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帝国

 人類領最大国家にして世界人類同盟盟主国フルーデン帝国。北部の国家でありながら魔王領とも接している。それを治めるのは女帝ディアナ。齢十六にして広大な領土を統括し、世界各国を束ねる使命を負う皇帝である。慈愛に満ちた人柄で、民から慕われている。容姿も美しく、求婚者は絶えない。

「…そうですか…。ロクラス殿のご子息がワンドマリガ王国で…」

 ディアナは目を細めて呟いた。目の前に跪く少女の将軍セシリアがワンドマリガでノアが引き起こした事件についての報をもたらした。

「ワンドマリガ王国は国民の返還と損害賠償金の支払いをライジス王国に求めるように要求してきました」

 半ば呆れたような声で将軍は言った。

「貴方はどう思う? セシリア」

 セシリアは顔を上げた。彼女は皇帝ディアナの腹違いの妹で、皇帝より二か月後に生まれた。幼い頃から皇帝の剣となるべく鍛錬を重ね、帝国の将となった。現在は皇帝の相談役として公私両方で彼女を支えている。

「私情で申し上げますとこれはワンドマリガの自業自得でしょう。ワンドマリガは東部の少数民族を虐げていました。やり方はどうあれノア殿に味方したいのですが私情抜きに話せばそうもいきません」

 ディアナは頷く。彼女もワンドマリガ王国の頭部少数民族への対応を知っていた。止めたいとは思っていたものの、世界人類宣言により、他国への内政干渉を禁じられている。打つ手がなかったのだ。

「どんな扱いをしていたとはいえライジスに渡った民はワンドマリガ王国の国民。ノア殿は大掛かりな人攫いの扱いになるでしょう。そうなると帝国としてはノア殿に国民の返還請求と損害賠償請求をするしかありません」

「そうねえ…。困ったわね。ワンドマリガ王国を支持すれば悪政に喘ぐ民を見捨てることになる。ノア殿を支持すれば世界同盟の面目が潰れる…」

 少女はため息を吐いた。

「これだから皇帝は嫌だわ。性に合ってないもの」

「いえ、そんなことはありません! 陛下だからこそ各国は団結して魔王に立ち向かえるのです」

 セシリアは立ち上がり、言った。

「私がライジスに赴き、ノア殿とその領地を視察して参ります。一応、ワンドマリガの要求を伝え、その履行の意思の有無をノア殿に問います」

「ありがとう。彼らが幸せに暮らしていて、自身の意思で移住したという証言が得られればワンドマリガの非を追求できるわね。やっぱり頼れるのは貴方だけだわ! よろしくね、セシリア!」

 騎士は深々と頭を下げて退室した。世で最も高貴な人と称される清廉なる皇帝はその後姿を微笑んで見送った。

 

 

 ノイアフォードはしばらくの間、大忙しだった。事前の準備があったとはいえ四万の流民の生活を整えるのは大変だ。たくさんの者たちがあちこちを走り回って働いている。どの顔も活気に満ちている。ノアは彼らに顔を見せつつ、ユミルやロイトと共に勉学に励んでいた。一般教養は文官が、軍事、政治はミラが教えている。

「軍のことも政治のことも難しいよー」

「お、俺…頭痛くなってきた…。昔っから勉強苦手なんだよ」

 ユミルとロイトは机に突っ伏して弱音を吐いた。一方、ノアは真面目に授業を聞いていた。これまでのノアであれば最低限の勉強だけして脱走していたが、ミラと出会って少し変わった。ただの地方領主ではみんなを守れない。王の権威には逆らえず、歯向かったとしても圧倒的な力の差で捻じ伏せられる。だが王になれば、強い国を作れば、大切な人たちを守ることができる。共に旅をする友やノイアフォードの家族たち。彼らを守るためなら嫌なことでも厭わない。

「前も言いましたが、戦の基本は多数で少数を討つ。これに尽きます。少数で多数を相手取るのは愚か者か戦術目的を果たすための玉砕前提の決死行動、もしくは何かしらの策があるが故でしょう」

 ミラが三人の机の前に立ち、戦術の基本を語る。

 ノアは話こそ聞いてはいるが机に額をくっつけている。知的好奇心もそれなりにある方だが何時間にもわたる講義はさすがに堪える。

「相手が少数だからとて無闇に攻撃すれば敗北の憂き目に遭うのはこちらかもしれません。将来、千軍万馬を統帥なさる我が君には是非ともお忘れなきようご注意願います」

「ういーす」

 ノアは気だるげに片手を上げた。

「我が君、戦争を始めるにあたって留意すべきものとは何でしょうか?」

「飯!」

 ミラは手を叩いた。メイドたちが三人に食事を運んでくる。三人は同時に顔を上げ、目を輝かせた。

「その通りです。兵を養い戦闘を続けるには余裕を持って兵糧を確保しなければなりません。また、あまり贅沢はよろしくないのですが…戦場において娯楽は限られています。兵にとって食事は数少ない娯楽です」

「だよなー。俺も飯抜きで戦えって言われたら逃げるし」

 食事に手を伸ばしてノアは言った。

 講義はまだ続くようだが食事ができるだけでありがたい。

「腹が減っては戦はできぬっていい言葉だよなぁ」

 ロイトも同調する。

「その通り。兵糧とその補給ルートを確保し続けることができない将官は無能と呼んでも差し支えないでしょう。斬っておしまいなさい。そして補給に囚われているのは敵にも言えること。敵の補給ルートを断てばこちらに有利に傾きます」

 三人は大きく頷いた。彼らはまだ青年期にいる。食欲旺盛な年ごろだ。ノアなどは常に食事のことばかり考えている。

 講義は続く。

「他に何かありますか?」

「んー、強い将軍と強い兵士と強い装備」

 スープを飲み干してノアが返答する。基本的に食事か楽しいことしか考えていないノアはそれ以外についてあまり考えを巡らせることはない。

「それは理想論です。王であれば無能な将校に貧弱な装備の弱卒を指揮させて勝利しなければなりません」

「それなら戦わない方がいいだろ」

 ノアの下には有能な将兵がいる。また、魔術や工業も発展していて、兵士たちには優れた装備を支給している。

「ええ、ここの兵士を見ましたが非常に練度も高く、将官も賢く、装備も良い。忠誠心も高いように見受けられます。ですがそれはいずれ貴方が王になり、十万以上の将兵を率いることになった場合、全ての兵にそれを普及できますか?」

「あー」

 ワンドマリガ軍を思い出す。実戦経験に乏しく、戦意も低い。また指揮官の判断ミスによりメーレム城を失っていた。あれ以下を想定して作戦を練らなければならないとなると骨が折れそうだ。

「人間同士の戦争とは外交の失敗です。失敗に備えて軍備を揃えるのは不可欠ですが避けるのが吉でしょう。しかし避けられぬ戦に望む場合、将兵の弱さや数的不利を補い、勝利に導くのが戦術の善悪ですが…もうお疲れのようですし今日はここまでにしておきましょう」

 

 



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