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半端者  作者: puyonjun
2/2

第2話の1





俺、どうなったんだろう。



ぼんやりと眺める風景は見覚えのないものばかり。

そもそも部屋にいたはずなのに、いつの間にか外だし。

でも服装はそのまま。

どんな格好かというと、まあ、あれだ。

室内にいたんだから仕方ないと思うんだが。


トランクスのみ。



「やべ、これじゃ不審者か?人が来ないからまだ良いけど、どこにも行けねえじゃん」



申し訳程度に裸の上半身を腕で隠して慎重に辺りを見回す。

いつの間にか時間がたっていたようで、空は徐々に赤く染まり始めている。

広い田んぼ、その合間ちらほらとに見える瓦屋根の家。

遠くに連なる山々は大きく存在を主張して、ここが住んでいた場所とはまったく違うのだと確信させてくれる。



まあ、まずは思い出してみようじゃないか。

確か…






「おい、そこの」






不躾に放たれた声の主は、不自然なほど黒ずくめだった。






*****






「ま、撒いたか?」



たまたまあった牛舎に潜り込んで窓から様子を窺う。

相変わらずどこもかしこも静まり返っている。


誰かいれば助けを求めることもできるのに、不自然なほど人のいないこの場所ではもう隠れるしか方法がなかった。

まさか廃村?

とんでもない所に迷い込んでしまったものだ。

いやいや、それより。


先ほど見た良くわからないものを思い返す。






初めは、ファッションが独特なだけの人かと思った。

話しかけられたのも自分の外にあるまじき格好をとがめられるのかと思った。

だからとりあえずお決まりの”怪しい者ではありません”で少し近づいた。

それだけだったのに。


信じられるか?

そいつの手には先端のとがった長い棒のようなものが握られていた。

しかもそれを躊躇いもなくこっちに向けて、



「動かなければ、すぐに楽にしてやる」



あれ、それって悪い意味だよな?

どう考えてもそうだよな?


本能的に後ずさるが、相手も距離をつめてくる。

記憶のある直前にもちょっと前にも感じた予感。



これ、死ぬかも。



力を抜きかけたそのとき、鈍い音がして目の前の黒い男がバランスを崩した。

うめき声を漏らし頭を抑える。

わずかな間の後、地面に何かがぶつかるゴトンという音が届いた。



あ、今だ。



俺は一目散に後方に向かって走った。






そして今に到る。


良く理解できないが、さっきの奴にもう一度遭遇するのは避けたい。

もう一度に得る自信がないし。



でも、不思議だ。

数分、いや数十分もがむしゃらに走ったというのに疲れが来ない。

汗もかかない。

なんとなく腕をぶんぶんと振り回してみると、体が妙に軽いような心持ちがした。



夢を見ているのかも、と思いつく。

妙にリアルだがそれが一番可能性としてアリだ。

何せ、部屋にいたはずだし。

こんなところに来るはずないし。



「よし、そうとわかればそっこー起きよう」



お決まりのほっぺた捻りで一発だ。

あれ、でも俺寝てたんだっけ?

違ったような…まあいいや。



「いっせーの…」


「もしもし?」



ウゲェだかウガァだかという声が出て、思わず声の出所に向かって腕を振り下ろす。

しかしそれは異様なほどに軽く受け止められてしまった。



「どうか落ち着いて」



穏やかな声だった。

こちらを安心させるように浮かべる笑顔、しかし俺は必死にそれから体を離そうと壁ににじり寄る。



今度は、真っ白な格好をした男だった。

泥臭い場所とは縁がないように汚れひとつない。



一体何なんだ?

黒の次は白。

ここにはこんな変な奴らしかいねえのか?


今回は話をする気も起きない。

手には何も持っていないようだし、先ほどよりは振り切りやすそうだ。

とっとと逃げよ。



腕を振ってみるが、その白い手は離れなかった。

あれ?

もう一度振り払う。

外れない。



「良かったら話を聞いてくださいませんか?」



表情を崩さず迫ってくるのが怖い。

逃がす気はないってことか?

マジで勘弁しろ!



今度こそ終わりかと思ったら、また奇妙な現象が起こった。


すぐそばに積んであった牧草の山が、何の前触れもなくこちらに向かって倒れこんできたのだ。

避ける間もなく頭からそれをかぶる。



相手も驚いたらしく、慌てて身の回りの草を必死の形相で掃いだした。

潔癖症なのか、と思いつつ何とか体を起こす。

隙間を縫うように体を滑り込ませると、またすたこらさっさと逃げ出した。


視界の端に、暗い色の何かが動くのが見えたような気がした。






*****






「もう来んなよ…まじで」



そろそろ日も沈むという空を見上げてため息をつく。

体が疲れないのは良いが精神は磨り減った気がする。

どうなってんだ今日は。

何か踏んだり蹴ったりだぞ。


まあ今度は見つかるまい。


今度の隠れ場所は民家の裏の焼却炉。

人ひとりがやっと収まるような空間でロクに動きもできないが、蓋つき換気窓つきで長時間いても安心仕様である。


とにかく夜までここで時間をつぶしてどこかでタクシーでも拾おう。

んで帰って寝よう。

疲れてないけど。

そういえば腹も減らない。

変なことが重なって体も調子が悪いのかもしれない。

あーあ、早く時間経たねーかな。


狭い隙間から外の光が漏れる。

これがなくなればOKだ。



しかし、今日はとことんうまくいかない運命らしい。


隠れて数分も経たないうちに、その隙間に大きな影が差した。

暗くなる視界、大きくなる心臓の音。

間もなく鈍い音を立てて持ち上げられた蓋の向こうにいたのは、最初にあった黒い男だった。



「えーと……よお!ははは…」



とりあえず笑いながら振ってみた手が掴まれ――垂直に上に引きずり出された。

驚いて手首とぶらぶら揺れる足を交互に見る。

おいおいおい、どんだけ怪力なんだ?

ありえない、やばい。



「ちょ、離せって!」



キックをお見舞いしてやろうにもバランスがとれず振り子状態だ。

相手は憮然とした顔で黙っている。

束の間の後、前後左右にぐらぐら揺れる視界の端に何かを認識する。

それは黒い男の背後に無視できない大きさで存在していた。


あれ、これってひょっとして「羽」じゃね?

なーんつって。

んなもん人間に生えてるわけないよな。

人間に…



「手間掛けさせんじゃねえよ…まあいいや、お前が本日一匹目の獲物だ」



細めた目に宿る光。

情を感じさせない冷徹さ、というのだろうか。

そういえばさっき会った白い男のほうも近いものを感じた気がする。



男の開いた片手には先ほどの尖った棒。

長くて先端に行くほど細い…槍投げの槍のようだ。



え、それどうすんの?



頭が追いつかないまま体が一段高く持ち上げられ、喉元に鋭い先端が向けられる。

徐々に近づいてくるそれが、スローモーションのようにゆっくり再生された。



「喉でも潰せば静かになるな?」



タンマタンマ。

暴れないし喋らないからマジで。

やめて。



「あまり手荒な真似はお止しなさい、野蛮ですよ」


「…ちっ、出やがった」



槍の動きが止まる。

忌々しそうな言葉を呟く黒い男の視線の先にはあの白い男がいた。

その背に、夕日の強い赤で染まった羽を背負って。

何でお前も羽?

もうやだこいつら。

すぐ帰りてえ。



「怖かったでしょう、もう安心ですよ。今助けますから」


「もうお帰りの時間だろ?これはこっちのもんだ。巣穴へ帰りな、害虫」


「お黙りなさい。迷える人を神の元へ導くのが我々の定め…邪魔はさせません」


「何言ってるかわかんねえよ。まあ、力ずくで黙らせりゃ文句ねえな?」


「これだから言葉の通じない能無しは…いいでしょう、すぐに終わらせて差し上げます」



感覚のなくなりかけてた手首が自由になり尻から地面に着地する。

痛ってー、いきなり離すなよ!

と文句を言えるはずもない。

白いほうも手に長い斧のようなものを手にし、両者構えの体勢。

すでに第三者の俺が口出しできる空気ではなくなっている。



ぶつけた部分を擦りながら今更、大切なことを確認していないことに気がついた。



お前ら人間?



そのとき、地面についた左手に何かが当たった。

結構痛い。

目だけちらっと向けると、小石が跳ね返って転がっていた。

石?

何で?



慌てて周りを見渡すと、ひとつの民家が目に入った。

不自然に扉の開いた先の空間がまるで誘っているようだ。

目の前の二人はお互いしか眼に入っていないようだし、とにかく音を立てないように移動する。


滑り込むように扉の内側に入り閉める刹那、硬質のものがぶつかり合う音が聞こえてすぐに消えた。



「どうしよ…」



隠れたものの、家の中では逃げ場がない。

外のぶつかり合いが徐々に離れていく。

喧嘩しながら移動しているのだろう。

しかし先ほどの焼却炉の例で考えると、ここに隠れていても見つかるのは時間の問題だ。

てか本当に何で追いかけられるんだ。

しかも変なの二人。



「人も結局全然いねーし!なんだよもう!」



苛立ち紛れに蹴った戸棚が鈍い音を立て――ワンテンポ遅れてトーンの違う音がした。

隣の部屋から。



え?

すごい勢いで振り返った。

今のは絶対に聞き間違いじゃない。

一瞬迷い、腰を上げると恐る恐る音のした部屋の扉を開けた。


窓がないらしい部屋は暗く、ろくに中が見えない。

目を無理やり細めてみるとわずかに家財の輪郭が浮かび上がった。

本棚にデスク、小さめのベッド。

…子供部屋?


静まり返った部屋を観察する。

どこにもおかしな場所はないように見える。

ホントに気のせいだったのか?

おかしいな、ともう少し探してみると、気がついた。



ベッドの向こう側、近くの棚とわずかな隙間からなにかがはみ出ている。

布?

何気なく近寄って引っ張ってみて、



「ちょ、やめてください」



急に喋ったそれに驚いて飛びずさった。

人だ、これ。


声を出せないでいると布は動き出し、何とかその隙間から抜け出したようだった。


顔を上げたのは少女。

セーラー服を見た中学生だった。



「いきなり引っ張るんでビックリしました」


「俺も人が隙間に挟まってるんでビックリした」


「それは…すみません」


「こっちもゴメン」



とりあえずお互いの非礼を詫びる。

わずかな沈黙の後、少女が「さて」と部屋の外に出た。



「え?どこ行くの」


「とりあえずここから出ようと…物騒な音もしてますし」


「出るってどこから?すぐ外に変なのがいるんだけど」


「ここ、裏口があるんですよ。そこから山づたいに行きましょう」



涼しい顔でさっさと歩き出す少女。

「お前誰?」という一番聞きたい質問を口にできないまま、俺は戸惑いながらも彼女について行くことにした。

ただの勘だが、悪いヤツではなさそうだったから。



こうなったら渡りに船だ、と俺は覚悟を決めて低い裏口をくぐったのだった。





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