第7話:死の景色。
皆嫌いだ。
こんな世界なんか滅んでしまえ。
皆死んじゃえ。
……僕なんかいなくなったら良いんだ。
今よりまだガキの頃、俺は毎日の様に全てを呪っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
神子斗が着いたその場所は、破壊の限りが尽くされていた。噴煙巻き上がる中倒れている存在を見つけると
「うわあぁーーっ!!」
叫びと共に、手にしていた物を《殺戮人形》と爆弾達に向けて投げ捨てた。
『それはね《空間刺殺》(ディストーションモール)と言うの。能力がなくても使える純粋な科学兵器よ。一つしかないから大切に使いなさい』
母−京子の言葉を思い出しながら投げたそれは、黒い凹凸のない小型の玉。事前に指紋登録した者から離れると使用者の意思に反応して、自動的に空間結界を展開。周囲5mにあるものを無差別に無数の空間の歪みが生み出した銛が敵を刺し殺す。科学の粋を集めた兵器だ。
「なっ!?」
驚愕する《殺戮人形》の周囲の空間が歪んだ瞬間
「ぐわあぁぁーーーっ!!」
無数の銛が彼を貫き、放たれる瞬間だった爆弾をも巻き込み、爆発と次元の銛で切り刻まれ、爆発に巻き込まれていく。
遮断された空間内では逃げ場はなく、血飛沫とともに爆風にまかれ見えなくなった彼を後ろに、突然の事に呆然としている咲耶に向けて歩きだす。
ポカンと口をあけて幼子みたいな表情の彼女を、可愛いと場違いな気持ちが込み上げてくるが、怪我だらけの肢体を見て意識を切り替える。
「みこちゃ…ん」
幼い頃に呼ばれてたあだ名。女の子みたいで嫌だったそれを咲耶は呟く。苦笑しながら歩く神子斗の足がつまずく。
「……くそっ」
軽く悪態をつくが足が上手く動かない。震えている。
(やっぱ恐いよな)
戦闘経験など皆無に等しい。先程は怒りに我を忘れていただけで、体に巣くっていた恐怖がなくなっていた訳ではないのだから。
神子斗が震えているのを気付いたのか、咲耶は駆け寄ろうとする仕種を見せるが
「動くな。…怪我してんだろ?」
手をあげ押し止める。
「…怪我大丈夫か?」
これ以上震えているのを悟られないよう聞く神子斗に頷き
「私は大丈夫。…でも三沢くんが」
ちらっと見た方には咲耶より更に酷い状態で横たわる直人が見える。
(気絶してるみたいだな)
なんとか足を動かし近寄ると、倒れ伏している直人をおぶり、改めて辺りを見渡した。
「…ひどいな」
あれほど栄えていた場所だとは思えないほど、破壊尽くされた繁華街。戦争後の様な傷跡に顔をしかめる。爆発の余波で死体が消えてしまったのが幸いだ。今だ熱を持つ地面から立ち上る煙りに嫌気がさしたような様子で
「早く逃げるぞ。…多分まだ死んでない」
かける声に咲耶が頷き《殺戮人形》がいる場所に目を向ける。
空間断絶はまだ続いているのか、5m程の球場の空間内で煙が閉じ困り姿は見えない。
痛みに綺麗な顔を歪ませる彼女に、手を貸しながら立たせる。額にはうっすらと汗が浮かんでおり、胸は緩やかに上下している。長い黒髪についた埃を振り払う仕種をすると
「…ばか」
責めるような拗ねるような、しかし小さな声で神子斗を糾弾する。
「…なにがだよ」
わかっている問いに答えず続けられたのは謝罪の言葉。
「でもありがとう…嬉しかった」
弱いのに無理してと続ける彼女に目だけで答える。
ジャリ・・壊れたアスファルト片を踏みながら歩く。直人をおぶさり、咲耶を支えながらの進行はかなり大変だ。何とかふらつかないようにしながら、遠慮して手を離そうとする咲耶を掴み歩みを進めていく。
「さっきの凄かったね。何あれ?」
「《ディストーションモール》最新の秘密兵器だってさ。…あれ一つだけしかないらしいけどな」
直人の重みを感じながら、問い掛けに答え
「能力のない俺の為に造ったんだとよ」
苦笑しながら続ける。
正直力が大きすぎる兵器。自分の為と言われても、あまり嬉しくはない。手加減もできず、完全殺傷する兵器など与えられて喜ぶほど神子斗は馬鹿ではない。
それに
「こんなのバンバン造られちゃ戦争の火種になりかねない」
「…そうよね」
兵器開発は能力補助が主流とは言え、他がなくなっているわけでない。戦闘機・戦車などの開発は続いているし、銃や爆弾などの大量破壊兵器も作られている。人に出来る力などたかが知れているのだから。
軽く鬱になりそうになりながら前を見据える神子斗の耳に硝子が割れるかのような甲高く響く音が聞こえて来た。
「……?」
音は止む事なく続き、思わず歩みを止めた神子斗達は振り返る。
「まさか」
「…そのまさかみたいよ」
絶望的な神子斗の呟きに、対して咲耶の口調には弱さはあまりない。
稟とした雰囲気を醸し出しながら先を見つめている。パリーーン。
硝子が割れたかのような、まさにそんな音を一際高く空間があげ姿を現すそれは
「…さすがに危なかったよ」
切り裂かれ血まみれになりながらも、二の足でしっかりと地面を踏みそう答えた。
「《殺戮人形》っ!!」
ギリッと奥歯を噛み締め震える声を押し出す神子斗。それに返事をするかの様に興味深く見つめてくる。
「…視力が弱くなっちゃったみたいだ。せっかく顔をみてもよくわからないや」
血まみれの指で、同じく血まみれの顔を撫で付け、目をこする動作をする。
「…そのまま倒れていろよ」
同意するかのように頷く咲耶。普通なら即死の威力だった。死なないにしても、あきらかに致命傷の怪我を気にもとめずに立つ姿は異様だ。
「一応、魔神が半分の体なんでね。君達の基準で判断してもらっては困るよ」
そう答える《殺戮人形》を見ながら、血は赤なんだなと場違いな感想が頭に浮かんでしまう。
「引きなさい。いくらあなたでもその体じゃ勝てないわよ?」
「くす。本当にそう思うのかい?君だって体はボロボロだろう?」
「…………、」
問い掛けに無言の肯定を示す。何とか逃げられないかと視線をさ迷わせるが、
「言っただろう?僕は魔神だって」
爆発的に《殺戮人形》の存在感が増し、視線がくぎづけになる。
「なん…だよ」
口の中がカラカラに渇き、上手く言葉が出せない。恐怖と絶望が体を駆け巡り、神子斗は吐き気を感じてしまう。
それを感じ取った咲耶は、彼の前に体を盾にすらかの如く立ち塞がるが
「くぅっ…」
出血と痛みで体が揺らいでしまう。
「咲耶っ!?」
「大丈夫。大丈夫よ」
とてもそうは見えない。自分の弱さに情けなく、守られてしまう自分に嫌気がさすものの、しかし体が動いてくれない。
(くそっ!くそっ!!なんなんだよっ!?どうしたらいいんだっ!?)
内心の焦りに呼応するかの様に、《殺戮人形》は言う。
「恐いかい?それが当たり前なんだよ少年」
薄く笑い、破れの酷いスーツの上着を脱ぎ捨てる。
「さあ…。どうする?」
歌うかの様な問い掛けに、ジリッと足が後退し神子斗達は、身構える事が出来ず、ただただ《殺戮人形》を見つめていた。
なんか主人公の影がひじょーに薄いですな。頑張れ神子斗!!一応君が主人公だっ(笑)