第十一話 「ぱちもんとおかし」
紅茶とケーキには幸せの魔法が掛かっています。
朝だ。希望と野望の朝だ。なんでやねん。
顔を洗い、アルマさんの娘さんフィルちゃんと一緒に朝食のパン、スープ、サラダを取る。
朝は確り取る派の俺である、御代わりもする。
たっぷり食べた後は、普通は仕事ではあるが、本日は魔法の特訓のため冒険者家業はお休みである。
本体から魔道書を取り出して魔法を覚える。三十分もすると頭の中に詠唱と魔法の使い方が入ってきた。
すこぶる都合のいい加護だな。とりあえず唱えようと、宿の庭に移動した。
「【ウィンド】」
リリーシャの声にあわせてそよ風が――。
ごぉぉぉぉ、と音を立てて洗濯物が飛んでいった。
「お客様、宿内での魔法の使用はおやめください!」
優しげなアルマさんも怒り心頭です。すみません、魔力調整が出来ないのです。
洗濯物を確保して再度チャレンジ、今度は下位魔法【ウォーター】だ。
「【ウォーター】」
小さな声で唱えると、バケツいっぱいの水が作成できた。
どうやら声を小さくすると魔法の威力が下がるらしい。これは無詠唱の出番か!
と意気揚々【ウィンド】を心の中で唱えると、そよ風が生まれた。
すんばらしい、これが無詠唱の極み。いや、魔力調整が出来ないだけなのかもしれないけど。
いつも人外と戦っていたせいで魔力調節など遥かかなたに置き忘れていたのだ。
全力でやらねば死ぬ、そんな世界で生きてきた俺は如何に攻撃力をあげる訓練をしていた。
それが今や、下位魔法で苦労する羽目になろうとは……。世の中わからないものである。
とにかく無詠唱で役立つ魔法を覚えたのだ。
実験しなければならないだろう。
宿から外へ歩き出し、【ウィンド】で背後から風を出して歩く速度を速める。
スタスタ、スタスタ、うむ、なかなかいい感じだ。ただ精神的につかれるので却下。
次は【ウィンド】を前面に展開し向かい風を無効化する。スリップストリーミング現象だ!
うむ、ほとんど変わらんな。なにせ歩いてるだけである、風も無風なのに何をやっているのだ俺は……。
「アンタ、なにしてんの?」
声のしたほうに振り向けば、俺より頭一つ分小さい青髪の少女がいた。目元がきつく、どこか高飛車な感じがする。あれ、リシアにそっくりだ。
「なにって、なんですか?」
「今してたじゃない。【ウィンド】を後ろから吹いたり前で固定したり、普通そんなこと出来ないわよ」
そうだった。NPCは創意工夫が出来ないため、プレイヤーとは違い固定魔法のみ使う設定だった。
そんな魔法使いに俺の魔法は異端に思えて仕方が無いと思う。
「えーと。今の魔法は【エア・ブースト】と【エア・シールド】という魔法です」
なんとか適当な魔法名を作り出す。これ採用されないよな。
「いいわねそれ。私にも教えなさいよ!」
超面倒だ。自分のことも満足に出来ないのに他人の面倒など見られるか!
「お断りします。名前も知らないのに教えろなんて失礼じゃありませんか、それに魔法は魔法使いの商売道具です。そう簡単に他人に教えることは出来ません」
魔法使いは魔法を秘匿する。SSOはスキルでもそうだが、秘密主義者が多く、使ってから気がついた事も少なくない。
むむむ、と唸っている少女を素通りし街を散策でもしようかと思った矢先。
「私の名前はアーゼ・フォン・セフィナ・オリオストロよ!貴方、私の仲間に成りなさい!」
どうやら貴族のご令嬢だったらしい。どうりで上から目線な訳だ。
「私の名前はリリーシャ・エル・アルマータと申します。
仲間になるつもりはありません、では失礼します」
頭を下げてその場を後にする。アーゼ嬢が何か言っているが無視無視。
そのまま武器屋に直行した。いかにもぼろ屋なのは入りたくないのか外をうろうろしている。
ふん、温室育ちめ。
「ここは避難場所じゃねぇぞ」
奥から出てきた店主が注意する。しかもアーゼ嬢とのことがばれているらしい。
「申し訳ありません。お茶を入れるので少々匿って貰えますか」
そう言って、"山猫"のストレージから紅茶とザッハトルテを出した。
「アイテムボックス持ちかよ、しかも俺は甘いものが……」
「私が丹精こめて作ったお菓子、お食べになってくれないんですか?」
うるうると両手を合わせて店主を見ると気まずそうに茶菓子に手を出した。とたんにバクバク食べ始める店主。
ガハハッ、それは料理スキルEXで作った菓子よ!もう他の料理は食べらられんだろうな!
すぐに食べきり、なごり惜しそうに皿を見つめながら紅茶を浴びるように飲む店主。ちょっとやりすぎたらしい。
「お前店開け、毎日俺が行く。絶対開け」
有無を言わない交渉である。あれかなプロポーズと言う奴かな、プロポーズと言うには年が離れすぎてるけど。
冒険者がお菓子職人になるのはちょっと所ではない、大間違いである。
「私は冒険者なのですが?」
「う、うむ。しかし勿体無いぞ。これほどの腕、腐らせることは無い、金が無いなら俺が出そう、なに店の開店資金なぞいくらでも出せる」
どうして俺の店の資金が出せて、自分は廃家にすんでいるのか教えて欲しいところだった。
「そうですねぇ、クッキーぐらいなら出してもいいかも」
アイテムボックスに大量に死蔵されているクッキーを思い出す。
「よし分かった!ギルド委託すればいい!すぐに行って来る!」
行動が早い店主である。そんなに食べたかったのか。
すぐに帰ってきて、しかもひげを蓄えた偉そうな爺を持参してきた。誰だこいつ。
「ふふふ、話を付けてきた。ギルド委託販売だ。さぁ試供品をギルド長に渡すんだ!」
となりのギルドに突撃したかと思いきや。
なんと店主が連れてきたのはギルドの長その人であった。もはや早くしろといわんばかりの態度にギルド長もたじたじである。
「グレン、お前緊急の用があるというから来てみれば、試供品だと?ギルドの販路は商会連中が固めてあって私にはそれを出す権利は無い」
「権利が無くてもやれよ!俺が食えるかどうかの瀬戸際なんだぞ、もっと頑張れよ!」
店主が吼えるのを他所に、とりあえず菓子と紅茶を出してやり過ごす。
すぐに店主は飛びついてクッキーに群がっていったのでギルド長が食べられないため、もう一組同じのを出した。
結果。
「これは販売すべきだな!権利?そんなものギルド長権限で木っ端微塵にしてくれるわ」
「さすがはオスマンだぜ!話が分かる!」
ギルド長の名前はオスマンと言うらしい、とどうでも良い情報が手に入った。
その後、リリーシャの菓子は知る人ぞ知る甘味として貴族達に愛されることになる。
一つの菓子のために戦争がおきそうになったという噂も流れることになるが、そこは別の話。
ギルド委託に決定したリリーシャの菓子の腕は悪くない。ただスキルが足りないために自分で作れないのが現状だ。
とうぶんはレベルアップに精を出しながら"山猫"時代に作ったストレージに入った大量の菓子で我慢させるしかないだろう。
ただ技能上げで大量に、本当に大量にあるため数十年は菓子に困らない事を本人は知っている。
「あっ、やっと出てきた」
第二の敵が現れた。リリーシャは逃げ出した。
「あっ待ちなさいよ!」
直ぐに宿屋に直行して、部屋に鍵を掛ける。
窓から敵がいないことを確認してご飯を食べに下におりた。
「どうしたのリリーシャちゃん、今すごい勢いで部屋に戻ったけど」
部屋から降りるとマールさんに出くわした。
「いえ、なんでもありませんよ」
「なんかリリーシャちゃんから凄く良い匂いがしたのだけど」
「私が作ったものです。こんどギルドで売ろうと思うのですが……」
私が出した菓子をめぐってアルマさんとフィンちゃん親子の取り合いになったことはいうまでもない。
実のところ、十一話には暗い話を載せようとしてましたが、あまりにもリリーシャの扱いが変わってしまうということで急遽、この話を載せました。
またこちらのほうが安心して話を続けられますので。