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皇帝

 セシリアら帝国の使者が到着したその翌朝、ノアたちは同盟首都セントラルに向けて出発した。

 ノアに緊張感はない。もし戦争になったとしてもノアの生き方も、ノイアフォードの在り方も変わらない。帝都に行ったあとの旅行についても考えながら歩みを進める。五日の行軍で帝都に到着した。ノイアフォード兵ならその半分で到着できる。帝都オランスティアは世界最大の都市で人類同盟盟主である皇帝の威光を受けて繁栄していた。その中心にあるエルネスト城は皇帝の居城としてこれ以上ない荘厳さを誇る城であった。各国を旅した者たちはオランスティアを花の都と呼ぶ。

 ノアの配下の者たちには初めてこの都市に来た者たちが多くいる。彼らはオランスティアの素晴らしさに呆気に取られていた。

「びっくりしてんじゃねえよバカ」

 カストルが落ち着きなく辺りを見渡している部下の頭を叩いた。

「俺たちのノイアフォードはもっとすげえ街になるんだからよ」

 彼は自分たちの主を疑ってはいなかった。兵士たちは胸を張り、前を向いて進んだ。帝都の民はその勇壮さを見てラントフォードの武威を知った。

 貴賓用の宿舎に通されたノアたちは腰を下ろして疲れを癒した。ノアの護衛たちは少し警戒を解いた。自分たちの主君が監獄のような場所ではなく貴賓として扱われている。少なくとも帝国はそう遇している。であれば少なくとも話だけは聞いてもらえるだろう。しかし話をするのが主にノアである以上、うっかり戦争になりかねない。護衛たちは再び身を引き締めた。

 翌日、セントラルで皇帝に謁見し、人類同盟の議員たちと話すことになる。それまではゆっくり過ごすよう言われた。

「なんでセントラルじゃなくて帝都で泊まるんだろうな。セントラルでいいじゃんか」

 ロイトがベッドで飛び跳ねているノアに言った。

「さあ。まあでもここからセントラルはすぐ近くらしいから特に不便はないしいいだろ」

 その夜、寝ようとしていたノアの部屋の扉をノックする者がいた。入室を許可すると宿舎の前で別れたはずのセシリアが入ってきた。彼女は静かな声でノアに話しかけた。

「ノア殿。誰にも知られないように私についてきて下さい。皇帝陛下が私的にお会いしたいとのことです。密命ですのでどうか内密に、お静かに」

「えー、俺眠いんだけど」

 ノアはベッドに潜り込んだ。セシリアはそんなノアをベッドから引き摺り出すと部屋の外に引っ張った。その瞬間、セシリアの首に冷たく鋭い刃が当てられた。暗い廊下の闇から現れたのはラミナスだった。

「ノア様をどこへ連れて行くおつもりですか」

 確かに殺気が込められた声で彼女は問う。獅子すら怯む敵意に満ちた視線を受け流し、セシリアは平然と答えた。

「貴女に関係はないことです。ご安心を。ノア殿の安全はこの私が保障いたします」

 ラミナスは剣をどかさなかった。

「皇帝のところに行ってくる。大丈夫!」

「内密にって言いましたよね?」

 皇帝と聞いてラミナスは表情を強張らせた。ノアがここにいるのは彼とノイアフォードの進退を決めるためだ。内実はどうであれ、ノアの行為は人類同盟に弓引くことである。皇帝がノアを暗殺する可能性がある。セシリアが知らずとも暗殺計画が動いているかもしれない。ノアに危機感がない以上誰かが彼を守らなくてはならない。

 もし彼が殺されることがあればこの世界を滅ぼしてもその怒りは収まらない。ラントフォードの民が許さぬであろう。

「お会いするのは王宮ではありません。近くの小屋でお待ちです。声が届かない場所からなら護衛なさっても構いません」

「であればそうさせていただきます」

 ラミナスは剣を収めてセシリアについていった。

 彼らが連れてこられたのは帝都のはずれにあるぽつんと建てられた寂しい小屋。その周囲には帝国兵が立っている。

「ご苦労。少し離れたところで護衛なさい」

 しかし兵士たちは難色を示した。

「ですが危険では…? もし陛下に危害を加えるようなことがあれば…」

「口を慎みなさい。ノア殿は信義の人。彼を疑うようなことは私が許さない。陛下も彼を信じて私的にお会いすることを決められた。それに危険なのはノア殿とて同じ。暗殺の危険を承知で来てくださったのだ」

 兵士たちは言い返すことができずその場を離れた。

「我が国の兵がご無礼をしました。どうかお許しを」

「あっはっはっは。まー心配だよな。好きに護衛させてやれ」

 ノアは両腰に差してある剣を鞘ごとセシリアに渡した。彼女は目を丸くしてノアを見た。ノアは笑う。

「喧嘩するわけじゃねえしな。ま、俺は魔術で剣を出せたりするからあんまり意味ないけどね」

 ひらひらと手を振って小屋の中に入る。中にある小さな椅子には女神のように美しい少女が腰掛けていた。机の上にあるランプが彼女の黄金色の髪を輝かせている。少女は柔らかく微笑み、ノアに声をかけた。

「はじめまして、ノア殿」

「はじめまして、皇帝の…」

 青年は相手の名前がわからず言葉に詰まった。

「ディアナです。貴方の話はセシリアから聞いているわ。それに新聞を飾ることも多いでしょう? 今はプライベートだから楽しくお話しましょう」

 ノアは椅子に腰を下ろした。ディアナがポットから紅茶をカップに注ぎ、ノアに差し出した。一口飲んでみる。初めて飲む紅茶だがとても美味しかった。ノアの反応を見て彼女はくすくすと笑う。

「お口に合ったようで何よりです。ねえ、貴方はこれまでたくさん旅をしてきたのでしょう? 旅について話してくださらない?」

 ディアナにせがまれ、ノアは旅で経験したことを語った。仲間のこと、冒険のこと、世界のこと、ノイアフォードのこと。荒唐無稽な冒険譚をディアナはとても楽しそうに聞いていた。

「貴方のお話、とても面白いわ。宮廷詩人たちの詩なんかよりずっと」

「旅は楽しいぞ。お前も行こう!」

「ごめんなさい。貴方と旅をしてみたいけど私はこの国の皇帝で人類同盟の盟主。貴方と一緒に行けないわ」

 悲しげに彼女は言った。羨望の眼差しが向けられる。この世界の最高権力者の一人である彼女は誰よりも不自由であったのだ。

「いいじゃん行こうぜ。お前いい奴そうだしどこにだって連れてってやるよ」

 彼女は哀しげに微笑んだ。

「優しいのね。私が帝国の皇帝に生まれてなかったら、貴方がノイアフォードの領主じゃなかったら私たちきっといい友達になれていたと思うわ」

「じゃあ今から友達になろう」

 ディアナは目を見開いた。それから少しの沈黙の後、声を上げて笑った。悲哀などどこにもない。心からの笑顔だった。しばらく彼女は笑い、落ち着いてから彼女はノアを見て言った。

「貴方が私の初めての友達ね。嬉しいわ。そんな友人にアドバイスよ。明日の審問会はよく考えて発言するのよ。貴方の言葉一つで戦争が始まるわ。私でも止められない」

 同盟が軍を起こすことについて彼女が決定できることはあまり多くない。世界人類同盟が加盟国に対して軍勢を派遣するには全加盟国のうちの過半数の賛同を必要とする。現在のところ加盟国の八割が開戦を主張している。彼女にできることといえば各国の議員たちを説得することくらいだ。

「偉そうなことを言える立場ではないけれど…妥協も必要よ。議会は貴方がラフマートから連れ出した奴隷たちの返還と損害賠償を求めてくるはず。ノイアフォードを守りたいなら何かを切り捨てなければいけない」

 ノアは頷かなかった

「ラフマートをぶっ壊したのは捕まってた仲間を助けたついでだ。あいつらを返さないのは俺の仲間だからだ」

「貴方にとってそうでも同盟はそうは捉えていません。同盟に名を連ねるワンドマリガ王国との戦闘、同盟公認のラフマートの破壊と奴隷の解放、巨人族との同盟。そして貴方の持つ戦力。同盟が警戒するのも当然よ」

 同じようなことをミラが言っていた。

「奴隷の売買や使役で利益を得てる議員は多いの。それに竜人の少女を連れ去ったことが一番の面倒かもね」

「竜人?」

 ノアは首を傾げた。

「あの竜人の女の子は私たち同盟が管理している『罪過の黒』と呼ばれる集落から手違いでラフマートに売られてしまった竜人なの。彼女は知られると困る秘密を抱えている。是が非でも返還を迫るでしょうね」

「そんなことどうでもいい。俺に仲間を売り渡して安全を買えって言ってるならもう話すことはねえよ」

 その問いにディアナは黙った。状況は良くない。議会で開戦が決まれば多国籍軍が編成され、ノイアフォードを攻撃する。息子が滅ぼされるのをロクラスは黙って見ているはずがない。少なくない軍勢を率いて加勢するはずだ。そうなればどちらが勝とうと待っているのは人類の破滅だ。

「ノイアフォードは前線都市だ。この前の戦いでも危なかった。そこにいたらいつか死ぬかもしれない。それでもノイアフォードにいることを選ぶってことはお前たちに引き渡せば死ぬより酷い目に遭うってわかってるからだ」

 ノアは元奴隷たちがどんな気持ちでノイアフォードに来たか知っている。皆、虐げられ、居場所を奪われてやって来た。彼らにとってはノアが最後の希望なのだ。彼らを裏切ることはしたくない。

「待って。戦争が起こればどっちが勝っても世界は滅茶苦茶よ。ラントフォードが消耗すれば人類全体が魔王軍に飲み込まれる」

「ありがとう、ディアナ。大丈夫だ。戦争にはならないさ。ミラがどうにかしてくれる。そのために連れてきたんだから」

 青年は笑って立ち上がる。どうやら話し過ぎたらしい。窓から見える地平線が明るくなってきている。皇帝は説得を諦めたようで愚かな友人を微笑んで見送った。

「ええ。幸運を」


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