅した所で、疲労から腕が上がらなくなった。戦場を離れて役十四年。その間体を鍛えていたとはいえ、武器を持って戦うことはほぼなかった。

ここまで持っただけでも上出来

だろう。


「ーーーみんな、伏せなさい!!」


その声は戦場の隅々にまで響き渡った。ミレディが魔力に乗せて放った言葉は、同時に魔術の完成を示していた。ネリア達は慌ててその場にしゃがみこんだ。


と同時に。暗雲の中央から大気を切り裂く轟音と共に太い稲妻が暗黒竜の頭に直撃した。その太い稲妻から派生した幾本もの雷が、大地に直立する魔物へと降り注いだ。

あちこちで上がる断末魔も、雷の音でかき消されていく。


ネリアは地に伏したまま辺りが静まるのを待ち顔を上げた。その視界に飛び込んできたのは、顔面蒼白の親友の姿だった。


「……嘘でしょ…」


ミレディの視線の先を追って、ネリアは首を巡らせた後、同じように愕然とそれを見た。


ギイシャアアアアア……!!


滑らかな闇色の鱗を見せ付けるように、暗黒竜は右前足を穴から引き出した。その右前足を山の斜面に当て、勢いよく左前足も引き抜く。


「……あれで傷ひとつ負わないなんて、どうしようもないわ。せめて弱点がわかれば…」


ミレディは背中を伝う嫌な汗を無視して、次の呪文を詠唱しだす。

雷が駄目なら氷、それが駄目なら嵐、それでも駄目なら……。とにかく諦めるわけにはいかないのだ。

彼女が諦めたら、レーゼの街は消えてしまう。

幸いなことに先程の雷の魔術で粗方の魔物を排除できたので、呪文詠唱を邪魔される気配はなさそうだ。

詠唱を始めてすぐに魔力をごっそりと持っていかれる。詠唱時間は約二分。その間同じだけの魔力を消費するのだ。正直、魔術を完成させられるか不安がある。が、やらなければやられるしかないのもまた現実だ。


暗黒竜は両前足を踏ん張るが今度は翼が引っ掛かっているようで、全く身動きがとれなくっなている。


ミレディの足元に大きな魔方陣が浮かび上がる。発光しながらゆっくりと上へと上がっていく。それが彼女の頭上十メートル程の位置で止まり、さらなる強い光を放ち出した。


その光が、もがく暗黒竜の意識を捕らえた。爬虫類独特の三日月の様な金の瞳が、小さな人間の女を認識し、それが不快感を募らせる。

竜はおもむろに大きく口を開くと、喉の奥に魔力を集め出した。


ミレディは術を完成させようと急ぐ。竜の喉奥に集まる魔力に彼女自身も気付いていたが、だからと言ってこのまま魔術を放り出すことは出来ない。これが最後のチャンスだと、彼女は嫌と言うほど理解していた。


ブレスが先か、魔術が先か。


その勝敗は残酷なほど、呆気なく着いた。


竜のブレスが僅か数秒で完成し、敵を滅する為にその威力をまざまざと見せ付けたのだ。


ミレディは竜の口から放出される漆黒の炎に己の敗北を悟る。けれど最後の最後まで悪足掻く為に、首に下げられたそれに触れた。呪文詠唱を続けながら心の中で「解放」と唱えた。


ピキピキッ…。高い音をたてて、防御の魔方陣がブレスとミレディの間に立ち塞がった。

間一髪間に合いはしたが、それでも完成した瞬間から、端からブレスで壊されていく。

残り僅かな時間に魔術の完成を急ぐが、不意にその魔術の手応えが消え失せた。と同時に自身の体がフワリと軽くなったかと思えば、まるで体中に鉛を詰め込まれた様に動かなくなった。

耐えきれなくなり、その場に膝を付いてしまう。


「……魔力切れ、か。やはりベルゼア様から教えていただいた魔術は、私には無理だったのね……」


かつて教えてもらったその魔術は、属性を無視した究極魔術だった。魔王はそれをただ無属性魔術と言っていたが、それがどれ程異常なことか、ベルゼア以外の誰もが知っていた。

己の魔力だけで術を構成し発動させる。それはある意味神の領域だとミレディは思う。


ミレディは黒いブレスが防御の魔法陣を食い破っていく様を見ながら、その『御守り』をくれた人を思い出す。


(やっと、お逢いできますね、ベルゼア様……。私頑張りましたよね? だからもうそちらに行くことをお許しください…)


今でも失われた時を思い出す度に、輝きに溢れた熱と耐えがたい郷愁に、全てが虚しく感じるのだ。

あれほどの情熱と希望と喜び、そして生きる意味を見出だす事はもう不可能なのだろう。


ミレディは静かに目を閉じた。死への恐怖は欠片もなく、ただ緩やかな微笑みが口端に乗っていた。


そうやって彼女が死を受け入れた瞬間、思わぬ妨害が現れた。それも、もっともミレディが望まない形でだ。

ネリアが、魔槍を手にミレディの前に躍り出て、結界を張ったのだ。


「……! ネリア! 止めて!! 貴方まで死んでしまうわ!」

「どうせミレディが殺られたら私達も殺られるんだ! 同じ事!」

「ネリアァ!!」

「ミリィは寂しがりやだからな、手を繋いで一緒に行ってやるよ」


心底楽しそうに、そしてとても優しい表情に、ミレディはこんな時だと言うのに胸が暖かくなった。


「……子供達はどうするの? まだ貴方の手が必要よ?」

「あの子らなら大丈夫だ。今ならアルガンも居るしな。親が子よりも先に死ぬのは順当だろう? 今のご時世、その当たり前のことが、なかなか難しいからな、ちょうどいい」


そこまで言ったところで、ネリアの手の中でブレスを受け止めていた魔槍が、柄の中程でバキッと折れた。

そしてミレディの目の前でネリアが漆黒の炎に飲まれ、そして彼女もまた飲まれようとしたその時ーーー。


ブレスが止まった。




暗黒竜の頭の上に、豪奢な金髪を靡かせた人の姿があった。

その目の前には竜の額から飛び出した剣の柄の部分が見えた。それは今しがた彼女が差し込んだものだ。


「エリー、どうやって止めを刺せばよい? 剣ではなかなか急所まではとどかないだろう?」

「うーん、こんな硬い鱗を貫通させてなおかつ骨まで穿った人間が言う台詞ではないわね」


呆れたような口調の美女が、その隣に現れた。


「……昔、ベルゼア様に聞いたことがあるのよね。次元の狭間で暗黒竜と戦ったことがあると。その話では、闇属性のものには光属性か無属性魔術しか通じな、キャッ!」


暗黒竜が突然暴れだした。頭を大きく振り、前足で額の剣を抜こうともがく。

咄嗟に柄に手をかけると、体勢を保ったままニヤリと笑った。


「光属性か。それなら私の得意技だ。たっぷり食らわせてやろう。かつては勇者と呼ばれたその力、心行くまで味わうがいい!」


勇者であった頃と変わらぬ美貌を誇るその姿。大胆不敵に見下すように言い放つと、アリシアネは光属性の魔法陣を瞬きの間に組み上げると、そのまま暗黒竜の脳天に叩き込んだ。

刺さったままの聖剣がさらにその魔力を増幅させ、威力を強める。


ギイシャアアアアアアアアアア……!


長い絶叫と共に、暗黒竜の頭が山肌に叩き付けられた。口から泡を吹き血を嘗めとったような赤い舌がだらりと地に垂れた。

軽々と聖剣を引き抜き、暗黒竜の頭が堕ちると共にアリシアネも大地の上に降り立った。

その横に、先程の美女が現れた。


「死んだ?」

「……いや、恐らく気絶しただけだ。目を覚ます前に止めを刺さねばな」


一滴の曇りもない刀身をエリーの持つ鞘に収めると、アリシアネはどうしたものかと考える。先程使った光属性の魔術は、彼女が使える中で高位の魔術だ。なおかつ聖剣の力で倍増させても死に到らしめることが出来なかったのだ。

正直、お手上げである。

エリーと二人で悩んでいると、背後から声がかけられた。



「そこをどけ」



耳に届くなり、本能的な恐怖心で二人は飛び退いた。心臓を冷たい手で掴まれた様な恐怖の源を二人は同時に目にする。


蒼黒の長い髪は風も無いのに自由気ままに揺れ、金の星を浮かべた夜空色の瞳はその物が光を放ち輝いている。肌の色は人にはない不可思議な銀色をしていた。背丈は恐らくアリシアネよりもかなり低く、年の頃は十代前半と言ったところか。


アリシアネもエリーも、その存在から目が離せなかった。さっきまで感じていた身も竦む恐怖も忘れて。

エリーはその顔をずっと側で見てきたし、アリシアネは最期の時に顔を合わせたきりだが、忘れたことは一瞬たりともなかった。


そこに居たのは、背丈や肌の色は違えども、魔王ベルゼアに他ならなかった。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ