プロローグ
「神を創造せよ」
その一言をキャッチフレーズに、2080年に発売された、VRMMORPG「スペリオルスクロールオンライン」(通称・SSO)。
世界同時発売された、このゲームの自由度は、他のゲームを圧倒していた。
現実で出来ることはSSOの中で出来る。
たとえばNPCを利用して軍を結成し国を落とすことや、落としたとたん反乱軍を率いた他プレイヤーに内乱を長きにわたりやる羽目になったり、商人となって大海原で香辛料を求めて旅すると、他のプレイヤーの海賊行為に出くわすこともある自由度だ。
何かをすれば誰かが前に立ちふさがる。ある種、現実世界となんら変わりはなかった。
ここはもう一つの現実である。プレイヤーはゲームという名の現実を体験することになる。
痛みさえも現実。ここでは苦しみも悲しみも無慈悲ささえ味わえるのだ。たとえそれが、どれほど理不尽だとしても。
神話世界スペリオル、八十八からなる大陸を有する広大な世界は人々の度肝を抜いた。
圧倒的なまでの臨場感、ダメージによる痛み、部位破壊、それに伴う恐怖。
それだけではなく五感を刺激する、草木の匂いや、料理の味まで再現された。
それはもはや仮想現実ではなく、ほとんどの人間が現実と認識してしまうほどだった。
人々は第二の人生をここで謳歌しようと言うものさえ存在した。しかしながらここはゲームの世界である。
ゲームの本質として遊びが詰まった広大なフィールドは彼らの第二の人生の障害となった。
痛みなくしては生きられず、労働しなければ金銭は手に入らない。
「SSOで働いてくる」とは一時期はやったジョークでもあり、真実だったのだ。
また、このゲームには特殊な【ゴッド系】と呼ばれる種族が存在した。それは種族の頂点に位置する存在。
己の眷属たる人型NPCやモンスター型NPCを生み出し、それらを使って大陸を旅する。
生み出したNPCはプレイヤーの経験値を集めるだけではなく守りにも使える汎用能力を持っていた。
しかし、VRMMORPG「スペリオルスクローズオンライン」が始まった当時、この最高の種族は皆が最初に選択し諦めた種族だった。
何故なら1レベル上昇における取得経験値1/128の設定や死亡時におけるレベルダウンペナルティの倍化などの圧倒的に不利な種族だったからだ。
もちろん公式に載せられたステータスもスキルも圧倒的だが、その育成の難しさで早々に、ほとんどの人間が、この種族を諦めた。
誰が、狩場を独占しなければ一も上がらないキャラクターを誰が好き好んで育てるというのか。
むろん徒党を組み実力行為で狩場を独占しようとしたものがいたが、他のプレイヤーに排除されることになった。
これによって【ゴッド系】は"狩場の独占をするマナーのなっていないやつら"と言うことで攻撃の対象となる。
更にこのゲームのPKシステムが、これに拍車をかけた。
このゲームのPKは倒した相手の種族によってボーナスが入る。
ヒューマン1、エルフ2、ダーク3、エンジェル4、ドラゴン8のようにボーナスやレベルによって更に上昇した。
だがこの仕様で【ゴッド系】の経験値ボーナスがとんでもなかった。ゴッド128である。
つまりゴッドをPKした場合与えられるボーナスは128×種族×レベルである。
たとえステータスが特化していようと、この種族は経験値の全く入らない精々5lv程度であり、圧倒的に狩り易くお得な経験値とボーナスで初期レベルの者でさえ狩られていた。
この仕様は現在に至るまでパッチを当てられなかった。何故なら彼らを殺害するとカルマ値が最低限まで落ちるからだ。PKすれば完全・悪と見なされる。
そして、【神殺し】の称号を得る、無論強制的にだ。このスペリオルスクローズオンラインにおいて【神殺し】の称号は最悪の称号として勇名を馳せる。
【神殺し】による唯一にして最大のバットペナルティ【神話系イベントにおけるボーナスが発生しない】だが。この世界において【神話系】イベントはメインストーリーだ。
サイドも含めその千以上とも噂される脅威のイベント数、手に入るアイテムも少なくない神話級の物がそろっている。
もちろん【神殺し】をしていないプレイヤーはメインストーリーの途中で【神格者】と呼ばれ、"絶対に"種族や職業で手に入らないステータスやスキルや魔法といった様々な恩恵を受ける。
この【神格者】は【種族・ゴッド】を助けるガーディアンとして強力な力を得ることになる。
だがこの【神格者】が誕生したときSSOの世界に【種族・ゴッド】はほとんど存在していなかった。
余りにも辛過ぎる設定は【ゴッド・オブ・ペナルティ】と言われ、もはや新規プレイヤーが存在しないほどだったのだ。
大陸各地を探し回った【神格者】は、広大なフィールドに、隠れるようにして生きていた彼らを発見した。
接触したとき彼らは完全な【人間不信】であり怯えていた。どんなに高くとも、彼らは5Lvにも届かない弱者でしかなかった。
圧倒的な臨場感で日夜駆りまわされる恐怖を味わい、隠れ住みながら誰とも接触せずに生きてきた。
彼らがひとえにSSOの舞台から退場しなかった理由、それはこの種族を選んだ利点、いや唯一とも言っていい【創造】スキルの使用ができた為だ。
一日に一度彼らは【創造】が出来る、自分のレベルに合わせた眷族を生み出すことが出来た。
これが自由度が高く楽しい、外見やキャラ設定やマクロに至る細部までの驚異的な自由度、(もちろんプレイヤーに殺されても文句の言えない)NPCキャラクターを生み出せた。
このNPCはプレイヤーやモンスターと戦い勝利することでレベルアップできる仕様であり、多くが護衛として【ゴッド系】傍らに居続けた。
だがPKボーナス7と高いこともあってよく狩られた。細かい設定のキャラクターを破壊される悔しさや悲しみは【ゴッド系】達の心を砕き更に多くの者がSSOの世界から退場した。
「神は居ない」
それがSSOの専らの評判だった。あまりにも辛く厳しい道のりを踏破できるものなど存在しない、存在する【ゴッド系】は弱卒NPC生産する唯のモンスター発生種族と成り果てていた。
しかしある公式に乗ったアナウンスによってSSOの常識が覆された。
≪現時点をもって【種族・ゴッド・オブ・ゴッド】のLV100に到達した最初のプレイヤー"山猫"様に【ユニーク種族・エルダー・ゴッド】の移行を認めます。
また八十九番目の大陸【楽園】で"山猫"様よりイベントが提唱されました。現在時刻PM19:13から一週間後のAM04:00まで【楽園】を閉鎖します。
これより【楽園】から"山猫"様以外のプレイヤーは排除されます。公式アナウンスをお待ちください≫
そのアナウンスは人々を驚愕させるに十分なものだった。開始から三年の歳月がたった今、確認されていた最高位の【ゴッド】プレイヤーはLV21であり、種族【エルフ】しかなかったからだ。
それを【ゴッド・オブ・ゴッド】という最高にして最大難易度を三年の歳月をかけて踏破した存在が確認されたからだ。
そのプレイヤーを誰も知らない。その大陸を誰も知らない。その【ゴッド・オブ・ゴッド】のスキルは公表されていない。
だが神は存在した。それも常識を遥かに超えたところで。この山猫というプレイヤーは誰もが未だ到達していない八十九番目の大陸で創造を繰り返し只ひたすら研鑽に明け暮れていたらしい。
最初のパーティーがその大陸【楽園】に到着したとき。この世界の常識が完全に覆った。NPC(LV100)が千規模で存在していたからだ。
そして、この種族こそ【種族・エンシェントヒューマン】だった為だ。このNPCを作るには【種族・ゴッド・オブ・ゴッド】になる必要がある。
だが、事実上、LV10UPも不可能なマゾ仕様だったのだ。簡潔に言えば【ゴッド系】のペナルティを、更に10倍化した狂っているとしか思えない種族だったからだ。
死ねば初期値、「生きていても良いことなんかない」という諦めに満ちた言葉に代表される【ゴッド・オブ・ペナルティ】は経験した人から言えば悪夢であり苦行である。
そのNPCは独自のマクロを搭載し、一つ世界を作り出していた。もちろん独自イベント【神話】系のストーリーも"山猫"を中心として開発され、公式にアップデートされた。
今まで存在していなかった【日本神話】系イベントは新鮮だった。今まで神託としてしか存在しなかった神が"生きている"大陸だったからだ。
もちろん【卑弥呼】に代表される日本神話系の英雄達は大陸の各地に配置されていた。特に人気のあったのは、愛くるしい占い少女【卑弥呼】や、絢爛豪華な竜神幼女【玖珠凪】などだ。彼女達は公式でアンケートを取られ、人気キャラランキングで新たなイベントやマクロが追加されていった。
"山猫"と言うプレイヤーは暫くの間発見されていなかったがある【事件】が切っ掛けで突如として【楽園】に現れた。
【ゴッド系】のプレイヤーがPKの一環としてNPCを破壊し続けたことだ。これによって【楽園】に突如としてPKの嵐が吹き荒れた。
何故なら89番目の大陸【楽園】は"山猫"が作り出したNPCのみだからだ。特に彼等の種族が【エンシエントヒューマン】であった為、そのボーナスは涎が出るほどにおいしい。
人間なら一人殺すだけでカンストする(もちろん課金アイテムの使用が前提だが)、その行為は日本神話系イベントにおける【神格者】プレイヤーも黙って受け入れられるはずがなかった。すぐにプレイヤーは傍にいたNPCと【ガーディアン】契約を交わし、抵抗し始めた。彼らはこのために契約方法を編み出し力を分け与えてもらうことを可能にしていた。
ギルド単位で連合が組まれ【PKL】と反連合【英雄】の壮絶な戦いが繰り広げられる。【英雄】によってNPCは保護されていく。
【PKL】の圧倒的なレベリングと破壊によって【楽園】は崩壊しかかった。だが突如としてNPCが空に向って手を伸ばす怪奇現象が起こる。
一つのマクロが最初期に設定されていた。"山猫"は理解していた、これが起こると自分の美しい世界が壊されると。
"山猫"と言うプレイヤーはあるNPCに似ていた【霊凪】、それは【玖珠凪】の姉であり一定周期で各都市を回り護衛NPCとしてプレイヤーたちに着いて来た。
もっとも感情表現が豊かな一番人気のNPCだった。"山猫"が獰猛な笑みを【PKL】に向けるとないはずの圧力と息苦しさを感じるプレイヤーが続出した。
そしてある言葉がプレイヤーの耳に届く「スキル発動・神の領域」と「スキル発動・天罰」である。
【PKL】は一瞬で動きを止め、【種族・ゴッド系】に属するプレイヤーは完全無効化されるはずのスキル効果をその身に受ける。だが【英雄】達にはなんら効果を発揮しなかった。
【英雄】達は"山猫"に手を振ると【PKL】を排除すべく行動を開始した。最初の【PKL】が破壊されると自動的に破壊されたプレイヤーが復活した。
アイテムも何も装備していないレベルすらリセットされた状態で、もちろん転生ボーナスも吹っ飛ぶ。
【PKL】は大きな代償を支払う羽目になった、これまでつぎ込んで来た時間とアイテム。
「クソッタレ! 俺の時間と金を返せ!」とGMコールの嵐が【PKL】で飛び交う。
だが公式の回答は簡潔≪ゲーム内でのPK及びスキルによるデス・ペナルティは同意書に記載されている。なんら抵触するところはない≫と。
それは確かに【天罰】だった、【PKL】は崩れ落ちた。だが"山猫"の言葉は続く「スキル発動・神の恵み」を【英雄】達に向けてはなった。
一瞬呆然となったがすぐに起こる【連打されるレベルUPの効果音と。アイテム欄に登場する神話系アイテムと、カウンターストップしそうな勢いで回る膨大な報酬】に、歓喜の悲鳴を上げた。
後に【種族・エルダー・ゴッド】のユニークスキル「神の恵み」の効果が記載された。
一日一回・発動して7分以内の戦闘のみ有効。
このスキルの対象のカルマ値・善に等しい経験値倍増化(最大50000倍)、カルマ値・善に等しい金(最大5000000倍)、そしてカルマ値・善のみ身につけることが出来る【輝く勾玉】を一度だけ入手。【輝く勾玉】の効果はスキル「神卸し」を持つ、一日一回・発動して60秒。身に着けているプレイヤーのカルマ値・善に等しいステータススキルを追加する(最大3個)。体力増加(500%)、、耐久増加(500%)、呪文耐性(500%)。
「まさに天罰覿面じゃな!」
"山猫"の言葉に、皆が笑い声を上げる羽目になった。"山猫"は去り、今も同じNPCの少女がプレイヤーの間で人気となっていた。
感情が豊かになり、皆に手を引かれ照れ笑いを浮かべる本当の「神」として。
そして今、【種族・エルダー・ゴッド】としての"山猫"の物語が始まる。