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メンバー

ふと見上げただけだった。

三階の位置にかかった、『麻雀』とだけ書かれた小さな古臭い看板。

僕は財布の中を確認し、一息気合を入れるとビルの階段に足をかけた。


大学四年生になっていた僕は、スロットのイベントに参戦するため、電車に揺られて自由が丘まで来ていた。

夕方まで粘りに粘ったが思うような成果は得られず、もはやここまでと店を後にし、自由が丘の街をフラフラと歩いていた。

そこでフリー雀荘の看板を見つけ、スロットが駄目なら麻雀で一勝負と入ってみたのだ。


店は五卓と予想通りに小さく、フリーが一卓、セットが一卓立っているだけだった。

「打てますか?」

麻雀漫画よろしく店員に声をかけ、フリーの面子を覗いてみると、

驚いた顔をしている一人の若い男と目が合った。

「あんたこんな所で何やってるんだよ」

「それはこっちが言いてえよ、カズマぁ」

それは学生時代、身内の中では間違いなく一番強かった男、オダだった。

『博打打ちというのは、何千何万という賭場の中で、何故か顔を合わせてしまうことがある』

阿佐田哲也の小説の一節の様な偶然に僕達は大笑いし、二半荘ほど打ったあと、一緒に酒を飲みに行った。


「オダさんはいつもあそこで打ってるの?」

「あぁ、あそこは東場で四万点超えてる奴がいたらそこで終了だから半分東風戦みたいなものだし、レベルもそこまで高くないから稼げるんだよ」

「なるほどねぇ。学生の時を考えるとオダさんとピンのフリーで偶然会うなんて考えられなかったね」

「お前めちゃくちゃ弱かったからなぁ」

「うるせぇよ」


自然、話題は学生時代の話になる。


大学に入った僕は、まさに麻雀漬けの日々だった。

演劇サークルの先輩やその知り合い達とセットを囲み、相手がいない時にはフリーに通った。

勿論結果は散々たるものである。

平和と七対子しか知らなかった男は、予備校時代にひと通りの手役を覚えてはいたが、

それでも小振りのナイフ一本で銃弾飛び交う戦場に飛び込んだようなものだ。

全員がナイフで戦っていると思っている僕は、何故負けるのか、全くわからなかった。

他人がどのような思考で、打牌を選んでいるのか理解出来なかった。



派遣のバイトを数日やって小遣いを作り、バイト代をもらったら雀荘に飛び込んだ。

その金が尽きても悔しくて家に帰れず、後ろでメンバーの打ち方を見ていたら、

「見ててもいいから先にとりあえず牛丼買ってきて」とパシリになっていたこともある。


自分は麻雀の神様に嫌われているんだと一時期は本当に信じていて、

負けては泣いて、それでも日銭を稼いでまた打って、

一年後、僕は渋谷の雀荘で面接を受けていた。


「麻雀暦はどれくらいなの?」

店長は履歴書にざっと目を通したらそれをサイドボードにおいて聞いてきた。

「三年です」

本当は大学に入ったと同時に始めたようなものなのだから一年なのだが、僕はしれっと嘘をついた。

「これツモったら何点かわかる?」

店長が牌を並べる。

「1300.2600です」

一年の間に点数計算はほとんど覚えていた。

「…ちょうど一人足りなくなったところだったから、頑張ってみようか。いつから働ける?」

「今からでも」

店長は少しキョトンとしたあと、ニヤリと笑い

「若いねぇ。とりあえず明日から来なよ。」と言った。

僕の人生の中で最も密度の濃い日々が始まった。



午後九時三十分。

人生を謳歌していることを他人にひけらかすように不自然な笑顔を貼り付けて歩く若者達と、

家庭のために早めに飲み会を切り上げて家路につく酔っ払ったサラリーマンの間を縫うように、

俯きながらセンター街を歩く。

セガのゲームセンターのある十字路を右折、宇田川町の交番の裏を通り、

東急ハンズの手前にあるビルに入る。

エレベーターで5階まで上り、ドアを開くといつもの匂い。


雀荘でバイトを始めた僕は、夜の十時から朝の十時まで雀荘で働き、

煙草臭い体でフラフラと大学まで歩き、演劇部の部室でそのまま仮眠。

起きた時間に講義があれば出席し(寝てる)、戻って部室でまた仮眠。

夕方から演劇部の稽古に参加し、稽古が終わればまたバイト、という、

自分でもよくわからない生活をしていた。


「おはよーございまーす」


僕は煙草に火をつけながらタイムカードを切り、夜番のトップであるアサノさんに挨拶した。


「おはよー。今日も帰ってないの?」

「稽古があるんで帰れなかったっすわ」

「若いなぁ。とりあえずエプロン付けて。3卓でもうすぐ本走だから」

「ラジャー」

「今日は負けるなよー」


こんな感じに僕の夜は始まる。


まず夜の十時に入ってすぐ、大体本走に入らされる。

(本走とは、客が四の倍数いない時の人数合わせとして、客と一緒に麻雀を打つこと)

まだ体力が減っていなく、思考が働く時間帯だからだ。

ここで何半荘か麻雀を打ち、調子が良ければ深夜の時間帯も打たせてもらえる。


「本走入りますカズマです、宜しくお願いしますー」

「1卓リーチ入りました~!頑張ってください!」

「4卓ラストです!優勝は会社、失礼致しました~」


常に周りの卓にも気を配りながら、僕は僕の戦いを進めていく…



3時間後、僕はセットの客にカップ焼きそばをひたすら作る作業に追われていた。


アサノさんの心遣いではあるのだが、メンバーがその日の給料分まで負けそうになると

もう麻雀は打たせてもらえない。ホール担当として、灰皿を変えたり、食事を作ったり、

ヤニのこびり付いた床を磨く仕事をする事になる。

僕はまだこんなに麻雀を打ちたいのに。


そんな僕の気持ちもアサノさんは勿論分かっていて、

朝の七時頃、フリーの客が残っていると僕にこう聞いてくる。


「そんじゃカズマ、まだ戦う気力はあるー?」

「あります!」


そうして朝の十時、その日一日タダ働きになってしまった僕は、

いつもの様に泣きそうになりながらエプロンを脱ぐのだった。

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