戦争前夜
ノイアフォードのノア家臣団は順調に戦争の準備を整えていたが悪い知らせが入った。それをもたらしたのは彼らの主君のノアだった。彼はまた面倒事に巻き込まれたことを知らせ、数は指定しなかったが援軍を派遣してくるように頼んだのだ。これにはさすがの家臣たちも苦笑を禁じえなかった。
「はー。本当に困ったお方ね…。これまで手のかかる主君は初めてよ…」
ミラはこめかみを抑えた。そろそろ胃に穴が空きそうである。長きに渡って皇帝に仕え続けてきた彼女だったがここまで気分屋で直情的な主君はかつてなかった。それでも見放さないのは彼の言葉に嘘はなく、どこまでも真っすぐだったからだ。
仕方なく派兵する部隊の将を決める。なんだかんだ彼は敬愛されているようで多くの者が立候補した。戦争が近づいていることもあって大部隊を率いるファーレン、ランジャやジークらは却下された。そうなると少数精鋭のウィクトリア中隊の隊長たちから選ぶしかない。彼らはノアの護衛隊なのだから助けに行くのが当然だ。ウィクトリア隊の隊長たちは四人。獣人族のカストル、吸血鬼のリハー、精霊のリケ、人間族のユナ。主人のノアと同じく性格に難があるがいずれもラミナスが精鋭揃いのウィクトリア隊の隊長に相応しいと認める強者たちだ。四人はミラの執務室にて睨みあった。
「一番隊の俺がノア様を助けに行く! 文句あるか?」
カストルが机を叩いて叫んだ。
「騒がしい君の隊じゃ森での戦いは無理だよ。こういう任務は万能な僕の隊がうってつけだ」
「足が速い私の部隊の方が適正だと思うんですが…」
「ノア様は私に会いたくなる頃でしょうし私が行きますよ」
四人の言い争いは終わりが見えなかった。戦時となれば完璧な連携を見せる四人だが、普段は仲が悪い。特にカストル、リハー、ユナの三人は互いに相容れないらしくしょっちゅう喧嘩になっている。それを止めるのがリケの仕事になっているがたまに面倒になるらしく、喧嘩を煽るノアと一緒に静観していることも多い。
「誰も私に譲るつもりはなさそうですね。ならスパッとこれで決めちゃいましょう」
ユナが持ってきたのは円形の穴が空いた立方体の箱。そして細かく四枚にカットされた紙。紙にはそれぞれの名前が書いてある。
「クジか。良いじゃねえか。一番運がいい奴が行ける。最初からそうすりゃよかった」
一番にカストルが賛同する。他の二人も文句は内容だった。そろそろ殺し合いになりそうだったから血が流れずに収まるならそれでいい。
「それで…誰が引くのさ?」
リハーが問う。
「レナード隊長に頼みましょう。意外とこういうのがお好きな方ですし」
四人はレナードのいる隊長室に入った。クジの結果を見ようとウィクトリアの兵士たちも入ってきた。レナードは話を聞いてすぐに了承した。ユナがレナードに箱と折りたたんだ紙を渡す。それを受け取ったレナードが紙を箱の中に入れる。レナードが選んだ紙に名を書かれていた者が援軍に向かうことになる。
「私が引いた紙に名を書かれていた者が部隊を率いてノア様の助けに向かう。文句はないな?」
四人を見渡して言った。
「ああ、頼むぜ」
「文句なし」
「よろしくお願いします」
「時間もありませんしぱぱっと引いちゃってください」
「時間がないのはお前たちがくだらない言い争いをしていたからだぞ」
我が強い困った部下たちに溜め息を吐きながら箱の中に手を入れる。ユナの言う通りこういうものは嫌いではないらしく僅かに口角が上がっている。四人の隊長とその部下たちは緊張しながら見守った。いつの間にか窓の外にもウィクトリア兵がいる。ここは地上三階にあるというのにだ。レナードが手を引き抜いた。その手には一枚の紙が握られている。それを開き、選ばれた隊長の名を読み上げる。
「ユナ・ラネーテ。お前がノア様を助けに行け」
選ばれなかった三人はその場に崩れ落ちた。その配下の兵たちも同様だった。外の兵士たちも脱力して落下していった。
「あら、それはラッキー。では出陣の準備をしますね」
妖しく笑い、彼女は歓喜する部下を連れて部屋を出ていった。
その日のうちに彼女は四十名の配下とともに出陣した。ミラは朝に出陣すべしと引き留めたがどうせ二日三日は野宿しなければならないからワンドマリガ王国の目が利かなくなるなる夜のうちに危険地帯を通過してしまおうと出発した。
「いやー、隊長は豪運ですね!」
部下のミランダがユナに言った。しかし彼女の上司は彼女が想像するよりずっと狡猾だった。
「違いますよ。あの時『間違えて』レナード隊長には私の名前が書いてある紙だけを渡してしまったんです。なので私以外に選ばれる可能性はありませんよ」
彼女の顔にはいつもの微笑みが張り付けられている。
「ですが紙は四枚あったはずでは…?」
「ええ、ですからうっかり私の名前が書いてある紙を四枚提出しちゃったんです」
「ええ…」
ミランダは引いた。あまりにも狡猾すぎる。ずる賢さだけで言ったらノイアフォード随一だろう。彼女に本気で嫌われたら冗談抜きで謀殺されてしまいそうである。
「すぐに出陣したのはそれがばれても咎められないようにするためですか?」
彼女も彼女で知恵が回る。見た目は幼いが獣人族の彼女は成長が遅いので人間基準で見れば子供だがもう二十年は生きている。それに狡猾すぎる上司の部下になって長い。少しだけ悪知恵がついてしまった。
「貴女も成長しましたか。でもレナード隊長はすぐに気づいていたでしょうね」
彼女の言う通りレナードはすぐにクジの中身を検めた。ずる賢さにおいて並ぶ者はいないと皆から認められているユナがクジを提案して持ってきたからだ。他の三人が持ってきたなら疑わなかった。しかしユナである。そういう狡い性格はとっくにばれている。だからクジの中身を見て彼女の不正をすぐに知った。それを知ったのは彼女が出陣する前である。なのになぜ彼女を止めなかったのか。エルフ族の出身であり、護衛隊長の位を与えられるほどノアに信頼されるほどの人格者であるレナードは公明正大な人物としても知られていた。だがそれ以上に人を見る目があったし、ルールに縛られない柔軟さを有していた。ノアの現状を知っている彼は今回派遣する将はただ強いだけでは役に立たないと考えていた。森林で寡兵で多数を相手に防衛するなら狡猾な指揮官でなくてはならないと見た。だから運任せにせず、不正をしてでも目的を果たしたユナの不正を咎めず、彼女に援軍を任せたのだ。
因みに最初から彼女を向かわせなかったのは話し合いで決まらなかったならば自分が行くつもりでいたからである。
ユナはノアに連絡をとった。
「もしもしー」
不機嫌そうな声なノアの声が届いた。それもそのはずである。もう夜だ。寝ているのが普通だ。彼女は構わず用件を伝えた。
「お久しぶりですね、ノア様。今回の戦い、私が四番隊を率いて援軍に向かうことになりました。嬉しいですか?」
「ああ、嬉しい! ありがとう! 頼りにしてる!」
笑顔でノアは言った。思わずユナも顔を赤らめる。
「そうですか。明後日には到着するので待っていてくださいね」
「気を付けて来いよ!」
通信を終えたユナはくすりと笑い、伝球をしばらく見つめていた。ミランダはその様子を後ろから見ていた。ミランダからすれば本心を冷たい微笑みで隠す狡猾な彼女を恐れていたがそんな彼女を赤面させるノアはとんだ化け物だった。ミランダ自身、魔族に襲われていたところをノアに助けられて彼の軍門に下った経緯があり、その恩は忘れていない。ただの兵に過ぎない彼女が声をかけてもきちんと対応してくれるし名前を覚えていた。ユナ曰く護衛隊員全員の名前と種族、好きな食べ物、配属先を覚えているらしい。天性の人たらしである。
ワルターを回復させたノアたちは急いで西に向かい、メレモロ城の森に入った。警備兵に事情を説明し、城まで案内してもらう。セレカは侵攻を事前に伝えたことをノアたちに感謝した。すぐに作戦会議が開かれる。
「敵は少なくとも三万か…。これはまずいね。こっちは二千人が限界だ」
「二千人ってすっげーでかい家族だな」
ノアは干し肉を齧りながら言った。
「ああ。千年もありゃそれくらい増える。あとアンタらはもう帰れ。情報をくれただけでもありがたい。早く逃げねえと巻き込まれるぞ」
「お前らが戦うなら俺もここで戦う!」
ノアの宣言にセレカたちは驚いた。たった数時間しか一緒にいなかった者が命懸けで力を貸すなどと言うとは思わなかったのだ。
「お前が俺たちのために戦う理由なんてどこにもねえだろ!」
「お前は友達だ」
男の肩に手を置いた。飯をもらった恩もある。こんな気のいい人たちを死なせるわけにはいかない。
「大丈夫だって。俺の友達も助けに来てくれる。一緒に頑張ろう」
「…すまねえ。恩に着る」
セレカは頭を下げた。彼も自身の戦力の足りなさを痛感していた。信頼でき、力のある者が加勢してくれるというなら拒むことはできなかった。
ノアたちはバルトルサ王国が攻めてくる五日後に備えて準備を整えた。しばらく待っているとユナのウィクトリア隊第四隊四十二名が到着した。
「お待たせしました、ノア様。今回はしばらくお傍にいられそうですね」
ユナはノアの右腕に自分の腕を絡めた。豊満な胸がノアの腕に当たる。どちらかというと当てているのだろう。
「そんなに長引かせるつもりはねーけどな。そうだ、ここの果物うめえんだ。食えよ」
ノアはもらってきたリンゴを彼女の口に突っ込んだ。彼女はリンゴを美味しそうに食べた。
「それよりここはフルヴァルト王国ですよね? わざわざ攻めさせてフルヴァルトに得があるんでしょうか?」
そう考えるとバルトルサ王国がフルヴァルト王国と同盟を結ぶメリットはあってもフルヴァルト王国側のメリットが思い浮かばない。メレモロ城とその周辺地域はフルヴァルト領であるものの、国家が役人や軍隊を派遣したことは一度もないらしい。セレカの一族が代々守り続けていた。没交渉状態であるもののメレモロ城はフルヴァルトの領地。攻めさせる理由がわからない。メレモロ城勢力の排除を試みているのだとしてもわざわざ他国の軍勢を利用する必要はない。バルトルサ王が失敗すれば同盟が帝国にばれてしまうリスクを冒してまでバルトルサに協力する理由がわからない。どうしてワルターはバルトルサ王がフルヴァルトの王女を妻にしたと言っていたがそれだけでそこまでの危険を選ぶのか。
「王様、気でも触れたのか?」
「みんながみんなノアみたいな気狂いなわきゃねえだろ」
「あ?」
しかし考えても答えは出てこない。考えるべきは目の前の敵を倒すことだ。こちらは二千、敵は三万。敵はこちらの十五倍。深い森林と堅固な城塞に守られていようと容易に押し返せる兵力差ではない。
翌日には海路を使ってセシリアが百名の兵士を連れてやってきた。セシリアはまた兵士を置いてノアの元に突撃した。
「ノア殿! 帝国兵百名、ノア殿の増援に参りました!」
目を輝かせて彼女は言った。
「お疲れさん!」
ノアは彼女の手を握った。セシリアは顔を赤く染めた。
「…あの人、ノアの増援に来たって言ったよね…」
「ああ、ノアが来たから自分も来たってことだよな…。帝国ってすげー」
ノアのためだけに来たのではないが、ノアがいなければ別の者が来ただろう。セシリアは無邪気にノアとの再会を喜んでいた。ノアも彼女の気持ちを知ってか知らずか楽しそうにしている。スーディルでの会話から彼女の気持ちを知ってはいるだろうが理解はできていなさそうだ。
「…お初目にかかります、セシリア皇女」
セレカがぎこちなさげに膝を突いた。援軍が来るとは言ってあったが皇帝の妹が来るとは言っていなかったからセシリアを見た瞬間、セレカたちは目を飛び出させて驚いていた。今も理解できていないらしい。
「貴方が『終極の赤』を守る一族の頭領ですか。はじめまして、帝国の将セシリアです。此度はバルトルサ王の蛮行を阻むために馳せ参じました」
「ありがたい。我が一族は将軍の指揮下に入ります」
セシリアはそこにいるメレモロ兵を見渡した。誰も彼も屈強な兵士たちだ。ノアたちが重傷を負わせた兵たちもすぐに回復し、宴会に参加して酒を酌み交わしていた。頑丈にもほどがある者たちだ。姫将軍は首を横に振った。
「いいえ。これは帝国の戦いでもノア殿の戦いでもありません。何代にもわたり勇者の形見を守り続けた貴方たちの戦いです。将校として立案や戦闘に協力しますが戦うかどうか、最終決定権を持つのは貴方です」
「…!」
軽薄な瞳に電流が走った。頑張ってもどうにもならない状況だ。ノイアフォードや帝国の援軍が来たから彼らに命運を預けようとしていたことにたった今気付いた。しかしそれでは駄目だ。一族の使命、それは今まで彼らをこの地に縛り付けていた。もはや呪いでしかない使命を遺した祖先たちを恨んだこともある。だが理由はなんであれここにいる。「終極の赤」を守らねばならぬと戦いに臨もうとしている。その戦いにノアとセシリアたちを巻き込んだだけなのだ。
「そうだ。先祖が勝手に残した約束だけど、嫌だけど今まで守ってきた。それを誰かに踏み躙られるのはごめんだ。俺が戦うのは使命なんかじゃねえ。俺の意地だ…! 力を貸してくれ!」
「「うおおおおおおおお‼︎」」
兵士たちが雄叫びをあげた。
戦争の準備は順調に進んだ。翌日の夕方、バルトルサ王国軍三万が国境を越えて森の近くに陣を構えた。ここまで来ればもう戦争だ。
「お前ら戦争は初めてか?」
ノアは仲良くなった兵士たちに尋ねる。
「小競り合いなら何度もこなしたが万を超える敵と戦うのは初めてだ」
彼は数日前、ノアが顔面を叩き潰した兵士ムスタフだ。あの時のことはもう気にしていないらしく酒を酌み交わして語らった。
「そっか。じゃあお前らの初陣だな! 酒はほどほどにして飯を食おうぜ!」
ワナンナの肩を腕を回して骨付き肉を齧る。
「そうだな。よし、俺も肉食うぞ!」
戦士たちは食って飲み、騒いで歌った。




