第3話:物語は転がり始め。
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コツコツコツ。
深夜の街中に響き渡る足音。全身を闇夜と同じ色に染めた服装をしている女性は何かに気付いたのか歩みを止める。
「リンですか」
「はい。天音様」
天音と呼ばれた女性は、姿見えなき相手に語りかける。
「どうしました?何か緊急の報告でも?」
「《殺戮人形》が現れたとの情報です」
その名に顔が微かに強張る。
「…《キリグドール》」
「探索網にかかったのは一瞬ですぐにロストしてしまいましたが、恐らくまた現れるかと」
「そうですか。出現場所の探索と付近の捜査を続けてください」
「はい」
その声を最後に気配が溶けるように消えていく。
「《殺戮人形》…やっかいな事にならなければ良いのですが」
誰にともなく呟く彼女は、一つ溜息をはくと歩みを再開した。
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1000万都市の中にある愛染町。町と名目的につくものの一般的に思い描く町とは違い一つの都市と言った方が近い街だ。東西南北を囲うように出来た、街を守る為に作られた特殊な巨大壁の中に存在し、ほぼ独立状態となっている。この街の人口は上位の方にあり、それにあわせて能力者・科学者達が多く集まり、組織が形成されていく。組織力が強い場所は比較的安全と見なされる為に更に人口が増すといった具合だ。
そんな街のある学校。世間でも有名な星陵王華学園の教室で、少年はのたうち回っていた。
「ミギャァッ!!」
叩かれたのか頬には、綺麗な紅葉マーク。
涙目になりながら、神子斗はそれを付けた相手に文句を言う。
「何すんだよっ!?暴力女っ!」
「何ですってっ!?人にセクハラしてよく言うわねっ!」
相手の少女―咲耶は怒りをあらわに吠えたてている。
周りのクラスメート達は、またかと言う表情で神子斗達を眺めている。
「なんだよ…ちょっと足や胸やお尻を触ったり揉んだりしただけだろ」
「それのどこがちょっとなのよ!」
「本当は嬉しいくせにってギャアアッ!?」
トドメとばかりに蹴り上げられた右足に、机や椅子を巻き込みながら、崩れ落ちる。しかし神子斗は倒れながらも
「うぐ…パンツは黒は止めておけ」
蹴り上げられた瞬間に見えた下着を指摘。
「あ、あんたわぁ〜!!」
バラされた恥ずかしい内容に顔を真っ赤にしながら、本当にトドメを刺そうかしら?などと考えてしまう咲耶に声がかけられた。
「はいはい。もう許してやれよ」
振り返ると、学園最強者の一人。同じクラスの三沢直人がニヤニヤしながらたっていた。
「直人助けておくれやす〜」
「三沢君は神子斗を甘やかし過ぎよ」
「そうか?神那岐の方が神子斗に甘甘だろ?」
三沢直人―神子斗達の両親と同じ研究施設に両親がつとめており、また幼なじみでもある。クラスはB-と貴重な上位能力者であり、公的にはまだ二つ名は与えられてないが数々の事件を解決させた事があり、咲耶と共に将来を有望視されている。
そんな彼の近くに寄り添うように立っているのは、直人の恋人の中島智佳だ。180cmはある大柄な直人とは違い、150cmにも満たない小柄な彼女は、肩で切り揃えた茶色に染めたウェーブのかかっている髪を弄りながら咲耶に言う。
「これ以上はさすがに神子斗君死んじゃうよ?」
「智佳まで…わかったわよもうっ。いつも最後は私が悪者なんだから」
ブツブツと文句を言いながらも倒れたままの神子斗に手を貸す。
「三沢君達は今日どうするの?研究所に来る?」
なんやかんやで人の良い咲耶は倒れた机や椅子を元に戻しながら話し掛ける。
「いや、今日は止めとくわ。デートなんでね」
「あーお熱いことで羨ましい限りですな」
それを聞いた神子斗は、皮肉気に言うが
「お前らもある意味デートしてるだろ?」
軽く返される。
「…あの地獄の訓練がデートと呼べる訳ないだろ」
げんなりと、研究所で行われるであろう未来に対して嘆きを入れる。
「情けないわよ神子斗」
「ははっ。まぁ頑張れよ」
「頑張ってね?神子斗君」
投げ掛けられる言葉に溜息をつきながら、聞こえてくる授業開始のチャイムに舌打ちながら席に座るのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「今日は訓練無し」
「えっ!?マジっ!?やったぁ!」
母親―京子から告げられた言葉に高喜びしている神子斗を横目に見ながら
「何かあったのおばさん?皆慌ただしく動いていたけど」
咲耶はたずねた。少し渋った様子を見せる京子だったが、思い直したのかやや疲れ気味の声で話し出した。
「《殺戮人形》がこの街で見掛けられたらしいのよ」
「《殺戮人形》!?」
「ええ。…もっとも確実ではないらしいんだけどね」
浮かれ気分だった神子斗は、それを聞き青い顔になる。
「《殺戮人形》ってあの?」
震える言葉に京子は相槌を打ち神子斗を見遣る。
「そうよ。知ってるでしょ?あの《瞬千殺》と並ぶ最悪の殺人鬼」
ここ最近で有名な能力犯罪者の名と共に告げる。
《殺戮人形》狂った科学の力を借りて、上位の魔神と融合する事に成功した殺人鬼。元は一介の科学者だったらしいのだが、力に取り付かれた彼は数々の人体実験の後に禁断の行為に踏み切った。その力は絶大で、元にあった彼の能力と魔神の力、そして科学技術を駆使する彼に殆ど太刀打ち出来ない存在と迄になった。そんな奴がこの街に…?
最悪の事態に恐怖する神子斗に気を使ったのか
「まぁ心配いらないわよ。あくまで噂だし、この街には優秀な能力者が多いから」
優しく語りかけながらウィンク。
「…なら良いんだけど。じゃ部屋に行くから。咲耶行こう」
「おばさん。またね」
立ち去る神子斗達の後ろ姿を見ながら、京子は呟く。
「本当に何も無ければ良いのだけど」
平和を与えたい。《力》無き我が子の幸せを願いながら神に祈る。
「あの子に禍いが降りかからんことを…」
神那岐天宮総合研究所。敷地面積はかなり広く、地下二階・地上五階建て、中庭を挟んだの円形の建物となっている。
広い施設なだけあり、様々な研究室があり、また常勤者の為の居住区もある。
東棟にある居住区。家族専用の搭の自室で神子斗は部屋に来ている咲耶と話しをしていた。
「《殺戮人形》かぁ。物騒だよな?あんな化け物が暴れた日には、さすがの《虚無》さんも手が出ないだろ?」
「好き好んで戦う気はないわよ。私はあくまで学生だし、それにこの街のガーディアンがいるでしょ?」
ポフンとベットに腰掛けながら神子斗を見る。
「ガーディアンねぇ…。お前の方が強いじゃん。数はやたらいるけど」
街の警邏隊を思い出しながら眉をひそめる。
「数は多いに越した方が良いじゃない?いくら強くても学生の私一人なんて、あまり役に立たないわよ」
「そんなもんかねぇ。まぁ俺等学生さんは遊びと勉強が仕事だからな。あまり気にすることないか」
勉学より遊びが先にくる神子斗らしい言葉に笑いながら
「そうよ。特に神子斗はいっぱい勉強しなきゃ駄目なんだから。将来この研究所を継がなくちゃいけないのよ?」
釘を指すのは忘れない咲耶。本来研究所は継ぐとかはあまり関係ないのだが、神子斗を想う優しい大人達は彼をこの施設の社長にしようと考えている。神子斗自信は有難迷惑なのだが。
うげぇっと声をあげながら
「仮にガーディアンが駄目でも、ナンバーズがいるから大丈夫か」
会話を元に戻す神子斗。
「ナンバーズかぁ…。動いてくれるのかなぁ?」
「いくらお役所仕事な奴らでも、さすがに動くだろ?」
(でも、ナンバーズが動く時は最悪の事態だからよ?)口にださず一人ごちる。
《ナンバーズ》―数ある能力者集団でも最強と呼ばれる者達の集団。その力は一人一人がまさに一騎当千で、《ジャッチメント》や《黄昏》と言った能力者集団と共に有名な存在である。その一人がこの街に現在滞在しているのは有名な話しだ。
「そう言や…母さんが言ってた《瞬千殺》って、元は《ジャッチメント》のリーダーなんだよな?」
「そうよ。その《瞬千殺》のせいで《ジャッチメント》はえらく苦労したみたいだけど」
突如離反し、犯罪者となった《瞬千殺》。彼に何があったのかは誰にもわからない。人当たりが良く、慕われていたらしいのだが。
「俺《瞬千殺》に憧れてたんだけどなぁ」
「そうね。子供の時によく言ってたもんね?《瞬千殺》みたいになるんだって」
昔を思いだし優しい笑顔を向けてくる咲耶に照れながら答える。
「俺の目標だったから…」
どこか遠くを見る目付きで彼に憧れてた自分を思い出す。彼は無能力者の自分にとって、まさに救世主的な存在だった。
神子斗がまだ小学生に上がったばかりの頃。
当時最弱のG-で無能力者のレッテルを貼られていた彼は、とある事件に巻き込まれ、そこで能力を開花させた。死傷者一万人を越える大災禍はあまりにも有名な話しだ。
《瞬千殺》千を瞬時に殺す、または瞬時に千回殺すと、かなり物騒な二つ名を与えられた彼だが、二つ名に似合わず、優しい穏やかな人柄だったらしい。特に目立つ《力》がなかった彼だが、目覚めた《力》のある一部は驚異的だった。
それは、圧倒的な速さ。
音速を越える速さを手に入れたのだ。そのスピードの余波から繰り出せれる風・空気の刃の力も手伝って、覚醒してもさして高くないランクの彼の特殊な力に誰も太刀打ちできなくなった程。例え相手がどんな強力な能力者や人外の存在でも、攻撃が当たらなければ、避けられなければ勝つ術は無いのだから。
かくして最強・英雄となった彼が自ら作り上げた組織を抜け、犯罪者に堕ちて行った理由は今だ謎のまま。堕ちた英雄に溜息をつきながら神子斗は咲耶に投げやりに話す。
「人の想いを踏みにじりやがって…まぁ、真の無能能力者の俺じゃどのみち無理なんだけどな」
「《瞬千殺》の事はともかく…きっと神子斗の努力が報われる時が来るよ」
「そうかなぁ…?絶対無理の烙印押されてるんだぜ?」
話しが暗い方向に流れていくのに焦った咲耶は、話題を変える。
「そ、そう言えば三沢君達楽しくしてるかなぁ?」
急な方向転換と変なテンションで話し出す咲耶に、眉を潜めつつも若干嫉妬の入った感じで言った。
「今頃イチャイチャしてんだろ?ヤりまくってんじゃねぇの?」
「もうっ!下品よっ!」
会話が上手く逸れた事に安堵しながら、彼等の会話は続いて行く。
―しかし。
彼等は気付いていない。その話題の渦中の人物達に危険が迫っている事を。
やっと本編。Prologueが2話に跨ぎ、かなり遅いストーリー展開です。途中でわけわからんくなって勢いだけで書き上げる結果に(>_<)とにかく、これからヨロシクです。決して《力》が目覚める事のない最弱の主人公。彼はどのように立ち回るのでしょうね?更新スピードは…遅いかも(^-^;