ー立食パーティー・お見合い1ー
呪紋家の庭では立食パーティーの準備が着々と進められていた。その場には肉の香り、少し何かが焦げたような香ばしい香り。
匂った者の食欲が湧いてくるような、そんな香りであった。
周りは怪しげな女の壊れた石像だったり、湿気で少し頭を下げて、怪しげな雰囲気を醸し出した木々だったり、食欲は湧いてくるのにあまりにも周りの雰囲気が異常なもので、湧いてくる食欲が失せるようなものだった。
だが、呪紋家当主の呪文 忌はその雰囲気が好きだった。
朝は霧で木々が隠れて、所々に緑が見える。白と緑の世界。昼は上空の空の色が木々の緑に降りかかる。曇りの灰色も、晴天の空色も木々に降りかかるとどちらも綺麗である。夜の森は不気味でその危なさが忌の感性をくすぐらせた。
『お前もよくこんな庭で立食パーティーをしようとするな…』
庭の入り口である、ガラス戸の前でゴスロリに身を包んだ忌の手に抱きかかえられたファントムが声をかける。その場には忌以外誰もいない。ただ、ガラス戸の先で忙しそうに使用人がパーティーの準備をしていた。
「だって、面白そうじゃ~ん。みんなはこういう場所嫌いそうだし」
嬉々として語る忌は手に力を入れすぎたのかファントムを強く抱きしめすぎていた。
『ぐぇ…、苦しいぃ~。』
「あ、ゴメン。ファントム…」
忌はすぐに力を強くしすぎたのに気付いたのか、申し訳なさそうに謝って力を抜く。
『楽しみなのは分かるが、あまり羽目を外すなよ?』
心配そうにいうファントムの声。それを聞くと忌は口を三日月形にして、微笑む。
「もちろん。今日は一番ファントムとおしゃべりするよぉ~」
『そういう問題じゃないのだが…』
「え?どういう問題~?」
首を傾げて、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。もちろん、忌のほうを見ていないファントムにはこの動作は分からないのだが、ファントムにはどんな表情をしてどんな動作をしたか分かっていた。
『そんな可愛げな動作をしても無駄だ。ちゃんと五使贄族の皆さんに挨拶をするように』
その言葉に明らかに嫌そうな顔をしながら、赤色をしたソファーに倒れこむように座る。
「はあ…、嫌だなぁ…。桔梗兄さんと翔くん以外は私のことを邪険として見るんだも~ん。やる気なくすわ~。」
明らかに不機嫌である忌をあやすようにファントムが声をかける。
『お前が頑張ったら、その代わりに今日はダンスを誘っただろう?それともお前はこの僕と踊りたくないのか?』
弱弱しく首を横に振る。その姿は先ほど、自分の叔母と言い合いしていた姿からはとてもかけ離れていた。
ガラス戸に写った忌の姿を見て、熊のぬいぐるみは慰めをする。
『はやく切り上げるように、な?元気のない女性をダンスに誘う気になれないのだが…』
「100%元気でーす。ロリコン親父を殴って気絶させるくらいの元気は出ました~」
わけの分からない表現をする忌に対して、もしファントムが人間の姿をしていたなら馬鹿にしたように笑っていたのだろう。
『ならばいい、そろそろ準備が出来るだろう。女性は男性の前では偽りでも笑顔を浮かべていろ。』
そのファントムの言葉が合図になったようにガラス戸が開いて使用人が顔を見せる。
「準備が出来ましたお嬢様。お客様も私が御呼びいたしますのでお先にどうぞ。」
「うん、わかった。ね、ファントム、今日の夕食も美味しそうだねぇー」
不気味な庭に出ながらファントムに声をかける。その声色は先ほどの声色とは違って、どこか恐怖を感じるような、なんとも不気味なものだった。
そうこれがいつもどおり。五使贄族のまえではこうやるようにファントムに忌は言われた。
忌だって、理解している。こんなことしていると気味悪がられることくらい。
だが、わざとやっているのだ。自分の近くに近寄って欲しくない、というのが主な理由だ。
『今日の空気は美味しいな。僕も少し食事をしたいものだ。』
彼の小さな声で発せられた言葉は賑やかな庭にいる者たちの声で誰にも聞かれることはなかった。