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魔王転生  作者: 兎花
13/26

~家族旅行・邪龍の咆哮~

遅筆ですみません…。

レーゼの街は魔族領の東側、キアリス大連峰の麓に広がっている。人間側と魔族側、この大連峰が大陸を二つに分け、とりわけ人間側からの侵入を難しくしている。

ネリア家族が住むパリダの街は、レーゼの街からキアリスを越えて、樹海を抜けた先にある。実は意外に近かったりするのだが、パリダの街は鉱山の麓に在るため、あまり余所者が来る事がないせいか、彼女達の存在がレーゼ側に知られることはなかった。




「また奇妙な魔物が山を彷徨いているらしい」

「またかい。この間、それこそ二日前に討伐隊を山にやったばかりだろう」

「………その討伐隊が、半数以上やられたんだと」

「! それが本当なら、人間の手には負えんだろう。街長は何をしとる」

「ミレディ様に応援をお願いしたそうだ。今日の昼にでも退治に行かれるらしいぞ」



朝食をとるティナの隣の席から漏れ聞こえてくる会話に、僅かな不快感を覚える。チリチリ、チリチリ、胸の端の端を微かに焦がす、小さな火種のような焦燥感。

食べる手を止めて、その不快感の原因を探ろうと目を閉じる。


「どうかしたのか?」


かけられた声に、少女は焦って瞼を上げた。怪訝そうな顔でこちらを覗き込んでくるライルと目があった。


「すみません、何でもないです」


曖昧な返事を返して、食事を続けた。黙々と食べ進めていると、ネリアが戻ってきた。人に呼ばれて姿を消していたが、戻ってきたその顔は少々厳しく、ティナの不安をわずかに煽った。


「勝手に席を外して済まない。時にライル。この後は何か予定はあるか?」


母の突然の問いかけにも動じることなく男は返す。


「いえ、特に何も。妹の事はアルガン将軍にお任せしましたし。何かあったようですね」

「ああ。なら申し訳ないが、しばらくティナの面倒をみてやってくれないか? 魔獣退治に駆り出されてな。ノスが居ればよかったんだが、しばらくは帰ってこないだろう」

「それは構いませんが……ひとつ聞いてもいいですか? 魔族将軍が朝居たのに、どうして彼に助けを求めないのでしょう? あの方ならすぐ方がついたのでは?」


余所者らしい疑問に、ネリアは肩を竦めた。


「意地だよ、意地。魔族に助けを求めれば、彼らは助けてくれるだろう。だけどそれじゃああまりに情けないだろ? 自分達の住む街は自分達で守れないとな。何から何までおんぶに抱っこでは、私達は単なるお荷物だ」


ただでさえ、人は魔族に比べて遥かに弱い種族だ。この魔力が濃厚な地では、人が生き残ることはまず不可能だろう。『保護』という、明確な意志がない限り。


「お荷物、か……。確かにそうですね。ですがそう考えると、魔王ベルゼアは何故人間を保護してくれたのでしょう?」

「さあな。それは本人に聞いてみないとわからん」


そう言うと、ネリアはずいっ、と身を乗り出し、ティナに問いかけた。


「どうしてだと思う? ティナ」


オレンジジュースを飲み干して、ティナはちらりと呆れたように母を見た。


「そうだね…。殺す理由が無かったからじゃない?」

「生かす理由も無くないかい? 保護するとなると、色々なめんどくさい事も多いと思うけどね」


何やらショックを受けているネリアを尻目に、ライルが軽く異を唱える。


「うん、そうですよね。生かすとなると要るものがたくさんあるし、手もかかる。人間なら人一人を養う事は、余程のお金持ちじゃないと難しいですよね。でもほら、魔王様ですから。普通の人が煩わしいと思うことも、彼の人には暇潰し程度でしか無かったのかも知れませんよ」

「なるほど。人助けに特別な理由はない、か……。生きて居られれば、会ってみたかったな」

「いやいや、あくまで想像ですからね? 私は魔王様じゃないですから、本当のところはわからないですよ」


三人は朝食を終えると、一度自分の部屋に戻り荷物を持って出て来た。

宿屋の前でネリアを見送り、ライルとティナは観光へと繰り出す。僅かに後ろ髪引かれる思いを振りきるように、ティナは一時的な保護者と歩き出した。




「それで。現状報告をお願い」

「はっ、先発隊の報告では魔物はファンムル山の中腹辺りから発生しているようです。遠視が出来る者に見させたところ、どうも《魔封穴》が確認できたようです。その者の話によりますと、穴の直径は4メートル強。今のところは小型の魔物しか確認しておりませんが、いつ大型の魔物が出て来てもおかしくないとのことです」

「小型の魔物しか出てきていないのに、なぜ先発隊の半数近くが戦闘不能状態なのかしら? ーーーあら、別に責めてる訳ではないわよ? 貴方達の強さは総隊長である私が一番よく知っているわ。だからこそ、疑問なのよ。ふむ、弱ったわね…。なんだか嫌な予感がするわ………」


秀麗な目元に刻まれた不粋な皺に、まだ若い兵士は目を奪われたまま動けなかった。

魔族をも惑わす美貌。それを目の当たりにしてしまったのが幸か不幸か。


青年兵士の視線に気付き、ミレディは苦笑する。しかしすぐに厳しい目付きに戻ると、男を叱り飛ばした。


「ボサッとしている暇はないわよ! 万が一に備えて、城に人を飛ばしなさい。今日はマキタス様が控えているはず。一番速い者で、城まで何時間かかる?」

「はっ、一番速い者で一日はかかるかと」

「それじゃ遅すぎるわ。仕方ない、シリル」


ミレディは背後に控える少女の名前を呼んだ。銀髪に銀目という珍しい毛色の少女は、真っ直ぐにミレディを見た。


「はい、お姉様。わたくしが参りますか?」

「ええお願い。何だか嫌な予感がするの。もしかしたら一刻を争うかもしれない…。貴方なら一時間で行けるでしょう?」

「わかりました。それではこのまま失礼します」


言い終わると同時に少女の姿がゆらりと揺れたかと思うと、次の瞬間には消えていた。


人の魔力で飛ぶとなると、かなりの負担がかかる。魔力の消費はもちろんのこと、結界を張ったとしても体力もかなり使う。ミレディは転移魔法で跳んだりも出来るが、ほとんどの魔術師は文字通り『飛ぶ』のだ。


今、シリルは討伐隊の天幕をはるか上空から眺めていた。その背には魔力で練り上げられた紫がかった羽が生えていた。

視線を上げて、天幕の向こうに広がるファンムル山を見つめた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに背を向けてはるか遠くの城を目指し、翼を羽ばたかせた。


その様子を地上から確認し気配を感じなくなった所でミレディは視線を兵士に戻した。


「それじゃ今から精鋭を集めて山に入るわ。魔物の種類と数の確認、そして行けるならその魔封穴を見てみたいの。すぐに人選をーーー」

「失礼します! ミレディ総隊長にお客様です」

「客? 誰?」

「はっ、ネリア=ハーフネットと名乗る方です。お通ししますか?」

「ネリア? やだあの子ホントに来たのね。駄目元で声かけてもらったけど。いいわ、通してあげて」


ネリアの名前を聞いた瞬間に少し肩の力が抜けた気がして、ミレディはひっそりと苦笑した。

もう百年近くを生きているが、名前を聞いて安心する人間は彼女だけだ。


「へぇ。ミレディは総隊長なんだな」


天幕の入り口を潜りながら声をかけてくる相手に、ネリアはわざとらしく肩を竦めて言葉を返した。


「私以上に強い人間が居ないから仕方がないわ。ノスはアルガン様が連れていったらしいわね。寂しいでしょう」


無駄に艶っぽく笑うミレディに、もちろんネリアは反応するわけないが、哀れな事に青年兵士は今にも鼻血を吹きそうな程顔が真っ赤だ。

だが、そんな事も二人には慣れたもので、視界の隅にも停めることなく話を進める。


「それよりも貴方、戦えるのかしら? 得物は持ってきてるの?」

「まあノスを鍛えるのに相手をしてたからな。勘は鈍ってないと思う。それに得物だが……ミレディ、喚んでくれないか?」


その言葉に、ミレディは薄紫の瞳を見張った。信じられないものを見るように、まじまじと相棒を見る。


「貴方…本気なの? 『あれ』は魔王陛下に殉じて封印したんでしょ?」

「確かにそうだ。けれどもレーゼの街を守る為に必要だろう? あれでなければ、私は半分も力を出しきれない」

「………そう。十五年も経てば人は変わるのね」


僅かだが侮蔑を含んだ物言いに、ネリアはわざと気付かない振りをする。その気持ちがよくわかるからだ。ネリア自身もティナという存在がなければ、『あれ』を起こそうとは思わない。


「変わったと思われても仕方ないが。私の言っていることは間違いではないはずだ。そうだろ?」

「そうね、ごめんなさい。嫌な言い方をしたわ。…私だけが立ち直れていないのね。情けない……」


静かに嘆息すると、ミレディは目を閉じて何事かを口内で呟き出した。

すると彼女の髪や衣がゆらゆらと風も無いのに動き出す。そして淡い光と共に足元に魔方陣が浮かび上がった。


「顕現せよ」


その一言で、彼女の手の平に熱い何かが現れた。ネリアと青年兵士はあまりの眩しさに目を開けることもできない。

ミレディは手の平に当たった熱いものを握り込むと、あれほどに眩しかった光が急激に消失した。

その事に気付いたネリアは瞼を上げる。そしてミレディの手の中にあるそれを見て、真実嬉しそうに笑ったのだ。


「やあ、久し振りだね。『星砕く乙女』よ」


それは見事な一振りの槍だった。銀で加工された先端はまるで炎のような形をしており、柄は緋色で精緻な金の細工が施されている。

ミレディから槍を受けとると、その久々の感触に涙が溢れた。

かつて魔王ベルゼアから下賜された魔槍『星砕く乙女』は、魔王自身が造ったものだ。

あまりの嬉しさに頬擦りしていると、呆れたようなミレディの声が届く。


「……なんだかんだ言って。本当はただ、乙女に触れたかっただけじゃないの?」


ネリアがニヤリと笑って軽口を返そうとした瞬間ーーー。大地に轟くような轟音が鼓膜を襲った。

天幕が振動で大きく揺れ、空気のあるところ全てを蹂躙するような 暴力音に、三人は強く耳を押さえるが塞ぎきれない。

その姿勢で耐えること約一分。それだけなのに冷や汗がポタポタと地面に垂れている。

音が完全に止むのを待たず、ミレディとネリアは外に飛び出した。

そしてそこに見る。

ファンムル山中腹から頭だけを出し、必死にこちらがわへ来ようともがく、邪龍の姿を。


史上最悪の災厄が、レーゼの街を飲み込もうとしていたーーー。






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