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大唐打毬伝  作者: kanegon
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明皇の新たな興味

36,502文字

2013年6月12日

某所で行われた突発中二病企画に沿ったものです。テーマが『中二病』、文字列お題が『変身ヒーロー』『代打俺』『世界制服(世界征服ではない)』でした。他に、24時間以内で5000字ほど、という制限もあったのですが、そちらは無理でした。

中国歴史物として史実考証はガチのつもりですが、内容は中二病ということで、おふざけです。「中国歴史物で、こういうこともできますよ」ということで笑ってスルーしてください。

作中にはキャプテン翼と北斗の拳のパロディネタが多用されています。



参考文献

『長安の春』

『大都長安』

『唐詩選』

『騎馬民族史2―正史北狄伝』

『唐両京城坊攷―長安と洛陽』

『荊楚歳時記』

『図説中国文明史 (6) 隋・唐 開かれた文明』

『中国の歴史 6 絢爛たる世界帝国 隋唐時代』

『中国歴史地図集』

『旧唐書』

『新唐書』

『封氏聞見記』

『杜子春』

『山月記』



 時代、場所を問わず、変身ヒーローというのは人の心を掴んで離さないものなのだ。


▼▼▼▼


 晩冬の青空を背景として、白い羽根が激しく飛び散る。けたたましい鳴き声は、高らかに朝を告げるものとは質が異なっていた。片方は勝利の雄叫びであり、もう片方は断末魔の悲鳴だ。

「勝負ありっ! そこまでっ!」

 審判員が叫んだ。誰の目にも、どちらの鶏が勝ったのかは明らかだった。勝った鶏が興奮して更に嘴と爪で攻撃を仕掛けるところ、首の紐を引っ張って引き離す。敗れた鶏はぐったりしていて、生きているのかどうかもよく分からない。あちらこちら羽は抜けて、血が滲んで赤が散っている。鶏だから元々飛翔できぬ翼ではあるが、傷を負った今は立って歩くことすらままならない。

 観衆のざわめきは、池に石を投げ込んだ時の波紋に似ていた。最初は大きく、外側に向かって広がって行くものの、少しずつ波は小さくなっていく。

「闘鶏も、頻繁に見ていては少し飽きてきたかな」

 疲れたような表情を少し滲ませて、明皇は小さく呟いた。

「そもそも、寒さのせいか、鶏の動きがやや鈍かったような気がするな」

 それを聞き逃さなかったのは、明皇の側近の中の側近である宦官の高力士という人物だった。

「それは陛下が、闘鶏に関してお目が肥えてしまわれたからかもしれません。ならば、別の遊興を用意いたしましょうか?」

 普段は聞き慣れている高力士の甲高い声が、今だけは少しだけ明皇にとって耳障りだった。仕方のないことだ。宦官というのは、後宮に仕えている去勢した男子だ。皇帝の身の周りの私生活に関与するため、有能な者は側近として寵愛されることが多い。高力士も、そういった宦官の一人である。

「別の、とはいっても、何をするというのだ?」

「例えば、打毬、などはいかがでしょうか?」

 四八歳の明皇は整った顎髯を撫でながら、渋い表情をした。

「打毬は、観て楽しむものというよりは、自分でやって楽しむものではないか。自分はもう、馬に乗って暴れ回るには年をとってしまったし、大唐帝国の皇帝であるからには、無茶をして怪我をするわけにもいかん」

 明皇は即位した翌年に開元という元号を制定した。そして大唐帝国を中興の時代へと導く善政を敷いた。後に開元の治と称えられる、唐の全盛期である。そして現在は、開元二一年の年末である。

 明皇と呼ばれる人物は、名を李隆基という。高祖、太宗、高宗、中宗、睿宗に続く玄宗皇帝として後世史書に記されることになる心優しき名君だ。

 明皇は書家としても詩人としても高い才を有し、囲碁も嗜んだ文人皇帝である。と同時に、女禍による混乱期にあった唐を武力で平定して皇帝になっただけあって、尚武の気に富んでいた。若い頃には狩猟を好み、六歳上の兄である李成器と共に馬に跨って、勇ましく打毬に興じたのだ。

「馬に乗って棒を持った人物が何人も群がっている様子を眺めても、あまり面白みは無いだろう。自分でやるなら別だが」

「確かにそれでは、誰が誰だか分からず、どこでどのように動いているのかも分からず、人数が多いだけあって動きの悪い者もいるでしょう。しかし、人数を四人程度の精鋭に絞れば、観て楽しめる競技となると思われます」

「四人ということは、敵と味方が二人ずつか。それは少なすぎはしないだろうか?」

「いえ。敵味方が四人ずつで合計八人で」

「四対四か。その人数だと、かなり実力のある者でなければ、かなり間延びした内容になってしまうぞ?」

 明皇が頬に掌をあてて考える。頬髯が手の中で強張る。一方高力士は、髭は生えていないが皺の多い頬を、寒さに赤らめていた。

「それこそ陛下が仰っていたように、皆で乗馬しつつ体を動かすことを楽しんで行うような場合には、大人数の方が楽しいでしょう。しかし競技としてなら、私が愚考しますに、実力のある者を集めれば、恐らく四対四でやるのが一番盛り上がるのではないかと」

「ふむ。まあ、力士がそこまで言うなら、観て楽しめるものになるかもしれないな。よし、その件やってみるが良い。期待しているぞ」

「はっ。お任せください」

 高力士は手を拱して拝礼した。身の丈六尺五寸の長身を屈めても、それでも大きい。

 明皇はそれに対して鷹揚に頷いただけだった。しかし大唐中興の名君である玄宗皇帝は、終始遊興のことを考えていたわけではない。為政者の鋭い表情に戻った。

「ところで力士よ。まつりごとの方では、特に変わったことは無いだろうな?」

「はい。年明けからの洛陽巡幸の準備も滞りなく進んでいると聞いております」

「そうか。それは任せておいても良いのだろうな」

 実際に準備をしているのは官僚たちである。が、皇帝が旅をするからには宦官との打ち合わせもしないわけにはいかない。そうなると、自ずと高力士が取り仕切るような形となるのだ。

「そういえば陛下。尚書右丞相の張子寿殿が、王摩詰という人物を推挙してきております」

「ああ、そういえばこの前、右丞相張九齢に直接会った時に聞いたぞ。ところでその王摩詰、以前に宮廷にいたであろう? 進士及第者で絵を描くのが上手な王維のことだったと記憶している。問題があって流謫されたのではなかったか?」

「確かに過去にそういうこともあったようです。が、張右丞相が強く推挙しております。そして、王摩詰本人も母や弟など家族を抱えて貧困に喘いでいるとか」

「そこまで言うなら、すぐに登用するがいい」

「それが、その王摩詰は、三年前に亡くなった妻の喪が明ける夏過ぎから宮仕えしたいとのことです」

「なんとも面倒な奴だな。喪だから出仕するのは駄目で、出仕するための準備は良いというのか?」

「どうも、張右丞相が王摩詰のために計らっているようです。喪が明けたらすぐに仕事ができるように、と」

「あの堅物の張九齢がそこまで買っている人物というのなら、悪人ではないのだろう。かつて左遷されたというのも、どうせ誰かに才を妬まれて、といった辺りなのだろう。王維が夏過ぎから士官できるように取り計らってやりなさい」

「はい」

 明皇よりも一歳上の高力士は、有能な側近として寵愛されている。高力士もまた明皇を敬愛し、誠意をもって仕えている。指示されたことをすぐに行動に移すべく退出した。

 その場に残った明皇は南の空に顔を向けた。薄く黄色く煙った青空が見えた。年末、いまだ春の訪れは遠く感じる。終南の山肌には白く雪が積もっている。朔北からの肌を刺す冷たい風が黄塵を運び、いずれは春が訪れることを告知する。

「冬の一番寒い刺骨の頃は過ぎて、暖かくなってきたからな。久々に馬に乗って、雄壮に駆け回ってみたいものだな」

 小さく呟く。刺骨というのは長安の冬の厳しい寒さのことを表現する言葉だ。肌を刺すどころか骨まで刺す冷たさなのである。高力士は退出してしまい明皇の近くにいないため、その呟き声は明皇本人以外の誰にも届かないで消えた。女官たちは常に明皇から少し離れて控えているので、小さな呟き声を拾うことができるのは高力士だけなのである。

 高力士は有能な男である。いや、元、男である。

 今回も敏腕ぶりを発揮して、明皇の期待に応えることになる。


▼▼▼▼


 東西の文化が集まる世界帝国たる唐の都、長安は、一〇〇万人の人口を抱えていて、年が明けた開元二二年(西暦734年)当時の地球上で最大の都市であった。

 長安全体は九街十二衢の条坊に区切られている。その長安の北側を占めているのが、皇城、宮城、大明宮である。現在の明皇は東の興慶宮にて政務を行うのを好んでいるが、興慶宮が造られるまでは政治の中心は北であった。

 その北の羅郭の外側は広大な龍首原に渭水近くまで広がる禁苑となっており、皇帝一族が乗馬や狩猟をしたりして楽しむ。また、歌い手を育成する梨園もあった。

 その一角に。

 年末年始で慌ただしかったであろうにもかかわらず、高力士は短期間で専用の打毬会場、即ち毬場を用意した。油を注ぎ地均しをして、まるで砥石のように平らに仕上げた。普通の打毬の場よりは細長い感じで纏められていた。その周囲は特設の観客席が整備されていて、観衆たちが取り囲んでいる。

 打毬というのは。

 遙か西方の波斯国ペルシア辺りが発祥の地とされる武骨張った乗馬競技である。西域胡人、主にソグド人によって唐に持ち込まれた。

 競技者たちは二つの組に分かれる。おのおの馬に乗り、長い打毬杖を使って小さな球を打ち合い、それを敵の陣地、つまり毬門の内側に打ち込むことに成功すれば点が入り、勝敗を競う、という内容だ。波斯国から西へ伝わったものは、欧州でポロと呼ばれた。また、唐へ伝わった打毬は遣唐使を経て日本にも伝わり、撃鞠という競技となった。シルクロードを経てユーラシア大陸の東から西まで広く伝わり、人々を魅了した競技である。西域の文化を好んで積極的に取り入れていた当時の唐人たちは乗馬を好み、打毬という競技に熱狂していた。

 唐の実質的建国者である二代目皇帝太宗もまた打毬を好んで行った。玄宗もまた、若い頃には狩猟と共に打毬に打ち込んだ。狩猟も打毬も、遊戯として楽しみながら、同時に乗馬の技術を養うことができて、歴代の皇帝一族や武人の家系では軍事訓練の一環として盛んに行われた。、しかし、明皇ももう若いわけではない。治世は後に盛唐と呼ばれる太平の全盛期だ。かつては初期の唐を脅かした北方の異民族である突厥も、東西に分裂してからは概ねおとなしい。そういった背景もあって、近年は明皇自身が馬に乗る機会は少なくなっていた。

「高力士よ。これがその、打毬を行う特設の場か。なんだか、随分、横長であるように見えるな」

「大人数で行う会場よりも、南北の幅を狭めて作りました。ただし東西の幅は変わっておりません。なので、見た目としては細長く感じるでしょう。これで人数が八人に限定されているので、東西に分かれた相手陣地に球を放り込むためには、より高い技術が必要となります」

 甲高い声で、それでも冷静な口調で高力士は説明する。明皇を満足させるために準備万端である自信がそこから滲み出ている。

「また、随分と観衆を集めたな。これは、大明宮と興慶宮の官人ほぼ全てが集結したような感じではないか。これで政務がおろそかになっていたりしないだろうな」

「そこはご心配には及びません。長安にいる文武百官が本当に全員来たならば、もうこのへんいっぱい人だらけになってしまいます。それは百官の朝賀儀のことを考えればご理解いただけるかと存じます」

「確かにそれもそうか。毎年新年には、官人たちがみな集まるのだったな。あれは確かに壮観だ」

 それでも、集まった人の数は相当なものであった。観客席までもが平らだと後ろの者は競技が観にくくなってしまうので、少し傾斜して造形されている。競技の場が低くなっている擂鉢状だ。

「あそこの、周囲より一段高くなっている場所が、陛下のお席でございます」

 皇帝の位置であるからには、当然ながら横に細長い競技場の真ん中、北から南に向かって観戦する格好となる。

「そんなことより、実際に打毬をやるのは誰なのだ?」

 自分の座る席が最上級の特等席であるのは当然だ。大唐帝国の皇帝なのである。そんなことよりも、競技する選手がどのような面々なのかの方が大いに気になった。

「こちらです。――おい、選手一同、陛下にご挨拶しなさい」

 競技を前にして興奮が高まりつつある馬たちをなだめている馬丁たち。交換用の馬もいるため、出場する人間の数よりは馬の数が多いのだ。予備の杖を何本も抱えて歩いている者もいる。馬と後方支援の人たちの間をぬって、奇妙な集団が出てきた。その四人は高力士の横に整列すると、訓練された整った動作で膝を屈し、明皇に拝謁した。

「彼ら、いや、彼女ら四人が、高力士が選んだ、打毬をする戦士たちなのか」

「その通りでございます。紅白の組に分かれて競いますので、もう片方は西に陣取る白組で、彼女ら四人は東に陣取る紅組となります」

 燃える炎のような、眩く昇る暁のような、鮮やかな紅であった。四人は全て、同じ胡服を着用していた。その色が鮮やかな紅で統一されていたのである。

 衣服だけではなく、腰帯も、手袋も、革の長靴までも、かてて加えて馬の装具も紅だった。鞍、鐙、銜、手綱、全てに紅が使われている。競技の時に使う長い毬杖すらも紅に染め上げられている。そして、首の下までではあるが顔を覆う羃離もまた紅色であった。羃離ヴェールというのは、婦人が他者に対して顔を見せるのを憚るために使用する衣料で、本来は頭から裙の先まで全身をすっぽりと覆う薄絹の被り物のことだ。ただし、特別に目の部分だけは開けてあるようだ。

 羃離によって隠されているため、四人の女の顔ははっきりとは見えなかった。が、微かに透けて見える感じだと、いずれも目鼻立ちの整った美女であるらしい。四人とも髪は髷を結っておらず、長いまま背中に垂らしている。四人それぞれの背中には、深紅の胡服に白字で、壱、弐、参、肆、と書いてある。つまりは一、二、三、四の背番号である。

 白い背番号を背負った真紅の胡服は、乗馬した時の動き易さと、動作の妨げにならぬよう無駄を省いていて、概ね体の線が分かるような構造となっていた。なので、婦人らしく胸の双丘は柔らかく盛り上がっており、尻もまた豊満さを湛えた曲線を描いていることが明らかに見えた。

「それにしてもさすがは高力士だな。女ばかりで打毬選手を四人も集めるとは。もちろん、四人とも、実力は確かなのだろうな」

「陛下。四名ではありません。対戦相手も含めて八名です」

 高力士は四人の女たちの実力については返答しなかった。返答するまでもなく当然のことであり、この後、実際に馬に跨って球を打つ様子を目の当たりにすれば答えは明らかなのだ。

「なんと。対戦相手の白組も全員女なのか。それはまた、よく集めたものだ。それで、高力士よ。その対戦相手というのは、どこに居るのだ?」

「え? おや? どこに……」

 周囲には、明皇の護衛の兵士や側近の官女、観客としてやって来た高官、馬の世話をする係など、多数の人間が行き来している。が、その中に、それらしき女たちの姿は無い。白組というからには、紅組に対抗して白い胡服で統一しているのかもしれないが、周囲を見渡しても、四人どころか一人も見つからない。ただし、白組の馬だけは予備の馬も含めて揃っているようだ。紅組に対して、こちらは馬具に白が使われている。

「おい、高力士よ。これはどういうことなのだ? 相手がいなければ対戦を始めることができないではないか」

「はっ、申し訳ございません。きちんと集合すべき日時と場所は伝えてあったので、こんなはずではなかったのに……それに馬だけ来ていて人間が来ていないというのもおかしいですな……」

 甲高い声を恐縮に震わせ、額の冷や汗を拭いながら高力士は周囲を歩き回って白組を捜す。だが、白組四人がこの場に居るのならば、明らかに目立つはずだ。それが視界内に発見できないということは、徘徊して捜索したからといって見つかるはずもないということだった。

「おかしいな。一人くらいが遅刻するのならば、まあ考えられるが、四人全員が姿を見せないとは。それに、誰が馬だけ連れてきたというのだ?」

 高力士は部下の宦官を数人呼んで、あれこれ指示を出した。白組が居そうな場所をいくつか考え、そこへ人を派遣して捜索させるのだ。見つけたならば、すぐにこの場所へ参上させなければならない。よりによって、大唐帝国の天子を待たせているのだ。

 八人の女を集めたところまでは高力士の有能さを発揮したものの、いざ本番という時にとんだ失態である。これだけをもって今まで高力士が築いてきた明皇の信頼が揺らぐとは思えないが、失点は少ないに越したことはない。

 思い当たる場所へ部下たちを遣ったとはいえ、禁苑も大明宮も広大だ。すぐに捜索結果を携えて戻って来られるとは考えにくい。これ以上無為に明皇を待たせてしまうのは拙い。皇帝陛下以外の観衆たちからも不満が噴出するであろう。白組四人が推参するのを待つよりも、何か他の善後策を講じた方が得策なのではないか、と高力士が思考を方向転換させ始めた時。

 さながら黄河を渡りたいと思った時に渡し船が見つかるかのように、白組以外の答えが向こうからやって来てくれた。

「天子さまの幇間の爺ぃさんよ。あんたの待っている白組とやらの女どもは、待っていても呼びに行っても、ここに来ることは無いぜ!」



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