千年元帥
翌朝、ノアは千名ほどの兵を率いて東へ向かった。東部を守るメーレム砦へと続く隘路を抜けて砦の付近の森に潜んだ。一時間ほど待機していると二千人ほどのワンドマリガ兵が城から出てきた。
「今だ、お前ら、行くぞ!」
ノアらは森から飛び出し、敵兵に斬りかかった。突然の奇襲に驚いたワンドマリガ兵は対応できずに次々と斬り殺された。
ラミナスが四メートルほどの槍を両手で構える。槍といっても柄は二メートルほど。刃は片刃でどちらかというと長刀に近い形状をしている。
「ラミナス! 周り巻き込むなよ!」
「わかっています」
地面にめり込むほど踏み込む。そして必殺の一撃が押し寄せる敵兵に向けて水平に放たれる。
その一撃は十人以上の敵兵を容易く薙ぎ払った。吹き飛ばされたワンドマリガ兵は後ろの仲間たちに激突した。
「あ、あいつ…。人間じゃない…!」
勝ち目がないことを悟った兵士たちは悲鳴を上げて逃げ始めた。元から士気は高くない。ノアはそれを追って城内に突入し、大いに戦果を挙げた。しかし態勢を立て直したワンドマリガ軍に押し返され、仲間たちと共に後退した。ワンドマリガ兵は五千の兵を出してノア隊を追う。
「あっはっは。逃げろ!」
後ろに剣を投げる。ノアの剣は投げてもすぐに手元に呼び寄せることができる。それで何人もの敵兵を馬上から叩き落した。
彼らは自分たちが進んできた隘路を駆け抜ける。ワンドマリガ兵もそこに雪崩れ込み、走る。自分たちが誘い込まれたとも気づかずに。
突如ワンドマリガ兵の頭上から矢が雨あられと降り注いだ。狭い地形で逃げ場もなく、ワンドマリガ兵は屍へと変わっていく。
「う、上に奴らがいるぞ!」
「た、助けてくれえ!」
隘路の上から五百人の戦士が矢の雨を降らせていた。ひとしきり掃射し、敵陣が崩れたのを確認すると剣や槍を持って近接戦に臨んだ。あっという間に隘路はワンドマリガ兵の屍で埋め尽くされ、生き残った少数の兵士はメーレム城を目指して逃走した。
「よっしゃ、追えー!」
「「おおおおお‼」」
この追撃で多くの兵士たちが討ち取られていった。部隊の指揮官、五千人将アンマールは部下を逃がすために反転してノアに斬りかかったがラミナスが適当に放った斬撃に巻き込まれて腰斬されて上半身が宙を舞った。
「うわああああ! アンマール様ァ!」
「アンマール様がやられた! あの女、化け物だ! 逃げろォ‼」
ワンドマリガ軍は非前線国家であり、魔物と戦ったことがある者は少ない。また、フルーデン帝国が提唱した世界人類宣言に批准し不戦条約を結んでいるため外国との戦争は数百年なかった。非公式の小競り合いが数度あっただけだ。そのため実戦経験に乏しく、技量も低い。人類最南端国家ライジス王国南部ラントフォードで何年も戦い続けたラミナスに敵う者などこの国にはいない。
騎兵の中でも特に速い者を率い、ワンドマリガ軍の後列を刺し貫く。隘路を抜けてメーレム城が見えてきた。
メーレム城は大きな過ちを犯した。敗走してきた友軍を救うために城門を開けたのだ。救援部隊を派遣したが一心不乱に城内に向かって走る兵士たちと衝突し、大きな混乱を生んだ。一部では同士討ちさえ起った。ノアたちにとっても想定外の出来事であったがこの機を逃すわけにはいかない。万が一、敵が城門を開けた時の動きも前もってミラから教えられていた。
「突っ込めー!」
ノアたち騎兵は混沌に陥った敵陣を容赦なく踏み潰し、一気に城内に雪崩れ込んだ。あっという間に城内を制圧し、中央司令室に突入した。
そこでは百名のワンドマリガ兵と城主スヴェンが待ち受けていた。
「野蛮な反乱軍め! たかがこの城を落としたくらいで調子に乗るなよ。貴様ら如き、国軍がその気になれば軽く踏み潰せるのだ!」
「やってみろ!」
スヴェンがノアに大槍で斬りかかる。ノアはひらりとその一撃を躱し、反撃に出る。放った斬撃が相手の右腕を深く切り裂いた。体勢を直す時間すら与えずに追撃する。渾身の突きが喉をを貫き、致命傷を与えた。
「おのれ…祖国の敵…!」
城主はそれでも倒れず、ノアの胸倉を掴み、槍を振り上げた。ノアは避けなかった。避ける必要がなかったからだ。槍が床に転がる。ぐらりと傾いた将軍の体が床にぶつかる頃には彼はすでに死んでいた。その目は恨めしげにノアを睨んでいた。
「お前にもお前の大義があるんだろうけど踏み越えさせてもらう」
ノアは将軍の屍の傍に膝を突き、彼の目を閉ざした。戦士として戦った者には最大限の敬意を。それが養父の教えであった。
メーレム城の城壁からワンドマリガ軍の旗が消えた。代わりに部族連合の兵たちが武器を掲げる。逃げ去ったワンドマリガ軍一万は態勢を立て直してからメーレム城を包囲したものの、ミラが率いてきた八百の兵の夜襲によって混乱し、それに乗じて飛び出してきたノア隊に打ち負かされた。
「よー! ミラ! なんとかなったぜー!」
ノアはミラに手を振って迎えた。彼女は千年元帥としての軍略の片鱗を十分すぎるほど敵味方に示したのだ。
「まさか砦が落ちるとは。ワンドマリガ軍に牙はなし。私の買い被りでしたね」
ミラはそこらに打ち倒されているワンドマリガ軍の旗を見下ろして言った。
「我が君、少しお時間をいただけないでしょうか。少しお話しましょう」
「いいぞー」
ノアとミラは守備隊長の間にて二人きりで向かいあった。夜の闇を照らすのは僅かばかりの光苔を用いた松明のみ。夜明けはもう少し先だ。ノアは椅子に腰を下ろした。ミラは立ったままだ。
「お疲れのところ申し訳ございません。特に危急の用ではありませんが確かめたいことがございまして」
藍の瞳が白い光を受けて煌めく。その瞳は彼がどんな人物かを見極めようとしていた。ノアは今、試されている。
「いいよ。何を確かめるんだ?」
いつものように笑って少年は答えた。
「貴方が真に私の王足りえるか。私は戦場に出て千年、多くの勝利を手にしました。今は戦場から離れておりますがそれでも私を越える軍人はいないと自負しております。私を幕僚にするなら一国を築くのも不可能ではありません」
自信満々に彼女は言い放った。確かに彼女の存在は伝説だ。幾千の戦争に参加し、ほとんど勝利。仕えていた帝国では冷遇されていたため魔王領の拡大を防げるほどの軍才を活かせなかったが千年元帥と称されるほどに卓越した軍略を誇る。十年前に帝国を出奔していた。
「王の素質を量るならこの問いが一番でしょう。貴方はどんな王になりたいですか?」
長き時を生きた大将軍は目の前の少年を見据える。中途半端な誤魔化しなどは許さない構えだ。
「…俺、王になりたくないんだけど」
「…はい?」
ミラは目を見開いた。
「なんかめんどくさそうだし支配なんて興味ないし。やりたい奴がやればいいんじゃねえの?」
頬杖を突いて彼は言った。その言葉に嘘はなかった。本当に彼には王になるつもりがないように見える。
「王にもならず、多くの者を守るつもりですか? 何の権力を持たずに民の守護者になることができるとお思いで?」
「う…。それ、父ちゃんにも言われた!」
ノアは頭を抱えた。
彼としては誰が王でも構わないのである。善王なら従い、悪王なら叩きのめすだけ。それだけの違いでしかなかった。
「質問を変えます。もし貴方が王になった時、どんな国を作りたいですか?」
「みんなが笑ってる国がいい!」
何の迷いもなく叫ぶ。これまでたくさんの人たちと出会った。友達がたくさんできた。旅路を共にする仲間もいる。別れた友もいる。領地にて彼の帰りを待っているであろう同胞たちがいる。彼らが笑顔でいられることがノアの望みだった。
「もしそれを阻む者がいたとしたら?」
「全部ぶっ潰す! 簡単だ!」
ミラは思わず笑みをこぼした。確かに彼の思考回路は王となる者にしてはあまりに単純だ。それでもその言葉に偽りは欠片もなく、僅かな迷いもない。なんの飾り気のない言葉にこれまで固まりきっていた彼女の心は再び動き始めた。
「お前が俺を王にするなら俺はそういう国を作る! それでもいいなら俺に力を貸してくれ」
立ち上がって少年は言った。ミラは感じ取っていた。彼が放つ王者の覇気を。どんな過酷な道でも折れることも曲がることもない理想をもって仲間たちと共に歩いていく心の強さを。
危なっかしいにも程がある男だが支え甲斐がある。
「…死に損ないの命ではありますがそれでもよければ喜んで。貴方の志が変わらずその胸にある限り、全霊をもって貴方の覇道を拓きましょう」
将軍は跪いた。
「王にお成りください。我が君。そして世界を統べる王になるのです。前代未聞の覇道の先にしか貴方の望む未来はないのですから」
夜が明け、光が差し込んでくる。明るく温かな光が彼らを照らした。将軍は主を王に、主は理想を地上に。その誓いは千年を超す戦乱を終わらせる光となる。




