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 翌日、ノアたちは人類同盟本部セントラルに到着した。エルネスト城に比べると見劣りするが大きな城だ。そして千年の時代の腐肉が溜め込まれた場所でもある。彼らは城内の大会議室に通された。千人は余裕ではいれるような巨大なホールだった。議席には各国から派遣された貴族議員たちがいる。彼らはノアたちに対して憎しみや怒り、蔑みを持っているようだった。それを無視してノアは召喚者席へ向かった。ミラとラミナスがそれに随伴する。彼らの正面には盟主である皇帝ディアナと議長アレロファトラ・ギルレが座っている。議長の冗長な前置きの後、審問会が開始された。

「貴殿がノイアフォード領主ノアで相違ないな?」

 議長が壇上より問う。

「ああ。俺がノアだ」

 彼はノアの態度に顔を顰めた。これから糾弾される人間の態度ではなかったから気に入らなかったのだろう。

「単刀直入に問う。貴殿がワンドマリガ王国での国民強奪、ラフマート崩壊事件を引き起こした真意はなんだ」

「ワンドマリガには俺の友達がいた。だから守った。ラフマートにはワンドマリガで捕まった仲間がいた。それを助け出したついでにみんな助けただけだ」

 正々堂々と答える。偽る理由はない。一連の事件を起こした理由は誇れないものではない。なら隠さず言うべきだ。

「ワンドマリガの民はワンドマリガの財、ラフマートとその奴隷は人類同盟の財。いかなる理由があろうともそれを犯すことは許されぬ」

 賛同する議員たちが頷く。

「人類同盟も、国も、世界も俺には関係ねえ。俺は俺の仲間たちを傷つける奴は絶対に許さない」

 憚ることもなく言ってのける。議員たちはざわめき始めた。ディアナやセシリアも心配そうにノアの方を見た。

「貴殿は人類同盟に敵意を持っているということでよろしいか?」

「お前たちが俺の仲間の敵になるなら俺は人類の敵になる。俺たちが、ノイアフォードが相手だ!」

 迷いなく言い放つ。答えはたった一つ。

 なぜ迷いがないか。ノア一人での決断であればここまで胸を張ることはできない。だがこの決断は一人でしたものではない。巨人族との同盟を結ぶ前、ラフマートの件の後、帝国からの呼び出しがかかり、戦争になるかもしれないことをノアは全住民に伝えた。そしてノアは戦争になってでもワンドマリガやラフマートから来た仲間たちを守りたいという意思を語り、全住民に尋ねた。戦争になってもこの街にいてくれるか、と。ほとんどの者がノイアフォードに残ることを選び、兵として戦うと誓った。

「ワンドマリガ王国の非道は我々も把握しており、東部の住民たちが自らの意思で移住したこともわかっておる。その件については問わぬ」

 アレロファトラが言った。ワンドマリガ王国の将校を送って証言させたのが良かったようだ。

 しかしそれに納得しない者がいた。ワンドマリガ王国の代表議員のアンド―マ・サンジュスが立ち上がり、議長の言葉に異議を唱える。

「我が国はその件で千名の兵を失い、一人の将軍を失った。それを水に流せば人類同盟の威厳が失われますぞ!」

「民が反乱を起こし、そういう事態になるから同盟は国家が奴隷狩りをするのは禁じていたのだ。自業自得としかいいようがない上、人類同盟条約に反する行いだ。貴国への処分は後程決定する故、待っているが良い」

 アレロファトラの言を受けてワンドマリガ王国議員は沈黙し、着席するしかなかった。議長は再びノアを見た。ノアは正面からその目を見つめ返す。

「問題は…ラフマートから奪取した奴隷たちだ。ワンドマリガ王国出身の奴隷たちを領民として保護することは許可するが…その他の奴隷は返還してもらう」

「やだね。返してほしけりゃかかってこい。一滴の血も流さずに俺たちから何かを奪えると思うなよ」

 ワンドマリガ王国から来た奴隷を除くとノアがラフマートから連れ去った奴隷たちは千名ほど。対してノイアフォードの人口は三十万ほど。普通に考えればどちらを守るべきかは明白である。だが彼は迷わなかった。

「これはノイアフォードの意思だ。俺たちは譲らない」

 議長は深くため息を吐いた。

「わかった。こちらが譲歩しよう。貴殿がラフマートから奪取した奴隷の中に竜人が一人いただろう」

「あー、近くに故郷があるって言うから連れてきた」

 ルナは外の宿舎で兵士たちに守られている。ラミナスに彼女を呼びに行かせた。ほどなくしてフードを深くかぶった彼女がやって来た。周囲の視線に怯えたのかラミナスの傍を離れない。

「ふむ、本当にラフマートにいたとは…」

 議員たちは議長の方を見た。ルナはフードを外した。太陽の光のような黄金の髪と瞳。そして側頭部から生える黒色の角が特徴的だ。出会った時は角は生えていなかった。竜人の角は折れても再び生えてくるらしい。

「彼女は世界人類同盟本部が所有する奴隷であり、ラフマートには誤って売却されてしまった。彼女を返せば今回のことは不問とする」

 全員がノアに視線を送った。彼がどう答えるかですべてが決まる。そして多くの議員たちがノアの決断を予想していた。たった一人のために戦争を起こすはずがない。誰もが彼女を差し出すだろうと考えた。

 ノイアフォードでルナは彼女自身の生活基盤を築きつつあった。

 時は数週間前に遡る。

 ミラは角を根本から折られている竜人を見て何かを気付いたようでノアに彼女を侍従にするように進言した。彼女はノアの屋敷の人事権にまで口をだすつもりはないと公言していたためノアは驚いた。だが提案されたからには足蹴にすることはできず、侍従の人事権を一手に担う侍従長エリナにそのことについて伝えた。

「ミラ将軍のお考えですから何か意味があるのでしょう。ノア様の傍に置いてラミナス殿やウィクトリアに守らせるべきお方であるということでは?」

 エリナの言葉にノアは納得した。エリナはノイアフォード領主ノアの家宰と侍従長を務める傑物だ。落ち着いていて見識もある。荒くれ者の侍従たちを纏めあげる腕力も統率力もある。事あるごとにノアはこのよくできた侍従長の意見を仰いでいたのである。その期待が裏切られたことは一度もない。

「とはいえ!」

 エリナはノアに顔を寄せた。

「侍従として働くならそれなりの技量と意欲が必要です。お給金をいただくのですから。ノイアフォードに怠け者を養う余裕はありません」

「じゃあ育ててやってくれ」

 ノアはルナを呼び出した。エリナはルナの顔をまじまじと見つめた。それから頭の天辺からつま先までを無遠慮に見定めた。

「え、ええと…」

 ルナは困ってノアを見て助けを求めた。

「自己紹介が遅れました。私はノア様より家宰と侍従長の任を承っているエリナといいます」

 エリナは二歩下がって一礼した。

「あ…ル、ルナです…。よろしくお願いします」

「今日から貴方の指導役と上司を務めます。貴方にはノア様の侍従として恥ずかしくない作法と技能を身に着けてもらいます」

「は、はい」

 ルナは頷いた。

「貴方は訳ありなのでしょうがそれはここにいる者の多くが同じこと。私とてそうです。ここで暮らすからには等しくノイアフォードの民。特別扱いはしません。ノア様のような怠惰な生活は許しません。給料に見合った労働を求めますのでそのつもりで!」

「…!」

 侍従長の優しくも厳しい言葉はルナの胸に深く突き刺さった。ここには自分の居場所があるのだと知った。庇護されて役割が与えられる。胸を張って生きられる場所がある。それがどうしようもなく嬉しかったのだ。

「まずは体作りです。侍従の仕事は力仕事。なのでまずは食べて寝て運動し、学びなさい」

 強ばっていた彼女にエリナは優しく笑いかける。

 他の侍従たちもルナを温かく迎え入れた。ここにはどこにも受け入れられなかった者、傷つけられた者、奪われた者たちが集まる都市。

 ルナはそんな都市で今を生きること、未来を望むことを覚えた。

 ノアは彼女がノイアフォードで居場所を見つけ、努力していることを知っている。だからこそ答えはすでに決まっていた。

「返さねえ! ばーか!」

 舌を出して青年は不敵に笑う。ディアナやセシリアを含む全員が驚愕した。驚かなかったのはラミナスだけだった。千年もの間軍籍に身を置いたミラでさえ驚きを隠せなかった。呆気にとられてノアの背中を凝視している。そしてミラは自分の体の内側に何か熱い物が沸き立っていくのを感じた。千年の間に忘れてしまった情熱の燃えカスが彼女の胸を鳴らす。

「な、何を…⁉ たった一人の為にこの世界を敵に回すのか! 貴様、正気か⁉ 百万を超す軍勢と戦うつもりか⁉」

「ああ、かかって来い!」

 青年は言い切った。出会って間もないが見捨てるつもりはない。ノイアフォードは仲間たちが安心して暮らせる場所だ。誰か一人を見捨てて生き延びたとしてその町はもはやノイアフォードではない。ノイアフォードは誰も見捨てない。一人を守るために全員が死力を尽くす。理想論かもしれないがそういう都市でありたかった。

「ノア様…!」

 ルナの両目に涙が浮かんだ。

 議員たちは立ち上がり、開戦を訴えた。そのほとんどが前線から離れた安全な場所に位置する国家だ。彼らは気づいていない。魔王軍の侵攻を阻み、領土を奪還できる強力な軍隊を持つのはノイアフォードしかないということに。それを滅ぼせば次は魔王軍に人類が滅ぼされる。彼らがこれから行おうとしていることは自分たちの首を絞める行いだ。魔物を見たこともない者たちは魔王軍の脅威を知らなかった。

「お黙りなさい」

 狂った猿のように叫ぶ議員たちをミラが一声で黙らせた。特別大きな声ではないが有無を言わせぬ迫力があった。

「貴方たちは地図を見たことがないようね。この千年、他の国々が魔王領に飲み込まれて滅んでいく中、ラントフォードだけは魔王領と接して二百年、領土を守り続け、魔王軍が人類領土の中央を引き裂くことを阻み続けた」

 それは紛れもない真実であった。ライジス本国からの支援もあまりない中でラントフォードのみこの二世紀の間、国境線が後退していない。それどころか少しずつ南側に拡大している。

「人類最多の軍勢を持ち、僅かな土地しか魔王領に接していない帝国でも領土を奪われ続けていることを鑑みればラントフォードがどれだけ人類に貢献してきたかわかるでしょう。そしてそれを失うことの愚かさを」

「わ、我々が兵を起こそうとしているのはノイアフォードに対してのみだ! ラントフォードそのものに対してではない!」

 ある議員が言った。それに同調する声が多数続いた。

「我が君ノアはラントフォード領主ロクラスの養子。ロクラス伯は仁義に厚き武人。民を一人として見捨てぬと誓った息子が滅ぼされるのを黙って見ているとでも?」

 それが示す事実は一つ。ノアと敵対するということはラントフォード軍を敵に回すことになる。ラントフォードは大陸屈指の戦闘民族。ロクラスが戦うと決めれば最後の一人になるまで戦い続けるだろう。

「我々は新たに巨人族と軍事同盟を締結した。巨人王は民を奴隷としていた人類同盟に対しお怒りのご様子。開戦となれば喜び勇んで参戦するでしょうね」

「…!」

「そして私がいる。戦争を望むのなら私が相手になる。百万でも千万でも引き連れてくるが良い。その悉くを屍に変えてこの世に地獄を呼び起こそう。安全地帯はない。戦火を振り撒き血飛沫を上げて刀槍を連ね我々はここへ至り、惨劇を見せつけてやろう」

 鬼気迫る啖呵に誰も言葉を発することができなかった。彼女の戦歴は長い。十世紀にもわたる長い時を戦場で過ごした。彼女がいなければ人類はとっくに滅んでいただろう。第一線を退いたものの、その発言力は一国の王をも凌ぐ。

 静寂を切り裂いたのはこれまで沈黙し続けた皇帝ディアナだった。

「わかったでしょう。各国の議員たち。かの者たちは世界を敵に回しても構わないと意思を示しました。ですがラントフォードと戦争を行えば勝者が誰であれ、人類は痛手を負うことは避けられません。そのようなことを盟主として看過できません」

 誰も反論できない。納得できるかできないかにかかわらず言葉を返す余地がなかったのだ。議員たちのざわめく声が聞こえる。

 ディアナが全議員に聞こえるような大きな声で宣言する。

「ノア殿、たとえ戦争になったとしても帝国は貴殿の領地に兵は出しません」

「なっ…!」

 議員たちは驚愕して彼女を見上げた。

「連合軍は各国の王が了承して編成される臨時の軍勢です。開戦の議決の効果は戦争の了承と連合軍の編制の許可であって全加盟国に参戦を命じるものではありません。帝国の皇帝である私は私の思う人類を守る道を選びます」

 

 

 会議は終了し、ノアたちは解放された。翌日、決議が下されるとのことだ。近くの店で立ち食いをして宿舎に戻る。

「ノア様。ごめんなさい。私のせいで戦争になるかもしれなくなってしまって…」

「あ? そんなこと気にすんな。友達なんだからよ。それに一番喧嘩売ってたのミラだし」

 ノアはミラを見た。

「私のせいにしないでください。我が君がたった一人のために修羅の道をお選びなさったのを見て血が騒いだだけです」

 ミラは若き主君の目を見る。

「私の見る目は間違っていなかった」


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