~家族旅行・故郷へ~
(なんでこんなことになったんだろう………)
今まで13年間生きてきて、ここまで愕然としたことはなかった。
自分は何処で何を間違えたんだろう? 母の言う通りに全てを終えて、最後の仕上げに取りかかろうとした。とても順調に進んできたのに、ここに来てなぜ………。
なぜ、スイッチを押しただけでオーブンが爆発するのか。
幸いにもティナに怪我はなかったが、黒い煙を出し続けるオーブンは使い物にはならないだろう。
なぜ彼女が料理をすると想定外の事がよく起きるのか。
ただただ、涙を堪えるしかないティナだった。
「まあなんだ。こんな状況じゃ店も開けられない。せめてオーブンが直るまではお休みだな」
苦笑する母の顔を真っ直ぐ見ることが出来ない。
「ごめんなさい」を頑張って絞り出すが、喉が乾いて言葉が出にくい。
「ティナに怪我がなくて何よりさ。そうだな……、せっかくだからどっか行くか?」
驚いた顔でやっと目を合わせてくれた娘に、ニッコリと笑みを返す。
「もう30分もしたらノスも帰ってくる。そしたら外でお昼御飯を食べて、1週間くらい旅をしよう。実は行きたい所があるんだ」
店の呼び鈴が鳴る音にサザナは大声で返事を返す。
「はーい、ちょっと待ってねー! すぐ行きまーす!」
時刻は16時過ぎ。宿泊客の夕御飯の準備をしている時だった。
軽く手を洗い前掛けで水気を取ると、厨房を出て食堂を通り受付に向かう。
そこで待っていた客を見て、目を丸くした。
「久し振りだね、サザナ。部屋は空いてるかな? 4、5日ほど世話になりたいんだが」
「……………ネリア…あんた、あんた……」
あぐあぐと口を動かすも言葉が出てこないようだ。すると急に引き付けでも起こしたのか、大きく喘いでしゃがみこんだ。
「サ、サザナ、大丈夫か!?」
「だ、大丈夫、大丈夫だよ、ネリア。ああ、それより……」
肩を支えられながら立ち上がり、涙をポロポロこぼしながらネリアの頬を両手で挟んだ。その存在を確かめるようにしげしげと眺め、そして破顔した。
「本物だねぇ。ミレディに聞いてはいたけど、心配してたんだよ…。会いに来てくれて嬉しいよ」
「今まで不義理をしてすまない。積もる話は後にして、とりあえず部屋はあるか? 荷物を置きたいんだが」
「そうだね、後で一緒に夕食をとろうね。部屋は一人部屋でいいかい?」
「いや、家族部屋にしてほしい。子供が二人居るんだ」
「子供?!!」
すっとんきょうな声をあげるサザナは、今やっとネリア以外に意識が向いたのか、母の背後で大人しく控えていたノスとティナに顔を向けた。
双子は揃って会釈した。
「お世話になります。私はベルティナと言います。隣が双子の兄でゼアノスと言います。数日ですがよろしくお願いします」
「ゼアノスと言います。よろしくお願いします」
今の二人を見て、双子だと思う者は誰も居ないだろう。双子だと説明されても、信じる事はできない者がほとんどだ。
体格も顔も色彩も、似通っているところはひとつもないのだ。
正直、ネリア自身もこの家族の形に限界を感じていた。
唖然とするサザナの混乱が手に取る様にわかるため、ネリアは苦笑を洩らす。肩を竦めると、双子もまた苦笑いをする。
なんとか部屋まで案内してもらうと、ノスは背中に背負った3人分の荷物を下ろした。
その体格は同年代の同性と比べて遥かに大きい。日頃から鍛え上げている筋肉は細いが無駄はなく、背丈もティナより頭ひとつ分高い。
左腰に下げた長剣は騎士団の物で、普段彼が剣術を指南してもらっている騎士団長から賜ったものだ。
噂では、その実力と王子様も顔負けの美貌で、男女を問わずのファンクラブがあるらしい。
その内面をよく知るティナにすれば、世の中物好きが多いなぁ、と言うのが素直な感想だ。
「魔族の領地と言っても、人間側とたいして違いはないんだな」
宿の部屋は3階にあり、そこの窓から外を眺めると賑やかな街の様子が見てとれた。
人間に混じり、魔族も多く確認できる。獣人や角の生えた鬼の様な者、エルフやドワーフなんかも居るようだ。
「そうだね、みんなとても楽しそう」
同じように窓の外を眺めながら、満足そうに微笑むティナ。
そのティナの頭をポンポンと撫でながら、ネリアも窓際で外を見る。
「ああ、みんな活き活きしてるな。昔と何も変わらない……ここは、ずっと私達の理想だった。人も魔も差別なく共存する世界。ここが、私の育ったレーゼの街だよ」
荷ほどきを終えると三人は食堂へと降りた。母が厨房へ消えるのを見送って、二人は街へと繰り出した。
通りを挟んで五軒ほど行った所に雑貨屋があった。そこで部屋で食べるおやつと飲料水を買う。
「夕御飯まで時間があるから、少し散歩でもするか?」
ノスの提案にティナも頷く。
ここは街のメインストリートになるらしく、様々な店や露店が軒を並べている。見るだけでも楽しそうだ。
「俺武器屋と防具屋に行きたい。ティナは?」
「そうだね、アクセサリーのお店に行きたいな」
「よし、じゃあ店の場所を聞いてみるか」
幸いなことに、全てこのメインストリートにあることがわかった。まずアクセサリーの店に向かう。
二人とも、暇があれば店の手伝いをしているので、多少のお小遣いなら持っている。
その金額内でいろいろと物色してみるが、やはり子供のお小遣いではなかなか良いものは買えない。
あれがいい、これがいいと、二人で並んで商品を選ぶ様は、まだ若いカップルのようだ。なまじ似ていないだけに仲睦まじく、見る人の微笑みを誘う。
二人が宿に戻る頃には、街は茜色に染まっていた。
宿の扉を開けて中に入ると、食堂の方から賑やかなたくさんの人の声が聞こえてきた。二人には馴染みのある雰囲気。
そっと覗いてみる。
「いやぁ、それにしてもあのネリアがねぇ。母親とはねえ! 世の中長生きしてみるもんだな!」
「全くだよ! あれだけ魔王陛下一筋だった娘が。やっぱり父親はアルガン様なんだろ? あれだけ似てりゃ、誤魔化しようもないわね!」
どっと場に哄笑が満ちる。
「そんなに似てるのかよ!」
「瓜二つ! あたしゃアルガン様が小さくなったのかと思ったよ」
宿屋の女将がバカ笑いしながらネリアの肩を叩いた。
「相変わらず馬鹿力だな、サザナは。酒が零れるだろ」
「そんなコップでちびちびやるからだよ。瓶ごといきな、瓶ごと!」
「あのな、こう見えても私は子持ちなんだ。あんたらに付き合ってらっぱ飲みなんか出来るか」
「ただいま戻りましたー」
なるべく自然に声をかける。ティナの声に合わせて、ノスもわざとらしく笑顔で声をかけた。
「母さんただいま。なんか楽しそうだね、皆さん知り合いですか?」
ノスが顔を出した途端ーーー。
場にどよめきが広がった後、酔っ払い連中の手が少年を羽交い締めにした。あまりのことに、呆然とするノス。母はのんびりの様子見だ。
「ッカー! 間違いねぇ、まんまアルガン様じゃねえか! こんちきしょう、可愛いなぁ」
「ホントに! 確かに瓜二つだね。こんだけ似てるってことは、やっぱり能力もアルガン様譲りなの?」
「そりゃそうだろ? 今の魔族で一番の強さを誇る方の子だ。将来有望だな?」
「それでそっちの子が妹なの? ……全然似てないわね…。もしかして養子か何か?」
ネリアとほぼ同い年であろう女性が口にした言葉に、顔色を変えたのはノスだけだった。
この街では血の繋がらない親子は珍しくない。元々が捨て子が集まって出来たのがこの街だ。さらに言うなら、未だに口減らしで捨てていく人間の親も居るのだ。
「まあそうだね、私の娘だが血の繋がりはないな」
怒鳴ろうとしたまま、ノスが固まった。ティナはのほほーんと傍観中だ。
ネリアは問題発言した自覚もないのか、にやにやと笑ってノスを見ている。
「母さん! 何を言ってるんだよ! ティナは俺の妹だ!!」
あまりの剣幕に、辺りが一瞬静まり返る。凄まじい圧力が食堂に集まった人間達の心に恐怖を植え付ける。
蒼い炎が、少年の身を燃やしていた。
だがさすがは母親だ。我が子の怒りに震えるどころか、さらに笑みを深くして言葉を紡ぐ。
「へぇ? お前はそれでいいのか?」
「な、何がだよ!」
「ティナが妹で、本当にお前はいいのか?」
その意味を理解した時。ノスは訳のわからない感情に顔を真っ赤にしたあと、たまらずに食堂を飛び出した。
「クソババァのバカヤロー!!」
言い逃げして部屋へと去っていった。唖然としてみんなが見送るなか、ティナは母に向き直ると呆れた目を向けた。
「………母さん」
「…まぁなんだ。とうとうクソババァいただいたな。これも我が子の成長と思えば寂しいもんだ」
「寂しい人間はそんなににやにやしません」
慌てて片手で口元を隠す母。ため息をつきながら、ティナはノスの消えた階段を見て呟く。
「ほんとに、全然成長してないよね」
「…それは奴には言ってくれるなよ、ティナ」
「言うわけないじゃん」
「その、ティナ……」
「ん?」
「さっきの言葉なんだがな、その……」
うって変わって言いにくそうに言葉を選ぶ母に、少女はふんわりと微笑んだ。
「わかってるよ」
「……ティナ、まさか……」
「もう、わかってるから、大丈夫」
そのゆったりとした笑みに見に覚えがあった。かつての養父の姿がそこに重なる。
「記憶が戻ってるのか……」
今度はネリアが混乱する番だった。我が子で遊んだつけがすぐにまわってきたようだ。
そんな母の姿にふふふ、と笑うと、ティナはふと真顔に戻ると母を呼んだ。
「母さん」
「………」
「大好きだよ」
それだけを言うとティナも三階へと上がっていった。
後に残されたのは号泣するネリアと、そのネリアを訳がわからないまま慰める、かつての友人達の姿だった。




