西方諸国へ
議会は再び荒れた。反戦派と開戦派による争いは夜を徹して行われた。そして下された決断は、不戦。戦争は回避されたのである。この判断は人類領土中に広まり、多くの者を驚かせた。
皇帝の寝室にて女帝とその妹が語らっていた。
「驚きましたよ、姉上。会議であれだけ強気に出るなんて。何かあったんですか?」
「貴女がノア殿に好意を寄せる理由がわかったわ。あれほど迷いなくまっすぐな人、初めて見た。そんな彼と友達になったのだもの。私だって強くならなくちゃ」
ベッドに寝転がり、天井を見上げる。いつも見ているシャンデリアだったがいつになく鮮やかに色づいているように見えた。彼女は嬉しそうな顔をしていた。セシリアも微笑んでいる。
「それに本気で一人の仲間を守るためにこの世界と戦争しようって言ったのよ。あの竜人の子は幸せね。私にもそういう人いてくれたらなって思うわ」
「何を言いますか。私だって姉上のためならなんだってできます! それにノア殿なら姉上のことも絶対に守ってくれますよ」
自信満々に彼女は言い切った。彼との付き合いは短いがその思考はわかっている。ノイアフォードと仲間を守るためならなんだってする。ともに過ごした時間が短くとも一度友と認めれば命懸けで守る。そういう人間だった。
「そうね。きっとそう」
「そんなお方だからこそたくさんの民が集まり、彼を守ろうとするのでしょう。罪なお方です。そもそも…」
彼女は一晩中ノアの魅力について語った。翌朝、疲労しきったディアナと満足そうなセシリアが共に朝食を摂った。
北スーディル王国にも戦争が回避された旨の情報が入った。レイシアは玉座に腰を下ろしながら安堵のため息を吐いた。側近たちも同様に胸を撫でおろした。戦争状態に陥った時はもちろん連合軍に参加しないつもりでいた。それどころか少数の部隊を率いて秘密裏に助けに行こうと思っていたほどだった。戦況を変化させることはできないだろうがノアや民の一部を助け出すことはできる。
「よかったですなあ! がはははは!」
第一軍団長のボードワンが同僚の肩を叩きながら笑った。体中に傷がある歴戦の猛者だ。先々王のころから王国に仕える忠義の騎士だ。彼もまた彼にできない方法で国を救ってくれたノアに感謝していた。なにより王として孤独で悩みの多かったレイシアの友になってくれたことに関して涙ぐんですらいた。
「それにしてもノア殿の胆力は尋常ではございませんな。皇帝や人類同盟相手に世界と戦う覚悟があると言ってのけるとは」
「ああ。私も肝を冷やした。レグザナート議員が上手くやってくれたようだ」
議会に派遣したレグザナート・オンゴはレイシアからノアの話を聞き、議会で何とか戦争にならないように頼まれていた。当初は不可能だと諦めていたレグザナードだったが、会議でノアの人となりを知り、これから先北スーディル王国の利益になると信じて戦争を回避するように各国の議員たちに働きかけていた。
議会の決定を受け取ったノアは帝都を出て西に向かうことにした。最初にルナの故郷に向かうことにしたが、彼女はそれを拒んだ。彼女自身が故郷に顔を出したいと同行に志願してきたのだが議会に出て帰還するのは危険だと判断したようだ。
西部に帰還しようとする者は二名。戦乙女のアンと荒野に暮らす戦闘民族出身のワナンナ。ミラと兵士たちをノイアフォードに帰らせる。ミラたちも同行したがっていたが彼女たちの仕事は山積している。軍備拡張のためにしなければならないことはたくさんあるのだ。ミラはこの一年で五万の騎兵を生み出すつもりらしい。人口が三十万しかいないのに五万もの兵は難しいのではないかとミラに言ったが、移民が続々と流れて来ているからなんとかなると答えた。
「よーし、しゅっぱーつ!」
見送りに来たセシリアと再会を誓い、ディアナへの礼を託して西方諸国に出発した。同行するのはラミナス、ユミル、ロイト、ルナ、アン、ワナンナ。旅行は約一ヶ月を予想している。これまでの旅で予想通りにいったことなどないが。
帝国から出て最初に入ったのはバルトルサ王国。大きくも小さくもない普通の国だった。特殊な点があるとすれば国民の大半が傭兵をやっているということだろう。バルトルサ王国は三百年前、傭兵王ラバスによって建国された傭兵国家で、他国に傭兵を派遣して外貨を得ている。国土は貧しく、農業に適さない荒野がほとんどを占めている。
荒野の中にある小さな街にあった飯屋に入る。人もまばらで粗末な料理しか出てこない。味も悪く、その上値段が高い。
「んー、あんまおいしくねーな」
硬くて味のないパンを無表情で咀嚼しながらノアは感想を述べた。
「こらこら、そんなこと言わないの」
「いいんだ。俺だってわかってる。うちはまずい」
厨房から主人が出て来て言った。ユミルとロイトが慌ててノアの口を押さえたが遅かったようだ。
「最近みーんな金がねえ。美味い食材も買えねえし従業員も雇えねえ」
「なんかあったのか?」
男は深く溜め息を吐いた。
「なんだ。アンタたち旅人か。まずいもん食わせちまって悪かったな。…王が乱心したのさ。やたらめったら税金を増やして軍備拡張しまくってるのさ。どこと戦うのやら。それに戦闘奴隷を集めて軍を強大化してるんだと」
「うへー、変な王様だな」
飯のまずさも相まってノアは苦々しい表情をした。戦わせるための奴隷は各地にいる。魔王軍と戦わせられたり、奴隷同士で殺し合わせて市民の娯楽としたり待遇は決して良くない。十年前に戦闘奴隷のアシュランが仲間たちとともにノストレア王国にて蜂起し、虐殺の限りを尽くした。乱は同盟軍の派遣により鎮圧されたが、アシュランとその仲間の一部は発見されず、姿を消した。噂ではどこかに身を隠し、再起の時を窺っているという。その後、戦闘奴隷の扱いは少しではあるが改善された。
「王は五年前に急に顔を仮面で隠すようになってな。それから誰も王の顔を見てない。噂じゃこれまで使い捨ててきた傭兵たちの呪いで顔が崩れちまったらしい」
ノアはソーセージを注文した。出されたのは真っ黒焦げになった小さなソーセージだった。
「おっさん! これ、材料の良し悪しの問題じゃねえぞ! 焦げてんじゃねえか!」
「うるせえな。俺は去年まで傭兵やってたんだ。料理なんてガラじゃねえ」
「んぐー!」
ノアの口にソーセージを突っ込みながら男はまたため息を吐き出す。一行の金を管理するラミナスもため息を吐きたい気分になった。彼女も鶏肉を語ってはいるがどう見ても烏にしか見えない味の薄い肉をカットし、喉に送り込んでいた。これなら自分が料理したほうがよかったと後悔しているのだ。
「なんにせよ、早くこの国から出ていくことをお勧めするぜ。近々戦争するらしいからよ。女子供のいる場所じゃねえ」
「なんで傭兵やめたんだ? こんなまずい飯作ってるより稼げるだろ」
具が入っていない水多めのシチューをかき回しながらロイトが尋ねる。
「膝に矢をうけてしまってな。情けねえ話だろ。さ、飯食ったらさっさと帰んな」
店から出たノアたちは周囲を見渡した。何だか寂しい町だ。活気がない。あちこちに浮浪者がいる。無理矢理税金を増やしたために困窮したのだろう。冷めた目つきでこちらを見てくる。
バルトルサ王国にこれ以上見るべきものがないと判断したノアたちは次の国へ行くことを決め、町を離れた。しばらく荒野を進んでいると騎兵の一団がノアたちに接近した。彼らは槍を構え、部隊を展開して彼らを包囲した。ノアたちも警戒態勢に入り、剣を抜いた。両者は互いに殺気を放ち、睨み合う。
「貴様ら、帝国の密偵だな!」
ノアと向き合っている兵士が叫んだ。
「いや、違うけど。」
明らかに密偵などではない顔ぶれである。ラミナス以外成人していない子供だ。女子供だけのスパイなどいるはずがない。ロイトの村では疑われたが。
「言い訳無用だ。疑わしきは罰せよという王命だ。よって貴様らの命はもらっていく」
兵士たちが突撃するより先にノアが動いた。鞘付きの剣を振り上げ、目の前のの兵士の顔面をしたたかに打ち付けた。二人はもんどりうって落馬した。顔面がひしゃげておかしな形になっているが死んではいない。他の兵士たちが反応する前にラミナスとユミルとアンがノアに続いた。伝球で事態を報告する間もなく、兵士たちは無力化された。しかし他にも付近を巡回していた兵士たちがいたようでノアたちは見つかり、百人近くの兵士たちに追い回されることになった。
「俺とラミナスとユミルでひきつける! ロイト、アン! ルナとワナンナを任せた!」
「おう!」
「了解」
ノア、ラミナス、ユミルは反転し、バルトルサ兵たちの方へ走る。敵の装備は槍と短剣。弓矢のような飛び道具は携帯していないようだ。
「やろうと思えば殲滅できますが…」
「殺しはまずいな。昨日の今日でやらかしたら怒られる」
ノアたちはギリギリまで彼らに接近してから急に右に曲がった。無理に追おうと右折した騎士たちが転倒し、落馬する。これに反応できるのはラントフォードの騎兵くらいのものだ。それでも追ってくる騎兵から引き離さない程度の速度で逃げる。そしてルナたちが無事に逃げ切ったことを確認してから全速力を出して敵を振り切った。
ロイトらは国境を出て隣のフルヴァルト王国に入った。ノアたちに居場所を告げて先行する。彼らがいるのはバルトルサ王国と打って変わって先の見えない森林であった。ワンドマリガでは滅多に大きな森はないため珍しげに周囲を見渡していると異変に気付いた。それは戦士のアンも同じだった。木々には矢が刺さっている。また、あちこちに血が付着している。
「狩りか…?」
「違う」
アンが木の根に隠れていた兜を拾い上げる。それは夥しい量の新しい血液で染められていた。
「ここで誰かが戦ったんだ」
「誰かって誰だよ」
彼女は首を横に振る。だがここに長くいない方が賢明であることを誰もが感じていた。ノアに連絡して森から出ようとしたロイトの顔のすぐそこを一本の矢が駆けていった。
「!」
「侵入者よ。そこを動くな。お前たちは包囲されている」
木々の上には仮面を被った兵士たちがいた。気づけば地上にも兵士たちがいて彼らを包囲している。アンが剣を構えた。しかしここで戦えばアンやロイトだけなら逃げ切れるが、ルナやワナンナを連れていくことはできない。ならばここで戦うのは得策ではない。事情を説明することにした。
「ええっと…俺たちはアンタらの領地に侵入するつもりはねえんだ。さっきまでバルトルサ軍に追われてて必死に走ってたらこの森に入っちまった」
「ならば武器を捨てて敵意がないことを証明せよ」
ロイトは持っていた剣と弓矢をその場に捨てた。アンは躊躇っていたがどうすることもできず、剣を捨てた。彼らは仮面の兵士たちに拘束され、連行された。彼らが連れて行かれたのは小さな砦。古い建築技術が用いられてはいるが綺麗に保全されている。彼らは砦の中に入り、地下牢に投獄された。
「くそー! 出しやがれ!」
ロイトは両手を拘束されたまま叫んだ。しかし呼びかけに答える者はおらず、彼の叫び声だけが寂しく冷たい地下牢に木霊した。しばらく叫び続けて疲れたロイトは力なくその場に座り込んだ。
「あーもうちくしょう。ノアと出会ってから変なことばっかりだ。捕まんのこれで三回目だぞ」
天井を見上げ、文句を吐き出す。
「後悔してますか? ノア様と出会ったことに」
「ああ。後悔してる。もっと早く出会っときゃよかったってな。一緒にいてこんなに楽しい奴いねえよ」
彼は薄い笑い声をあげた。彼と出会って後悔したことなど一度もない。出会って間もない自分と村を命懸けで助け、居場所をくれた。一生かけても返せない大恩がある。だというのにノアは恩着せがましい言動は一度もしなかった。彼とする冒険は楽しい。彼の杜撰な性格のせいで面倒ごとに巻き込まれがちだがそれもまた楽しい。
「僕たち…どうなるんでしょうか…」
部屋の隅で丸くなっていたワナンナが言った。自力での脱走は不可能。結界が張ってあるのか魔術も使えない。伝球も取り上げられてしまった。ノアたちに現状を伝える方法はない。今は放置されているが殺されない保証はどこにもない。
「心配すんな。ノアが助けに来てくれる」
「でも…ノアさんは僕たちがここにいることを知りませんよね…?」
今にも泣き出しそうな声で彼は呟いた。
「ばーか。弱気になってんじゃねえよ。ノアを信じろ。どこにいてもアイツは俺たちを見つけ出す」




