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立ち上がる者

 バルトルサ王国の宮殿は無骨という言葉がよく似合う城だった。豪奢な装飾品や塗装はなく、赤い砂岩で築かれ、城壁上にはバリスタが設置されている。他国と比較しても戦闘に特化した造りをしている。その戦う城の王の間に王国の名だたる将軍たちが召喚されていた。全員が歴戦の武人である。彼らが見上げるのは玉座に腰掛ける仮面の王。声を発さず、ぴくりとも体を動かさないため、何を考えているかわからない。本当に人間かどうかも不明だ。王の側に控える男が書簡に記された王命を読み上げる。それは帝国に、すなわち世界人類同盟を破壊することを目的に軍を起こすというものだった。

 剛毅な諸将も顔色を変えた。傭兵国家で兵の数は多いとはいえバルトルサ王国の人口は帝国の人口の一割もいない。経済や資源の豊かさなど話にならない。宣戦布告なしで奇襲をかけるとしても勝てるのは最初のうちだけだ。帝国軍や同盟軍が態勢を整えてしまえば勝ち目はなくなる。諸将は反対の声を上げた。その急先鋒に立つのは将軍ワルター・エインヘンマン。最初はただの傭兵だったが戦場で多大な成果を挙げ、将軍の座に就いた。最年少の将軍だが、実直な性格から同僚たちからの信頼は厚い。

「なりません、王。帝国は世界人類同盟の盟主! それを攻めるということは他の加盟国全てを敵に回すことになりますぞ!」

「その通りです。近年の軍備拡張は非加盟国のユノールアを攻めるためではなかったのですか⁉︎」

 将軍たち反発にも王はみじろぎ一つしなかった。仮面から覗く真紅の瞳が冷たく睨むだけだ。

「そもそも人類で仲間割れをしている場合ではありません。近年の重税により民は苦しんでおります」

「言葉を控えよ」

 ひどく重々しい苛立ちが宿る声が王の間に響いた。それは素顔を晒す者たちの声ではなかった。これまで仮面で顔を隠し、一度も声を発することがなかった王のものだった。諸将は無言になった。

「帝国は力を失った。領土を守ることさえできぬ。今こそ世界を導く力を持った英雄が必要なのだ。惰弱なあの女帝に成り変わり余が魔を滅する勇者となる」

「勇者ですと?」

 その場にいる誰もが王の意図を理解できずにいた。王の命令は荒唐無稽なものばかりであった。去年からフルヴァルトの森にあるメレモロ城という小さな城砦を攻めさせている。フルヴァルト王国と何か密約を交わしているのか問題ごとにはなっていないようだが意味がわからない。

「王よ、何をお考えですか。我ら愚将にも理解できるようご説明いただければありがたく存じます」

 老将イワンが平伏して言った。彼は先先代王の時代からバルトルサ王国に仕えた宿将である。公明正大でかなりの実力者であるため老いた今でも将軍たちや国民から慕われている。

「人類版図はこの千年縮小を続けてきた。いつかは人類はこの地上から消え去るであろう。時代は求めている。千年前、人類を率いて魔王と戦い、人の希望となった勇者の再来を。だが勇者はどこにいる? おらぬではないか。誰も勇者になりはしない」

 激しい怒りを込めた声が頑強な諸将の心胆を冷たくする。 

「ならば余が勇者となり、万民の解放者となろう。戦乱の後に千年の平和をもたらそう。これは聖戦だ。現実から目を逸らし、眠りこけている無能どもの目を覚まさせるのだ。この戦いが終わった時、貴様らは英雄となる。力を、血を捧げよ」

 王の言葉には狂気があった。怒りと夢想に彩られた血の色の狂気だ。しかし、その言葉には事実もあった。このままでは人類の領土は減っていくばかりだ。流入する難民も増え、食料問題も加速する。帝国にはそれらの問題を解決する策があるとは思えなかった。皇帝も賢帝の素質を備えているが若く、経験がない。人類統合の旗頭にするにはあまりに頼りない。かといって他に人類を導ける者はいない。ラントフォードの勢力も目を見張るものがあるが兵は少なく、大陸全域の勢力図を塗り替えることはできない。ならば全てが手遅れになる前に行動を起こすべきではないか。

 王に首を垂れる将軍たちが現れた。次々と王の意志に恭順を示す。そしてイワンまでも王に従うことを決めた。

「まずはフルヴァルト王国のメレモロ城を奪る。フルヴァルトとは密命を結んでいる。表沙汰にはならぬ」

「は、それでごさいます。幾度となくメレモロ城を攻撃していますがその意図はなんでございましょう?」

 王は数年前にフルヴァルト王国の王女メアンナを王妃に迎えていた。それが意味することは両国の同盟である。だというのに彼はフルヴァルト王国の城を攻めている。それをフルヴァルト王国が知らぬはずがないというのに表沙汰になっていない。

「かの城には何があるのです?」

「かつて勇者が振るっていた剣、『終極の赤』が守られている」

 諸将は目を見開いた。それは西方国家のごく一部にて語られていた勇者伝説に登場する剣の名前である。勇者の死とともに失われていたとされているがそれが実存していて使いこなすことができるのなら勇者の力を使うことができるだろう。

「メレモロ城を守るのは国家から独立した一族の兵だ。奴らは千年の間、『終極の赤』を守っていた。それが一族の存在意義だと。我らは奴らを粉砕し、その剣を手に入れ、すぐさま帝国に攻め入る。ワルター、貴様がメレモロ城を攻め落とせ」

 ワルターは体を震わせた。

「なりませぬ! 恐れながら陛下の策はあまりに不確定要素が多く、戦略と呼べるものではございません。無闇矢鱈に戦争を起こせば国内外に憎悪を振り撒くことになります! どうかお考え直しを!」

 男は叫んだ。この国に生まれ育った者として、万の兵を率いる者として民や兵を流血の夢の生贄にすることなどできない。祖国を蛮国として滅亡の道を歩ませることなどできない。是が非でもその夢は絶たねばならぬ。

「臣下如きに王の道は変えられぬ。王の将であるのならばその本分を果たせ」

 王の声は冷たく無慈悲であった。

「幾万、幾億の血が流れようとも勇者は歴史に現れなければならぬ。余は流血の道を行き、万国の王となり、魔を滅ぼす勇者となる」

「幾万の民を守るのが王の道、幾億の希望となるのが勇者の道! 他者の血でできた酒に酔い、無意味な戦乱を呼び起こすは王の道ではない! 幻に取り憑かれ災厄を振り撒く者を誰が勇者と認めるものか!」

 瞬間、彼の胴を剣が貫いた。血が溢れ、視界が揺れる。倒れかける彼の目には剣の鞘だけを持つ王の姿が映っていた。

「…!」

 崩れ落ちそうになる体を必死に起こす。そして無言で王の間を走り出る。ここで無意味に死ぬ訳にはいかない。なんとかしてこれから起こる惨劇を止めなければならぬ。それまでは死ねない。

「殺せ」

 王は命じた。

 

 

 致命傷を負いながらも追っ手から逃げ去り、馬を奪って王都から脱出したワルターは南西に向かって走り続けていた。本当は北へ向かい、王の狂気を帝国に伝えたかったががむしゃらに逃げた先が南西だった。ならばメレモロ城の一族に協力して王の覇道を阻むしかないと判断して走る。魔術で傷口を塞いだがすでに出血は致死量に達していた。国境を越えたあたりで彼は落馬し、その場に転がった。立たなければと思うものの体は思うように動かない。

「くそ…! 俺は…守らねば…! 祖国を…!」

 血を吐きながらも男は這って進んだ。かすんでいく視界はこちらに向かってやって来る騎馬たちを捉えた。先頭の青年が馬から飛び降りて男を抱え起こす。

「オイ、おっさん、大丈夫か⁉」

「う…」

 ノアたちは彼に回復魔術をかけた。傷口はもう塞がっているので足りない血液を補充する術だ。ノアはそこまで使えないのでラミナス、ユミル、ロイト、ルナが治療する。男はノアの肩を掴み、目をぎらつかせて言った。

「俺は…止められなかった…! 王の暴走を…! 国が終わる…。頼む、王を止めてくれ! 全部が手遅れになる前に…!」

 男はバルトルサ王の考えをノアたちに教えた。メレモロ城の者たちと親交を持ったノアたちにとってそれは見過ごせるものではなかった。バルトルサ王国も帝国もどうでもいい。友人を守らなければならぬ。

「バルトルサ軍はどれくらいなんだ?」

「…おそらく三万は送ってくる。フルヴァルト王国とも密約を結んでいるらしい。下手をすればフルヴァルト軍も攻めて来るやもしれん…!」

 ノアはセシリアに伝球で通話を求めた。やはりすぐに彼女は通話に応じた。今日は一人ではなく、ディアナも一緒のようだ。

「あら、噂をすればノア殿ね。ごきげんよう。今日はどんな御用かしら? それと私とも連絡先交換しましょうよ」

 ディアナがにこやかに言った。どんな噂をしていたか正直知りたくない。セシリアがいた時点でどうせろくな話ではない。

「今、バルトルサがフルヴァルトののメレモロ城を襲おうとしてんだ。その後そっちを攻める気らしい」

「…!」

 二人は驚愕した。

「そっちとは?」

「帝国だ。メレモロ城から『終極の赤』ってのを奪って攻めるつもりだ!」

「なんと…! メレモロ城はフルヴァルト領です。そこに攻め込めば世界人類同盟加盟国のフルヴァルトも黙ってはいないでしょう。我が国に攻め入る前にこちらから打って出ることができます」

ワルターはノアを押しのけて喋り出した。

「違う、フルヴァルトも一緒です。メレモロ城を攻めても表には出ない…! 事実、これまでに我が国は何度もメレモロ城を攻撃しているのです」

「貴方は?」

 セシリアは不機嫌そうに尋ねた。ノアと会話していたのに割り込まれたのが気に入らなかったようだ。この状況でその態度を出せるのはある意味大物だ。さすがは若くして帝国の将となった人物だ。

「お初目にかかります。バルトルサ王国将軍ワルター・エインヘンマンです。緊急につき無礼な態度をお許しください」

 ワルターはここに至る経緯を語った。ディアナとセシリアはしかめっ面をしている。帝国に隣接する決して弱くはない国家が他の国と結託して世界に戦いを挑もうとしているのだ。対応を誤れば人類が滅ぶ。ディアナには世界人類同盟の盟主として最善の選択が迫られていた。

「皇帝陛下。どうか王をお止めください。我が国をお守りください。臣民まで王の野心と共に沈むなど馬鹿げています。取り返しがつかなくなる前に…どうか…!」

「…どうしてそこまでして国を守りたいのですか?」

 ディアナが問う。この質問で彼の人となりを知ろうとしているようだ。ワルターは迷いなく答えた。

「バルトルサは私が生まれ育った国です。私はこの国を愛しています。それ以外に国を守る理由が必要でしょうか⁉」

「ふふふ、貴方がどんな人かよくわかりました。帝国は被害が最小限で済むように尽力します」

 ワルターは額を地面にこすりつけた。

「ありがとうございます。ありがとうございます!」

ノアは彼の肩を叩いた。

「ノア殿はどうなさるのですか? ミラ殿からワンドマリガについて聞きましたが…」

 セシリアが尋ねる。ノアのやることは決まっていた。

「メレモロ城には友達がいるんだ。助けに行く」

「ふふっ、貴方らしいですね。私も少数ですが兵を率いてそちらに向かいます!」

「おー、ありがとう!」

 青年は笑った。ディアナは苦笑している。自分の立場をおして彼を助けに行こうとしているのだ。微笑ましくはあるが、ここまで個人に執着する人間だとは思わなかったから驚いている。

「気をつけてくださいね。どうかご武運を」

「ああ!」

 通信が終了した。帝国の協力はなんとか取り付けた。ワルターが信じられないというような表情でノアを見ている。

「君、一体何者なんだ? 皇帝と親し気に…」

「友達なんだ。良い奴だ」

 男はノアの顔をまじまじと見つめる。

「まさか…ノイアフォードの英雄か⁉」

「俺はノア。英雄かどうかはわかんねーけどノイアフォードから来たんだ。お前、ワルターっていうのか」

「やはりか!」

 知らぬ間にかなりの有名人になっていたようだった。ことさら悪い気はしない。


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