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魔王転生  作者: 兎花
12/26

~家族旅行・父親との邂逅~

ティナは布団の中で微睡むのが好きだ。スッキリと目覚める朝も気持ち善いが、あの夢現の中でぬくぬくと時間の無駄遣いをする贅沢感が堪らないのだ。


その惰眠を貪っている最中に邪魔が入ると、この少女にしては珍しく機嫌が急降下する。それは魔王であった頃から変わらない少女の楽しみであった。


この日も朝から惰眠を貪っていたが、次第に騒々しくなる廊下の気配にイライラも増してくる。


(誰が来たんだろう……)


今ティナは寝惚けていた。さらに言うなら、直前まで見ていた夢が前世の夢だった。

だから廊下から聞こえてくる声の中に懐かしい声を認識した途端、意識は前世の人格へと戻っていた。




「だから! 会うのは構わないが、子供達はまだ寝てるんだ! 起きてくるまで待てと言っているだけだろ? なのになんで貴様は待てんのだ!」


声は低く抑えていても、その苛立ちは如実に現れていた。ネリアはお構いなしに前を進む男のマントを掴むと、思いっきり後ろに引っ張るが男はビクともせずにむしろ彼女を引き摺って歩く。


「俺の子なんだろ? 今まで隠しておいてまだ待てと言うのか。それに俺には時間がない。一時間後には城に戻らねばならんからな」

「それなら私が起こしてくるから! とりあえず少し待てって。さっきも言ったがティナは昨日暴漢に襲われかけたんだ。初対面の男を怖がるかもしれないだろ!?」

「そうは言うが俺は父親だろうが。ん、そう言えばその助けてくれた男とやらはどうした、ちゃんと礼はしたのか?」

「ああ、それは心配ない。人を探しているそうだから協力しようと……いや、お前が居るならやってもらうか。父親らしいことをしたいなら、人を探してやってほしい。第一位のアルガン将軍ならたやすいことだろう?」

「ふむ、人探しか。詳しいことは副官にでも話してくれ。俺は子供にーー」

「だから待てと言っとるだろうが!」


バンッ、と勢いよく客室のドアが開いた。

ビクッと、ネリアは無意識に男にしがみついた。しがみつかれた男は驚いて足を止めた。開いたドアの向こうから、黒髪の少女がゆっくりと現れた。


その姿に男は息を飲む。心臓を鷲掴みにされたように、目の前の人物に見いられていた。


「………うるさい」


声のトーンがまるで地響きの様に低い。いつもの優しそうな垂れ目が、今は冷ややかに二人を見据えている。


「私は眠っていたんだ、わかるか?」

「………はい」

「なら静かにしろ。私の安眠を妨害するなら、裸にしてエリーの前に放り出すぞ」


それだけを言って少女は再び部屋の中へ消えた。二人はあまりのことに呆然とする。

『裸にしてエリーの前に放り出すぞ』ーーーかつて、その脅し文句を使っていた者を、アルガンはしっている。

蒼い光沢を放つ黒髪に瑠璃色の瞳の魔族。魔王の証である魔王核を見に宿し、他の追随を許さぬ圧倒的な魔力を持った、彼の幼馴染みにして絶対君主である者。


「おい、ネリア」

「なんだ」と返す彼女の声は酷く疲れて聞こえた。

滅多に見せない真顔でアルガンは女を見下ろした。

「説明してもらおうか」



アルガン=ジェイド。赤銅色の髪と翡翠の瞳を持つ魔族である。上背のある美丈夫で、魔王ベルゼアの幼馴染みでもある。その性格は豪放磊落で公正、いつも口の端に笑みを乗せているような人物だ。

彼の立場は魔族将軍にして第一の位にある。魔王代理といったところか。


彼は今、騎獣に乗り朝の空を駆けていた。あれからネリアの話を聞いている間に一時間が経ってしまい、今は帰城するために空を駆っている。

その口許には笑み。目はまるで少年の様に輝いている。


「また、こんなに楽しい気分になれるとはな」


クックックッ、と抑えきれない笑みが溢れる。久々の爽快感だった。しばらく失くしていた翼が戻ってきたような気分だ。

そう。あの日から魔族のほとんどが、翼をもがれた鳥が地べたを這うような混乱の中に居た。

六玉将と呼ばれた彼ですら、その喪失感にしばし自失していた期間があるほどだ。

あの頃、毎日をどう過ごしていたか、全く記憶がない。仲間に話を聞いてみても、皆同じ様な感じなのでわからないままだ。


「……そうか、空は青かったか」


そんなことすら、忘れていたな…と独り言を落とす。


「う、うわああぁぁぁ!!!」


男の背後で悲鳴が上がった。

おっとそういえば、と後ろを振り返ると、今にもずり落ちそうなゼアノスが居た。その襟首を掴むと、ひょいっと後ろに座らせた。


「おいおい、まだ若いのに自殺願望でもあるのか?」

「な、なんだよ! なんで俺、こんな所にいるんだ!?」


目覚めたら空を飛んでいるのである。パニックになるのも仕方ないことだ。思わず男の背中にしがみつく。


「感動の父子の対面が空の上とは演出が過ぎるな!」


朗らかなその声にノスは顔を上げた。バッチリと目が合う。


「ほう? 目の色は若干違うか。新緑の清々しさがあるな。おい坊主」


ポカーンと見上げたままのノスの赤銅色の髪を、アルガンはくしゃくしゃにかき回した。

まるで鳥の巣のようになったノスの頭に、自分でしたことながら笑いがもれた。


「お前は今日からしばらくの間、俺の元で勉強だ。ふふ、安心しろ? お父さんは優しいからなぁ?」

「………あんたは、急に現れた俺を自分の息子だと信じられるのか」

「んあ? まあそんだけ似てればな。それにネリアとは子供が居てもおかしくない事をたくさんしたからな」

「……子供の前で、そんなこと言うなよ」

「そういうお前はどうなんだ? お前なんか父親じゃない! とか言わないのか?」

「あんたを否定するつもりはないよ。母さんからあんたの事は聞いてたから。それよりも俺の方こそ受け入れてもらえないと思ってた」


微妙に揺れる新緑の瞳に、アルガンは微笑む。

ゼアノスの存在を聞いたのは数年前だ。ミレディから子供が居るとは聞いていたが、それが自分の子だとは思わなかった。

実子だと聞かされたのは昨日のことだ。


「さっきも言っただろう。俺の子でもおかしくないと。しかもこれだけ似ていれば嫌でも自覚する。間違いない、お前は俺の息子だよ」


ノスは息を飲む。父の眼差しは暖かい。人間社会の中で生きていた時は、魔族の悪い話しか聞かなかった。母が居なければ、少年も魔族に対して良い印象は持てなかっただろう。


「……俺は強くなりたい。あんたよりも強くなりたい。俺は大切な存在を失うのは嫌だ。だから俺を鍛えてくれよ、ーーー父さん」


笑みを消し、表情までも無くした顔で、父は我が子を見る。ノスは背筋にヒヤリとしたものを感じた。地雷を踏んだかもしれないーーー汗ばんだ手を強く握りしめた。


「ーーーいいだろう。お前を鍛えてやる。俺を越えられるとは思えんが、『今度こそ』守りきるためにはお前の手が必要となる。俺も『また』失うのはごめんだからな」


苦い表情で言った父に、ノスは不思議そうな顔をする。その顔は何もわかっていないようだった。逆にアルガンの方が焦ってしまう。


「おいおい、嫌味で言ったんじゃないのかよ」

「嫌味って? 俺はただ、ティナを守りたいんだ。その為の力が欲しい」

「ティナ、ねぇ……。おい坊主。お前はどこまで知っているんだ?」


ノスの瞳が揺れた。戸惑いと躊躇いとそれ以上の信念で、少年の心が動いている。


「俺は…俺が知っているのは、ティナは確かに俺と一緒に母さんのお腹の中から産まれたけど、血の繋がりは無くてあいつは『途中』から来たって事だけだ」

「途中?」

「うん。信じてくれるかわからないけど、俺、産まれる前の記憶があるんだ。一番古い記憶で、母さんのお腹の中に降りた時のものだ。それから幾日もせずに母さんは死にかけた。もちろん俺もね。けどその時声が聞こえたんだ。『お前に選択肢をやる。このまま産まれずにまた順番を待つか、それともこのまま生き延びて妹を守るか。どっちがいい?』てね」


そこまで一息に喋りきると、ちらりとアルガンを覗き見た。静かに聞く父を確認して、続きを話し出す。


「俺は守る方を選んだ。すると、俺だけしか居なかったお腹の中に、もう一人気配を感じたんだ。暖かで優しい気配ーーー。その時から俺は、ティナを守る為に生きてきたんだ」

「………世の中は不思議がいっぱいだな。お前にとってその選択肢は選びようのないものだろうが。後悔はないのか? もしくはベルティナから離れたいとは」

「思わない」


食い気味に返事を返された。それは純粋に妹を思うが故なのか、それとも義務感から来るものなのか。はたまたまだ自覚していない別の感情から来るものなのかはわからないが、ノスの決意は確からしい。


「わかった。それならば徹底的にしごいてやろう。すぐに音をあげるなよ」


そう答えながら、アルガンは楽しくて仕方がなかった。

ある一つの考えが浮かんだ。ティナにお父さんと呼ばせるのと、旦那様と呼ばせるのとどちらがより面白いだろうか、と。

けしてネリアの前では言えない想像に、笑いを噛み殺すのに苦労していた。








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