歪んだ世界
ノアらはそのまま西に向かい、ワンドマリガ王国に入った。各国を巡る旅人たちはこの国にあまり良い評価を下していない。彼らは「見るべきものはなく危険なだけ」の国と口々に語った。
この国はハンナン王国に比べてかなり貧しい国だ。かつては並程度の国力を持っていたが近年の魔王領拡大によって大量の難民が流入したことと、魔王領に接している前線国家への軍事資金の拠出などによる財政悪化などによって衰退の一途を辿っている。
特に東部の治安は最悪と言っていいほど悪く、先ほど壊滅させたゴテン盗賊団もそこらを根城にしていた。
「王国東部にはもともと少数民族が点在していました。彼らはその厄介さゆえに国も手出しをせずに自治を認められ、緊急時には傭兵として力を貸していました」
「へー。うちみたいだなー」
このご時世ではよくあることだが国家にまつろわぬ民というのは多い。ノアのライジス王国もそうだった。
「難民のうち王国に非協力的な者たちは貧しい東部に追いやられ、先住の民族と対立しています。近づいても利はなく、面倒事に巻き込まれるだけです。早々に通過しましょう」
「えー? せっかく飯もらったんだしよー、ゆっくりしようぜ」
生の人参をシャディーンに食わせながらノアは言った。
どこまでも荒野が広がっていく。もともとこの地に人が少なかったのは多数の人間を養えるだけの食糧を生産できなかったからだ。そこにたくさんの難民が流入すればどうなるか想像に難くない。
ユミルは肩をすくめた。彼女はあまりこの国に魅力を感じていないようだった。それこそ「見るべきものはなく危険なだけ」であるから早期に通過すべきだと思っていた。だが一行の意思決定を行うノアは急ぐつもりはないらしい。であれば彼の判断に従い、同じ道を行くのみ。それ以下でもそれ以上でもない。そう考えたのはラミナスも同じであった。
シーナと別れてから二日がたった。ワンドマリガ王国を通過して人類最大版図を誇るフルーデン帝国を横切って西側諸国を旅行する予定だ。
それから街道から外れた川のほとりで昼食をとる。ハンナン西部の解放した村々から分けてもらった食料だ。
「美味い! 肉は微妙だけど野菜は美味いな」
騒ぎながら食べていると後ろからうめき声が聞こえた。
「め、飯…腹減った…。食いもん…くれ…」
振り返ると一人の少年が地を這って近づいてきていた。
「ん、やるよ」
「あ、ありげてえ…」
少年はノアから木の実を受け取ると次々に口に放り込み、咀嚼した。その様子が面白くてノアはたくさんの食料を彼に渡した。しばらくして満腹になったのか少年はその場に座り、頭を下げた。
「いやー助かった助かった! 本当にありがとう! 俺はロイト! ここの近くの村に住んでんだ」
「へー。こいつがラミナスが言ってたやつかー」
ノアは腕組みした。
「お前らは命の恩人だ! 是非とも恩返しがしたい。俺の村に来てくれ!」
ロイトに案内され、ノアたちは少し北にある小さな村に向かう。ロイトが生まれ育った村、ハヌスキ村は先祖代々その地に暮らしていたが、農地拡大のために国から引き渡し命令を受けていた。他の部族も同様で、その多くが立ち退き命令を拒否していた。先人たちが拓き、守ってきた地である上に、土地を引き渡したらどこにも居場所はなくなってしまう。だからこそ命令に従うわけにはいかないのだ。
「余所者が入ってきたから国が苦しくなった。俺たちは何百年も前からずっとここで暮らしてたのになんで魔王なんかに負けて故郷を手放して逃げてきた奴らに土地や食いもんをやらねえといけねえんだ」
悔しそうに彼は言った。
「どうしようもないのはわかってる。ここ千年で魔王領は大陸の半分以上にまで大きくなった。もう誰にもどうにもできない。でも…」
誰もがわかっている。魔王に打ち勝つのは不可能。わずかに魔王領から領地を奪還できた者はいるが地図が大きく変わるほどの大規模な土地を取り戻せた者はいない。それどころか近年になって魔王領の拡大は加速している。魔王領と接している前線国家の奮闘によりなんとか防いでいるが大陸全土が飲み込まれるのは時間の問題であろう。
「ならうちに来いよ! お前の故郷にはなれねえけど俺の街ノイアフォードはすげえぞ! 食いもんは山ほどある」
「ははは、楽しそうだな。俺は別にみんなで暮らせるならどこでもいい。でも俺は異端だってよ。みんな故郷と心中しようとしてる。俺はそれを止める」
故郷を枕に死にたいという想いはノアには理解できない感情だった。ノアも領主の一人息子としてノイアフォードという肥沃な土地をもらった。ノアはそこの領民や土地を愛しているが、それは仲間たちが暮らしているからだ。仲間たちと一緒にいられるならどこでもいい。
荒野の果てに小さな集落が見えた。
「あれだ。あれが俺の村だ!」
彼らはロイトの故郷の村に入った。
村人たちは怪訝そうな目でノアたちを見ていた。ただの余所者を見る目ではない。敵意のこもった目をしていた。村の子供を助けた人間に対する視線ではない。
「みんな、ただいまー! 奴隷商人どもの拠点を突き止めてきたぜー」
そんな村人の視線に気づかず、ロイトは父らしき中年の男に声をかけた。
「おお、帰ってきたか。それで後ろの者たちは?」
男がノアたちを指す。
「ああ、俺が餓死しそうになってた時に助けてもらったんだ。おかげでここまで帰ってこれた。命の恩人だ!」
ロイトは馬から降り、ノアたちを紹介した。ロイトはノアたちのことを大いに気に入ったようで満面の笑顔だった。しかし村の男たちはそうではなかったようで険しい表情をしていた。
男たちは突如武器を構え、ノアたちに向けた。
「奴隷商人め、ついに女子供まで使うようになったか! ロイト! こいつらは敵だ! お前を助けて村に案内させて奴隷商人を呼び込むつもりだ!」
「そうだ! 生かしては帰さんぞ!」
敵意をむき出しにした村人たちによって三人はあっという間に包囲された。
「な、何言ってんだよ! ノアたちがそんなことするわけないだろ! なあ⁉」
ロイトは必死に村人たちを説得しようとしたが誰も耳を貸さなかった。包囲は分厚く、百人近くの男たちがノアたちを囲んでいる。
「ノアもユミルもラミナスもいい奴なんだ! みんな聞いてくれ!」
「んー、俺らは出て行った方がよさそうだな」
ノアは仲間たちに言った。
「そうだね」
ユミルが頷く。
三人の馬が走り出す。男たちが繰り出した槍を切り払い、立ちはだかる男たちを投げ飛ばし、瞬く間に包囲を脱した。彼らの圧倒的な武力を目の当たりにして村人たちは追撃を諦めた。
日が暮れたところで馬を止め、そこで野営することにした。
「悪い。みんな。普段は気のいい奴らなんだ」
「あ、お前いたんだ」
どうやらノアの後ろに乗っていたようだ。
「俺、確信した。お前らは悪い奴じゃない。村から逃げる時に誰一人として殺さなかった。みんなはお前らを殺す気でいたのに」
「だってみんな、村を守ろうとしてた。何があったかは知らないけど」
ユミルが答えた。
「最近、奴隷商人が人を攫ってくんだ。俺の村も何人も連れてかれた。俺は…いてもたってもいられなくて奴らのアジトを探しに出かけてたんだ」
どうやらその帰りにノアたちと出会ったらしい。
四人は二手に分かれて野営の準備をすることにした。ユミルとラミナスが食料採集に、ノアとロイトは薪探しに行く。
ノアとロイトは西の森に木を探しにはいった。森は薄暗く、下手をしたら迷子になってしまう。二人は慣れた手つきで木の枝を集めた。すぐに十分な量を集め、あとはユミルとラミナスと合流するだけだ。
「うおっ!」
後ろのロイトが驚いた声を上げた。振り返るとロイトが二人の男に押さえつけられていた。他の男たちがノアを囲む。動きはあまり速くない。その気になれば皆殺しにできる。だがロイトが人質になっている。
「この小僧の命が惜しければ抵抗はよせ」
「わかったよ」
ノアは両手を上げ、男たちに拘束された。




