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メレモロ城の戦い

 夜明け前、バルトルサ王国軍は森に足を踏み入れた。もはや戦争は避けられない。どちらかが負けるまで殺し合いだ。メレモロの兵士たちは木の上に潜んで通過していく敵兵たちを見下ろした。

「射て!」

 薄暗い森の中にセレカの号令が響いた。瞬間、地上を歩くバルトルサ兵の頭上に矢が降り注いだ。兵士たちは悲鳴をあげて倒れていく。しかしすぐに盾を構えたため、被害は軽微だった。そこにセシリア率いる兵士たちが斬り込んだ。頭上からの攻撃を警戒していたバルトルサ兵たちはその奇襲に対応できずに斬殺された。森林での戦いならメレモロ兵に軍配が上がる。夜目が効く彼らは各小隊ごとに行動して敵が陣形を整える前に退却してしまう。大木を倒して敵兵を押し潰したりセレカの糸を道に張り巡らして通った敵を切り裂いたり工夫をこらして立ち向かった。だがいずれもバルトルサの進撃を阻むことはできずメレモロ城兵は退却しながら戦うことしかできなかった。数時間の攻防の末、バルトルサ軍は森を抜けて砦まで到達した。逃げてきたメレモロ兵を収容したあと城壁は固く閉ざされた。城を落とすには壁を越えるか穴を掘るしかない。

「ここの城壁は高い。そう簡単には越えられねえはずだ」

 森は悪路で攻城兵器を持ち込むのは不可能だ。しかし攻城兵器の材料はそこらに突っ立っている。バルトルサ兵は木々を切り倒して森の中に消え、攻城兵器の建設に取り掛かった。しかしそれを黙って見ているほどお人好しでもない。

「ウィクトリア、出るぞ!」

「「オオ‼︎」」

 ノアは配下の兵を率いて出撃し、工兵たちに襲いかかり、攻城兵器を破壊した。だが四十名という寡兵では一部の撹乱しかできず、好きなだけ暴れて城内に戻った頃には他の部隊が櫓を完成させていた。そこに誤算があった。ノアたちはバルトルサ王国兵の技術力の高さを侮っていた。簡素だが高さのある三基の櫓が東の城壁に迫り、兵士が矢を射掛けた。兵士たちはすぐに壁に隠れたが逃げ遅れた者は血を流して倒れていった。城兵たちも必死に矢を射返したが射ち合いは経験豊富なバルトルサ兵が優勢だった。城側の抵抗が弱くなった隙を見計らってバルトルサ兵は城壁に飛び移ってきた。

「一気に攻め落とせ!」

「森じゃねえなら俺たちの方が有利だ!」

 バルトルサ兵が東側の城壁を埋め尽くす。メレモロ兵はすぐに逃げていった。そこに突っ込んだのはノア率いるノイアフォード兵だった。

「あ、あいつら馬に乗ってやがる!」

 ノアたちは騎馬に乗って城壁に移ったバルトルサ兵を一掃した。騎兵と歩兵の戦力差は圧倒的だ。また、櫓に火矢や炎の魔術を浴びせる。敵もそれを想定していたのかしっかり魔術でコーティングされていたため焼失させることはできなかったが多少火をつけることはできた。小さい火ではあるが放置すれば大変なことになる。櫓の上の兵は消化活動に追われた。そこを弓兵が射抜く。

「いくらでもかかってこいよ!」

 返り血で真っ赤に染まった兵士たちが叫ぶ。彼ら一人一人が凄まじい力を持ち、それがノアへの協力という一つの目的のために連携して動く。百戦錬磨のウィクトリア兵に勝てる者はいない。

「来ねえなら…今度はこっちから行くぞ!」

 ノアは高く遠く跳んだ。彼の体は櫓まで到達し、彼は櫓の上にいる兵士たちを斬りまくった。他の兵士もノアに続き、敵兵を斬りまくった。櫓はあっという間に鮮血で塗装された。新たに登ってくるバルトルサ兵をラミナスが炎魔術で一掃する。そのうち櫓に火がついた。そのうち延焼するだろう。

「よーし、戻るぞー!」

 ノアの命令で兵士たちは城壁に跳び戻った。三台全ての櫓が燃えている。

「よし、俺たちはしばらく休憩だ。寝ようぜ!」

「それは寛ぎすぎじゃない?」

 ノイアフォード兵は城を守る戦いはあまり得意ではない。ラントフォード軍と魔物や魔族との戦いはいつも平原での決戦である。城壁から矢を射るよりも卓越した騎馬術を用いて戦う方が犠牲も少ないし早く決着が着く。城に篭って戦うのは敵があまりに大兵力かつ、耐え凌げば状況を覆し得る援軍が到着する場合だ。野蛮で好戦的なラントフォード人の気風的にも駆け回る方が性に合っている。

 今度は城壁に梯子が掛けられた。しかも一つや二つではない。夥しい数の梯子が一箇所に集められ、兵士たちが登ってくる。だが城兵の対処も早かった。バルトルサ兵の頭に大量の液体がかけられた。多少のぬめりけがある。

「油?」

 城壁の上には松明を持った兵士たちがいる。それを見てバルトルサ兵は全てを察した。命乞いの言葉を発する間もなく松明が降り注いだ。火は一瞬で彼らの体を包み込み、火達磨と変えた。バルトルサ兵はこの世のものとは思えぬほど壮絶な断末魔を響かせて落下していった。

「ぬう…。なぜまだ落ちんのだ。我らの兵力は敵より遥かに多いのだぞ!」

 将軍エンリケが怒鳴った。

「奴らの戦い方、尋常ではありません! 恐らく周到に準備していたものと思われます!」

「見ればわかる! よもやワルター将軍が情報を漏らしたのではあるまいな」

 戦いは依然としてこちらが優勢だが予想を大幅に上回る抵抗を受けている。数日前に大軍が来ると知っていなければこれほどの抵抗はできない。

「そのまさかでございます。北側の城壁の上でワルター将軍を見たと申す者がおりまして…」

「おのれワルター! 大望を抱く王に背くばかりか敵に寝返る裏切り者め!」

 エンリケ将軍はいきりたって叫んだ。その瞳には憤怒の炎が燃え盛っている。更なる攻勢を命じようとした彼の肩に背後から手が置かれた。

「一旦兵を下がらせよ。あまりに無様だ」

 そこに立っていたのはバルトルサ王ハルテミス。その瞳は城壁を見つめている。将軍は王の命令に従って兵を退かせた。両軍の兵士は束の間の休暇をとって睨みあう。しばらくの間眠っていたノアは元気になって城壁の上で食事をとっていた。

「ノア様、あれを」

 城壁の前には一人の男が立っていた。仮面で顔を隠した不気味な男。身に纏った装飾品は豪奢なものである。王は仮面を被っている。バルトルサの酒場の主人が言っていた。ノアはあの男がバルトルサ王であることを理解した。

「お前がバルトルサの王か」

 城壁の上からノアが問う。

「然り。余こそバルトルサの王。この城にある『終極の赤』を余に明け渡せ。それは貴様らには価値のわからぬ宝具。資格ある者の手にあることこそふさわしい」

「断る。『終極の赤』は解放の音を鳴らす者のみが手にする聖剣だ。俺たちはそれを守るために、祖より伝わる盟約と俺たちの意地を貫き通す!」

 セレカが矢を放つ。その矢はまっすぐハルテミスに向かって飛んでいく。しかしそれはハルテミスが抜いた剣によって打ち払われ、地面に突き刺さった。セレカの宣言にメレモロ兵は歓声を上げる。兵士たちだけではない。城内で負傷者の手当てや物資の補給を手伝っている女子供も同じく声を張り上げた。

「下らぬ意地の為に命を散らすか、阿呆者め」

 銀色の仮面を夕日が照らす。もう夕方だ。戦いが始まってもう半日経過したのだ。これ以上の戦闘は双方損しかない。

「勝敗は明日にとっておこう。降伏の申し出はいつでも受け付けるぞ」

 ハルテミスは残忍に笑い、城に背を向けて歩き出す。

「待ちなさい」

 セシリアが彼を呼び止めた。

「私はセシリア。帝国の王女にして将軍です。ハルテミス王。貴方の悪行は皇帝陛下の知るところであり、帝国侵攻の野望は潰えました。早急に軍を退きなさい」

「くくく、愚かな王女よ。いかなる軍勢であっても蹴散らし、灰燼に帰すからこその聖剣よ。我が覇業は貴様ら如きには止められぬわ」

 嘲笑が黄昏の森に響く。セシリアは男の放つ狂気を感じ取って顔を歪めた。この男は正気ではない。妄執に取りつかれた悪魔だ。

「王よ! 貴方はいつ道を誤られた⁉ 昔の貴方はそのようなお方ではなかった。誰よりも民を想い、平和を望んでおられた貴方はどこにおられる!」

 ワルターが叫ぶ。

「十年前ですか。貴方が突如仮面で顔を隠すようになったあの日にはもう国を憂う貴方は消え去ってしまったのですか⁉」

「…憂うからこそ剣をとるのだ。平和を為すだけでは行き詰ったこの世界は救えぬ。世界が夜明けを待っている。太陽が天空に輝かぬのなら余が地上を照らす。余の他に誰がそれを目指した? 誰が夜明けを導ける? 答えよ、ワルター」

 ワルターは言葉を失った。彼の言う通りこの世界は行き詰っている。勇者以降の千年間、救世主となるような者は現れず、人類は生活領域を徐々に削られている。それに伴い、食料問題が常態化している。人類は内外に問題を抱えているのだ。このままいけば二百年以内に人類は滅亡するだろう。世界はこの状況を打破する英雄を求めている。このまま誰かに期待して現実から目を背けているくらいなら自分が動き出そうというのは理解できる。理解できないのはそのために幾億もの流血を厭わないことだ。

「ごちゃごちゃうるせえ! ここは俺の友達の家だ! お前は帰れ!」

 ノアが叫ぶ。ノアが戦う理由は世界でも使命でもない。ただ仲間を守る。それだけがここにいる理由だ。ここに仲間がいるのであれば死んでも戦い続ける。それだけで彼には充分だった。

「余は退かぬ。余は敵対する全てを踏み潰し、大義を成就させるのみ」

 冷たい声で男は答えた。

「ならお前は…邪魔だ…! ぶっ飛ばす!」

 ノアの叫び声に兵士たちは呼応し、拳を振り上げた。



 夜のとばりが降りて戦いは一時的に終わった。メレモロ城の兵士の一割が戦死し、一割が重傷を負った。しかし敵は更に多くの屍を異国の地に晒すことになった。ウィクトリア隊は誰も命を落とすことなく一日目を終えた。

「やっぱお前ら頑丈だなー。さっき体中に矢が刺さってる奴いなかったか?」

「ああ、メイジンですね。彼はなんか不機嫌になってましたけど無事ですよ。残念ながら」

 ユナが言った。

 その頃、セシリアはセレカとワルターと話していた。バルトルサ王と対面してさまざまな疑念が沸き起こったのだ。

「陛下はかつて名君と呼ばれるに相応しいお方でした。ですが十年前、突如として仮面を被られるようになり、お声も出さぬようになりました。それ以来、苛政をおこなうようになったのです。税を引き上げ、必要以上に軍拡を進めました」

 セシリアは顎に手を当てて考え込む。

「確かに…かつてのハルテミス王は協調路線をとっていました。我が国とも友好的な関係にありましたし…」

「十年前、陛下は私を王にしてくださいました。一介の傭兵でしかなかった私を気にかけ、役職を与えてくださった。そんなお方が暗君として歴史に汚名を刻むことが許せません。どうか血に濡れてしまった王の夢を終わらせてください」

 ワルターは頭を下げた。彼も苦しんでいた。忠誠を誓った王が突如として暴君になり果てたのだ。その苦悩は想像を絶する。この手で王の野望と覇道を止めねばならないのだ。王の名誉と人類のこれからを守るために。

「ハルテミス王は『終極の赤』についてよく知っているようです。もしそれが帝国を屠り去るのに十分な代物であるのならその覇道を阻めるか怪しいところでもあります」

 セシリアが答える。

「勇者が遺したとされる五大秘宝の一つ、『終極の赤』は資格ある者が振るえば都市一つがなくなるほどの業火がもたらされる。世界に終末の炎を呼び込むからこそ『終極の赤』。危険な武器だからこそ俺たちが守っていたんです」

「そこまで危険なものなのですか…。他の秘宝について知っていますか?」

 セレカは首を横に振った。彼が知るのは彼らが守ってきた勇者の剣についてのみ。他のことなど伝わっていない。他に秘宝があることは知っているが、それだけである。

「そういうのは帝国の方がよく知ってそうですがね」

 帝国は世界人類同盟の盟主として勇者の情報について知っているはずである。事実、帝国上層部や人類同盟の最高評議会はそれについて知っていた。

「…帝国は二種、秘宝の存在を確保しています。どちらもよろしくない形でですが…。『罪過の黒』と『道標の青』。それがその秘宝の名前です。残りの二つは名前すら判明していません」

 人類史に眠る胡散臭い謎。それらは千年の昔から秘匿され守られ続けてきたもの。それらを巻き込んで次代は動き始める。勇者を求める者、勇者となろうとする者、勇者が遺した物を守る者。時流は加速し、前進の代償として流血を求める。果てしなき戦乱のその果て、夜明けの時に誰が生き残るのか、それは誰にもわからない。

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