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君臣の邂逅

 二人は大きな洞窟の中に運ばれていった。鎖で身動きを封じられ、逃げ出せない状況だ。他にもたくさんの女子供が縛られて転がされていた。ざっと数えて五十人はいる。ここが奴隷商人のアジトだろう。

 見張りの男たちに聞こえないようにロイトがノアに言った。

「ここが奴隷商人のアジトだ。でも捕まった奴らは他の部屋にもいる」

「何人くらい?」

「百人」

「多いな!」

 ノアは笑った。その顔に焦りはない。両手両足を拘束され、奴隷にされてしまうというのに笑っている。

 ロイトからアジト内の大まかなつくりを聞いた。

「まあいいや。腹も減ったしみんなで逃げるか!」

「は⁉ そんなことできんのかよ!」

 少年の手には一振りの剣が握られていた。

「は?」

 それで自らの鎖を断ち、他の者たちを解放する。そして後ろから二人の見張りに近づき、一撃で切り捨てた。

「よーし、逃げるぞー!」

 ノアは剣を掲げた。そのまま他の部屋に突っ込み、見張りを斬り、全員を解放した。皆、歓喜の声を上げた。

「で、でもよ、どうやって逃げるんだよ! 出口までは一本道。敵はわんさかいるんだぞ!」

「全員ぶった切る!」

 ノアはもう片方の自分の剣を取り戻し、出口へ走った。騒ぎを聞きつけ、荒くれ者たちが武器を構え、道を塞いだ。

 臆すことなく突撃し、ノアは敵を切り裂いた。ノアの剣術はごろつき程度では足止めすらできない。三人がかりで襲い掛かって来る敵も一撃で屠り去る。そのまま走っていると道は左右に別れた。特に何も考えずに左に進むことにした。

「あー! そっちじゃねえ! 右だ右!」

「なんかこっちにも部屋があるぞ?」

「そっちには死体が一つあるだけだ!」

 ノアは牢の前に立った。牢からは酷い腐敗臭がした。中を覗き込むと四肢を鎖で繋がれた一人の女がいた。体はボロボロだがかすかに息をしている。死体ではない。かなり危ないところにいるが。

「おーい、お前、元気かー?」

 女は顔を上げてノアを見た。

「ああ…私は不死族だ。そう簡単に死にはしない」

 不死族は少数種族の一種で数は百名程度。肉体・精神の最盛期まで成長が続くものの、それ以降は一切老いない。名前の通り、不死族は不死身の生物。いくら切り刻もうと死なない。生きようという意思が残っている限り傷は癒え、元通りとなる。

「へー、面白い生態してんな。お前、俺の仲間になれよ」

 闇の中でも輝く瞳が正面からノアを見据える。目の前に立っている男が何者なのか測り知ろうとしている。

「私が貴方の仲間になったとして…貴方は私に何をしてくれる?」

「助けてやるよ」

「脅しか!」

 ノアは笑った。

 しばらく女は黙っていたが深くため息を吐いて言った。

「いいでしょう。私の力、貴方に貸します。好きに振るわれるが良いでしょう」

 剣を振るい、扉をこじ開ける。鎖を切断し、解き放った。女はふらつきながらも自分の足で牢から出てノアの前に膝を突いた。

「私はミラ。ミラ・ウェンズデイ。兵を率いるようなことがあればどうかお任せください」

「ああ、よろしく! 俺はノア! もっと話を聞きてえけどとりあえずここから脱出してからにしよう」

 ノアは来た道を引き返し、今度こそ正しい道を走った。ノアが戻るまでロイトが皆を守っていたようだ。ロイトはミラを見て腰を抜かしそうになっていた。彼が見たときは彼女の体は真っ二つに切断されていたらしい。

 敵を切り捨てながら走っていると遥か前方から刃の音と悲鳴が聞こえてきた。

「お、あいつらも来たか! みんな、あと少しだ!」

 ごろつきたちを葬ってノアたちの前に現れたのはユミルとラミナスだった。

「あ、やっぱりノアだった! なんか洞窟見つけて奥が騒がしかったから突っ込んだんだよ」

「とりあえず脱出しましょう。ワンドマリガ軍が押し寄せてきます」

 一行は洞窟から脱出し、近くの森の中に逃げ込んだ。救出した奴隷は百人強。出身地はワンドマリガ東部の部族や難民ばかり。ロイトの村の者も何人かいた。今は夜だ。身を隠すにはちょうど良い。

 ラミナスがノアに言った。

「ノア様、すぐにこの国から脱出することを提案します」

「なんで?」

 彼女は一人の男をノアの前に放り出した。顔が原型を留めていないほどに暴行されているが何より目を引くのは男が纏っているワンドマリガ王国兵の鎧だった。ノアはその瞬間察した。

「あー、勘違いしてワンドマリガ兵をボコっちまったかー。そりゃ逃げるしかねえよなー」

「違います。ワンドマリガ兵がこの洞窟の奴隷商人たちと交流していました。捕らえて尋問したところ、最近の奴隷狩りは軍が秘密裏に主導しているようです」

 最も驚愕したのはロイトらワンドマリガの民だった。だが同時に納得もしているようだった。王国は彼らに対し、立ち退きを要求していた。国境線の内側にいて納税や兵役の義務を果たすこともなく土地を占領している彼らは邪魔でしかない。

「ただの奴隷狩りであれば助力できましょう。ですが国家が関わっているのならば話は別。この国に彼らの居場所はありません」

「はは、はははははは!」

 捕虜の男が急に笑い出した。

「ああ、そうさ! こいつらに居場所はねえ! 立ち退いてどこかに消え失せればよかったのさ! だがもう遅い。あと数日で一万五千の大軍がお前たちの村を滅ぼし、奴隷にする!」

「!」

 ロイトが男の胸ぐらを掴み上げる。

「どういうことだ! 答えろ!」

「そのまんまさ。三日後、ワンドマリガ軍がお前らの村を叩き潰して全員奴隷にして死ぬまで酷使してやるんだ! その日を震えて待つがいいさ!」

 ノアは剣を抜いた。そして一度走らせる。男の腕を拘束していた縄が切れて地面に落ちる。男は自由になった。

「おい お前! 今すぐ仲間のところに帰って伝えろ! お前らの好きにはさせねぇ! 死ぬ気でかかってこいってな!」

 解放されたワンドマリガ兵は悲鳴をあげて逃げ去っていった。

 

 

 翌日、ノアたちはロイトの村に再び訪れた。洞窟から解放した村人たちもいる。迎えた村人たちはノアたちに昨夜の非礼を詫び、頭を下げて感謝した。ロイトが村長を呼んでノアの前に連れてきた。ユミルが昨夜あったことを話し、ワンドマリガ王国軍の計画を話した。村長は豊かな髭に覆われた口をもぞもぞ動かした。

「そうか…我らもこの地を去る時が来たか…。いつかこの時が来るとわかっていたが…思っていたよりも…ずっと早い決別であるのう…」

 老人は深くため息を漏らした。村人たちの表情に翳りが生まれる。国家から立ち退き命令を受けた時点でいつかはこの地を去らなければならないということはわかっていた。だがその日は今すぐには来ないだろうとたかをくくっていたのだ。

「お前ら俺の領地に来いよ! 魔王領に近くなるけどよ誰も追い出したりしねえし奴隷にもしねェ。良いところだぜ」

 ノアは言った。

「おお、それは本当ですか。何から何まで申し訳ない。情けないがお世話になります」

「ありゃ、爺さんやけに素直だな」

 ロイトが怪訝そうな顔をする。彼が驚くのももっともだった。先ほど彼から村長の人となりを聞いたのだが、ノアの言葉をそう簡単に信じるような男ではなさそうだった。

「我々は昨日、村人を救ってくれた恩人に刃を向けた。それでもこの人たちは我らの誰一人として殺めることはなく、それどころか囚われていた者たちを救ってくれた」

 村長はノアを見た。

「これ以上その言葉を疑うことはしたくない。差し伸べられたその手を払うようなことは二度とできん」

「大袈裟だな爺さん」

 若き旅人は笑う。

 ノアはそれから次々の集落を周り、ノアの領地ノイアフォードへの移住を勧めて回った。だがどこもノアの説得に従うわけではなく、ワンドマリガへの徹底抗戦を叫ぶ者も多かった。それでも戦えない女子供だけの移住を望む者もいた。ノアはそれらを受け入れた。二日かけて全ての村への説得を終え、ノアは一息ついた。

「そういやロイト。お前はどうすんだ?」

 腕をぐるぐる回しながら尋ねた。

「…俺もお前のところで厄介になるよ。でも…なんか釈然としねェ。あいつらから逃げるだけなのは…嫌だ。俺も…戦う!」

「ふーん、じゃあ俺も付き合う!」

 笑いながら彼は宣言した。

「は⁉ お前は関係ないだろ!」

「友達が命懸けて戦うってなら手伝わねえわけにはいかねえだろ。それにミラがどんだけ強いかも見てみてえし」

「…!」

  ノアは戦いを選んだ者たちを一堂に集めた。その数は総勢二千三百名。ワンドマリガ軍の一割にも満たない兵力だ。それを率いる総大将になったのは部外者でありながらもあちこちを駆け回って尽力したノア。作戦を考えるのは新たにノアの配下となったミラだ。彼女が実質的な総司令官である。彼女の戦歴は千年にも渡り、最高の軍人として知られていたという。

 夜、青白い月が天空の頂に昇る頃、ミラは天幕の外で焚火を見つめていた。

「なんかいい作戦考えたかー?」

ノアは外でミラの隣に腰を下ろす。少し離れた場所でラミナスが槍の訓練をしている。少年は小さな木の枝を火に放り込む。

「あのですね、我が君。古来より兵法は大をもって少を制するのが常道。少数の兵で大兵力に挑むのは愚策中の愚策。本来なら避けるべきです」

「じゃあ負けるのか?」

 ミラは首を振った。

「ええ、決着を求めるのであれば敗北は必至。ですが一度二度、小さな勝利を得ることは不可能ではありません。それでよければお任せください」

「ああ、任せる!」

 少年は笑った。

 彼の麾下に加わった女将軍も微笑む。わからないことに対して無関心を貫くのではなく気にかけながらもでしゃばることをしないこの少年は珍しい人物だった。専門家の足を引っ張ってはならないことをわかっている。完璧ではないがそれなりに仕え甲斐のある人物であると彼女は思った。

 戦いは明日。夜が更ければノアらはミラという人物の恐ろしさを知ることになる。またミラはノアという人物を知ることになる。


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