第一話 「おーばーきるもほとほどに」
短いです。
(ん?)
辺りを見渡せば広大な大地。自ら立つ場所は、緩やかなカーブを描く盆地。視線の先には水平線には端から端まで続く緑の色の森。
首をかしげながら何故この場所にいるかを考えるが記憶に無く、頭をひねるばかりで全くと言っていいほど分からなかった。
手を広げてみると、小さな手が視界に映った。一瞬若々しいその掌に僅かに驚いたが、しばらく眺めていると自分が縮んでいる事に気が付いた。
「――ッ!」
慌てて体を弄り、柔らかな感触と少しの圧迫感を得ると、これがあるゲームのキャラクターではないかと言う疑惑が浮上した。
顔を恐る恐る触り、頭についている猫耳と体に付いた尻尾の感触に「やはり」と肩を落とした。
それは「山猫」と呼ばれる、スペリオルスクローズオンラインでの自キャラ。
身長120cm、年齢は10ほど、真っ白い猫耳と尻尾を持ち、巫女装束に身を包んだ少女。
ゲーム中に寝落ちなら経験したことがある、だが記憶の欠落は経験していなかった。
しばらく棒立ちのまま唖然としていると、微かに違和感を感じた。
周囲に魔法式と呼ばれる魔力の残滓が漂っていたからである。
そこで自分に何かの魔法が発動し、それが元でここに立っているのだと言うことが頭をよぎる。
しかし、これは【転移】ではない。それは【転移】の感覚ではなかったからだ。
対象を飛ばす【エクスチェンジ】や【ゲート】や【テレポーテーション】でもない。
感覚でいえば【種族・ゴット】のLV80以上で覚えるスキル【神隠し】に似ているかもしれない。
【神隠し】は選んだ対象を即座に別大陸へと強制的に飛ばす【ユニーク・スキル】である。
無論これがイベントである可能性もあるが、運営がそれを認めはしない。
なぜなら既に「山猫」と呼ばれるプレイヤーは【種族・エルダー・ゴット】になった時点でSSO制作運営会社に雇われていたからである。
イベントの可能性は低いし【神隠し】で飛ばされるほど軟弱なスキル耐性ではない。つまりこの現象は何らかのバグの可能性があった。
「……俺を飛ばすとはどんな三流プログラマーだ?」
少女に似つかわしくない"生"の音声が口からこぼれた。【オープン】と【リザレイティブチァンネル】を併用して自分の現在位置を確認する。
直後、知らない大陸に飛ばされたのだと知る。
禁止魔法の有無を確認すると訪れた場所に戻る【転移】系の魔法や【恵み】系スキルの一部が黒く塗りつぶされていた。
【転移】の魔法がなければ他の大陸には渡れない。渡ろうとすれば船を使うか世界各地に点在する【転移門】で移動するしかないのだ。
こんな平原のど真ん中で、転移門を捜すのは苦労するし街に移動するにも方角が分からないため相当な時間が掛かると思われた。
小さな舌打ちと、この嫌がらせに憎悪を募らせると。突如スキル【エンカウンター・マジック・オーバー】の警告音が頭に響いた。
「馬鹿な!俺を目標とした【オーバーマジック】だと!」
目の前に推定魔法【不明】【到達時間1秒】【数5】の表示を確認する。
ガイドに従って首を回すと視界に捕らえた森を突き破り現れた。
「早!?」と叫びながらも反射的にスキル【ラッピッドファイア】を発動した。
スキルによって驚異的なジャンプ力を得た"山猫"は体勢を崩しながら、爆音を立てて遥か上空に逃れる。
しかし、それをあざ笑うかのように魔法は向きを変えて襲い掛かってきた。
「ホーミング!?」
目の前に迫る魔法を見ながら叫ぶと同時に人間の反射能力では対応できない事態に死を悟る。
どんなに強大なステータスであろうと【エルダー・ゴッド】の耐久力もHPバーも最高位の魔法を超える【オーバーマジック】の直撃を五発も食らって耐えられるはずが無い。
安全策をとるのなら全MPを消費してもいいから消費MP依存の防御魔法【マジックフィールド】で守るべきだったのだ。
怯えと恐怖によって、受けるのではなく避けるを選択した結果、彼は完全に我を忘れた。
だがこの不可避の死をこのキャラクター"山猫"に搭載された【自動戦闘マクロ】は回避する。
混乱し続ける彼に代わり【マクロ】は最適な動作と圧倒的な速さでスキル【クイックモーション】を連続発動し体勢を整える。
体勢を整えている間にスキル【マジックカウンターゼロ】を五回発動、一気に五個の魔法が発動する。
五本の指に超高位迎撃特化魔法【ファイブティカウンタークロー】の光が宿る。
直後に爆音と共に殺到する【オーバーマジック】が五発同時に叩き込まれる筈の魔法を"山猫"の【マクロ】は五本の指で軽くはじき返してみせた。
もちろん減衰するどころか加速して魔法使いの元に返る五発の魔法。超遠距離で放たれたらしく水平線に消えていったオーバーマジックを唖然と見続けた。
「なっなんだったんだ、あの速度は?いや特に距離が尋常じゃないな、俺の知らん超遠距離【オーバーマジック】の可能性も……」
少し冷静に考えると「進路上にいきなり現れたからぶつかっただけでは?」という疑問と「もしかして送り返したのはまずかったか」と冷や汗が出る。
「ふむ。ワシは知らんぞ、とにかく逃げるが勝ちじゃ」と幼い少女の声で微笑みながら取り敢えず水平線に存在する森に【転移】した。